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神の去った世界で  作者: ジョニー
第7章 天の回廊
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86話 決着



 激しく輝いた人形の光が薄らいでいく。




 フルフェイスの兜を被り、シオンと同じ蒼金の鎧を纏う騎士にシオンが声を掛ける。


「クリオリング殿。」




 騎士はゆっくりと振り返ると、シオンを眺め一礼をした。




「竜王の御子よ。四方や私を呼ばれるとは思わなかった。」


 クリオリングの声が静かに広間に響く。


 地底城で出会った時の狂気と憎悪に歪んだ声では無い。恐らくは彼本来のモノで在ろう理知的な声だった。




 シオンは微笑んだ。


「この戦いを終結させるに、最も相応しい人物を呼んだつもりです。」




 その言葉にクリオリングはゼニティウスを見遣る。シオンが言葉を続ける。


「あの男が天央12神の主神ゼニティウスです。貴男が忠誠を誓った、心優しき聖女達を闇に堕として1400年もの長きに渡り苦しませ続けた張本人だ。」




 クリオリングから圧倒的な怒気が膨れ上がる。




「感謝します。竜王の御子・・・いや、シオン=リオネイル殿。貴男が託してくれたこの役目、騎士の誇りと剣を賭して必ずや遂行してご覧に入れましょう。」




 蒼金の騎士から背中越しに聞こえて来る声には揺るがぬ決意が滲み出ていた。




「任せます。」




 シオンの声を受けて、クリオリングは大剣を鞘から引き抜いた。




 其れを見てゼニティウスが嗤う。


「何をするかと思えば、素性も知れぬ騎士等に戦いを預けるとは。」


 ゼニティウスは狡猾な笑みを浮かべるとシオンに言った。


「御子よ。この者がお前の代理人と言う事で良いのだな?」


「そうだ。」


 シオンは頷く。


「ならば御子よ。1つ賭けをしようでは無いか。」


「賭けだと?」


 ゼニティウスの言葉にシオンの眉が動く。


「そうだ。この決戦に他者を介入させたのはお前だ。ならば、もし俺がこの騎士を斃したならば俺の勝利とし、お前達は敗北を認めて何もせずに速やかにこの場を去れ。」


「そんな事を許すと・・・!」


 激昂して叫ぶルネをシオンは片手で制した。




 ゼニティウスにして見れば、もはやシオンは強すぎて手に負えないのだろう。故にこの提案を以てシオンを一旦退け、その後に控えの従神達を呼び出し戦力を整える算段を立てている事は直ぐに判る。或いは逆にその戦力を以て、地上に攻め込んで来るかも知れないし邪教と手を組む可能性も有る。




 だが当人は気付いていない様だが、この男は既に一度、闇の力を取り込む禁忌を犯している。その行いは『負の属性』が司る秩序無き行為で在り、いわゆる邪神に墜ちているのだ。




 つまりこの男は自ら天央12神の主神としての立場を、己が行動を以て放棄しており、従神達の力を借りることは既に出来ない身なのだが、果たしてそれに気付いているのか?




「・・・まあ、其れを眺めるのも一興か。」


 シオンは突き放すように嗤う。


「何?」


 ゼニティウスの訝しげな表情を無視してシオンは口を開いた。


「・・・良いだろう。斃せたらな。」




「シオン!?」


 ミシェイル達は驚いてシオンに駆け寄ろうとする。


 当然だ。突然、シオンが見知らぬ騎士を召喚したかと思えば、その騎士に戦いを預けてしまい、剰えゼニティウスの都合に塗れた提案を受け容れてしまったのだ。


 何をやっているのかと、其の真意を訊きたかった。




 が、其れをルーシーが止めた。


「大丈夫。・・・多分、あの騎士様が勝つわ。」


「ルーシーは知っているの?あの騎士を。」


 問うセシリーにルーシーは首を振った。


「直接は知らない。でもクリオリング様はシオンが地底城で戦った人。グースールの聖女様を最後まで護ろうとした人だわ。・・・そしてシオンが勝てる気がしなかったって言っていた人。」


「え!?」


 ミシェイルが驚愕の声を上げてクリオリングを見遣った。




 地底城でのシオンの会話をルーシーは思い返す。


 最初は何でも無い様な口調で話していたシオンだったが、結局、道中で彼はルーシーに打ち明けていた。


『10戦やったら多分、俺が負け越しただろう。6-4・・・いや7-3くらいか。勝てたのはその3が偶々1回目に来ただけで俺の運が良かった。』




 勿論、あの時のシオンよりも今のシオンは格段に強くなっている。でも、剣技だけなら地底城のシオンも相当なものだったと思う。其れを同じ剣技で圧倒した騎士クリオリング。


 しかも今のクリオリングはシオンの濃密な神性に依って創られた身体をして立っている。




「ハッハハッ!・・・忘れるなよ。神同士の誓いだからな。」


「貴様と一緒にするな。お前がクリオリング殿を斃せれば見逃してやるさ。」


 シオンの台詞にプライドを傷付けられたのか、ゼニティウスの表情が怒りに歪む。


「見逃してやる、だと?・・・何処までもこの主神たる俺を舐めおって・・・!」




 やはり気付いていないのか、自分が邪神に墜ちている事に。まあ、この後の戦いで直ぐに気付くだろう。


 シオンは薄く嗤う。




「後悔するがいい!」


 ゼニティウスは吠えて大剣を振り翳しクリオリングに躍りかかった。




 流石に主神を名乗り、覚醒前のシオンと互角に剣を交えただけの事はあった。迫力に満ちた一撃がクリオリングに振り下ろされる。


 しかし蒼金の騎士は其れを大剣で真正面から受け止めて見せた。




『ギィィィィンッ!』


 壮絶な金属の衝突音が広間を蹂躙する。




 其れを合図にするかの様に、両者は激しく剣を打ち交わし始めた。シオンの残月と違い、両者とも両手で振るう大剣を振り合うのだ。


 唸りを上げて打ち込まれる一振り一振りが、相手の鎧を砕き必殺の一撃を加えられる威力を持っている事は疑い様も無い。




 空を裂く裂帛音と共に剛剣が唸り、振り降ろされ、斬り上げられ、横に薙がれ、突き出される。


 最初は互角に剣を交えていた両者だが、次第にクリオリングの手数が増えていく。


 ゼニティウスはクリオリングの大剣の直撃は避けているものの、掠めた一撃一撃がゼニティウスの黄金の鎧を削り取っていく。




 クリオリングの脚が前に伸びてゼニティウスを強く蹴り飛ばした。


「グォッ」


 思わず呻くゼニティウスを置き去りに、クリオリングは跳んだ。まるで背に翼が生えたかと錯覚してしまいそうな程に高く跳躍したクリオリングは、床から驚いた様に見上げているゼニティウス目掛けて大剣を振り翳し落下していく。




「!!」


 ゼニティウスは思わず横っ飛びに床を転がりその一撃を回避した。


 巨獣さえも一撃で仕留めんばかりの威力を持った一撃が床に叩き付けられる。爆音が響き渡り土煙が舞い上がる。




 煙の中から立ち上がったクリオリングは威風堂々たる姿で剣を構え直し、ゼニティウスに再度斬りかかった。




「!」


 慌ててゼニティウスも応戦するが、今の一撃に完全に気勢を削がれていた。


「クッ・・・!」


 ゼニティウスは焦る。


 眼前の騎士が此処まで出来る戦士だとは思わなかった。全てを見下すこの男の悪癖が、又もや自らを窮地に追い遣った事を知る。




「おのれ!」


 ゼニティウスは切り結んだ相手の剣を弾くと後方に跳んだ。




 如何に白兵戦に長けていようとも相手は騎士だ。神仙術に対しての防御力は皆無だろう。稲妻を創る為に左手に力を込める。


「此れでも・・・」


 喰らえと言い掛けて、ゼニティウスは気付いた。




 念じれば集まる筈の神性がまるで集まって居ない。いや、自らの体内に一級神から譲り受けた強大な神性そのものが感じられない。在るのは元から自分が持っていた僅かばかりの神性のみだ。


 どうなっている!?




 シオンは首を振った。


「此処までやらなければ気付けないとはな。」




 ゼニティウスは屈辱に顔を赤らめて叫んだ。


「神仙術など無くとも剣のみで斃してくれるわ!」


 開き直った怒号と共にクリオリングに再び斬りかかる。




 其の攻撃は先程よりも激しさを増し手数も増えた攻撃ではあったが、其れは逆上したが上のモノであり、計算もフェイクも混じらない只の乱雑に打ち付ける攻撃に過ぎなかった。




 そんな攻撃が歴戦の強者たるクリオリングに通用する筈も無く。


「・・・」


 クリオリングは其の攻撃を完璧な防御を以て防ぎきる。


 そして大剣を握っていた片方の手を放すと、其の豪腕を唸らせてゼニティウスの頬に渾身の拳を叩き付けた。




「グハァァッ!」


 重い鉄塊と何ら変わることの無い拳を不用意に叩き付けられて、ゼニティウスは呻きながら後方に吹き飛んだ。




「・・・すげぇ・・・。」


 クリオリングの戦い振りに魅入っていたミシェイルがポツリと驚嘆の声を上げる。


「本当にシオンはあの騎士に勝ったのか?」


 カンナがルーシーに尋ねるとルーシーも少し戸惑った表情で頷いた。


「え・・・ええ・・・。シオンはそう言っていたけど・・・。」




 クリオリングが見せる余りの強さに、シオンの言葉を微塵も疑っていなかったルーシーでさえも流石に言葉があやふやになる。




「1000と400年だ・・・。」


 クリオリングはゼニティウスに歩み寄りながら口を開いた。


「言葉にすれば僅かの時間。しかし其の時間の何と長かった事か。」


 騎士の長靴に踏みしめられた床の破片が砕け散る。


「我らセイントガードが打ち砕かれた誇り。本当に護りたかった聖女様達が闇に墜ちる姿をお止めする事が叶わなかった嘆き。罪も無くただ安寧を求めただけの善良な人々を護れなかった屈辱。」




 再び膨れ上がる果てしなき怒気。




「ま・・・待て!」


 ゼニティウスが後退る。




「ただ・・・護りたかった。だが、何1つ護る事は叶わなかった・・・。」




 ルーシー達は悲痛な表情でクリオリングの独白を聞き続ける。


「その心引き裂かんばかりの無念を・・・1000と400年に渡り、恥を晒しながら抱えて存在し続けた。」


 クリオリングの視線がルーシーに向けられる。


「だが心優しき巫女様が現れ、我らを蝕む闇を祓って下さった。・・・そして心優しき御子殿が、我らの未来を切り開く剣を与えて下さった。」




 そしてゼニティウスを見る。




 狼狽えたゼニティウスが叫ぶ。


「貴様ッ、本当に神を・・・主神たる神を斬るつもりか!?」


 クリオリングは薄く嗤う。


「私は神狩りの騎士。今更躊躇う理由など何処にも無い。」


 その台詞にゼニティウスは何かに思い当たった表情になる。


「そうか、貴様!あの魔女共を殲滅した時にグレスバーナを斬った騎士か!?」




 無言のクリオリングにゼニティウスはニヤリとほくそ笑む。


「フッハハ!闇に墜ちた愚者がたかだか従神を1人屠った程度で神狩りを名乗るなどと片腹痛い!」


 そしてゼニティウスはシオンに祓われた闇の力を再び召喚する。


「・・・良いだろう!闇には闇の力を以て応じてやろう。御子の神性で創られた身体とは言え、魂自体は一度闇に墜ちたモノ。そんな魂など簡単に闇に還してやる。」


 ゼニティウスの全身から触手の様に黒い蛇が生える。


「光の力に加え、闇の力すらも手中にした俺を見くびるなよ。」




 自分が邪神に墜ちたと、何故気付かないのか。


 シオンは心底呆れる。




 ゼニティウスは未だ自分に主神たる光の力が宿っていると考えて居る様だ。光と闇が同居するなど有り得ないと言うのに。


 御子となった今なら其れが感覚として良く判る。仮に光と闇が同居したとしても、其れは最早まともな存在とは言えない。


 まさしく混沌の塊と言った存在で、極めて脆い不確定なモノとなる筈だ。そんな存在に恐れを抱く必要も無い。




 神々の理を何1つ学んで来なかった男の滑稽な姿に逆に怒りが湧いてくる。この様な幼稚な存在が主神を名乗り、其れに人々は誑かされ翻弄され続けて来たのか。




 そして其の怒りは此処に居る全員が感じて居た。




「さあ、闇に呑まれろ!」


 ゼニティウスが無数の蛇を放つ。


 蛇はクリオリングに突き刺さると瘴気と化して騎士を呑み込もうと纏わり付く。




 が、一閃。闇が斬り払われる。そして二閃、三閃と闇は斬り払われて行き、瘴気の闇からクリオリングが飛び出した。




「!」


 ゼニティウスが避ける間もなくクリオリングの大剣が閃き、ゼニティウスの右腕が吹き飛んだ。


「ウォォォッ!」


 苦悶の叫びを上げるゼニティウスの後方に、大剣を持った儘の右腕が転がる。




 蹲るゼニティウスを見下ろすクリオリングの視線に強烈な殺気が漲る。


「・・・もはや崇めるべき聖女様も居ない。頼るべき仲間も居ない。護るべき民衆も居ない。居るのは護るべき者の全てを失った愚か者が1人のみ。・・・だが、其れでも怨敵は今私の目の前に居る。」




 血の涙を流す蒼金の騎士は大剣を高々と振り上げた。


「ま・・・待て!俺は神だぞ!」


 残った左腕を前に翳してゼニティウスが叫ぶ。




「この剣、貴様の為だ!!」




 クリオリングの怒号と共に大剣が振り下ろされ、ゼニティウスから大量の血が噴き出した。




 邪神は仰け反り地に倒れた。






 静寂が訪れる。


「お見事でした、クリオリング殿。」


 立ち尽くす蒼金の騎士にシオンは後ろから声を掛ける。




 クリオリングは振り返るとシオンに片膝を着いた。


「貴方のお陰で、我が悲願を成就させる事が叶いました。心より感謝申し上げます。」


 シオンは首を振った。


「俺は切っ掛けを作ったに過ぎない。全ては貴方の仲間を想う心が成した業です。」


「・・・この大恩、永久に忘れませぬ。」


 永く辛い刻を過ごした蒼金の騎士の双眸から歓びの涙が流れる。




「ククク・・・」


 くぐもった嗤い声が仰向けに倒れていたゼニティウスから聞こえてくる。




「・・・。」


 シオンとクリオリングは黙ってゼニティウスを見る。




「愚か者共め・・・。俺が主神で在る事を忘れたか。例え一時、俺を斃したとしても、俺には混沌期を鎮めた功績が有る。其の功績を以て天界に導かれる事が約束されて居るのだ。」


 ゼニティウスは顔を醜く歪ませて嗤う。


「天界に導かれた後は・・・覚えていろ。神の軍団を作りあげて必ず天罰を喰らわせてやる。貴様等も貴様等が守ろうとする地上のゴミ共も全てな。」


 嘗ての主神から吐き出される壮絶な呪詛は、しかしシオンに依って一笑に付された。




「何が可笑しい!」


 ゼニティウスの怒りに満ちた声にシオンは冷徹な視線を向けた。




「其れは貴様が天央12神で在った場合の話の筈。闇に呑まれ邪神に墜ちた貴様が天界に導かれる事は無い。」


「何を・・・!俺がいつ邪神などに・・・」


 叫ぶゼニティウスの周囲に瘴気の沼が現れる。


「!?・・・な・・・何だ此れは!?」


 焦るゼニティウスの身体がゆっくりと沼に呑まれていく。




 沈んで行くゼニティウスにシオンは言った。


「本当なら俺が力ずくで貴様を奈落に叩き落とすつもりで居たんだがな。手間が省けた。」




 理解が及ばずに沈む自分の身体を見て、慌てふためきながらゼニティウスは誰にとも無く叫ぶ。


「何故だ!何故この俺が!」




 最早話す気にもなれないシオンは最後の一言を投げつける。


「説明した処で貴様には受け容れられんだろうよ。・・・安心しろ。先に墜ちた者が居る。ソイツと仲良く奈落を這い回るが良い。」




「やめろ!俺は主神なんだぞ!?何故この俺が・・・!!」




 その台詞を最後に、天央12神の主神は奈落に墜ちていった。









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