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神の去った世界で  作者: ジョニー
第7章 天の回廊
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85話 天央神の真相



 静寂が訪れた。




 シオンもカンナ達も、横に立つルネでさえも質問の意味が解らずにクリソストの横顔を見た。此れまでの2神の会話にも不明な点は幾つも在った。特に・・・


 邪教徒に崇拝されている『奈落の王・最奥のアートス』とは何者なのか?


 崇拝されているのはグースールの魔女では無かったのか?




 この2点だけは確認したかった。しかし・・・。




『お前は何者だ?』




 此の、凡そ従神が主神に向けられる質問とは思えない程に突拍子も無い内容の問いは、全員の注意を引くに充分なモノだった。




 『何者』とはどう言う意味か? 天央12神を束ねる主神では無いのか?






「何者・・・とはどう言う意味だ?」


 ゼニティウスも、まさにシオン達が抱いた疑問その儘を口にしてクリソストに訊き返す。


「余は主神。お前達3人の従神と8体のゴーレムを束ねる神の軍勢の指揮者だが?」




 ゼニティウスの返答にクリソストは微塵も表情を変えない。クリソストは更に質問を重ねる。


「オーグヘルム様はどうした?」


「!」


 ゼニティウスの表情が一変する。




「・・・何の事だ?」


 クリソストからさり気なく視線を逸らす。しかし上擦った声は、平然を装ってとぼけようとする言葉とは裏腹に明らかに動揺している事を周囲に知らせていた。




 従神は話を続ける。


「時の袋小路に入る前、一級神より天央の主神に任じられたのはオーグヘルム様であった筈だ。主神にオーグヘルム様、従神に儂とエーベルハストとグレスバーナだった。次の控えには・・・。」


 そこまで言うとクリソストはルネを見る。


「此処にいるルネと後は未だ時の袋小路に眠る2名の従神候補、そしてゼニティウス、主神候補のお前であった筈。」


「・・・」


 ゼニティウスは語るクリソストに視線を合わせない。


「だが・・・時の袋小路から解放された折りに我ら従神の上に主神として立っていたのはオーグヘルム様では無くお前であった。本当は袋小路から降り立ったあの場で尋ねたかったが、あの時点では既に主従の縁が結ばれてしまっていて尋ねることが叶わなかった。・・・もう一度訊こう。オーグヘルム様はどうした?」




「・・・。」


 青筋を浮かべ詰問に対する不満を露わにするもゼニティウスは答えない。


「答えよ、ゼニティウス。」






 本来ならば主従の関係を蔑ろにしているクリソストには、真なる神々が定めた『天罰』に因る消滅が始まっていても良い筈だった。


 しかし其れが起こらないと言う事はクリソストが言った様に、上位者となったシオンに依る『天央12神の否定』が原因となって、ゼニティウスとクリソストの間に在った筈の主従関係が崩れているのだろう。




 ゼニティウスの脳内は沸騰寸前だった。天央12神の主神・・・謂わば世界の最高峰に君臨している筈の自分がこうも追い詰められている現状が受け容れ難かった。




 100年の監視役であったエーベルハストの呼び掛けに応じて目覚めていたゼニティウスは、竜王の巫女が誕生していた事を知っていた。しかし所詮は不安定な存在だと高を括っていた。


 御子が誕生した事も知っていたが軽視して居た。伝導者など歯牙にも掛けて居なかった。




 其れが新興の邪神グースールと和解をして邪教徒の大主教を屠り、古の時代に『守護神となって天央12神の威光を世に知らしめよ』と命じた筈のビアヌティアンの導きを受けて、此の神の居城に乗り込んできた。


 クリソストも呼び覚まして守護を命じたが、この男は戦いもせずに御子達に道を譲った。やむなく控えの従神からルネを召喚したが、この娘も敢え無く敗れ去った。




 不甲斐ないこの者達と地上の不心得者達のせいで、この忌まわしき御子は力に目覚め、今や自分が絶体絶命の窮地に立たされようとしている。




 何という体たらくか。


 この主神たるゼニティウスを何と心得ているのか。全ての者達がひれ伏し、崇められるべき存在で在るべきで在ろうが。




 主神としての品位など、其の座に就いた時から見失っていた男の醜い本性が爆発する。






「ふん、オーグヘルムだと?・・・屠ってやったのよ!このゼニティウスがな!」




 開き直った怒号が広間に木霊する。




「やはり、そうで在ったか・・・。」


 クリソストは瞑目する。


「或いはそうでは無いかと思ってはいた。時の袋小路の中で唯一行動を許されたのが、主神で在ったオーグヘルム様と主神候補のお前だけで在ったのだから。」


 クリソストの呟きをゼニティウスは鼻で嗤った。


「当然だろうが。奴よりも俺の方が力は上だったのだ。其れなのに何故、奴の方が先に主神の座に就くのだ? 一級神の目は節穴と呼ぶほか在るまいよ。俺が正義の名の下にオーグヘルムを始末して貴様等を導いてやったからこそ、地上の平定も滞り無く済んだので在ろうが!」




 ゼニティウスの誇らしげな顔を見てクリソストは首を振った。


「オーグヘルム様の指揮でも問題無く平定は出来たさ。あの方が先に主神の座に就いたのは、ゆくゆくは後進として主神の座に就くであろうお前に主神としての在り方を学んで貰う為だったと言うのに。」


「そんなモノは不要だ!」


 ゼニティウスの啖呵を呆れるようにクリソストは眺める。




「考えても見よ。天央12神の中で元人間で在ったのはお前1人だろうが。其れは何故だ?・・・答えは簡単だ。知有種の中で人間が最も精神的に未熟で在ったから、力は在ろうとも神の座には選べなかったのだ。」


「では何故俺は選ばれたのだ!」


「一級神は・・・真なる神々は、其れでも大きな慈愛を持ち可能性の塊でもある『人間』と言う種族を愛していたのだよ。我々エルフや其処のノームの娘からしたら羨ましい限りさ。・・・だから神は人間の中から力を持っていたお前に期待をし学ばせようとした。」


「下らん。」


 ゼニティウスは吐き捨てる。




 クリソストはルネを見た。


「ゼニティウスよ。本来なら1400年前の平定時に死したグレスバーナの補充として直ぐに従神を・・・このルネを召喚していた筈だ。其れが、窮地に陥った今になってやっと召喚した理由も簡単に察する事が出来る。・・・お前は一度、この主従を解消するつもりで在ったのだろう? 」


「・・・」


「貴様の悪行を知りながら協力していたエーベルハストはともかく、真相を知られたくない儂とグレスバーナには消えて貰った方が都合が良い筈だ。だから儂が朽ちる時を待ってから、従神を纏めて補充するつもりだったのだろう?」


 ゼニティウスはクリソストを睨め付ける。


「・・・だから彼奴らと戦いもせずに通したのか。」


「そうだ。・・・真相を確認もせずに死んでやる訳にも行かんからな。」


「だったらもう用は済んだだろう!さっさと力を寄越せ!」


 ゼニティウスは吠える。




 その場に居る全員がクリソストの異常に気付いたのはその時だった。




 クリソストの身体が徐々に薄れてきている。


「貴様!何をしている!?」


 主神が愕然となって従神の所行を見咎める。が、クリソストは意に介さなかった。


「・・・我々、初代の天央神達は道を踏み外していたのだ。速やかにこの地を去るべきだった。・・・過ちを取り返す事は出来ぬ。斯くなる上は、一度滅び、大罪に関わっていない後進達に後を委ねるべきだ。」


「何を言っている!?」




 クリソストはシオンを見た。


「竜王の御子よ。貴方の手でゼニティウスを斃して欲しい。・・・ただ、このルネと、何も知らずに時の袋小路の中で眠り続ける12神候補者達に罪は無い。この儂の命に免じて、ルネ達は許してやって欲しい。」


 シオンは頷いた。


「解った、クリソスト殿。貴方の願いを受け容れよう。」




 クリソストは微笑むとシオンに向けて頭を下げる。




「クリソスト様!」


 泣きはらすルネの頭をクリソストはそっと撫でる。


「ルネよ。不甲斐ないこの師を許してくれ。だがお前は強い子だ。己が成すべき事を考え、道を歩む事は出来る筈。」


「・・・はい。」


 今や遠目には姿を確認出来ない程に薄くなってしまった姿でクリソストは微笑んだ。自ら消滅を選んだ師に対してルネは一礼する。


「貴方から教えて頂いた事の1つ1つをルネは忘れる事は在りません。我が身が朽ちるまで貴方を尊敬致します。大恩の師クリソスト様。」


「ありがとう・・・。」




 その一言を以てクリソストは消えた。




「おのれ・・・どいつもコイツも・・・!」


 ゼニティウスの歯軋りと共に漏れた怨嗟の声にシオンが振り向く。




「・・・結局は貴様が全ての元凶で在った訳だ。」


 シオンが言う。




 ルネが黙って剣を引き抜きゼニティウスを睨みつけ前へ踏み出す。


「止せ、ルネ。」


 シオンがルネを制止した。ルネの力量ではゼニティウスには敵わない。


 しかしルネは首を振った。


「止めないで下さい、御子様。敵わぬ迄も、せめて一振り。」




「駄目だ。」


 シオンは否を撤回しなかった。


「この場での貴女の命運はクリソスト殿より俺が預かった。罪を悔い自らを裁かれた者の願いを蔑ろにする事は出来ない。」


「・・・。」


 ルネの肩が小刻みに揺れる。


「気持ちは判る。だが、あの男を斃すに相応しい者が他に居る。・・・今、その者に呼び掛けている。少し待て。」


 シオンはゼニティウスを見ながらルネにそう言った。


「相応しい者・・・?」


 ルネはシオンを見上げる。






 ゼニティウスは窮地に立たされ、辛うじて残っていた主神としてのプライドも消し飛んでいた。


「虚仮にしおって・・・。おのれ・・・何もかもが許せぬ・・・。」


 怒りと憎悪に歪み歯軋りを繰り返す。


 しかしその表情が一変し、正に邪悪と言っても過言では無い笑みが浮かぶ。


「どうせ余の思う通りに成らないのならば・・・全てを呑み込んで無に還してやる。」




 ゼニティウスの身体に変化が起こる。


 神性が薄れていき、足下から異様な臭気を漂わせた黒い霧が立ち上る。




「瘴気だと!?」


 カンナは驚く。


 光の神の使いである天央12神の、況してや其の主神が尋常では無い濃度の瘴気を呼び寄せたのだ。


「シオン!早くソイツを斃せ!厄介な事になるぞ!」


 カンナが叫ぶ。




 しかしシオンは動かなかった。そして呟く。


「・・・アレが人間の持つ能力か・・・。」


 光の力を得ながらも、心を邪悪に満たして闇の力を手中にする。




 この強欲さ、器の大きさこそが人間の持つ美徳であり悪徳なのか。




 シオンは瘴気に包まれて闇の力を増大させていくゼニティウスを眺めながら尋ねた。


「カンナ、ルネ。お前達ノームやエルフにアレが出来るか?」




 2人はシオンの問いに首を振った。


「出来よう筈も無い。通常、相容れる事の無い『光と闇』を同時に身体に取り込むなど・・・化け物の類いだ。」




 瘴気が弾ける。




「!」


 全員がゼニティウスを見た。




 嘗ての光の主神は、今やその双眸に瘴気に冒された証の赤い光を滾らせて、巨大な闇の力と神性の両方を全身から吐き出していた。




「邪神・・・。」


 カンナが呻く。




「最奥のアートスとやらから譲り受けた力か?」


 尋ねるシオンに答えるかのようにゼニティウスが吠え、全身から闇の蛇を無数に飛ばした。




 黒い蛇がルネを突き飛ばしたシオンに襲い掛かる。轟音を上げてシオンに突撃した黒い蛇は、しかし、シオンに触れる前に消えて行った。




『グオォォォッ』


 ゼニティウスは再び吠えて、跳躍しシオンに剛剣を唸らせて斬りかかった。




 激しい金属音が鳴り響き、シオンの残月が其れを受け止める。ゼニティウスから放たれた剛剣の一振りは先程までの威力を凌駕していたが、竜王の御子は其れを平然と受け止めて弾き返す。


 ゼニティウスの双眸が強烈に輝き、破壊の視線がシオンを襲う。が、シオンは其れすらも見きり、手でその威力を受け止める。




「!?」


 ゼニティウスの狂化した表情に驚きの色が浮かぶ。




「無駄な足掻きだ。」


 シオンはそう言うと光の翼を広げて、目にも止まらぬ速度を以てゼニティウスを打ちのめす。そしてもう片方の翼で邪神を呑み込むと邪神の絶叫が響き渡る。




 強烈に何かが焼ける異臭が立ち籠める。


 シオンが翼をどかすと、其処には瘴気を焼き尽くされて元の姿に戻ったゼニティウスが居た。




「馬鹿な・・・。」


 呆然とゼニティウスは呟く。




「・・・便利なモノだな。・・・殊、瘴気関連には無類の力を持つようだ。」


 シオンは光の翼を見遣りながら詰まらなそうに言う。そして、立ち尽くすゼニティウスに視線を向けた。




「さて、この1400年にも及んだ愚かな舞台も終演の刻だ。」




 シオンの両の翼が背中から剥がれ、御子の前方に浮かぶ。両の翼は混ざり合い光の塊となった。


『・・・エターナル』


 詠唱と共に、光の塊が姿を変え始める。




 其れは大剣らしき物を手にした人の形に変わっていく。




「さあ、此処に出でよ。」


 シオンの言葉に応じる様に何かが舞い降りる。見えない其れはシオンの指先に導かれる様に、シオンが生み出した光の人形の中に入り込んでいく。




 人形が激しく輝いた。







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