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神の去った世界で  作者: ジョニー
第二部 奸雄騙天
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序章



 カーネリア大陸最大の国――カーネリア王国。




 大陸の南東に位置するこの比較的温暖な国は、世界でも有数の巨大な港を有し、世界中の大国と交易を重ねる富の国である。


 また近くの鉱山では巨大な金鉱脈が発見され、この国が富を溜め込む事態に拍車を掛けていた。


 そうなれば世界の豪商達がこの国に集まってくるのは必然であり、カーネリアは近年希に見る程の繁栄を築いていた。




 セルディナ公国が産業の大国であるとするならば、カーネリア王国は商業の大国であった。






 そして大国の王都とも為れば、当然、様々な人々が集まってくる。




 商売目的で目欲しい場所を探す露天商や行商。


 「物珍しい物でも在れば」とやって来た冷やかし客に純粋な買い物客。


 何処から来て何処に向かうのか通り過ぎる老若男女に、そこら中を走り回る子供達。




 通り沿いの店の前では店員が客を呼び込む声が響き、違う場所では値段交渉のやり取りの声が周囲に漏れている。とにかく沢山の叫び声や怒号、談笑の声などが往来を賑わせていた。




 そんな大通りを一歩外れて路地裏に入れば、怪しい雰囲気の店の扉が姿を見せる。


 金貸しの店に無頼漢の溜り場、賭場や花売りの店など、子供を持つ親が我が子を遠ざけたがる様な店が建ち並ぶ。




 カーネリア王都の下町は、その様に陰と陽が肩を並べて存在する危険と魅惑に満ちた場所だった。






 そして、そんな昼間の大通りを1人の男が歩いていた。




 男の名はミスト。




 年齢は30を過ぎたくらいだろうか。色々と昏い事情に首を突っ込んでは金を手にしている、余り大っ広げには口に出来ない稼業を生業にしている男だった。


 陰鬱な顔の眉間に深い皺を寄せて、詰まらなそうに歩く長身痩躯の男は、視線を時折鋭く周囲に投げては直ぐに表情を戻して溜息を吐く。




 ――・・・つまらん。




 ミストは内心でボヤく。




 ――・・・期待の仕事は外れで、序での仕事すら見つからん。




 身なりは決して悪くない。高級な生地で仕立て上げた黒地のノーブルスーツをオーバーコートの下に纏っている。其れなりの金を持っているだろう事は想像に難くない。




 ミストはやがて一軒の酒場に視線を向けた。




 『依頼酒場』・・・大きな町では良く見掛ける簡易冒険者ギルドの様なモノだ。飲み食いの他に、ギルドと契約して流れてきたF~Eランクの依頼を幾つか取り扱っている酒場だ。




 ミストは其方に歩みを進めて、中に入っていく。




 古い木造建物特有の湿気た臭いと安い酒の臭いの入り交じった下町酒場独特の臭いを嗅ぎながら、ミストはカウンターに腰を下ろす。




 背後のテーブルが並ぶ席では数グループの男達が酔って騒いでる。安物の革鎧に変哲の無い鉄剣をテーブル横に立て掛けている辺りを見ると、依頼に有り付けなかった冒険者と言った処だろうか。




 赤ら顔の禿げ上がった店主がミストに食事を注文を催促する。




「何にする?」


「何があるんだ?」


「魚なら朝に港から仕入れてきたばかりのクエ鯛があるぜ。肉ならワイルドボアの肉を行商がさっき卸していった。」


「・・・」


 魚は魅力的だが、腹を満たしたい今は肉だなとミストは決める。


「肉料理を頼む。分厚いステーキにしてくれ。あとパンと2品くらい添えてくれ。」


「あいよ。酒は?」


 店主の視線にミストは頭を振った。


「俺は下戸なんだ。紅茶か何かを頼む。」


「黒豆茶があるが。」


「其れで良い。」


「全部で銅貨22枚だ。」


 ミストは黙って青銅貨2枚と銅貨2枚を置く。




 受け取った店主が調理に入るのを眺めながらミストは後ろの男達の話に耳を傾ける。


 しかし染みったれた冒険者達の、況してや酔っ払いの駄弁りなどから、耳寄りの話など出て来よう筈も無くミストは昼食の出てくるまでの時間を無駄に費やすハメになった。




「お待たせ。」




 店主から出てきた皿料理をミストは受け取る。




 『ジュウジュウ』と音を立てて焼き上がったワイルドボアのステーキからは肉汁が染み出ており、香ばしい薫りも相俟って食欲をそそる。


 ミストは早速その分厚いステーキにナイフを差込む。更に脂が大量に溢れ出る。大口を開けてフォークでその肉切れを放り込むと、臭みも感じず肉の旨味だけが口内に広がる。




 ワイルドボアの肉なんて臭みが強くて良く下拵えをしないと普通は受け付けないモノだが、コレは美味い。


 ミストは店主に声を掛ける。


「良い腕だな。」


 店主はニヤリと笑う。


「そう誉めてくれる客はあんたが久しぶりだ。ウチに来る客なんて、たらふく飲めて腹が満たせりゃ何でも良いって連中ばかりだからな。」


「成る程、勿体ないな。」


 半分は世辞だが店主は気分を良くした様子だった。




 ミストは食事を続けながら話し掛ける。


「しかしセルディナ公国には参ったな。」


「セルディナがどうかしたのかい?」




 店主が話しに乗ってきたのでミストは作り話を始める。


「ああ。あそこで何かマズい事が起きてるって知り合いに助けを求められて出向いたんだがな。到着した頃には事態が解決したとか何とかで仕事に溢れちまった。」


「ああ・・・」


 店主は何か思い返すように言う。


「確か・・・邪教がどうのって・・・。なんか滅んじまうかも知れないなんて噂が立ってたよ。セルディナが滅んだら次はカーネリアだってみんな騒いでたな。」


「其の話だ。」


「でも1ヶ月くらいでそんな噂話も無くなったし、もう大丈夫なんじゃないかい?・・・まあ、あんたには無駄足だったかも知れないが。」




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 ミストが信じられないのは正にその『1ヶ月』と言う点だった。




 調べた限りでは、その邪教と言うのは知る人は震え上がる「オディス教」だったと聞く。正真正銘の邪教で狙われた国はどんな強国でも滅ぼされると言う隠れた噂だ。


 仮に国が有能な人材に恵まれていて解決の方向に舵を取れたとしても、とても1ヶ月なんて短期間でどうこう出来る相手では無かった筈だ。




 だが、解決してしまった。


 実際にミストはこのカーネリアに来る前にセルディナに行った訳だが、王都内の平穏ぶりには閉口するしか無かった。




 国が破滅級の混乱を迎えれば、必ずミストが望む様な「稼げる仕事」の1つや2つは転がっている筈だと当たりを付けて、わざわざ遠路遙々イシュタルからやって着たのに結果は空振りである。




 もう少し調べてみたが邪教らしき影は確かに存在していた様だ。だが、その全てを排除した若き英雄達が5人も6人も居たらしい。




 とんでも無い話である。


『全く、人のメシの種を潰してくれるとは。』


 1人勝手な不満を心中に渦巻かせながら、ミストはセルディナを出ることにした。早々に。




 若き英雄とやらがどんな奴らかは知らんが、邪教の侵略を1~2ヶ月足らずで退けてしまう様な、そんな化け物染みた奴の側になど居たくは無い。


 其れにセルディナは暫く安泰だろう。幾ら留まってもミストが望む様なメシの種には有り付けまい。




 そう言う訳で仕事を空振ったミストは、せめてもの思いで近隣の大国であるカーネリアに足を伸ばしてみたのだ。この国も色々と不穏な話を抱えているそうだが。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「何か面白い話は無いのかい?」


 食事を終えたミストは黒豆茶を含みながら何でも無さそうに店主に話し掛ける。


「面白そうと言ってもなぁ。」


 店主は煙管を燻らせながら視線を彷徨わせた。


「ここ1年くらいは物騒な話ばかりで面白い話ってのは無いかなぁ。」




 その物騒な話って奴を聞きたいんだが。


 微妙にニュアンスが通じていない事に戸惑いを感じた事など尾首にも出さずにミストは尋ねる。




「じゃあここ最近の物騒な話って言うと何が在るんだい?」


 ミストの問い掛けに店主は記憶を探り始める。


「そうだな・・・。・・・そう言えば、平民が通う学園で女子生徒が何人か居なくなったって話が在ったな。」


「・・・」




 ミストは想像を広げる。


 もし仮にその生徒達を探す事になり目出度く発見したとしよう。相手は平民の子供達だ。親達から得られる報酬はどんなに多く見積もっても金貨10枚を超える事はあるまい。発見までにどのくらいの経費が掛かるか予測も付かないが、儲けを考えると・・・ダメだ。興味が湧かない。




「・・・他には?」


「他? ・・・うーん、そうだな・・・。」


 店主は天井を見上げる。


「ああ、そうか。あんた仕事探してるんだっけか。なら・・・この国の貴族様でシャテル子爵様ってお人が護衛を集めていたな。あんた話しっぷりからも腕が立ちそうだし行ってみたらどうだ?」


「護衛か・・・。」


 基本、護衛は危険が伴う割には大した儲けが期待出来ないので、ミストは護衛の仕事はやらない。しかし・・・。


「そのシャテル様ってお人は何で護衛なんて集めてるんだい?」


 集める理由には興味が在る。




 店主が顔を寄せて声を顰める。


「デカい声じゃ言えないが昏い噂の絶えないお人でね。大勢から恨みを買ってるんだよ。で、今回も何かデカい恨みを買ったんじゃないかって話しさ。」


「ほぉ・・・。」


 ミストは思案する。


 ――・・・少しは金に成るかも知れないな。


 ポケットの中のブローチを弄びながら考える。


「有り難う、後で行ってみよう。」


「お、役に立った様で良かったよ。」


 店主が笑うとミストも笑って銀貨を1枚置く。


「なんだい?」


「情報料だ。俺の中では当たり前に支払うべき金だから遠慮無く受け取ってくれ。」


「そうか、悪いな。」


 店主は機嫌良く受け取りミストのカップにサービスの黒豆茶を注ぐ。




『キィ・・・』


 と店の入り口が開く音がした。




 ミストはチラリと横目で入店者を盗み見る。




 小柄な風体に旅用のコートを羽織った者が立っている。目深に被ったフードから正体は判らないが恐らく子供だろう。


 その者は暫く店内を伺うとカウンターに近づきミストの近くに立って店主に話し掛けた。




「此処は依頼酒場だと聞いて来たんだけど・・・」


 若い娘の声が聞こえてくる。


「ああ、そうだよ。」


 店主が答えると、娘らしき者はフードから見える口の端をホッとした様に緩める。




 そしてフードを外した。


 やや長めに伸ばされたスミレ色の髪と、同じスミレ色の瞳が印象的な整った顔が現れる。少女は大きめのポシェットから金貨を数枚取り出すとカウンターに置く。


「だったら依頼をしたいんだけど。」


 気の強そうな双眸が期待を込めて店主を見つめる。




「・・・」


 店主が困った様な顔をして金貨を少女の手の中に戻した。


「嬢ちゃん。勘違いをしている様だけど此処は依頼を受ける場所じゃ無くて、ギルドから分配された依頼を冒険者達に斡旋する場所なんだ。だから新規の依頼をしたいなら、冒険者ギルドに行ってみると良い。」




 少女は俯いた。


「・・・行ったわよ。」


「え?」


「もう行ったって言ったの!」


 店主がミストを見遣る。


 ミストは肩を竦める。


「行ったんなら依頼は出来たんだろ?」


 店主が尋ねると少女は首を振った。


「依頼できなかったわ。依頼内容を伝えたら『其れは冒険者ギルドでは受けられない』って言われたのよ。」


「そりゃまた何で?」


「知らないわ。」


 店主が再びミストに視線を投げるがミストは視線を逸らした。面倒な臭いがする。関わらない方が得策だ。


「どんな内容を依頼したんだい?」


「人捜しよ。学園で行方不明になった妹を捜して欲しいって依頼をしに行ったら断られたのよ。」


「・・・。」


 店主が困った様な表情になった。




「ごちそうさん。」


 ミストは席を立った。




 その学園の行方不明事件は多分だが禁忌の類いなんだろう。触れてはいけないか、国が内偵しているのか。いずれにせよ民間で関わって良いモノでは無さそうだ。


 もし仮にあの娘が金貨の100枚も報酬に見せていれば、ミストが名乗りを上げる処だったのだろうが金貨数枚程度では割に合わないにも程が在る。




 其れよりも店主が話していた貴族護衛の件だ。シャテル子爵と言ったか?


 明日にでも寄ってみよう。




「取り敢えず、今日の寝床を探すか。」


 ミストは再び大通りの雑踏の中に溶け込んで行った。




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