84話 御子の覚醒
蹲るシオンの身体から溢れ出た光は、大きく伸びていき1つの形を形成していく。
「何だコレは・・・?」
ゼニティウスが呻く。
是れまでのシオンから放たれる神性も主神たる自分に匹敵する程の強大さを持っていた。しかし今、目の前から放たれている神性は、ゼニティウスを大きく凌駕して飲み込まんばかりの勢いだった。
そしてカンナも、伝導者の記憶の中で見た竜王の御子達のどれにも当て嵌まらない、今のシオンに起きている現象に戸惑っていた。
「何が起きているんだ。」
しかしルーシーは何が起きているのかを感じ取っていた。
「神域・・・竜王神の鱗に秘められていた祈りが解放される・・・。」
ルーシーの呟きを聞いて、カンナはシオンの状態に大凡の見当をつける事が出来た。
恐らく今、シオンの体内では神性の『活性化』が行われている。
自分もルーシーも、天央12神も神話時代に生きた生物達の最大の特徴とも言える『神性』をその体内に秘め、扱う技の強化に利用している。
攻撃魔法であれば打ち消されぬ様に魔法自体の外側に神性の『膜』を張り、突破力を高める。防御魔法であれば突破されぬ様に魔法自体の外側に神性の『膜』を張り、耐久力を高める。
だが其れは敢くまで『神性』と言う神話時代の代表的な力の『素材』を塗りたくって利用しているだけあって、神性の持つ力そのモノを利用している訳では無い。
シオンにしても竜王の御子になった事で神性を授かりはしたが、其れも打ち出す攻撃を、或いは身を守る際の強靱度を引き上げているだけに過ぎない。
だが、神話時代の生物達が当たり前の様に無意識に行っていた『神性の活性化』が出来れば。
其れは今の人間達が失った『力』そのモノをシオンは手に入れる事になる。そして、そう成った暁には・・・。
シオンから溢れ出た光は、今や失われた伝説の生物の姿へと変貌していた。恐るべき巨体、其処から伸びる長い首、隆々と伸びる翼、頑強な尾。
「ド・・・ドラゴン・・・。」
ゼニティウスは絶望の声を上げる。
光の竜はゼニティウスを見て咆哮を上げた。そしてその強烈な尾を撓らせてゼニティウスに叩き付ける。
主神は嵐に吹き飛ばされる木っ端の様に宙を舞い床に転がった。
只の一撃。
其れだけでゼニティウスは満身創痍となりボロボロとなった。
「こ・・・是れで『鱗1枚分』だと言うのか・・・。」
光の竜は蹌踉けながら立ち上がるゼニティウスを見遣ると、急速にその身を収縮させてシオンの身体に戻って行く。と、同時にシオンの身体からは是れまでとは比較に為らない程の神性が吹き出した。
もはや『熱い』と表現しても差し支えない程の『濃密』な神性を纏わせながら、シオンはゆっくりと立ち上がった。
紅の双眸は正視し難い程に輝き、白銀の髪は逆立ち、その中からまるで『角』の様に光で構成された2本の突起物が覗いている。今まではボンヤリとした姿だった光の翼が、依り濃厚に形造られて恰も本物の翼の様に見える。
神性が活性化したシオンの肉体は、もはや見た目通りのモノでは無い。恐らくはオーガや熊等の巨大生物にも引けを取らない強大なモノになっている筈だ。
カンナは嘗てそういった人種が居た事を知っている。
『神話人の肉体を手に入れたと言う事か。』
無論、ソレは神話時代の英雄達と比べれば取るに足らない強さだ。強いて言えば神話時代の鍛えられた成人男性と同等レベル。
其れでも、今の人種としては桁外れの肉体だ。加えて彼個人が元々持っていた個人の戦闘能力と、更に魔力と神性の両方を有するとも成れば、最早、勝利は揺らぐまい。
やがて双眸の光が消えると、シオンはゼニティウスを見た。そして黙って残月を構え直し、ゼニティウスに向かって歩き始める。
「御子よ、待たれよ。」
声が空間に漂った。
シオンの足が止まり、在らぬ虚空を見上げる。
何も無い虚空から2体の神が姿を現した。クリソストとルネであった。2体の神はそのまま着地をするとゼニティウスを見る。
クリソストがボロボロの主神を眺めた。
「・・・もう良いだろう。主神よ。」
その言葉にゼニティウスの顔が歪んだ。
「貴様!従神如きが主神に意見をするか!秩序の崩壊を望むか!?」
クリソストは首を振る。
「もはや秩序は無い。高等神の使いたる竜王の御子が我らを否定したのだ。その時点で我らの地位は失われている。」
「黙れ、クリソストッ!貴様も御子と戦え!」
クリソストは静かな視線でゼニティウスを眺めた。
「・・・良かろう。腐っても儂はお前の従神だ。最期までその役目に従うのも一興。・・・しかし、その前に幾つかの質問に答えて貰う。」
「何!?」
「答えぬのならば、共に戦う事は拒否する。」
恫喝に微塵も退かないクリソストの言葉を受けてゼニティウスの顔は怒りに歪むが、やがて声を絞り出した。
「・・・良いだろう。何が訊きたい。」
以前の不遜なゼニティウスからは考えられ無い譲歩だった。しかし、ゼニティウスはその条件を受け入れた。それ程に主神は追い詰められていた。
クリソストはそんな主神の動揺を見抜いており、其れを利用して質問をする。
「・・・我らが時の袋小路から解放された際に、数多の人間達を一緒に引っ張り出したのは何故だ?」
「言った筈だ。我らの戦いを記憶させて我らを『信仰』の対象とさせる為。」
面倒臭そうにゼニティウスは答える。
クリソストは首を振った。
「その必要は無かった筈だ。一級神は言って居られた。『その後、人々が我らを神と認め続けるかどうかはその後の我らの働き次第だ』と。信仰が得られなければ我らは神の座から降りる。神で在り続けたいのならば地上の為に働き人々に認めて貰うのだと。極めて真っ当な言葉で在った筈だ。」
ゼニティウスはクリソストの意見に不快感を露わにする。
「その様な面倒をせずとも済むように予め人間共に我らの活躍を見せたのだ。・・・愚かしくもあの魔女共は信仰を自らに集めおったが。」
「そうでは無い、ゼニティウスよ。彼女達はただ只管に・・・」
「黙れ、過ぎた事に下らぬ問答を交わす気など無い。」
まるで駄々を捏ねる子供と同じだ。カンナは2神のやり取りに軽く溜息を吐く。
「そもそも、我らは地上の平定という大義を成したのだ。何故にその上に人々の為に働かねばならんのだ。」
「何を言っている。地上の平定への対価は約束されているではないか。死を迎え地上を離れた折りには天界に導かれるという対価が。」
「足りぬ。」
クリソストの言葉をゼニティウスは否定した。
「何?」
「其れだけでは足りぬ。アレだけの事を為したのだ。我らはもっと賞賛を受け崇められるべきで在ろうが。そう、地上の王達の様に。」
「・・・」
クリソストは絶句した。四方や自らが仕える主神がコレほどの幼稚な欲望を抱き、不満を持っているとは想像を超えていた。
クリソストはそっと溜息を吐いて小さく呟いた。
「・・・所詮は元人間か。・・・欲の深さは我らエルフの想像などでは及びもつかん・・・。」
クリソストは軽く頭を振るとゼニティウスを見遣った。その視線には侮蔑の色が含まれていたが、興奮しているゼニティウスにはその色を見て取れる余裕は無い。クリソストは質問を続けた。
「では、質問を続ける。グースールを惑わせた際に利用したあの『瘴気の澱み』。アレはどうやって手に入れた? 光の一級神から力を授けられた我らにはアノ手の物を祓う事は出来ても、扱う事など出来ぬ筈だ。」
「・・・その様な事を訊いたとて詮無き事だ。」
ゼニティウスはそう嘯く。しかしその表情は硬く強ばっている。
「そうで在るか無いかは儂が判断する事だ。」
クリソストも一歩も退く態度は見せない。
「・・・答える必要は無い。」
「ならば御子とは戦わぬ迄。」
「・・・おのれ・・・貴様・・・。」
ゼニティウスは深刻な怒りを双眸に滲ませてクリソストを睨みつけるが、従神の態度は変わらない。
「・・・。」
其れでも話そうとしないゼニティウスを見限り、クリソストは口を開いた。
「最奥のアートス。」
「!」
ゼニティウスの表情が愕然としたモノに変わる。
その表情にクリソストは確信する。
「お前は『奈落の王』と結託したな?」
「何故其れを知っている。エーベルハストから聞いたのか。」
怒りと幾ばくかの畏怖の念が籠もった双眸でゼニティウスが尋ねてくる。
「そうか、エーベルハストも知っていたのか。」
クリソストの飄々とした声にゼニティウスの感情が爆発する。
「恍けるな!エーベルハストから聞かねば、奴の名が出てこよう筈も無かろうが!」
「別に誰に聞いた訳でも無い。・・・思考する時間は1000と400年も在ったのだ。あれ程の濃密な瘴気を用意でき、しかも天央12神の主神とやり取り出来る者など自ずと限られてくるさ。」
「謀ったのか。」
憎悪と共にゼニティウスから苦々しい言葉が漏れる。
もはやクリソストは答えない。
「奈落の王である最奥のアートスと交わしたやり取りの内容は何だ?」
「・・・。」
「言いたくないか?ならば儂から言ってやろう。・・・奈落の王を崇める邪教徒達を使って定期的に世界を混乱させ、天央12神の名の下に集った戦士達に討たれる役目を負わせただろう? 代わりに彼らは『平定』に因る粛正を免れ、煩い地上の正義から、ゼニティウス、お前の手に因って護られながら活動を黙認されて来た。」
「・・・」
ゼニティウスは視線を背ける。
「・・・どうやら本当の事なのだな。・・・フフフ、謀らない分、お前よりも奈落の王の方が余程に誠実では無いか。」
「貴様!アートスに会ったのか!?」
「其れがどうした。考えが至れば会って確認せぬ訳にも行くまい。」
目を剥くゼニティウスをクリソストは冷然と受け流した。
「下らぬ事を図るものだ。」
吐き捨てる様に呟くクリソストの言葉をゼニティウスは聞き咎めた。
「下らぬだと!?主神の行いを従神の分際で愚弄するか!?・・・余が手を尽くしたからこそ、余達が何をせずとも人間共は長きに渡って余達を崇め続けて来たのだぞ。」
「其の行いは我らに信を預けて下さった一級神の御心に反している。」
「何が一級神か!奴が何をした!この地を護ってきたのは余であるぞ!」
クリソストは絶望にも似た視線をゼニティウスに向ける。
「・・・以前に神は仰った。『人間』とは知有種の中でも、その精神性において未だ未熟な人種であると。エルフやノームには理解し難い程の強欲と聞き分けの無さを持っていると。・・・だが、他の種族には無い程の大きく深い慈愛を持つのも人間で在ると。」
そう言ってクリソストはシオンを見る。そしてルーシー達を。
「・・・神の仰った事は正しかった様だ。深い慈愛を持つ者達を儂はこうして確認出来た。・・・そして未熟な『元』人間もな。」
クリソストの厳しい視線がゼニティウスを捕らえる。
「・・・驕り高ぶり自尊心を肥大させすぎた心は、こうも人を腐らせるか。」
「何だと!?」
「もう良い。」
クリソストは手を振って此の問答を打ち切る。
「では、最後の質問だ。」
「まだ在るのか!」
クリソストの言葉にゼニティウスは渋面を作る。
「是れで最後だ。・・・ゼニティウスよ・・・。」
クリソストの双眸に有無を言わさぬ迫力が籠もる。
「・・・お前は何者だ?」




