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神の去った世界で  作者: ジョニー
第6章 邪神蠢動
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71話 絵画の記憶



 長い回廊をルーシーは歩き続けていた。




 巨城の内装は実に凝っていて柱の一本一本に細かな彫刻が施され、大理石で造られた床には真紅のカーペットが敷かれている。大国の王城も斯くやと言わんばかりの豪奢な造形は、此処が地底の城であることを忘れさせる程だ。




 一体誰が、何の為に地底にこの様な巨城を築いたのか。疑問が脳裏を過ぎらない訳では無いが、ルーシーはひたすらに前を見て歩き続ける。




 巫女の感覚を研ぎ澄ませると、シオンの居る場所に自分がかなり近づいている事を感じ取れる。




 やがて長い回廊は終わりを迎えた。黒檀の扉が見える。


『ギィ・・・』


 ルーシーはゆっくりと扉を開けた。




 中は又しても広大な広間だった。


 奥に2手に別れて上階へ通じる大階段が伸びている。大階段の正面には大きな扉が在り、此処がエントランスである事が解る。ルーシーはそのエントランス横の扉から出て来た形になる。




「・・・」


 ルーシーは周囲を見回して誰も居ない事を確認するとソロリと歩き始めた。大階段の踊り場の壁には大きな絵画が据えられている。ルーシーは階段を上り絵画を眺めた。




 純白のローブを着た美しい女性達が・・・12人描かれている。


 ――・・・グースールの聖女・・・?


 優しげな微笑みを浮かべて騎士の剣を受け取る女性達は、到底『魔女』と呼ばれる様な存在には見えなかった。あの小さな少女はチェルシーだろうか?


 そして彼女達に跪き、剣を差し伸べている蒼金の鎧を身に纏った騎士達も描かれている。恐らくは忠誠の儀が執り行われている場面を描いたモノだろう。


 そしてその騎士達の姿は、ルーシーがこの巨城に入る前に物陰から見た騎士達と同じ装束だった。






 そして外で黒い騎士達と戦っていた蒼の騎士達が彼らだとしたら、今も未だ彼らは外敵の侵入を護っているのだろうか?


 ルーシーには彼らが最早この世の存在で無い事は気付いていた。異常な存在・・・魂だけの存在となり幻となって戦う亡霊騎士とでも呼べば良いのか。そう言った存在である事を知っている。




 そうなってまで、彼らは彼女達を護りたかったのか。


 そして書庫で出会ったチェルシーの魂とその無垢な願い。




 ――やっぱり真実を明かさなくちゃいけない。




 虐げられて生きてきたルーシーだからこそ見て見ぬ振りは出来ない。


 シオン達が自分をテオッサの村から引き剥がしてくれた時にどれ程嬉しかった事か。真実を明るみに出す事がどれ程報われる事かを知っている彼女だからこそ、彼らと彼女らの境遇を知らなくてはならない。




 ふと目を端に向けると、説明書きが記されていた。


『グースールの聖女と聖女護衛隊セイントガード』


『剣を受け取る者・・・聖女レシス』


『剣を捧げる者・・・聖女護衛隊セイントガード隊長クリオリング』




 暫く絵を眺めていたときだった。


 何か人々がざわめく声を聴いた気がしてルーシーは周りを見回した。


「・・・」


 誰も居ない。


『・・・ザワザワ・・・』


 しかしザワメキは収まらない。


 ――・・・なんなの?


 不安げにルーシーは絵画から離れる。




 途端に意識がグンッと絵画に引っ張られた。


「!」


 驚いて目を閉じ・・・そして恐る恐ると目を開けて見ると・・・。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 ルーシーは宙に浮いていた。


 眼下には多くの人々が犇めいており、その中心で絵画に描かれていた忠誠の儀が執り行われていた。




 ――・・・絵に取り込まれたの・・・?


 ルーシーは首を傾げる。




 大柄の騎士が声を上げた。


「偉大なる我らの導き手『グースールの聖女』よ。我らセイントガードは貴女方に対し、変わらぬ永劫の忠誠を誓いこの困難から人々を守る盾となる事を此処に誓います。」


「騎士隊長クリオリング様と頼もしき騎士様達に感謝します。どうか我らをお守り下さい。」


 中央の聖女が言葉を返すと騎士達が更に深く頭を下げる。


 そして大柄の騎士は儀式用の剣を両手で持ち、聖女に差し出した。


「誓いの証にこの剣を偉大なる聖女達に捧げます。」


 聖女が其れを受け取る。


「受け取りました。願わくば皆に精霊神の加護が訪れんことを。」




 ・・・場面が飛んだ。




「ゴブレットに瘴気が!?」


 クリオリングの表情が険しくなる。




 部屋を飛び出すクリオリングと報告に来た騎士達の後をルーシーもフワフワと付いて行く。扉の1つに飛び込むクリオリング達に続いてルーシーも部屋に入った。


「!」


 其処は瘴気に埋もれた部屋だった。其処で11人の聖女達が力なく蹲っている。


「レシス様!」


「クリオリング様・・・」


 力なく騎士を見上げた聖女の瞳は紅く染まっていた。瘴気に冒された者が陥る症状だった。


「何故、この様な事が・・・」


「・・・解りません。光の力に護られたゴブレットに四方や瘴気が満たされているとは思いませんでした。」


 クリオリングは周囲を見回す。


「チェルシー様は?」


「彼女は精霊神の御間にて祈りを捧げて居り、難を逃れました。」


「そうですか・・・。」


 クリオリングは頷くとレシスに再度尋ねた。


「・・・一体、誰が・・・」


 聖女は首を振った。


「解りません。・・・ですが、私達にはもう貴男方の傷を癒やす力は在りません。もう・・・皆さんの聖女では無いのです・・・。」


「レシス様・・・。」


 クリオリングは絶句する。


 しかしやがて力強くレシスの肩を掴んだ。


「いえ。貴女方は聖女で御座います。私達は貴女方が傷の癒やし手だから聖女と崇めた訳では在りません。皆が絶望した当初、貴女方がその優しい微笑みと希望を説く言葉で、我らを心の傷を癒やし励まして下さったからこそ聖女様と崇めたのです。」


「クリオリング様・・・」


 聖女達が騎士達を見上げる。


「貴女方の力が闇に染められたとて其の御心が以前と変わらぬ物ならば、我らセイントガードの忠誠は些かも揺るぐ物では御座いません。」


「皆さん・・・有り難う御座います・・・」


 聖女達が涙を流す姿を、騎士達は微笑みながら見守る。




 ――・・・こんなにも真剣に生きている人達が・・・何で1000年以上も苦しまなくてはならないの?


 この先で彼らがどんな運命を辿るのか。其れを知っているルーシーの胸は激しく痛んだ。




 ・・・また場面が飛んだ。




「止めろ!何故、天の使者が我らを攻撃するんだ!?」


 町を襲撃する4人の羽根の生えた天使達と8体のゴーレム達にクリオリングの絶望の声が響き渡る。


「何故!?何故、神よ、私達を攻撃するのですか!?我らは敵では在りません!」


 聖女達が涙を流しながら叫ぶ。


 叫びながらも彼女達は闇の力を駆使して、人々に障壁を張り続ける。




 しかし天の使者達が放つ雷は聖女達の張る障壁を易々と貫き、逃げ惑う人々を撃ち抜いた。そしてゴーレム達の放つ一撃が容赦なく町を破壊していく。


「・・・おのれ・・・。許さん・・・許さんゾ!・・・コノ悪魔ドモメ・・・!!」


 天の使者の槍に貫かれた幼子の骸を両手に抱きながら、クリオリングの全身にドス黒い瘴気が纏わりついていく。


 ――ダメ!その力に飲み込まれては駄目!


 無駄と解りつつもルーシーは叫ばずには居れなかった。


「クリオリング様!?正気を・・・正気を保って下さい!」


 レシスの悲痛な叫びがクリオリングに投げかけられる。


 しかし、彼は止まらなかった。




『オオオオオオッ』


 クリオリングは吠える。闇に墜ちた蒼金の騎士は紅い双眸から血の涙を流し、天の使者に斬りかかった。


『闇に落ちし弱き者共め。我らの大道を妨げるか。』


 天の使者がクリオリングに応じて槍を向ける。


 壮絶な死闘が展開される。




 ――人々を護る筈の神と神に護られる筈の人が憎しみあって斬り合うなんて・・・




 やがて戦いの決着は着いた。


 クリオリングの大剣が天の使者の胸を深々と刺し貫く。


『・・・馬鹿な・・・神たる我が・・・闇に墜ちた人間に敗れるなど・・・』


 使者はそう言い残すと全身の力を弛緩させた。




「・・・」


 クリオリングは神を刺し貫いたまま、大剣を肩に担ぐと


『オオオオオオッ』


 再び吠えた。




「・・・」


 聖女達がゆっくりと立ち上がった。


 もはや生き残った者は聖女達と騎士達、そして彼女らに付き従った魔術師達しか居ない。


「クリオリング様・・・神狩りの騎士よ・・・。私達も貴男に殉じましょう・・・。」


 聖女達から爆発的な量の瘴気が吹き出した。




 そしてその瘴気がセイントガード達をも飲み込んでいく。



 

 クリオリングが大剣を振り翳した。神の死骸が大剣から振り飛ばされ、中空から見下ろす翼持つ神々に向かって投げつけられた。




 そして其れを合図に聖女と騎士は天央12神に牙を剥いた。聖女達は翼持つ神達に。騎士達と魔術師達はゴーレムに。




『何故滅ぼした』


『誰があの水を送ってきた』


『何故、彼らまで殺した』


『そもそも何故、我らはこの地に落とされた』


『我らが滅ぼされる程の何をしたと言うのか』




 聖女達は口々に呪詛を吐き散らしながら、瘴気を3人の翼持つ神達にぶつける。反撃する神の一撃に1人、又1人と斃れて行く。聖女達はその度に瘴気を放って斃れた聖女を取り込んでいく。形を変え、大きさを増していきながら聖女達は神を攻撃し続ける。




 その最中、一際眩しい光を放つ神が口を開いた。


『彼のゴブレットを贈ったは我らだ。』


『!!・・・ナゼダ!?』


『汝等が大罪を犯したが故に。』


『大罪・・・!?』


『本来、人々の信仰は我らに集まるべきモノ。其れを汝等が独占した罪は重い。故に滅ぼす。』


『ナラバ我ラダケヲ滅ボセバ良イデハナイカ!』


『ならぬ。我らの働きを後世に残すという大役を与えて地に下ろしてやったと言うに、愚かしくも汝等を崇めた人間達も同罪よ。世界はこの主神ゼニティウスの名の下に信仰を集め、秩序が築かれるべきなのだ。』


『・・・オ前タチガ我ラヲ引キ摺リ降ロシタノカ!!』


『そうだ。汝等には過ぎた計らいのつもりだったが活かせぬとは愚かな者達よ。』




 傲慢。


 ルーシーにはそうとしか思えなかった。唾棄すべき傲慢な存在が、依りにも依って天央12神の正体だったとは。


『ソウ言ウ事カ・・・オノレ・・・ゼニティウス!コノ恨ミ忘レハセヌ。貴様ノ守ルモノ全テヲ根絶ヤヤシニスルマデ、此ノ魂・・・手放スモノカ!』




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 グースールの聖女の血を吐くような叫びを最後にルーシーは我に返った。




 気付けば先程と同じ絵画の前に立っていた。


「・・・戻って来たの?」


 ルーシーは独り言ちる。




 眼前には、穏やかな表情で忠誠の儀が執り行われている風景が描かれた絵画が在る。


 気付けばルーシーは涙を流していた。


 ――救わなくてはならない。竜王の巫女として。本当の神様の力を受け継いだ者として。偽りの神に誑かされた彼女達を救わなくてはならない。




 ルーシーが決意したその時、エントランスの大扉が重々しい音を立てて開いた。


「!」


 ルーシーは思わず杖を握って振り返る。


 が、直ぐに誰かを理解した。




 この温かい気配は・・・。


「シオン!」


 ルーシーは愛しい少年の名を呼ぶと、階段を駆け下りた。




 温かな微笑みを向けて両手を広げるシオンの胸にルーシーは飛び込んだ。そしてその広い背中に両の腕を回す。このやるせない思いを少しでも拭うべく。そしてもう1度向き合う為に。


 シオンも優しくルーシーを抱き締めてくれる。




「ルーシー・・・会えて良かった。」


 シオンの安堵の声がルーシーの耳を擽る。


「うん・・・探してくれて有り難う。」


「ルーシーこそ無事で居てくれて有り難う。」


 ああ・・・以前にもこんなやり取りをした。あの時も彼は私の無事を喜んでくれた。




 其処で気が付いた。シオンの至る所に傷がある事を。中には深そうな傷も在る。


「シオン・・・傷だらけ・・・!」


 少年は苦笑する。


「ああ・・・少し手強い敵に出会してね。でも、大丈夫だ。」


「駄目よ、こっち来て座って。」


 そう言うとルーシーはシオンを壁際に座らせると回復術を施していく。


 その間、シオンはルーシーをずっと見ていた。




 ルーシーは長い時間を掛けてシオンの傷を全て塞いだ。


「ふう。」


 一息吐いて汗を拭ったルーシーの腕をシオンは掴んだ。そしてルーシーの顔を覗き込む。


「シ・・・シオン・・・?」


 突然のシオンの振る舞いにルーシーは顔を赤らめる。


 そんな彼女に少年は尋ねた。


「泣いていたのか?ルーシー。」


「・・・」


 ルーシーは俯き頷いた。


「何が在った?」


 表情を厳しくするシオンにルーシーは書庫で読んだ日記の事、チェルシーの事、そして絵画の記憶の全てを彼に話した。




 聴き終えたシオンは絵画に目を向ける。


「クリオリングとは、さっき戦ったばかりだ。」


「え!?」


「悲しみと憎しみを身に纏って戦う恐るべき戦士だった。だが、彼も最期には正気を取り戻してくれた様だった。そして俺にこの鎧と願いを託してくれた。」


 そう言うと、シオンはルーシーの腰に手を当て大階段を上り絵画を見た。


「・・・託された時は何を託されたのかは解らなかった。・・・でも、ルーシーの話を聴いて・・・この絵を見て・・・彼が俺に何を託したのかがはっきりと解った。」


 ルーシーはシオンを見上げた。


 シオンは涙を流していた。


「ルーシー・・・俺は彼らの願いを叶えてやりたいよ・・・。だが、其れを成そうとすれば、恐らく君との穏やかな生活は当分先になってしまう。」


「・・・」


 ルーシーはシオンの腕に頭を寄せた。


「うん。私も同じ事をシオンに言おうと思っていた。」




「ルーシー・・・」


 見つめるシオンにルーシーは微笑んだ。


「優しい貴男が大好きです。シオン。」


 シオンは精一杯の微笑みを愛しい少女に向けた。


「・・・君を好きになって良かった。」




 そして2人は絵画を見上げる。


「この絵画に誓おう。天央12神の下に行けるかどうかは解らないが、必ず何らかの決着を着けて報告に来ると。」


「はい。」




 ――チェルシー、きっとまた来るからね。


 少女の言葉は幼い聖女の魂に届いただろうか?


 ルーシーは眼の前でヒラリと何かが舞った様な気がした。











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