第128話 エキム、初めての経験
「それでさ、ここに入る前にお前たちの声が聞こえたんだけど、何話していたの? まったく分からなかったよ」
勉強するときは、それに対応する言葉がこちらにはないから日本語で話している。エキムがわからなくて当然だ。
「勉強していたんだ」
「勉強って何? 奇妙な言葉を話していたから、何かの儀式なの」
やっぱりこの世界ってここからなんだよね……
「エキムは読み書きできるでしょ?」
「うん、親父からそれができないと、村長の仕事はできないからって言われた」
「それって、自然に覚えた?」
「いやいや、まさか。親父に教えてもらったよ」
「簡単に言うとそれが勉強するってことなんだ。確かチャムさんも読み書きできるんだよね」
「そう、ユーリルの言うとおり、結婚して手紙書いているのを見た時びっくりしたんだ」
こちらで読み書きできるのは村長と行商人くらい。どちらもだいたい男の人の仕事なので女性のチャムさんができるのは珍しいと思われても仕方がない。でも、カインでは工房に入った人全員に文字を教えているし、希望する村人にも教えているから読み書きできる人はたくさんいる。だから今では、決まり事を紙に書いて村人みんなに伝えるということもできるようになった。
「チャムさんに字を教えたのはソルなんだよ」
「え、そうなの。カインで教わったとしか聞いてなかった。それでユーリルたちはソルに字を習っているの?」
「いや、俺たちは字を書くことができるから他のことかな」
「すごい! 書けるんだ。……それで何を教わっていたの?」
「教わっていたというか、教え合っていたというか……」
「ふうん……。なあ、俺にもその勉強というものを教えてくれないか」
夜寝るまでの間、エキムができることを探して教えることになった。
「すごい! 計算楽しい!」
翌日エキムは、歩きながら何度も私たちに計算の問題を出すように要求してくる。昨晩、計算の仕方を教えた時に答えがわかる楽しさを知ってしまい、はまってしまったのだ。
「だいぶんわかるようになってきたよね」
「うん、ソルの教え方がうまいから分かりやすい! これとソルたちが持っている銅貨があったら交易ももっとうまくいく気がする」
タルブクでも銅貨のことは知っていて、たまに交易で来ることはあるそうだけど、ほとんど見ることは無いと言っていた。ただ、荷馬車を使うようになると扱える物資の量が増えるので、銅貨はあった方がいい。そして、物資が増えてくると計算の知識が必要になってくる。
「ねえ、ソル。俺、村に帰ったら子供たちに計算の仕方や、文字も書けるようになってほしい。どうやったらいいか教えてくれる?」
私はエキムに学校というものの存在を教え、それを作りたいと思っていることを伝える。
「そっか、勉強するための場所を作るんだね。そして、学びたい人はそこに行けばいいんだ……。でも、教える人は仕事ができないよね、どうするの?」
「教えることを仕事にして欲しいの」
「それだと……教える人だけじゃだめだよね、その家族も食べさせないといけないから……」
「村に余裕があるのなら村で養ってほしいけど……」
「村で養うとすると、何人分必要かな……大人一人で必要な麦が……、子供はだいたい4人ぐらいか……、子供が大きくなるまでには……」
早速エキムは計算をしているようだ。
「できそう?」
「うーん、わからない。俺にはまだ難しそう。もう少し勉強して考えてみるよ」
計算も昨日覚えたばかりだから、さすがに難しいか。
「ちょっと休憩。いっぱい考えたから頭がくらくらする」
今日もエキムは移動中ずっと問題解いていた。
タルブクを出発してから5日目、私たちは北に高い山脈を見ながら東に向かって進んでいる。多分この山脈の向こうが目的の北の平野になると思う。
「なあ、エキム。この先にも大きな湖ってなかった?」
「え、よく知っているね。イル湖という湖があるよ。みんなほんとにこの先初めてなの?」
今歩いている道は、リュザールたち隊商の人間もほとんど来ることが無いので、カインの人間で知っている者はあまりいないはずの場所なのだ。
「旅人から話に聞いてね。きれいな湖があるって言っていた」
この前海渡が騒いでいたやつだ。それは私も気になっていて、可能なら見てみたいと思っている。
「うん、きれいだよ。もしかして見てみたいの? 一日余分にかかっちゃうけどそれでよかったら案内するよ」
隊商のみんなも大丈夫だというし、エキムも問題ないと言ってくれたのでその湖を目指すことになった。
「明日の夕方には湖までいけるよ。近くに村があるからそこに泊めてもらおう」
明日は久しぶりに村に泊まることができそうだ。
今日も食事の後、ユルトの中で車座になって四人で話している。
「そこには隊商宿があるの?」
「うん、そこは魚が獲れるからね。それを目当てに行商人が行き来しているんだよね」
「「「魚!」」」
カインの近くにはシリル川が流れていてそこには魚も住んでいるんだけど、あまり大きな魚は見かけない。たぶん、氷河が溶けた水が流れている影響で、川が濁っていることも関係していると思う。それに、川の魚は山の動物や鳥たちが食べるから、他の食べ物がある人間がわざわざ魚を獲らないようにしているのだ。
「魚珍しいよね。俺の村でもほとんど食べないよ。あ、魚と言っても干したものだよ」
地球では海や川に行けば魚を釣ることもできるし、スーパーでは安くて新鮮な魚がいくらでも手に入る。それこそ、食べようと思ったら毎日食べることができるだろう。それだからこそ、魚の味を知っている私たちは、余計に口が欲してしまうのだ。
「それと、天気次第で無いこともあるからね。あまり期待しないでよ」
エキム、もう遅いよ。口の中は魚になってしまっています。
あとがきです。
「ソルです」
「ユーリルです」
「「いつもご覧いただきありがとうございます」」
「魚、食べられるかな」
「魚、こっちじゃ珍しいよね。そうそう、魚と言えば樹のとこのおじさん、魚釣りに行くんじゃなかったっけ?」
「うん、休みの日にね。最近では風花のお父さんと一緒に行くことが多いかな」
「そうなんだ。樹は行かないの?」
「うん、まあ、待つのが退屈で……」
「行ったことはあるんだね」
「……、なんだか楽しそうにしているから、そうかなって思ってついて行ったんだけど、食べる方がいいなって再認識した」
「ははは、釣るのはしなくても、魚を捌くのはできるんでしょう?」
「お父さんもお母さんも捌くのは得意じゃないから、釣ってきた魚は私(樹)が捌いているよ」
「おじさんってどんな魚を釣って来るの? アジとかかな」
「冬にはブリ、これからの時期はタイかな」
「ちょ、羨ましい……。おじさん結構釣りうまいんだ」
「そうかもしれないけど、スーパーに行けば手に入るのにって思いながら捌いてる」
「おじさんがかわいそう。それでは次回更新のご案内です。次回は久々の地球でのお話になります」
「お父さんもせっかくならイシダイとかクエとか、スーパーであまり見ない魚を釣ってくればいいのにね」
「ソル! 無理言いすぎ!」




