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神の去った世界で  作者: ジョニー
第1章 報仇雪恨
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1話 奸佞邪智



「おはよう御座います。」


 女性の声でミストは目を覚ました。




 視線を送れば部屋に入って来た女性給仕が朝の紅茶を淹れている。


『朝か・・・。』




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 ミストはこの王都でも有名な高級宿屋に宿泊した。通常の部屋でも一泊につき銀貨5枚が必要となる、明らかに国外の貴人を対象にした宿だ。


 昨晩、ミストは髪を整えてオーバーコートを脱いで腕に掛けると、ノーブルスーツを整えてこの宿に足を踏み入れている。


 身嗜みを整えれば、陰気な表情は隠さずとも貴人の様に振る舞えるミストである。




『急で申し訳無いが宿は空いているかね?』


 尋ねるミストの風貌を素早く確認したスタッフが丁寧に一礼する。


『勿論で御座います、ミスター。御一人様で宜しいでしょうか?』


『ああ、出来れば2~3日泊まれると助かるのだが。』


『是非、ごゆっくり為さって下さいませ。』


『助かるよ。』


 ミストはそう言って微笑むと躊躇いも無く金貨3枚を男に渡す。


『足りるかね?』


『充分で御座います、ミスター。』




 ミストは帳面に「アルバン=ベルザ=メレス」と偽名を書き込む。


『ご案内致します。』


 スタッフの男は名前を見て満足げに笑みを返すとミストを案内し始める。


『朝は二の鐘の頃に起こしてくれると助かる。』


『畏まりました。』


『朝食だけは用意を頼むよ。其れなりに確りと食べるつもりだ。魚が良いな。』


『仰せの儘に、サー。』




 どうもスタッフはミストの事を他国の貴族と見受けた様だ。まあ勝手に思い込んでくれるなら、わざわざ否定する必要もあるまい。


 ミストは殊更に宿屋の誤解を解く事も無く、高級宿で一晩を明かしたのだった。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 給仕が朝食の仕度を整えた頃にミストは話し掛けた。


「失礼、貴女はシャテルと言う貴族の御仁をご存知かな?」




 給仕の手が止まった。が直ぐに笑顔で応える。


「はい存じております。この国の子爵様で御座います。」


 しかし女性給仕の顔に一瞬だけ浮かんだ不快げな表情を、ミストは見逃さなかった。


 ――この子爵、相当に嫌われているな。




「其れは助かる。実は私はとある国の高貴なお方に仕える者なのだが、先日、我が主が子爵より商談の誘いを受けたのだよ。・・・だが、色々と噂の絶えない御仁と聞いていてね。私が内密に面会する事になったのだが・・・困った事に案内された手紙を紛失してしまったんだ。子爵家の場所を教えて貰えると助かるんだが。」




 戯れ言である。そんな有名人の家など調べれば直ぐに判る。ミストが訊きたいのは彼女が持っている子爵の噂話だった。彼女に限らず、高級宿のスタッフと言うのは何かと質の良い噂話を耳にしているモノだ。




「シャテル子爵様の邸宅は・・・」


 給仕が分かり易く所在地を教えてくれる。


「有り難う、助かるよ。」


「とんでも御座いません。」


「因みに貴女は・・・シャテル子爵について何かご存知かな?」


「・・・。」


 給仕は表情に緊張の色を浮かべて口を閉じる。当人の好き嫌いに関わらず、少なくとも仕事中は個人の情報は迂闊に漏らさない。良く教育されている様だ。


 ミストは言葉を続ける。


「無論、此処での私との会話が貴女の今後の人生に於いて微塵の影響も与えない事は約束しよう。」


「・・・。」


 給仕は逡巡の後、口を開いた。


「シャテル子爵様に関しては余り良いお話は聞きません。悪い組織と繋がりが在るとか、拐かしに1枚噛んでいるとか、国では認められていない快楽を与える薬に関わっているとか・・・」




 成る程、小悪党の噂話では良く耳にする話だ。特別に面白そうな話では無い。


 しかも、平民の間にまでこんな噂が漏れ流れているのならば、然程に頭は良くないと見える。或いは国が腐っているかのどちらかだ。いや、両方か。




 ミストは其の後も話を続け、幾つかの情報を引っ張り出すと女性給仕を解放した。




 朝食はミストの希望通り、魚料理が用意されていた。時間を掛けて其れを食すとミストは外出する。もう冬を迎えているこの大陸では、朝の空気が酷く冷たい。雨が降れば雪に変わるかも知れない。




「ふぅ・・・」


 ミストは曇り空を見上げると雑踏を歩き始めた。




 幾つかの場所を経て、更に情報を入手したミストがシャテル子爵邸に到着したのは昼を回り夕刻に差し掛かろうとしている頃だった。




 中々に大きな屋敷だ。


 シャテル子爵は領地持ちの諸侯では無く、王宮務めの貴族だった。とは言っても執務に携わっている訳では無く名ばかりの王宮貴族だった。


 それだけに持て余した暇な時間を悪事に当てて金を儲けていても何ら不思議は無い。小物ほどそう言った事をやりたがる。


 ――良い鴨だ。


 ミストは口の端を吊り上げると門兵に近づいていく。




「失礼、此方はシャテル子爵様の邸宅で御座いますな?」


「何だ、あんたは?」


 門兵はミストの整えられた身なりを見て、戸惑った様に尋ねる。




「私はアルバン=メレスと申します。子爵閣下が護衛を募集されていらっしゃると聞きましてご助言出来ればと思い参上した次第なのですが、お取り次ぎ願えますかな?」


「助言?」


「ええ、閣下の護衛の一助に為ればと考えて参上したのですが。」


「・・・待ってろ。」




 門兵の一人が邸内に引っ込むと、タップリと1000は算える程の時間を待たされた後に、ミストは邸内に案内された。




「お前か。儂に助言がどうのこうの言っているのは。」


 中肉中背に白髪のシャテル伯爵は小狡そうな視線を向けて、怪訝そうにミストを睨め付ける。




「はい、アルバン=メレスと申します。お忙しい中、お時間を頂き恐悦至極に御座います。」


 ミストは丁寧に一礼を施すと、普段の陰鬱な表情を完璧に隠して爽やかな笑顔を向ける。


「ふん、挨拶など要らん。要件を言え。」


「・・・」


 ミストは笑顔の仮面の下でシャテルを観察する。




 予想通りの小物の様だ。それに気も小さそうだ。不遜な態度を取って見せてはいるが、命の危機を感じているのかミストの話に興味を持っている。




 精々、踏んだくってやるとするか。ミストは内心で冷笑を浮かべると、心中とは真逆の誠実な笑顔をシャテルに向けて話を進める。




「実は、私はセルディナの魔術院の人間で御座います。」


「な・・・何、魔術院だと!?」


 シャテルは露骨に警戒の色を浮かべる。セルディナ魔術院と言えば由緒正しい魔術院で、其処に籍を置く者達は時に国家の大事にも大いに関わる事が在ると聞く。


 シャテルにしてみれば会いたくない連中の1つとも言える。




「はい。其処で魔術付与の研究を致して居りました。・・・ああ、ご心配には及びません。連中とは既に袂を分かって居りますので。」


 ミストは笑顔のまま片手を立てて見せる。


「私と彼らでは考えが合いませんでしてね。」


「ふん。」


 魔術院と考えが合わなかったと聞いて少し安心したのか、尊大そうにシャテルは鼻を鳴らした。


「で、要件は何だ。」


「はい。」


 ミストは笑顔で懐を弄ると1つのブローチを取り出して机の上に置いて見せる。




「・・・其れは何だ。」


「はい、閣下は護衛を集めていらっしゃると伺いました。」


「其れがどうした。高貴なる身分の者が護衛を付けるのが可笑しいか。」


「いえ、そうでは御座いません。閣下ほどの御方で在れば護衛の10や20は居て当たり前。私が申し上げたいのは『魔術に対しての備えは万全か?』と言う事です。」


「・・・」


 シャテルの眼が忙しなく動いた。


「魔術だと・・・?」


「はい。」


 ミストが頷くとシャテルは正に盲点を突かれた様な表情になった。




 ミストは心中でほくそ笑みながら話を続ける。


「古来より暗殺に於いて最も成功率が高いのは魔術を使った暗殺です。・・・と言うのも今の閣下を見れば判る様に、護衛に雇われるのは白兵戦専門の傭兵などが多く、魔術に造詣の深い者が雇われる事は少ない。」


「・・・。」


「故に魔術を使われると抵抗は出来なくなるのです。だから魔術師が暗殺に関わると事が成し易い。」


「・・・。」


 シャテルの心中が既に穏やかでは無い事は手に取る様に判る。




「其処で私が閣下の御身を魔術面から御守り出来ればと参上した次第で御座います。」


 シャテルの視線が机の上に置かれたブローチに注がれる。


「其れがこのブローチと言う訳か。」


「左様に御座います。私の得意分野は護符作りでしてね。まあ、効果の程は見て頂いた方が早いでしょう。・・・何処か広く閑散とした場所をお借り出来ますか?」




 効果を見せると言われてシャテルは多少信じる気になった様だった。暫く思案してから口を開く。


「なら裏庭が在る。彼所なら人目も無い。」


「結構です。」


 ミストは微笑んだ。




 案内された中庭はやや薄暗く余り良い雰囲気の場所とは言えなかった。其れだけに昏い人生を歩んできたミストには逆に居心地の良さを感じる場所だった。




「中々に良い庭ですな。」


「早く効果とやらを見せろ。」


 ミストの感想を無視してシャテルは急かした。




 本当に気の小さい男だ。ミストは冷笑する。




「そう慌てずに。ではブローチの力を解放します。このブローチを持って『私の目を見て下さい』」


「わかった。」


 シャテルが言われるままにブローチを持ちミストの目を見る。




 ミストがブツブツと呪文を詠唱し始めた。


『・・・ソーサル=ダズル』


 やがて詠唱が終わるとシャテルの身体がビクリと震える。




「もう結構です。」


 ミストは笑みを浮かべるとシャテルの手からブローチを受け取り、中庭の地面が剥き出しになった部分に置いた。




「では行きますよ。このブローチはどんな魔術にも高い防御性能を見せますが、閣下にも分かり易くお見せする為に攻撃魔法を使って見せましょう。」




 シャテルが頷くとミストが詠唱に入る。


『蒼の月と深き真名。古の二つ名に於いて力を示せ・・・ソーサリーボルト』




 ミストの前に翳した手から青白い光弾が飛んでいき、ブローチに激突する寸前に・・・光弾が掻き消された。


「おお・・・」




「さて、では今度はもっと強力な魔術で効果をご覧頂きましょう。」


「あ、ああ。」


 シャテルは息を呑んで頷くのを見て、ミストはブローチに手を向けた。


『蒼き月と白夜の王の名に於いて彼の者を穿つ楔となれ・・・ソーサリー=ストーム』




 途轍もない魔力の奔流がブローチに向かって直進し、そして先程と同様にブローチの手前で掻き消される。




「如何ですか?」


 ミストがニッコリと微笑むとシャテルは手を叩いた。


「素晴らしい。コレは本物だ。」


「お気に召された様で何よりです。」


 ミストが一礼するとシャテルは小狡そうな表情でミストに尋ねる。


「しかし、コレほどの品だ。さぞかし高価なのだろうな?」


「勿論です。一流の魔術師が1年もの歳月を費やして完成させた護符です。金貨にすれば150枚は下りません。」


「な・・・150枚だと!?」


 高いとは思っていたのだろうが、まさか邸宅1軒分にも匹敵する様な金額を提示されるとは思わなかったのだろう。


「幾ら何でも高過ぎるぞ。もっと安くならんのか!」


「魔道具とはそういったモノで御座います。」


 澄ました表情でミストは言ったが、


「・・・チッ。」


 シャテルが苦虫を噛み潰した様な表情で舌打ちをするのを確認してミストは微笑んだ。


「ですが、今の私は魔術院とは縁を切った身です。閣下とは今後とも良いお付き合いをさせて頂きたいと言う思いも込めまして、特別に金貨100枚でお譲り致しましょう。」


「・・・安くしすぎでは無いか?」


 シャテルが疑惑の眼差しを向けてくる。




 ――其処まで馬鹿じゃ無いか。


 ミストは内心で苦笑した。




「そうでしょうな。ですが理由は明らかですよ。魔道具の関係は売買されたら魔術院に『誰が何を持っている』と登録する義務が在るのです。この登録料とその他諸々の雑費を合わせて金貨が50枚ほど必要になって来ます。その経費を省いたんですよ。」


「・・・本当か?」


「嘘だと思うならご自身で調べてみれば宜しいでしょう。其れに私としましては閣下にご購入頂かなくとも他に売り先は幾らでも御座います。」




「待て待て。判った100枚で買おう。」


 シャテルの言葉に、ミストは『この安物』が相場の100倍以上の金額で売れた事にほくそ笑んだ。



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