88話 その後 1
物語の山場は越えました。
後片付けのお話を少々、記して参ります。
もう暫くお付き合い頂けると嬉しいです。
宜しくお願い致します。
冒険者ギルドにシオン達が顔を出すと、ギルド内に一瞬の静寂が訪れた。
「・・・。」
6人を皆の驚愕の視線が出迎える。
「た・・・ただいま。」
居心地の悪さを感じて戸惑い気味にシオンが挨拶すると
「「「帰って来たーっ!!」」」
荒くれ男共の歓声がギルドを壊さんばかりの大咆哮となって6人を包み込んだ。
ミレイが泣きながらシオンに抱きつく。
「お帰り、シオン君!よく無事で・・・。」
「ミレイさん・・・。」
自分が未熟な頃からずっと面倒を見てくれたミレイの背中を、シオンは微笑みながらポンポンと叩いた。
「よお、戻って来たな、英雄。」
「ウェストンさん、今、戻りました。」
「ああ、お帰り。」
ウェストンは頷くとミシェイルとアイシャに視線を向ける。
「ミシェイル、アイシャ。よく無事に戻って来た。」
ミシェイルとアイシャは恥に噛んだ様に頭を掻きながら返事を返す。
「はい。」
「えへへ、頑張りました。」
少し離れた所でセシリーが冒険者達に肩を組まれて困り顔をしている。
「おいっ、オマエラ!その方はアインズロード侯爵家の御令嬢だぞ!首が飛ぶぞ!」
ウェストンが慌てて怒鳴り、下心まる出しで肩を組んでいた冒険者達が仰天して跳び離れる。
「も・・・申し訳在りません!!」
平身低頭する男達に、セシリーは乱れた髪を直しながら苦笑する。
「良いんですよ。」
その近くでルーシーが高位と見られる冒険者達から強烈なアピールを受けていた。
「お嬢さん、回復師だろ?」
「今度、ちょっと大掛かりな依頼を熟しに行くんだけど一緒に行かない?」
「今度、ウチのパーティに・・・。」
「・・・」
シオンはその様子を目にすると無言でルーシーの所に歩いて行く。そしてルーシーを勧誘する冒険者達と引き攣った笑いを浮かべながら何か言い合いを始める。
「カンナ嬢もお疲れでした。」
ウェストンは小さなノームの娘に笑いかける。
「いや、私は何もやってないよ。」
テーブルに無造作に置かれた皿のポテトを一切れ口に放り込みながら、カンナはニッとウェストンに向かって笑う。
「守ってやるつもりだったが私の力なんか必要ともせずに、あの子等は自分達だけで事を片付けてしまった。大したモノさ。」
「そうですかい。」
ウェストンは冒険者達に揉みくちゃにされる5人の若者達を見て目を細めた後に吠えた。
「よし、宴会の準備だ!総出で英雄達の帰還を祝うぞ!」
未だ太陽は中天に差し掛かったばかりに過ぎない昼日向のギルドに歓声が鳴り響いた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
夕刻に始まった宴会に参加して、そのままギルドに泊まった6人はウェストンと共に、翌日の朝、当然の様に王宮に呼び出された。
出迎えたブリヤンとマリーが笑顔で1人1人と握手を交わしていく。ブリヤンはセシリーにやや強めの抱擁を行い、恥ずかしがったセシリーに引き剥がされていた。
「何でマリーさんが此処に居るの?」
シオンが尋ねるとマリーは肩を顰めた。
「まあ・・・色々あってね。」
通された場所は謁見の間では無くやや広めの会議室だった。
「謁見の間じゃ無いんだな。」
ミシェイルがヒソヒソとシオンに耳打ちしてくる。
「謁見の間の方が良かったのか?」
とシオンが尋ねるとミシェイルは首を振った。
「いや、逆だよ。彼所じゃ無くて良かったと思ってさ。あっちは貴族様やら何やらがたくさん居るし、緊張して困る。」
「はは、確かにな。」
シオンが笑うとブリヤンが言った。
「今回に関しては相手が『神』という事も在ってね、余り大々的な場を設けるのは好ましく無かったんだよ。実情を把握していない者から見れば『世界の守護神と戦った』と言う風に見えるからね。追々は理解を求めるにしても段階を踏む必要が在る。」
「なるほど・・・。」
ミシェイルが感心した様に頷く。
「じゃあ、あたし達もあんまり今回の事は人に言わない方が良いんですか?」
とアイシャが質問するとブリヤンは頷いた。
「そうだね。そうして貰えると助かるよ。」
「解りました、誰にも喋りません。」
生真面目に頷くアイシャにブリヤンは微笑む。
やがて扉が開き、ロイヤルガード、プリンスガード、プリンセスガードが入室してくる。そしてアスタルト、シャルロット、エリスが入室し、最後にレオナルドが入室した。
一同が立ち上がりロイヤルファミリーに深く頭を下げる。
全員が着席するとレオナルドはシオン達を眺めた。
「大した子達だ・・・。」
小さく呟く。
「若き英雄達よ、良く戻った。」
レオナルドの激励にシオン達は頭を下げる。
「今回の戦いは厳しいモノで在ったと推察する。ご苦労だった。」
「有り難きお言葉、光栄に存じます。」
シオンが代表して返礼の辞を述べる。
「うむ、では、今回はどのような結果になったかを聞かせて貰おうか。」
「は。」
シオンが頷き冒険のあらましを語り始める。
天央12神も1枚岩では無く様々な思惑が在った事、主神を撃破した事、その後にはグースールの聖女レシスを主神に据えて天央12神が新たに生まれ変わった事。
「成る程・・・では、我々は天央12神を切り捨てる必要は無いという事だな?」
レオナルドが尋ねるとシオンはカンナを見た。
カンナが口を開く。
「即座に動く必要は無い・・・と言った方が良いかも知れんな。聖女レシス様は真に信が置ける女性だった。また、その身を護るクリオリング殿も。ただ組織という物が必ずしも個人の性質を反映するモノとは限らない、と言うのもまた事実。・・・この辺りの理屈は私などよりも陛下やブリヤン殿の方が良くお解りでいらっしゃるだろう。」
「様子を見よ・・・と言う事か。」
「御意。」
カンナの返答にレオナルドは頷いた。
「ブリヤン。」
「は。」
「イシュタル正教会への働きかけは暫く留めよ。」
「畏まりました。」
ブリヤンは一礼すると控えの従者に視線を送り、それを受けた従者が部屋を出て行く。
「さて、カンナ殿。」
アスタルトがカンナに呼び掛ける。
「何かな?」
「ビアヌティアン様の所には、いずれ報告に出向かれると思うのだが。」
「そうだな。」
「いつ頃に出向かれるご予定かな?」
カンナはアスタルトの問いに暫く考えていたがやがて答える。
「そうだな。彼の御仁も結果を早く訊きたいだろうし、明日か明後日にでも。」
アスタルトがレオナルドを見た。レオナルドが口を開く。
「では、明日にして貰えると有り難い。余も同行する。」
「ホ・・・。」
カンナは少し驚いた様に瞠目したが直ぐに頷いた。
「承った。時間などは・・・。」
そう言うとブリヤンが答える。
「では詳細はこの後にお伝えしよう。」
簡易的な報償の儀が執り行われた。
6人が並び立ち、シャルロットとエリスが1人1人に声を掛けながら報償が記された賞状を渡していく。
「シオン、お疲れ様でした。貴男と友人になれた事を誇らしく思います。」
「有り難う御座います、殿下。」
シャルロットは微笑みエリスから受け取った賞状を渡す。
「もっと遊びに来なさいよ。」
と、小声で不満を述べながら。
「はい。」
苦笑しながらシオンは受け取った。
6人への授与が終わり2人が席に戻るとレオナルドは言った。
「英雄達よ、本当にご苦労で在った。其方達の働きが無ければ、この国のみ成らず世界中の人々がそうと知らずに暗雲の中に引き擦り込まれて居ただろう。公王として心より感謝する。」
「・・・」
名君に感謝の言葉を述べられて若者達は少なからず感動し、頭を下げた。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
翌朝は絶好の外出日よりだった。
「・・・。」
シオンは目を覚ますと、隣のベッドで眠るルーシーの横顔を呆然と眺めた。
――・・・何で寝ちまったんだ・・・。
少なからずルーシーと2人で家に帰って来た時、シオンは『あの日』の続きをする気満々で居た。
ルーシーが作ってくれた夕食に舌鼓を打ち、湯浴みを済ませ、顔を赤らめるルーシーとそれぞれのベッドに潜り込んだ。
ルーシーの表情を見て、シオンは「彼女もその気になってくれている」と確信していた。他愛も無い話をし始め、いつ彼女のベッドに移ろうか、などと考えて居る内に・・・目が覚めた。
「クッ・・・馬鹿なのか、俺は。」
寝てしまった理由は解っている。
愛する少女の手料理で腹を満たして、彼女の優しい声と笑い声で心を満たされた結果・・・彼は余りの居心地の良さに緊張感を解いてしまったのだ。そして実は嘗て無いほど疲れていた彼は、そのまま寝てしまった。
こんな事なら最初からルーシーをベッドに招き入れるべきだった。いや、しかし其れはルーシーへの配慮として礼儀を欠いているんじゃ無いか?いや、しかし何もせずに眠り転けるなど女性に対して最大の侮辱では無いか?いや、しかし・・・。
ベッドに突っ伏して悶々とシオンが悶えていると
「シオン?」
と可憐な声が聞こえて来た。
ギョッとなってシオンが顔を上げると、ルーシーが美しい紅の双眸をコチラに向けて不思議そうに見ている。
「どうしたの?」
「あ、ああ、いや何でも無い。おはよう。」
シオンが慌てふためきながら挨拶をすると、ルーシーはニッコリと微笑んだ。
「うん、おはよう。」
返事を返してくる彼女の様子を見る限り、彼女は気分を害してはいない様だった。
極薄のシルクの寝着から覗くルーシーの胸元に一瞬だけ目を奪われたシオンは慌てて視線を逸らす。
「集合まで・・・あんまり時間が無いな。」
「そうだね、朝食はギルドで摂る?」
「・・・そうするか。」
ルーシーの朝食にありつけなかった事を少しだけ残念に思いながらシオンは頷いた。
其れよりもだ。
「ええと・・・。」
シオンは言い淀む。
「?」
ルーシーはシオンの言葉を待つ。
意を決してシオンはルーシーに頭を下げた。
「ゆ・・・昨夜はその・・・寝てしまって済まない。」
「あ・・・。」
先刻からシオンの様子がおかしかった理由を知ってルーシーは顔を赤らめた。
「う・・・ううん。き・・・気にしないで。」
ルーシーは両手を振って見せる。
「シオンの気持ちはちゃんと聞いているから何とも思ってないよ。・・・私は・・・その・・・ゆっくりで良いと思ってる。」
「しかし・・・。」
「それに・・・。」
ルーシーは悪戯っぽく笑って見せる。
「子供みたいに急に寝ちゃったシオンが何か可愛かったし、良いもの見れたなって思った。」
「・・・。」
今度はシオンが赤面させられる羽目になった。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「寝た?・・・馬鹿かお前は・・・。」
カンナが小声ながらも呆れた表情でシオンを見上げる。
「自分でもそう思う。」
面目無さそうなシオンにカンナは苦笑いする。
「・・・まあ、ルーシーが気にしてないようだし良いけど。」
要は2人とも、未だ未だ互いに子供だと言う事か。或いは互いに深く信じ合っているか。
・・・後者かな。カンナはそう結論づける。
やがて出発を知らせるラッパが鳴り響く。
公王を乗せた王家専用の馬車には美姫も一緒に乗り込んでいる。その後ろにはやはり同じく王家専用の馬車が続き公太子と未来の公太子妃が乗り込んでいる。この周囲を40騎のロイヤルガード達が取り囲み、その後ろにはブリヤンなど何人かの重臣を乗せた馬車が複数台、付き従う。其れを60騎の騎士達が護衛する。
「壮観だな。」
カンナが公王の行列を観て呟いた。
そう言うカンナ達は行列の最後方から騎馬に乗ってポクポクと付いて行く。
シオンの前にルーシーが乗り、ミシェイルの前をカンナが陣取り、アイシャの後ろにセシリーが乗っている。
「カンナさんなら、あの位の行列は観たことあるんじゃ無いの?」
カンナの呟きにミシェイルが反応して尋ねる。
「まあな。でも行列の関係者になったのは初めてだ。」
「ああ、成る程。確かにそうそう在る事じゃ無いよな。・・・なあ、カンナさん。」
ミシェイルは前からカンナに訊いてみたい事が在った。
「なんだ?」
ミシェイルは一瞬だけ逡巡するが覚悟を決めて尋ねる。
「俺にも魔法の才能って在るのかな!?」
「無いよ。」
あっさりと即答するカンナにミシェイルはガックリと首を落とした。
「そっか・・・無いか・・・。」
その様子に周りの4人がクスクスと笑いを堪える。
一頻り笑いの発作を抑えるとセシリーがアイシャに言った。
「アイシャ、ゴメンね。」
「何が?」
「私がみんなと一緒に行きたいって我儘言ったせいでミシェイルと同じ馬に乗れなくなっちゃって。」
「ん!?」
突然デリケートな事を口走るセシリーにアイシャの馬の操作が乱れる。
「ちょっとセシリー!急に変なコトを言わないで。」
「え?変かな?」
「そ・・・そんなコトは気にしなくて良いから!」
「そう?」
「そうだよ!」
「こんなノンビリとみんなで何処かに行くのって初めてだね。」
楽しそうに言うルーシーにシオンが苦笑する。
「護衛の騎士達はノンビリとは程遠いだろうけどな。」
「そうなの?」
ルーシーはシオンを振り返る。
「でも、騎士様が100人くらい居るんだよ。あんな凄い行列に襲い掛かろうなんて人は居ないでしょ?」
「まあ、確かに。よっぽどの馬鹿か大集団でも無い限り、手は出さないだろうけど。」
以前にアスタルト達が同行してビアヌティアンの所に赴いた時も同じくらいの人数の騎士が護衛に就いていたが、今回は公王自らも同行している。
公王護衛は騎士にとって最大の名誉であり自然と気持ちは昂ぶるモノらしい。恐らくノンビリとは真逆の精神状態の筈だ。
賊だろうが魔物だろうが、現れたら揚々と剣を掲げ、其れこそ水を得た魚の様に生き生きと戦いに臨むだろう。
不用意に襲い掛かった者達には、同情してしまい兼ねない程の悲惨な運命が待ち受けているのは火を見るよりも明らかだ。
「まあ、どちらにせよ俺達が戦いに駆り出される事は無いと思うよ。」
シオンがそう結論付ける。
目指すレイアート遺跡、ビアヌティアンが言う罪の墓場は通常は馬を飛ばして2刻ほどで到着する。とは言え公王を乗せた馬車をそんな速度で飛ばす筈も無く、予定では一泊の野宿の後、翌朝に到着する予定だ。
そして日も暮れ始めた頃、一軒のやや大きめな建物が現れた。
アイシャが小首を傾げる。
「あんな建物、前は在ったかしら?」
「無かったわ。造ったんでしょうね。」
セシリーが予想を口にする。
建物にロイヤルファミリーとガード、重臣達、其れにシオン達が入ると、騎士達は張りきった様子で建物の護衛に立ち始める。
建物内部は簡素な造りとは言え、護衛しやすい様に見通しよく造られていた。
その一室にシオン達とブリヤンが入り込んでいる。
「・・・いずれ陛下が赴かれる事は判っていたからな、直ぐにこの建物を造らせたのだ。四方や陛下に野宿して頂く訳には行かないのでな。」
セシリーの問い掛けにブリヤンはそう答えた。
「其れよりもだ。カンナ殿。」
ブリヤンは姿勢を改めてカンナを見た。
「何かな?」
カンナもブリヤンを見た。
「うむ、カンナ殿は伝導者として長く旅を続けて来られたと聞いている。」
「そうだな。」
「今後も・・・つまりこの件に片が付けば、また旅に出られるのか?」
「・・・。」
ブリヤンの問いに全員の視線がカンナに集まった。
其れは一度は確認したいと皆が思っていた事だった。
「・・・。」
カンナは一同の顔を順々に見て返す。
今までに何度も権力者達に言われて来た事だった。権力欲に塗れ、様々な欲望に溺れた者達の打算塗れの誘い。彼女の持つ知見を欲し、カンナを自分の手元に縛り付けて自分の為だけに利用しようとする浅ましき者達。
『此処に留まって自分の為に其の知見を捧げよ。』
恥じらいも無く其れが当然であるかの様に言ってくる傲慢な者達。
そんな者達にカンナは何時も嗤って答えたものだ。
「愚かな寝言も寝てから言うから嗤えるんだ。お前のような馬鹿の放つ、欲望に塗れた臭い息を嗅ぎながら此処に留まれと?何の拷問だ。馬鹿が移っても困るから私は行かせて貰うよ。」
大概は怒り狂った権力者達が襲い掛かって来るので、簡単な魔法でこっ酷く撃退してやるのだが。
つまらない過去の経験を思い返す。
だから、カンナは笑って言った。
「まあ、確かに長く旅をしてきて些か疲れたな、とは思うよ。此処らで少し脚を休めても良いかな?と思うくらいにはね。」
「・・・!」
隣に居たルーシーがカンナに無言で抱きつく。
そしてポツリと
「良かった・・・。」
と呟く。
皆が自分が留まる事を純粋に喜んでくれている。こんな愛想も無く、他人に興味を持たない自分の残留を。こんなに気の良い仲間を手放すのは惜しい。なかなかに得がたい感情じゃないか。
「以前の報償の儀に於いて我がセルディナはカンナ殿に永住権を与えては居る。しかし其れに対して我々はカンナ殿の意向を確認していない。・・・改めて確認させて欲しい。此れから先も我々にその叡智を貸して頂けるだろうか?」
ブリヤンの問いにカンナは頷く。
「そうだな。コイツらがいずれ産み出すだろう子供達が、せめて邪教などと言う下らないモノに怯えないで済む様な時代を作る為の手伝いくらいならさせて貰うかな。」
「有り難い。」
ブリヤンは座りながら騎士礼の形を取り、感謝の意を示す。
ふとカンナはシオンと視線が合った。
少年の安堵した様な笑みに、カンナは間違って無かったなと思った。




