シグナル少女が追いかけてくる 〜信号無視から始まる逃走劇〜
まずい、遅刻する!
久しぶりに使うしかない。
学校までの最短ルート──近道。
木々が鬱蒼として不気味なので普段は通らないが、走り抜けていけば大丈夫だろう。
俺はいつもより二つ手前で角を曲がった。
周囲の景色が暗くなる。
朝だというのに、光がほとんど差し込まない──
はずだった。
不自然な赤い光。場に馴染まぬ発光体。
「なんで信号があるんだよ!」
いつの間にできたんだ、こんな狭い道に!
……周りには誰もいない。
無視しよう。誰もいないんだ。
俺は赤い光に照らされた横断歩道をそそくさと駆け抜けた。
「──止まれ──」
「うおっ⁉︎」
思わず振り返ると、すぐ後ろに少女が立っていた。
青い右目に赤い左目──オッドアイ。これは……!
無視しよう。
知らない人について行ってはいけない。
何より俺は今、忙しい。
「よし」
俺は彼女に背を向け走り出した。
「待て! 待たんか! 私を……信号を無視するでない!」
幼い見た目のわりには、妙に凄みを感じる話し方だ。
本当にヤバいやつかもしれない。
走りながら後ろを見ると、少女が青い右目を激しく瞬きさせていた。
アイドル顔負けの連撃ウインク? ちょっと可愛い。
しかし次の瞬間にはその右目が閉じられ、赤い左目がカッと開かれた。
「一時の停止もできぬ奴には、一時間の停止を命ずる!」
「……」
「命ずる!」
俺の走りは止まらない。
「なーんでじゃー!! なぜ《信号魔法》が効かんのじゃ!」
コイツの目的が分かった。《シグナル少女》、ひとまずそう呼ぼう。
信号機の化身なのか何なのか知らないが、俺の信号無視に腹を立てているのだろう。
だとすれば、なおさら全力で逃げなければならない。
ここで一時間も足止めされたら、一限目の鬼重先生にトドメを刺される。
「許せん! ぬおおお! 力ずくで止めてやるわ!」
シグナル少女(仮)が顔を真っ赤にして追いかけてきた。だが──
「甘いな、のじゃロリっ娘!
こう見えて俺は陸上部。県大会への出場を申し出た男!
そんな走り方で追いつけるかな??」
「だーれがロリおばばじゃ! もう手加減はせん!」
少女は血走った左目を閉じ、代わりに青い右目を見開いた。
「青の《進行魔法》──ブルーライト走法!」
さっきまでのドタドタ走りから一転、青い光を身にまとった彼女がスケートのように滑り始めた。
速い⁉︎
どういうことだ? あっという間に距離を詰めてくる。
……そうか、青信号は前進の象徴!
その推進力を利用して速度を上げたのか!
このままでは追いつかれるか?
いや、落ち着け。
「はあっ、はあっ、……お前、さては初めてだな? この道を走るのは。
この先に何があると思う?
……近道に特有のえげつないカーブだ。
そのスピードでは曲がりきれまい!」
「ふっふっふ……。おぬしの目は節穴かの?
見よ、あのカーブミラー!
鏡は光を反射する!」
「な、なにーーー⁉︎」
仕方ない、賭けるしかない。
最後のカーブ、完璧に曲がってみせる。
陸上部で『インコーナーの代名詞』と言われた俺の実力、見せてやる!
俺たちは死力を尽くして角を曲がった。
──その瞬間。
「──〝止まれ〟──」
若い男の凛々しい声が高らかに響いた。
青い右目に赤い左目──オッドアイ。まさか⁉︎
「赤信号
見ないで渡るの
怖くない?」
シグナル紳士⁉︎
……か、体が動かない!
「──《信号魔法》。赤信号を渡る前に使わなきゃ意味ないよね、お嬢さん?」
「た、確かに!!」
ふと見ると、目の前を何台もの車が行き来している。
カーブを曲がった先の信号、気づかなかった……。
「一時の停止もできないやつには、一時間の停止を命じよう」
その後、俺とシグナル少女(仮)は正座でみっちり説教を受けた。
信号無視、二度としない……。
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