第158話 いろんなことが一度に起こって……
翌日の午後、東の方から思いも寄らない人物が現れた。
「エキムじゃない! どうしたの?」
エキムはタルブクからの隊商と一緒に、数人の職人を連れてきたみたいだ。
「最初は職人だけを送り出すつもりだったんだよね。でも、チャムが一度、ソルたちがやっているところを見た方がいいって言うからそれに従ってみたんだ」
エキムのところもユーリルのところと同じで姉さん女房だ。二人とも奥さんの言うことを黙って聞くことが多いような気がする……
「いつまでいることができるの?」
「隊商と一緒に帰るつもりだから四日後かな」
四日あったらお風呂とかも試してもらえるな。
「そっか、エキムはセムトさんのところにお世話になるの?」
「いや、セムトおじさんのところは家が狭いから、俺は泊れないってチャムから言われているんだ。だから隊商宿に厄介になろうかと思っている」
「あ、それなら職人さんと一緒に寮で寝泊りをしたらいいよ。寝る場所くらいあるし」
寮には独身の子と他の村から来た職人が住んでいる。独身の子は、年頃になると結婚して自分たちの家を持つので寮を出ていくし、他の村の人は期限が来たら帰っていく。だから工房で働く人は順調に増えていっているけど、寮の住人はなかなか満杯にはならないのだ。
「助かる! 荷馬車もこれからだし、シュルトの砂糖もまだまだだ。ほんとはここに来るものギリギリだったんだ」
早くタルブクでも交易が発展したらいいと思う。あの場所はシュルトとカインの中継地点になるからね、これからが楽しみな場所だ。
「それじゃ、寮に案内するから。付いて来て」
「あ、ソルはここにいて。ボクが案内するよ!」
リュザールはそう言って、エキムたちを連れて行ってしまった……
「これくらい大丈夫なのに……」
「ははは、役に立ちたくてしょうがないんだよ。好きにさせとけば」
ユーリル、そういうけど、今のうちからこうだと思いやられるよ……
「ソル姉ちゃん! ただいま!」
ユーリルと一緒に寮に向かうリュザールたちを見ていると、後ろから懐かしい声が聞こえてきた。
「テムス! お帰りなさい!」
「ユーリル。元気そうだな」
「お、お義父さん。やっぱり、来たんですね……」
竹下が予想していた通り、ファームさんも登場だ。
「やっぱり、ってどういうことだ! それよりも早く会わせてくれねえか」
「だ、誰に?」
「バカ野郎! かわいい孫に決まっているだろう!」
「わ、わかりました。付いて来てください!」
ユーリルとファームさんは揃って、半ば託児所となっている織物部屋へと向かった。
「師匠、楽しみにしていたんだよ。ここに来るまでもずっとそればかり話していたんだ」
うんうん、想像に難くないよ。
「その話はあとで詳しく聞かせてね。……ふふふー、それよりも、テムスにも早く会いたい人がいるんじゃないのかな?」
「えっ! えへへ。僕、行ってくる。織物部屋?」
「うん、早く行っといで!」
「ソル姉。また後でね!」
テムスも慌てて二人の後を追いかけていった。
さてと、みんなが到着したことを父さんたちに知らせないといけないな。
まてよ……今日はテムスが来たら一緒に夕食を食べようと母さんと話していたけど、エキムたちも入れてみんなとやった方がいいんじゃないだろうか。
早速、ルーミンには……無理させられないから、やっぱり母さんに相談しよう。
母さんに相談したら、さすがに時間が足りないから、明日にしましょうと言うことになって、今日はそれぞれの家族で食事をすることになった。
「エキムだけでも呼んだらよかったかなあ」
当初の予定通り、私とリュザールはタリュフ家にお邪魔して夕食を共にしている。
「姉さんがいるから心配しなくても大丈夫よ」
それもそうか、エキムはセムトおじさんの甥っ子だし、チャムさんの旦那さんだ。泊る場所はなくても夕食くらいは一緒に食べるだろう。
それにおじさんが帰って来たから、サチェおばさんは張り切ってごちそうつくっているはずだ。
「テムスどうだった?」
「うん、美味しかったよ。たくさん食べちゃった」
テムスは準備していた料理もぺろりと食べてしまった。これなら体も大きくなるはずだ。
「ほんと、ソルの言った通りね。一年でこうも変わるものなのね、見違えたわ」
「ねえ、母さんすごいでしょ。特にあの腕周り!」
ふふ、テムスも調子に乗って、『どう?』といって、腕まくりをして力こぶを見せているし。
「あら、私、ぶら下がれるんじゃないかしら」
「ダメだよ母さん。それはコペルだけの特権」
そうそう、ジュト兄の言う通り、こういうものは誰彼とやっていいものではないと思う。
「ねえ、テムス。コペルをやってあげたら。出来るでしょ」
リュザールに言われて、コペルがテムスの腕にぶら下がる。
「おおー、軽々と!」
そしてテムスは、床におろすときに少しふらついたコペルをしっかりと支える。
「ふふ、あなた……」
「ああ」
テムスの腕に掴まったまま、うっとりとしているコペルに向かって父さんは言った。
「コペル。テムスはこの通りたくましくなって戻って来た。改めて尋ねたい。君がよかったらうちの嫁になってくれないか」
「……はい。お父さん、お母さん。よろしくお願いします」
テムスがコペルを抱きしめようとするのを、リュザールがすかさず止める。
「まだ、ダメだよ」
リュザールは不服そうなテムスの耳元で何か話している……
「我慢していた方が後から燃えるよ」
いや、聞こえているんだけど……テムスも興味津々な目でこっちを見ないで、恥ずかしい!
「それで、リュザール。君に頼みがあるんだが、私に代わってコペルの親代わりをしてもらえないだろうか」
「えっ! ボクが!」
「ああ、結納をしないといけないんだが、同じ家から出すのはこの子たちがかわいそうでね」
ああ、そうか。結納を渡す役ももらう役も父さんになるんだ。同じ代わりを立てるのなら、同じ家のジュト兄より違う家になっているリュザールの方がよっぽどいい。
「わかりました。ボクでよければ喜んでやらせていただきます!」
ははは、私に負けないほどのダイコン役者のリュザール君にできるかな。
「リュザール兄ちゃん、よろしくお願いします。ところでソル姉。織物部屋で聞いたんだけど、子供ができたんだってね。おめでとう!」
ち、ちょっと! テムス! 父さんたちにはまだ言ってない!
そうだった、口止めするの忘れていた……
「なんですって! ソル! なんで早く言わないの!」「ほ、本当なのか! リュザール君」「おめでとう、ソル!」
あーあ、騒ぎになっちゃったよ……
「いや、まだ、はっきりとわからないから……」
「わからないって……一月二月……ソル、ちょっとこちらに来なさい」
母さんとユティ姉に台所まで連れていかれる。
「リュザール君は来ちゃだめよ」
あはは、リュザール。ついてこようとしたのをユティ姉に止められているよ。
「笑い事じゃないのよ、ソル。最初が肝心なんだからね。私たちの質問に正直に答えて……」
そう言って、二人の女の子の先輩ににじり寄られる……
母さんとユティ姉に最近の体の調子、それにここ一か月の状態を根掘り葉掘り聞かれた。
「いや、そういう人もいるから。織物部屋のみんなはどう言っていたの。聞いたんでしょう」
「間違いないって言われた」
「それじゃどうして、私たちに言ってくれなかったの?」
「だって、つわりとかもないし。それ以外はいつもと変わらないから……」
「私はいつもと違うからすぐわかったけど、お母さんの時はどうでした?」
「私の時もあまり変わりなかったのよ。だからあなたも変わらなくても不思議じゃないわね」
「ということなら、やっぱり」
「落ち着くまでは、無理しないこと。わかった」
「はい!」
頭でっかちになっていたのかなぁ。地球で簡単に検索できるのも考え物だな。
あとがきです。
「ソルです」
「樹です」
「「いつもご覧いただきありがとうございます」」
「あれ、樹だ。珍しい」
「うん、ソルが心配になってね。体の方は大丈夫なの?」
「大丈夫だと思うよ。ほとんど今までと変わりないからあまりわからないけどね」
「妊娠してないってことは?」
「それはないと思う。今までこんなに遅れたことなかったから」
「そっか、僕はソルじゃないからよくわからないけど、ソルがそう言うんならそうなんだろうね。それで何か気を付けていることとかあるの?」
「今の時期って赤ちゃん安定していないんだよね。だから飛び跳ねたり、重たいものを持たないように気を付けているよ」
「そうなんだ。僕は地球から見守ることしかできないけど、風花から貰ったお守りは大事にとっているからね」
「ありがとう。それだけで十分だよ。それではお時間が来たようです」
「次回は東京を離れるようですね」
「どんなお話になるんでしょうか。皆さん次回も読んでくださいね」