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神の去った世界で  作者: ジョニー
第6章 邪神蠢動
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74話 決戦



 溢れる瓦礫と溶岩渦巻く広間にて、3人は情報の交換を行うと立ち上がった。


「ルーシー、グースールの聖女はこの先だな。」


「はい、恐らくは。」


 カンナの確認にルーシーは首肯する。


「うむ・・・」


 カンナは頷き、気まずそうにルーシーを見る。


「この戦い、決め手はルーシーの中に眠る『巫女の力』となる。・・・散々にお前を苦しめてきた其の力に頼るのは心苦しいが・・・其れしか無い。」


 眉を下げるカンナにルーシーは首を振って微笑んだ。


「心苦しくなんて思う必要は無いです。今までは確かに苦しめられて来ましたけど、この力が聖女様を、みんなを・・・シオンを護る力になると言うのなら・・・寧ろ誇らしいです。」


「ルーシー・・・」


 シオンは少女を見つめる。


 心からそう思える筈も無い。己が運命をこの力に翻弄され続けて、自分の両親すら失う羽目になったのだ。だが其れでも微笑む少女にシオンは涙が溢れそうになるのを堪えてその細い肩に手を置いた。


「ルーシー。だからと言って全てを背負い込むな。俺もカンナも居る。もう君は1人じゃ無い。」


「はい。」


 向けられる笑顔が眩しい。


 シオンは自分の無力さを歯痒く思った。






 広間の奥はやはり通路になっていた。しかし是れまでと違い、何の明かりが届いているのかは不明だが通路全体が明るい。遠くを見通せる程では無いが周囲を探るのに不自由しない程度の明るさがある。




 ・・・強い。シオンにも感じられる程の強い邪気が漂ってくる。通路全体からボソボソと囁き声が聞こえて来ており、それらの1つ1つが呪詛の様にも聞こえて来る。


「・・・昏く悲しい声だな。」


 カンナが呟く。


「邪教徒達が生け贄を捧げて忘れさせなかったから・・・。」


 ルーシーが悲しげに呟く。


「終わらせるんだ。彼女達を、そしてクリオリング達を解放してやるんだ。」


 シオンが言う。


 そうだ。終わらせる。愛しい女性を忌まわしき力から解放する為にも。神も巫女も関係無い。このシオン=リオネイルがルーシー=ベルを解放する。その為ならば俺は自分の全てを差し出そう。




 是れは『悲壮』では無い。寧ろ『希望』だ。人が人として生きる為の希望なんだ。




 通路は終わりを見せた。






 其処は広い空間だった。上は高く天井は無い。遙か上空にはポッカリと穴が見え、其処からは陽光が差し込んでおりこの空間全体を照らし出している。




 そして3人の前方には祭壇が在った。


 その奥には形容しがたい『異形』が佇んでいる。




「・・・グースール・・・」


 カンナが呟いた。




 高く聳える白い肉塊には幾つもの聖女達の顔が浮かんでいた。其れらを覆うように黒く艶光りした大量の蛇達が絡み合い犇めき合っている。そこから吹き出す憎悪は、形となって目に見える程に強大で心弱き者は見るだけで魂を引き抜かれかねない。


『許さない・・・』


『許さない・・・』


『消し去る・・・』


『許さない・・・』


 恐ろしくも悲しい呪詛が、聖女達の口から途絶える事無く漏れ続けている。




「グースールの聖女よ。」


 カンナが呼び掛けると呪詛が一瞬途切れた。


『聖女など居らぬ・・・』


『護れぬ者が聖女であるものか・・・』


『滅ぼす・・・』


『全てを・・・』


 聖女達は口々に言い放つ。




 ルーシーが1歩前に出た。


「聴いて下さい、聖女様。私は『竜王の巫女』です。」


『巫女・・・』


『竜王神様の使い・・・』


 聖女達から1本の青白い光が伸びて来て、まるで彼女の心を探るかの様にルーシーに絡みつく。


 其れをルーシーは気に止めずに話を続ける。


「はい。そして私は貴女方が愛したチェルシー様に想いを託された者です。」


『チェルシー・・・おお・・・チェルシー』


『愛しき妹よ・・・』


 聖女達の様子が変わる。


「チェルシー様が待っています。帰りましょう、チェルシー様の下に。」


『お・・・おお・・・』




 シオンも口を開く。


「俺はクリオリング殿に想いを託された者だ。彼も最期は安らかに逝かれた。彼も待って居られる。」


 青白い光がシオンにも伸びて来た。シオンも其れを受け入れる。


『クリオリング様・・・我らの尊き剣・・・』




 急速に悪意が引いていく。黒蛇達の動きが鈍くなっていく。


 ――まさか・・・上手く行くのか?


 カンナは信じられない思いでグースールを見つめた。


 邪神と化した者を、真なる神々の力に拠る事無く人の言葉だけで浄化する事が可能なのか?ノームの少女は、黒髪の少年と銀髪の少女の情け深さに舌を巻く思いだった。






「・・・グースールよ。最後の贄だ。心ゆくまで味わうが良い。」


 地を這う様な声が聞こえてきた。


「!!」


 聞き覚えのある声に其方を見ると、大主教ザルサングが壮絶な笑みを浮かべて立っていた。


「貴様!」


 シオンが叫んだ瞬間、ザルサングが消えた。


 次にはグースールの聖女の下に現れ、黒蛇に手を伸ばす。


「さあ・・・喰らうが良い。」


 ザルサングの言葉を受けて黒蛇達が猛然とザルサングに喰らい付いた。




 肉を裂く音、骨の折れる音、血飛沫の吹き上がるなかザルサングの愉悦の声が響き渡る。


「ホホホ・・・良い・・・死こそ命が甘く美しく輝く瞬間・・・コレで・・・儂・・・・も・・・。」


 声が途切れる。




「・・・」


 3人は事の成り行きを呆然と見ていた。


「まさか・・・自分を最後の贄にするとは・・・」


 カンナが呟く。その顔色は極めて悪い。




 瞬間。


『ウオオオオォォッ!!』


 グースールの聖女が吠えた。




「!!」


 グースールの聖女から吹き出した圧倒的な邪気に全員が緊張する。




 グースールの聖女は更に異形の姿を変えつつあった。肉塊の一部が盛り上がり、其れはドンドンと伸びて1本の巨大な腕となる。肉塊の下からは長大な触手が無数に飛び出しブンブンと振り回される。




「聖女様!!」


 ルーシーが悲痛な声を上げて呼び掛けるがグースールの聖女にもはや言葉は届かなかった。


『壊す・・・』


『滅ぼす・・・』


『憎い・・・』


『許さない・・・』


 グースールの巨体が動き始める。




「・・・やるしか無い。」


 カンナが呟く。


 悲しげにルーシーがカンナを見て、そしてシオンを見た。


「・・・覚悟を決めよう、ルーシー。彼女達を止めるのは俺達しか居ないんだ。ここで・・・止めるんだ。」


 気持ちは痛い程に分かる。言葉で解り合える可能性が在った筈なのだ。だが結局は邪教徒に阻まれてしまった。


 そして其れを易々と許してしまった自分達に対する忸怩たる思いと、避けられなかった戦いに対する無念さはシオンとて同じ思いだ。




「・・・」


 元々、戦う覚悟はしていた筈だ。言葉で解り合える可能性が在るかも知れない、と言う淡い期待が砕けた事で心が揺らいでしまった。


 ルーシーは頷いた。そして涙に濡れた紅の双眸でグースールの聖女を見つめ杖を構える。




『黄金の穂積に眠りし安らぎの一枝よ。万象に訪れし痛みを祓え・・・セイクリッドシールド』


 カンナの魔法がシオンを包み込む。


「闇の力に対して強い防御力をお前に与えた。注意を引きつけてくれ。」


「ああ。」


 シオンが神剣残月を引き抜くと走り出す。




 触手がシオンに叩き付けられる。別の触手が横に薙ぎ払われる。シオンは其れを横に身を転がして避け、高く跳んで躱す。そして再び高く跳び触手を切り跳ばす。黒い体液が飛散する。


「!」


 唸りを上げて飛来した触手が空中のシオンに叩き付けられシオンの身体は壁際に激突した。


「グッ」


 少年は呻くも、然程の衝撃を受けずに立ち上がった。


 シオンが纏う蒼金の鎧が光を帯びている。


「クリオリング・・・力を貸してくれ。」


 シオンは再びグースールに立ち向かった。襲い掛かる太い触手を避け、切り飛ばし、本体に向かって残月を振り下ろす。




『ズサッ』


 と肉を絶つ音と共に本体が深々と切り裂かれ大量の黒い体液が吹き上がる。




「!」


 何かがシオンに飛来し、少年は強い衝撃に全身を撃ち抜かれた。気が付けばグースールの邪神から生えた巨大な腕に握り絞められている。ギリギリと強烈な力がシオンを締め上げる。


「う・・・あ・・・」


 シオンが苦痛の声を漏らした時。




 2人の少女の声が響き渡った。


『最果てに眠りし王たる妖よ。我が深淵の導きを以て昏き暗焔に一迅の光明を示せ。我が名は竜王の巫女なり・・・』


『最果てに眠りし王たる妖よ。我が深淵の導きを以て昏き暗焔に一迅の光明を示せ。我が名は伝導者なり・・・』


 ルーシーとカンナの同時詠唱が凄まじい光の嵐を巻き起こす。


『『・・・セイクリッドオウガ!!』』




 詠唱が終わると同時に2つの光弾がグースールの邪神に突き刺さる。


 握り絞めていた巨大な手から逃れ地面に落ちたシオンがグースールの邪神から離れルーシー達の下に歩み寄る。


 邪神からは光条が溢れ出し、やがて邪神そのモノを飲み込んでいった。




『ウ・・・オオオオォォッ・・・!!』


 邪神の悲鳴が空間全体を震わせた。




「・・・」


 3人が見守るなか、光の奔流が収まっていき・・・邪神は動きを止めていた。彼女達に纏わり付いていた黒蛇は吹き飛び、邪神の本体が剥き出しになっている。


「・・・どうなった・・・?」


 シオンの問い掛けにカンナが首を振る。


「判らん・・・だが・・・」


 そこ迄カンナが言い掛けた時、聖女達の眼がカッと見開かれた。




『アアアアァァァッ・・・!!』


 吠えた。それぞれの口の1つ1つが。


 そして次々に何かを呟き始める。




 途端に炎が吹き荒れ、氷の礫が飛来し、嵐が巻き起こり、大地が震えた。


「何が起きた!?」


 咄嗟にイージスリングを展開し3人を包み込ませたシオンが叫ぶ。


「せ・・・精霊魔法だ!・・・しかも全聖女が一斉に唱えている!」


 カンナが必死になって答える。




 イージスリングが張る結界の外は、四元元素の強烈な嵐が吹き荒れていた。余りにも膨大なエネルギーがリングの結界すら軋ませている。


「も・・・保たないぞ・・・!」


「クッ!」


 カンナがシオンのリングに手を添えて魔力を注ぎ始める。・・・が、軋みが収まらない。


「カンナ!何か防ぐ策は無いのか!?」


「4種の精霊があれ程に吹き荒れる力の前では魔法防御も意味が無い!」


 シオンの問い掛けにカンナが叫ぶ。




 その時、ルーシーが2人の前に立って叫んだ。


「聖女様!戻って下さい!優しかった頃の聖女様に・・・戻って!!」


 ルーシーの身体から強い神性が溢れ出す。その力はエネルギーの嵐を突き進み、グースールの邪神を包み込む。




 一瞬、精霊達の動きが乱れた。しかし邪神は煩わしげに身を震わせると圧倒的な悪意を吹き出して、更に精霊達を激しく荒れ狂わせた。


「竜王神の神性でももはや止まらないのか・・・」


 カンナの声に絶望の色が滲む。




 実際、カンナの最後の切り札はルーシーのこの力だった。巫女として真なる神々と繋がるこの圧倒的な神性でグースールの邪神をねじ伏せる。


 正直な処、コレが唯一の策であり、もっとも信用の置ける策だった。




 カンナが呆然としているその間に精霊達の動きが変化した。一方向に集まり始めていく。其れはドンドン収束していき・・・。




 弾けた。


 轟音と光と熱と全てを引き裂くエネルギーの奔流が辺りを席巻する。




「!!」


 イージスリングの結界ごと3人は吹き飛ばされた。辺り一面が大爆発に巻き込まれ、一帯を粉々に吹き飛ばす。




 静寂が訪れた。




 壁に叩きつけられ大地に倒れ伏した3人は動かない。しかし邪神もまた動かなかった。力を溜め直して居るのか?




 ピクリとシオンが身動ぎ、そのままゆっくりと身を起こした。クリオリングの託してくれた鎧が衝撃からある程度、身を守ってくれたようだった。しかし全身を襲う激痛は耐えがたいモノがある。


「・・・ルーシー・・・カンナ・・・」


 息も絶え絶えにシオンは2人の名を呼ぶ。




 その声に反応してカンナがフラフラと身を起こした。


「・・・大丈夫だ・・・精霊神の加護が・・・護ってくれた・・・。」




 しかしルーシーが起き上がらない。


「ルーシー・・・!」


 シオンはルーシーに這い寄る。




 特に外傷は見当たらない。が、その双眸は固く閉じられたままだった。シオンは震える手その胸に置いた。




 動いている。弱々しくは在るが未だ生きている。




「退くんだ、シオン。私が回復魔法を掛ける・・・間に合えばいいが・・・」


 カンナが力を振り絞ってルーシーに術を施し始める。




 シオンは横たわるルーシーと其処に蹲るカンナの小さな背中を眺めた。




「何が・・・神か・・・」


「?」


 シオンの呟きにカンナが術を施しながらもシオンを見遣る。




「12神は聖女達と彼女達を信じて安寧を願った人々を踏みにじった。竜王神はルーシーの人生を踏みにじった。どちらも人の心に頼る分際で・・・」


 シオンの中に激しい怒りが沸き起こる。




『ドクン』


 シオンのなかで何かが脈動する。




 シオンは叫んだ。


「竜王神よ!『御子』が生まれなければルーシーから離れられないと言うのなら俺の処に来い!貴様の力は俺が引き受けてやる!」




 シオンの髪の色が変わっていく。そして其の黒い双眸が紅に変化していく。




 カンナは突然のシオンの変化に理解が追いついていなかった。


『何故だ。何故、急に変化をもたらした!?』


 だがそんな疑問よりも今は。

 

 ノームの少女はシオンの変貌に胸を高鳴らせて叫んだ。


「シオン、名を叫べ!」




 シオンは虚空を睨み付けて叫んだ。




「俺の名はシオン=リオネイル!」




 シオンの全身が赤く光輝いた。







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