83話 主神 ゼニティウス
ゼニティウスの視線が一行を貫く。
シオンはその視線に臆すること無くゼニティウスに向かって歩き始めた。
「竜王の巫女に御子か。」
ゼニティウスは冷笑を浮かべる。
「たかが娘1人に認められただけで、自らを神の使いと勘違いした愚か者が。」
「貴様には言われたくは無いな、偽りの神よ。」
シオンの返答がゼニティウスの視線をより険しくさせたが、直ぐに元の冷笑に戻る。
「余が偽り?1000と400年にも及ぶ年月の間、大地を見守り続けた余を偽りと言うか。」
「座って見ているだけで良いなら、朽ちぬ身体さえあれば誰にでも出来るな。」
「戯けが。始まりの世界を平定したのは余達であるぞ。」
「真なる神にそうしろと言われたからだろう?其れをしなければ貴様達が存在する意味は無い。その上で其れを為した後に貴様は何をした?」
「貴様・・・。」
ゼニティウスは怒りに表情を歪めた。
その表情を見てシオンは地底城で出会った『彼ら』を思い浮かべる。
己が身を奈落に落としてでも敬愛する聖女達の眠る地を護ろうとし続けたクリオリングが、戦いの最中に流した黒い涙。
その身を化け物に変えながらも最後には仲間達の魂の安寧を願ったグースールの聖女達の、慈愛に満ちた優しさ。
それらに比べればゼニティウスの自尊心の何と薄っぺらい事よ。
シオンの中で再び強い怒りが甦る。
声に殺気が籠もる。
「そして、貴様は大罪を犯した。」
「大罪?・・・あの人間達の事か。」
「可笑しいか。」
「どうでも良い事だ。」
ゼニティウスの返答が会話の幕となり、シオンは軽く首を振った。
もういい。これ以上話す事など無い。
シオンの身体から神性が吹き出した。残月を引き抜く。
「・・・」
ゼニティウスはそんなシオンを見て笑いを浮かべる。・・・と、その姿が薄れ始めた。
「なに・・・」
シオンの視線に動揺の色が浮かぶ。
「主神たる余が、本気で貴様等と剣を交えるとでも思ったか?」
嗤うゼニティウスの姿が消えると同時に、宙に翼を生やし仮面を付けた6体の黄金の戦士が姿を現した。
「余の化身達の手に掛かる事を光栄と思いながら果てるが良い。」
宙から声が響く。
「!・・・来るぞ!」
見えない殺気を感じ取ったシオンが仲間達に声を掛ける。
黄金戦士達が一斉に襲い掛かって来た。
カンナがシオンに向かって叫ぶ。
「シオン、お前はゼニティウスを探せ!奴の神性を追うんだ。奴はきっと此の空間の何処かに潜んでいる。一番強い神性を持ったお前が一番速く奴を追える!」
「しかし・・・!」
「その間くらい持ち堪えてやる!」
放たれた稲妻を振り払い、シオンは斬り合う事もせずに1体を斬り伏せる。
その間に他の戦士達はルーシー達に斬りかかっていった。
「やれ!シオン!」
ミシェイルがシオンに叫びながら一行から飛び出してデュランダルで戦士の一撃を受け止める。
「クッ・・・」
重い一撃がズシンとミシェイルを襲った。が、ミシェイルは其れを即座に跳ね返して逆に剣を振り下ろす。黄金戦士はその一撃を盾で受け止め、其れを合図に両者は激しく斬り合い始めた。
「判った。」
ミシェイルの戦い振りを見てシオンは頷き、己の神性を広げ始める。誰にもやり方など訊いてはいないが、隠れたゼニティウスを探し出す手段をシオンは察していた。
ミシェイルは其れを傍目に見て口の端を上げた。この厳しい局面でシオンが自分に場を任せてくれた事を嬉しく感じる。
この男の前でだけは無様な姿は見せられない。
ミシェイルの剣を握る手に力が籠もる。
数ヶ月前の・・・いや、つい先日の聖堂騎士団との戦いの時から比べて見ても、見違える程の剣の冴えを披露するミシェイルは明らかに強くなっていた。
「・・・!」
声には出さずとも黄金戦士の太刀筋が乱れる。
黄金戦士が後ろに跳ねて距離を置いた。盾を捨てた左手が青白く輝いている。
「ミシェイル!避けろ!」
カンナが叫ぶ。
しかし稲妻は放たれ、躱す間もなく其れはミシェイルに直撃した。
「!」
少女達が息を呑む。
しかしその稲妻はミシェイルに届いてはいなかった。彼の右手に填められたイージスリングが輝いており、彼を覆うように展開されたリングシールドがミシェイルを稲妻から護っている。ダメージが無かった訳では無い。幾らかの痛みが身体を蝕んでいる。だが、気にする程では無い。
ミシェイルは跳躍して黄金戦士との間合いを一瞬で詰めた。ミシェイルの神性に反応して光り輝くデュランダルがまさしく閃光の様に薙ぎ払われ、黄金戦士は現れた時と同様にスゥッと消えていった。
「!」
其れを見た他の黄金戦士達がミシェイルに標的を定めると盾を離しその左手に青白い稲光を纏わせ始める。その瞬間、
『ボンッ』
と音を立ててアイシャの放った矢が黄金戦士の1体に突き刺さり炸裂した。
戦士の仮面の奥の感情を持たない視線がアイシャを捕らえる。
『ソーサリーボルト』
その視線を逸らすようにセシリーの詠唱と共に複数の魔弾が戦士に向かって飛んでいった。が、その魔弾は黄金戦士に届く事なくかき消されてしまう。
「セシリー、精霊魔法を使え!通常魔術では神性にかき消される!」
カンナの声に応じてセシリーは精霊を呼び寄せ始める。
その隣でルーシーが詠唱を始めた。
『星皇の影に控えし光りの礫達よ、導きの船を渡りて我が呼び掛けに応じよ。我が名は竜王の巫女なり・・・セイクリッドアロウズ』
巫女の強い神性を伴った白い光弾がアイシャの矢に撃ち抜かれた黄金戦士に向かって飛んでいく。戦士は翼をはためかせて回避しようとするが光弾はその動きに合わせて軌道を変え、炸裂した。
「!」
戦士が声も無く消えていく。
ルーシーの横でオレンジ色小さな塊と無色に近い光の粒が幾つもフワフワと舞い始める。セシリーが精霊の召喚を終えていた。
「舞って!」
セシリーの言葉に従い炎の礫が次々と黄金戦士に向かって飛んでいく。
「!」
黄金戦士は炎の塊が消えない事に戸惑う素振りを見せたが、直ぐに盾で防ぎ、剣で斬り払い始める。しかし無数に飛んでくる炎が幾つも黄金戦士に激突し確実に戦士の動きが鈍ってくる。戦士はセシリーに標的を定めると翼をはためかせて猛烈な速度で突撃して来た。
「風よ!」
セシリーが叫ぶとセシリーの周りに浮遊していた光の粒が、セシリーと距離を詰める黄金戦士の間に立ちはだかり高速で回転し始める。
途端に強烈な風が巻き起こり、戦士はその只中に突っ込む形になった。空中で体勢が崩れる黄金戦士の背後から炎が槍となって突き刺さり、黄金戦士は溶けるように消えて無くなる。
セシリーの精霊使いとしての強烈な腕前に、ミシェイルと斬り合っている黄金戦士以外の2体の戦士が向かってくる。
アイシャの中に熱く滾る力が、彼女の持つラズーラ=ストラを通して矢に集中していた。カンナの言っていた神性が高まっているせいなのかは彼女には判らない。
だが溢れる力が彼女の周囲に微風を漂わせ、彼女の後ろに結んだ髪と小さなマントをはためかせる。
ラズーラ=ストラを貰った日にビアヌティアンから教えて貰った剛の技。暇が有れば欠かさず試してきたが一度も出来た事は無かった。
だが今なら出来る。出来た理由は後から確認したら良い。
今は放つだけ。
『ジ・エンド』
呟いて矢を放つ。
放たれた矢は唸りを上げて巨大な光の光条と化し黄金戦士2体を次々と貫いた。黄金戦士達はゴッソリと身体を削り取られてそのまま消えていく。
「出来たじゃないか。」
斬り合っていた戦士を打ち倒したのかミシェイルが笑顔をアイシャに向ける。アイシャも上気した頬を染めて笑い返す。
そして、また6体の黄金戦士が現れた。
「な・・・!?」
ミシェイル達が絶句する。
6体の黄金戦士は現れるや否やミシェイル達に向けて稲妻を放つ。
「ウグッ!」
ミシェイルはリングシールドで飛んできた2本の稲妻を受け止めるが防ぎきる事は出来ず、身を砕かれるかと思える程の衝撃を受けて吹き飛ばされる。
『セイクリッドオーラ!』
カンナが叫んで少女達3人を包み込むが、4本の神性が籠もった稲妻を相殺仕切れずに4人は激しい衝撃を受けて悲鳴を上げる。
「・・・っ!」
シオンは索敵を中断して光の翼を伸ばしミシェイルとルーシー達を一撫でする。受けた傷がある程度癒やされて彼らは再び立ち上がる。
「アイシャ!みんな!もう1度だ!」
ミシェイルが叫ぶ。
その声に叱咤されて少女達は再び得物を構える。
ミシェイルがデュランダルを引き抜いて斬りかかり、セシリーが消えてしまった精霊を再び召喚し、アイシャが精神を集中させ始める。ルーシーとカンナが神仙術を唱えて放つ。
シオンは捕らえられないゼニティウスの気配に苛立ちを感じていた。
何故、気配を掴めないのか。この空間に居る事は判っている。其れは強く感じている。だが、居る場所が特定出来ない。
既にこの空間の全体に自分の神性を張り尽くして居るにもかかわらず、スルリスルリと逃げられている様なそんな感覚を覚える。
ミシェイル達は黄金戦士の第2陣を撃破するも、既に満身創痍に近い状態だった。
そして、更に6体の黄金戦士が現れる。
「クソ・・・キリが無い。」
ミシェイルが絶望的な声で呟く。
このままではマズい。
ゼニティウスはどのような方法を使っているのか判らないが、とにかくシオンの索敵から逃れながら黄金戦士を出し続けている。
早く居場所を確定させねばミシェイル達はもう保たない。
――・・・逃げる・・・そうか・・・。
シオンは今の様な苛立ちを過去にも味わった記憶がある。幼い頃、まだ平和だった領地で学んでいた剣の修練の時に交わした会話。
『打ち合いから逃げるのはズルい。』
幼いシオンが口を尖らせて剣の師である騎士隊長に文句を言った際に彼は言った。
『若君、コレは逃げている訳では無いのです。武術とは打ち合うばかりでは、相手に読まれてしまいます。この様に相手の攻撃に合わせて往なす事も覚えて下さい。』
『相手の攻撃に逆らわず、その流れに溶け込むのです。そして相手が苛立つ其の中にこそ、自分が生き残り勝つ方法が隠されているモノです。』
溶け込む。
シオンは神性を張り巡らせる事を止めて索敵の範囲を急速に縮めていく。すると、その中にポツリと取り残された神性の塊が1つ。
「見つけたぞ。」
シオンは光の翼を伸ばすと、その見えない神性の塊に向かって叩き付けた。
「!!」
宙に浮いたゼニティウスが姿を現し、逆に黄金戦士達が姿を消していく。
ゼニティウスは翼をはためかせながらシオンを見下ろす。
「よくぞ見つけたモノよ。」
主神は傲然と嘯くと右手を翳し何も無い宙から黄金の大剣を取り出した。
「フフフ・・・竜王の御子か。・・・高等神の使いたる貴様を斃せば、余の名にも一層の箔が付くだろうな。」
「やって見ろ。」
シオンも神剣残月を構える。
「・・・竜王の御子と天央12神の主神が戦うか・・・。果たして何が間違っていたのか・・・或いは正しかったのか・・・。」
宙に浮かび対峙する2人を見ながらカンナは呟く。
「・・・少なくとも、私達人間は今まで何もしなかった彼らの加護など必要として居ません。」
カンナの呟きを聴いてルーシーが答える。
「・・・確かにな。」
カンナの『確かに』にはルーシーの言葉以上に色々な思惑が含まれている様にも聞こえた。しかしルーシーは敢えて其れについては言及せず、只管に愛する少年の姿を見守り続ける。
ゼニティウスが動いた。
稲妻を放ちながらシオンに突撃する。稲妻を弾いたシオンは腕に痛みを感じる。やはり主神を名乗るだけあって、他の従神よりも神性は高いのか。
振り下ろされる剛剣をシオンは残月で受け止める。余りの重さに身体を支えきれず押し込まれ、シオンは光の翼をはためかせてバランスを取る。
シオンは残月を横薙ぎに払えば、ゼニティウスが其れを剛剣で受け返し、ゼニティウスの剛剣が振り下ろされれば、シオンが其れを躱して残月を突き出す。ゼニティウスの左手が青白い光に包まれて其の突きを弾き剛剣を唸らせれば、シオンが翼をはためかせて下に回避する。
斬り、薙ぎ、払い、突き上げ、斬り降ろし、躱し、弾く。剛剣の応酬は宙を舞台に縦横無尽に繰り広げられた。
間合いが取られ、稲妻がゼニティウスの左手から複数放たれる。シオンは其れを翼で身を包むことで防御すると、今度はシオンが光の翼を左右に展開した。翼は真っ白に輝き、
『サープレス』
シオンが呟くと無数の光弾が翼から飛び出しゼニティウスを打ちのめしていく。
「ヌ・・・グッ・・・」
神性の障壁でゼニティウスは直撃を堪えるが注ぎ込まれる無数の光弾の前に、遂に障壁を破られ被弾する。
「ウォッ!」
呻いてゼニティウスは煙を上げながら床に落下した。
シオンはゼニティウスに急迫し、追撃の斬り降ろしを放つ。ゼニティウスが其れを剛剣で受け止めた。その双眸が赤く輝いている。
『テア=ブレイク』
ゼニティウスが叫ぶと突如、シオンの頭から血が噴き出し少年は仰け反りながら吹き飛んだ。
「シオン!」
ルーシーが叫んで駆け出そうとするのをシオンが手の平を向けて止める。
ルーシーは脚を止めるが、今の技がシオンに深刻なダメージを与えたことを理解していた巫女は不安そうに御子を見遣る。
――何が起こった・・・?
シオンはグラグラと揺れる視界と猛烈な痛みの中で蹌踉めきながら立ち上がった。
ゼニティウスと視線が合った瞬間に途轍もない衝撃がシオンの頭を襲い、訳も解らずに吹き飛ばされた。
頭部が裂け、流れて落ちる血を一瞥してからシオンはゼニティウスを睨みつける。
「よくもその程度で済んだモノよ。」
ゼニティウスが嗤う。
「普通ならば頭部が粉々に吹き飛んで終わっている筈なのだがな。残滓とは言え流石は高等神の加護と言う処か。」
そう言いながらゼニティウスは左手に力を集約する。
「だが、コレで終わりだ。」
左手を振るう。
巨大な稲妻がシオンを直撃した。
「!」
ルーシーが組み合わせた両の手をギュッと握り締める。
――・・・大丈夫、今のは大丈夫・・・。
ダメージは入ったが、危険なレベルに至る程のモノでは無い。視界が滲みそうになるのを堪えながらルーシーはシオンを見守る。
稲妻が消え、舞い上がった土煙の中で、シオンを包み込んだ光の翼が解かれ蹲る少年の姿が現れる。
ゼニティウスの眉間に皺が入る。
「・・・厄介な奴だ。」
ゼニティウスは吐き捨てると大剣を担いでシオンに歩み寄る。
「神仙術が効かぬのであれば、その素っ首、直接に跳ね飛ばしてやろう。」
蹲ったままのシオンに向けてゼニティウスが大剣を振り上げる。
『ドクン』
とルーシーの心臓が高鳴った。
――・・・何・・・?
異様な気配がルーシーの神性に干渉してくる。
「何だ、この感覚は?」
カンナが隣で不可解そうな表情を見せながら周囲を見回している。
セシリー、ミシェイル、アイシャも不安げな表情で辺りを見回す。
ゼニティウスは振り翳した大剣をピクリと止めた。
「なんだ?」
シオンの身体が光輝き始めている。
そして少年の身体が強く輝いた。
「!?」
全員の視線が蹲る竜王の御子に注がれる。
大きな光の塊がシオンから立ち上り、何かを象っていく。
ゼニティウスの赤い双眸が驚愕に見開かれた。




