3話 自縄自縛
まさに仁王立ち。
そんな表現が似合う風体で少女は入り口に立っていた。そしてその後ろには、同じく不機嫌顔の冒険者達が立っている。
少女は店主を見ると足音も荒々しく近づいてくる。
「ヴァレイさん。」
表情から察しやすい怒り声で少女は店主に話し掛けた。
「な、なんだい?」
ヴァレイと呼ばれた店主は及び腰で答える。
「依頼を真面目にやってくれない人にも報酬って払わないとダメなんですか?」
「おい!人聞きの悪い事を言うな!」
少女の問いに後ろの冒険者達が騒ぎ始める。
「貴方達は黙ってて!」
荒くれの男達を相手に一歩も退かない態度で少女が怒鳴りつける。
「まあまあ。落ち着いて、お嬢ちゃん。何があったんだい?」
ヴァレイがミストの隣の席を少女に勧める。
――おい、隣に座らせるなよ・・・。
ミストは内心で毒づくと、若干だけ身体をずらして隣に座った少女に背を向ける。
冒険者達も後ろのテーブル席に荒々しく腰掛けた。
「何もクソも無いです。」
少女は差し出されたグラスの水を一息に呷って、憤然と言った。
「私が話した依頼内容って覚えてますか?」
「・・・ええっと、学園で居なくなった妹さんを捜したいって話だったかな?」
「そうです。」
少女は頷いた。
「私、以前に妹の行方を確認する為に学園に行った事があるんですけど、その時に『そんな話は知らない』って言われたんです。私『そんなのおかしい』って言ったんですけど強引に追い出されてしまって。だから今回は街の人達なら何か知っている人が居るんじゃないかと思って、昨日1日手分けして情報収集をしたんです。」
「うん、それで?」
「そしたら『王立図書館の司書さんの娘さんも居なくなった』って話を聴いて。」
「うん。」
「それで王立図書館ならアノ人が情報収集に行った筈だから丁度良いと思ったんです。」
そう言って少女は冒険者の1人を指差す。
指を差された冒険者は不機嫌そうにソッポを向く。
「それで正午に合流した時にアノ人に訊いたら・・・行ってなかったんです。」
「どういう事だい?」
ヴァレイが続きを促す。
「何か話が咬み合わないし、ノラリクラリと話を逸らそうとするし、お酒の臭いもするしで何か色々とおかしいから、午後に私が図書館の司書さんに会いに行ったら『そんな人は来てない』って言われたんです。」
「それは・・・偶々その司書さんが彼を見なかっただけなんじゃないかい?」
「いえ、その司書さんは午前中はずっと入り口付近の書庫整理をしていたそうで『冒険者の風体をした人が来れば珍しいから絶対見逃さない』って言われたんです。」
「・・・。」
ヴァレイが冒険者達を見る。
彼らは気まずそうに視線を逸らしたままだ。
「それで四の鐘の集合時間に問い詰めたら、この人達、朝に私と別れてから再集合してお酒を飲んでたんです。」
――・・・馬鹿だねぇ・・・
ミストは内心で嗤った。こんな小娘に問い詰められたくらいで簡単に行動がバレてしまうなんて、やはり頭はすこぶる悪いんだろう。仕事に有り付けないのも頷ける。
「だから『報酬は払わない』って言ったら怒りだして、私に乱暴してお金を盗ろうとしてきたんです。」
「え!?」
ヴァレイが驚く。
「だ、大丈夫だったのかい?」
「はい、魔術を使って見せたらビックリしたらしくて、手を引っ込めました。」
「・・・そ、そうかい。」
「でも『金は払え。それが決まりだ。』って退かないので、『じゃあヴァレイさんに訊こう』って事で此処に戻って来たんです。」
「・・・。」
ヴァレイは情け無さそうな顔になる。
まあ、気持ちは判る。何でこんな馬鹿な話に付き合わされるのかって気分だろう。
「ヴァレイさん、どう思いますか?コレでも私はこの人達に報酬を払わなくちゃいけないんですか?」
「うーん・・・。」
ヴァレイは頬をポリポリと掻きながら答える。
「通常は仕事が成功しなくても、依頼に掛かった費用や依頼で拘束した日数分の費用は払うモンなんだよ。」
「そんな・・・!」
少女が叫ぼうとするが、後ろの冒険者達の歓声がその声を掻き消す。
「ほら見ろ!」
「さっさと払え!」
「但しっ!!」
ヴァレイは冒険者達を睨む。
「其れは真面目に依頼を遂行していた場合の話だ!」
「・・・。」
冒険者達の表情が情けないモノに変わる。
「依頼を受けるだけ受けて、真面目にやる気も無く『やったフリ』をする様な奴に報酬を払う必要は無い!」
ヴァレイの判断を聞いて少女はホッとした様な顔つきになった。
「じゃあ、払わなくて良いんですね?」
「ああ、今回は払わなくて良いよ。」
「良かった・・・。」
少女の張り詰めた顔が綻ぶ。笑えば未だあどけない。
「チッ。」
「ムカつくぜ。」
「ガキが。」
「覚えとけよ。」
冒険者達は舌打ちをすると店を出て行った。
其れを3人は見送ると、少女がヴァレイに頭を下げた。
「あの、有り難う御座いました。」
「ああ、いや良いさ。・・・其れよりこれからどうするんだい?」
「・・・。」
ヴァレイの問い掛けに少女は俯いた。
「どうしよう・・・。」
ヴァレイがミストを見た。
「お客さん、何か良い案はあるかい?」
「・・・。」
ミストは内心で渋面を作りながら黒豆茶を口に含んだ。
「・・・まあ、イマイチ話の要領を得ていないしな・・。」
「・・・。」
少女が期待を込めた視線でミストを見ている。
――・・・そんな目で見るなよ。鬱陶しい。
「あんた・・・名前は?」
「アリスです。」
「ああ・・・アリス、幾つか答えな。」
「はい。」
「お前、何で魔術が使えるんだ?」
ミストの鋭い視線に若干怯えるような表情を見せたが、アリスは確りとミストを見返して答える。
「セルディナのアカデミーで魔術を学んだからです。」
「アカデミー? 最近の学園は魔術も教えるのか?」
ミストがヴァレイに尋ねると店主は赤ら顔を横に振った。
「違うよ。4~5年前にセルディナで冒険者を育成する学園が出来たんだ。確か15歳くらいから入れて色々と冒険者に必要な技能を教えてくれるんじゃなかったかな。」
「ふーん・・・。」
ミストはアリスをジロジロと眺める。
「・・・15歳からなのに何で入れたんだ?」
「!」
ミストの問いにアリスの眉が跳ね上がった。
「私は17歳よ!!」
「ああ、そうなのか。それは済まなかったな。」
――そうは見えんな。
とは思ったもののミストは素直に謝罪した。
「私は其処で魔術を学んだの。」
アリスの自慢げな表情をミストは殊更やり過ごす。
「じゃあ、次の質問だ。」
「・・・。・・・ええ、どうぞ。」
アリスは若干不満げに頷く。
「お前はセルディナの学園に通ってたのに、何で妹はカーネリアの学園に通って居たんだ?実家はカーネリアなのか?」
「違うわ。私と妹のシーラはカーネリアの南に在るネイルの町の修道院にお世話になって居たわ。本当は私もカーネリアの学園に入る予定だったんだけど、セルディナのアカデミーに入りたいってシスターにお願いをして行き先を変更したの。で、シーラは予定通りにカーネリアの学園に通ったのよ。」
「・・・そうか。両親は?」
「知らないわ。修道院に捨てられてたらしいし。ボロを着た1歳くらいの私が生まれたばかりのシーラを抱えて修道院に立っていたんですって。」
「そうか・・・苦労したんだねぇ。」
ヴァレイがウンウンと頷く。
「・・・別に。私とシーラにして見れば修道院の生活が当たり前だったし。苦労したとは思っていないわ。」
「そうか、そうか。」
ヴァレイの反応にアリスは困った様な表情になる。
「質問を続けたいんだが。」
「ええ、どうぞ。」
ミストが口を挟むとアリスはホッとした様に頷いた。
「何故、妹が学園から居なくなったと知った?そして其れはいつ頃の事だ?」
「私とシーラは月に1回カーネリアで近況報告をしていたのよ。だけど先週の会う予定の日に彼女は現れなかった。こんな事は今まで一度も無かったから、何か遭ったのかと思って学園に行ったの。そしたら彼女が会う日の2日前から女子寮に帰ってきていない事が判ったの。」
つまり8~9日前の話という事か。
「で、お前はどうした?」
「学園に問い合わせたわ。そしたらその時は『今、捜索中で国にも届けた』と言っていたの。だから私は一度セルディナに戻ってお金を持って戻ってきたの。そしてもう一度学園に行ったわ。そしたら今度は前と違って『そんな話は知らない』って言われたの。以前の時と話が全然違うから、私『そんなのおかしい』って言ったんだけど強引に追い出されてしまって。」
「学園は何と言っていた?」
「捜索なんて話は知らないし、学園に行方不明者は居ないって言われたわ。」
「・・・。」
――・・・シラを切るか。強引にシラを切ったのは、アリスが子供だからと軽く見た上での事だろうが。
ミストは思案する。
――1度目は『国に届けた』とまで言って置きながらシラを切るのは、学園にとって探られては都合の悪い事が起きているのだろう。其れは間違い無い。そして「国に届けた事実」を誤魔化す努力をしていない時点で、国もコレに関与している可能性は高そうだ。つまり国と学園がこの事件を揉み消す方向に動いている可能性は否めない・・・。
関わるべきでは無いな。ミストはそう判断した。
「まあ、そうだな・・・。」
ミストは考え考え口を開く。
「正直に言えば見当は付かんな。悪いが俺は役に立てそうも無い。」
「・・・。」
アリスは俯く。
「もう1回、国に訴えてみたらどうだい?」
ヴァレイがアリスに言う。
「・・・はい・・・。」
「止めておけ。」
力なく頷くアリスに、思わず言ってしまってからミストは「しまった」と思った。
2人の不思議そうな視線がミストに集まる。
「・・・何で止めておくの?」
「・・・。」
ミストは眉間に皺を寄せてソッポを向く。
「ねえ、何か判ったなら教えてよ。」
「・・・。」
「ねえ・・・。」
アリスの目から涙が溢れ出す。
「・・・ハァ・・・。」
ミストは溜息を吐いた。
「コレは単なる推察だという事を忘れずに聴け。」
「うん。」
「先ず、お前の妹が何らかの事件に巻き込まれている可能性は高い。其れは判るな?」
「うん。・・・はい。」
言い直すアリスにミストは頷く。
「その事件に学園も絡んでいる可能性が高いのは察しが付く。」
「はい。」
「そして最初に学園は『国に届けた』とまでお前に言って置きながら、次にお前が捜索の進捗確認をしに行った時には『国に届けた事実』を誤魔化す努力もしないで、雑にお前を追い払った。お前が国に訴える恐れもある筈なのにだ。・・・何故だろうな?」
「・・・。」
アリスの視線が不安に揺れる。
「其れはつまり、お前が国に再度訴えても学園は痛痒を感じないと言う事だ。もっと言えば国も此の事件に関わっている可能性が高い。だから訴えられても痛く無いって事さ。」
「そんな・・・。」
「だから下手に国に訴えれば、お前に良くない事が起きる可能性もある。」
「・・・どうしたら良いの?」
アリスが問うてくる。
「・・・証拠を掴むんだな。居なくなった証拠では無く、此処に居る筈だと言う証拠だ。そして其の証拠を持ってセルディナに訴えろ。」
「セルディナに・・・? でも、他国の事に動いてくれるの?」
「確たる証拠が有って、其れが悪事の類いで有り、更に其の事実に国が絡んでいる場合は特別措置が執られる筈だ。世界の文明大国はそうやって国の不正に対してバランスを取っている。」
「・・・。」
アリスは信じられないモノを見る様な目でミストを見る。
ヴァレイが首を傾げた。
「でも、なんで居なくなった証拠じゃダメなんだい?」
「別に其れでも良いが、其れだとセルディナでは無くカーネリアが捜索する事になる。セルディナの監視が付くとは言え、誤魔化すのは容易い。結局は何の意味も無い。だからセルディナが即座に特別措置を発動出来る様に、妹の所在地と悪事の証拠を掴んで置く必要がある。揉み消されない様にな。」
「なるほど・・・。」
ヴァレイは感心した様に何度も頷く。
「但し。」
ミストは最後に言った。
「今の話は全くの想像だ。実際にはお前の妹が自主的に居なくなっただけかも知れんし、学園も困って誤魔化しているだけで、悪事なんて何処にも無いのかも知れない。其れだけは忘れるな。俺が今話したのは敢くまでも可能性の話だ。」
「判った。」
アリスが頷く。
「ま、頑張るんだな。」
ミストはそう言うと席を立ち上がった。
その裾をアリスが黙って掴んだ。
「・・・なんだ?」
ミストは猛烈に嫌な予感がしながらも、一応訊いてみる。
「手伝って。」
少女の口から飛び出した言葉にミストは自分の嫌な予感が百発百中で当たる事を改めて再認識した。
盛大に顔を顰めて、ミストは今日になって何度目かの溜息を吐いた。




