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神の去った世界で  作者: ジョニー
第6章 邪神蠢動
68/214

67話 それぞれの戦い 2



「・・・う・・・ん・・・。」


 闇に沈んだ意識が掬い上げられる。眼を開くと、漆黒の空間が広がっていた。




 少女はゆっくりと身を起こした。


「・・・此処はドコ?」


 ルーシーは呟く。




 周囲を見渡すと何処かの町並である様だった。生き物の気配がまるで感じられない。




 何がどうなったのか・・・。ルーシーは記憶を手繰る。




 自分は砂漠を歩いていた。後ろからシオンとカンナが付いてきていた。そして・・・?




 そうだ、突然に足下が崩れたんだった。そして訳も解らず落下する中、シオンの声を聞いた気がする。そこまで思いだして意識が覚醒した。


「!・・・そうだ、シオン!?カンナさん!?」


 慌てて周囲を見回すが2人は見当たらない。




「1人になってしまったの?」


 ルーシーの顔に不安が宿り掛けるモノの直ぐに表情を引き締めた。不安がっていても仕方が無い。何か状況を打開しなければ。




「・・・」


 ルーシーは上を見上げる。


 遙か上空に小さな穴の入り口らしきモノが見える。


「・・・彼所から落ちて来たの?」


 改めて、ルーシーは自分の周囲を見渡した。まるで何処かの町中に見える。自分はその石畳の通りの上で気絶していたらしい。つまり、あの高さからこの石畳の上へ落下してきた事になる。


「良く生きていたわ・・・。」


 そう呟くと、ルーシーは立ち上がった。




 遠くに高い尖塔を幾つも備えた王城の様なモノが見える。




 ピクリとルーシーの感覚に触れるモノが在った。まるで自分を包み込むかのような、この温かな感覚は。


「シオン・・・彼所に居るの?」


 ルーシーは確信めいた感覚を得て、王城に向けて歩き始める。




 町中は静まり返っていた。動くモノは何も無く完全な廃墟と化している。彼女は大きい通りを避けて路地を選びながら歩みを進めていた。




『ギイィィィンッ』


 激しくぶつかり合う金属音にルーシーはビクリと震えて物陰に隠れた。




 路地裏から大通りに視線を投げると、数名の戦士達が斬り合っている。片方は蒼い鎧の騎士達。もう片方は黒い鎧を纏った騎士達だった。


 双方は激しく斬り合っていたが、やがて黒い鎧の騎士達が蒼い騎士達を追い込み始め、全員を斬り倒していった。蒼い騎士達は倒されると剣を遺して、霧が消えるが如く霧散していく。




――・・・幻の類い・・・?


 ルーシーが首を傾げる間に、黒い騎士達は剣を収め無言で立ち去って行く。


 が、間髪入れずルーシーから死角になっていた建物の影から数名の蒼い騎士達が斬りかかっていく姿が見え、再び剣戟の音が響き渡る。やがて剣戟の音は鳴り止み、蒼い騎士達が無言で来た道を戻っていった。




 蒼い騎士達があの通りを守っているのかは判らない。が、やはり大通りに出るのは危険だ。あの数に襲われては一溜まりも無い。




 ルーシーは路地裏を静かに歩いて行った。途中で何度も大通り側から激しい金属音が聞こえて来る。息を潜めながら歩いていると大きな講堂の様な建物が見えてきた。


 門らしき部分は壊れており、中に入るのは容易そうだ。


「・・・」


 ルーシーは探知の魔法を放つ。ルーシーが探知出来るのは瘴気や悪意有る者の有無のみ。セシリーの使うクエストの様な利便性は無かったが無いよりは遙かに良い。




――・・・大丈夫・・・みたい。


 中に入っていくのは不安だ。しかし・・・。ルーシーは外の町並みを振り返る。外を彷徨いてあの騎士達に出会ってしまったら其れこそ終わりだ。




 其れに外から見た限りでは、この建物は目指していた王城の外郭に繋がっている様だ。


――入ってみよう。


 ルーシーは覚悟を決めて建物の中に足を踏み入れた。




 建物はどうやら書庫の様だった。本棚に納められた大量の蔵書が埃を被っている。その奥には一段と高い本棚に一冊だけ置かれた本があった。


「・・・」


 ルーシーはその本を手に取って中身を開いた。




『読めないだろう』


と半ば諦めながら本を開いてみたのだが。


「これ、神仙術の言葉だわ・・・。」


 彼女は所々ではあるが読む事が出来た。




 幼い頃に母から教わった神仙術の言葉で書き記された中身を、ルーシーは判る部分だけ読み進めていく。




『我らが聖女の語るに足りぬ悲しみの記憶を記す・・・』




『天の使者が邪悪な大地を鎮めていく。』


 ・・・天央12神。この記述は混沌期終盤の頃の話の様だ。




 この筆者が、何故この時代に居たのかは不明だが、どうやら大勢の人々が混沌期に大地に降ろされてしまった様だった。彼らは人外同士の壮絶な戦いに巻き込まれぬ様に堅固な城砦を造り、十数年もひっそりと戦いの終結を願って生きていたようだ。そして彼らを励まし、希望を与えていたのが、この本に記されている『聖女』達である様だった。




 この様な話は聞いた事は無かったが歴史の大局から見れば、ルーシーが母から聴かされていた話に粗方の筋は通じる。この後、天央12神はグースールの魔女との戦いを最後として混沌期の集結を宣言した筈だ。




 だが、そのつもりで読み進めていたルーシーの眉間に皺が寄り始める。




『或る日、聖女様達にゴブレットが届けられた。ゴブレットには黒い水が溜まっていた。その水は忽ち瘴気と化して聖女様達を包み込み、其れが収まるとの奇跡の力が失われた。代わりに巨大な闇の魔力が彼女達に宿った。』




『天の使者は我らを攻め立てた。彼らの無慈悲な雷は我らの同胞を次々と撃ち倒していく。女も、子供も、老人も。我らが何の罪を犯したと言うのか。訳も解らずにこの混乱の地に落とされ、それでも聖女様達の励ましに勇気を得ながら、只ひたすらに平穏の到来を願って生きてきただけなのに。』




『聖女様は嘆かれた。差し伸べた護りの手も届かずに斃れていく同胞達を見て。血の涙を流された。そして彼女達は天の使者に牙を剥いた。最後に生き残った騎士団も聖女様の下で戦った。私も持てる魔法の全てを使って戦った。聖女様は悲しみの余り、憎しみの余り、姿を変え、闇の力を以て天の使者達と戦った。騎士団も闇に落ちて戦い続けた。』




・・・何なの?これ。何で天央12神が人間を襲うの・・・?




『・・・我らは敗れた。私以外に生きている人間は居なかった。天の使者は私に命じた。大地を守る守護神となり、我らを称えよと。』




『私は受け入れた。例え恥を知らぬ裏切り者の誹りを受けようとも、この恨み、決して忘れはせぬ。その思いを継いでくれる者が現れる日まで、私は奴等の人形と為ろう。』




『願わくば闇に落ちしグースールの聖女に救いの在らんことを。・・・混沌期より。ビアヌティアンがここに記す。』




 ルーシーは混乱していた。グースールの魔女が聖女・・・。聴かされていた昔話とはまるで違う。・・・コレでは正義と悪がまるで逆ではないか。




 気が付けば、ルーシーは涙を流していた。彼女の紅の瞳が、この記述を真実と認めている。筆者の無念と悲しみを真実と認めている。




「ああ・・・。・・・でもコレが真実なのね・・・。」


 ルーシーが呟いた時。




『誰・・・?』


 微かに届くかという程の音量で女性の声がルーシーの耳を擽った。




 ビクリと身を震わせて杖を握り、少女は振り返った。落とした本の反響音が書庫に響く。




『貴女は誰・・・?』


 また声が聞こえる。




 ・・・悪意は感じられない。ルーシーは答えた。


「私は竜王の巫女。貴女は誰・・・?」


『・・・』


 反応は無い。




 しかしやがて声が聞こえてきた。


『・・・長かった・・・。漸く・・・伝えられる・・・。』


 声は答えた。


『私はグースールの聖女。』


「!」


 ルーシーは驚愕に身を竦ませた。


『此方へ・・・』


 声に導かれるままにルーシーは歩みを進める。




 導かれた場所は書庫を抜けた先の小部屋だった。其処には女性を象った石像が祀られていた。その前には蹲り祈りを捧げる未だ幼い少女の・・・ミイラが在った。


「・・・」


 ルーシーは死の間際まで祈り続けたのであろう少女の後ろに跪き、その亡骸を見つめた。


『・・・この亡骸は私。』


 声が囁く。


「・・・そう・・・ですか。」


 ルーシーにはそうとしか返せなかった。


『この像は私達グースールが崇めた精霊神様のお姿を象った物。』


 言葉に導かれたルーシーは女性像を見上げる。




 ルーシーは尋ねた。


「貴女のお名前は?」


『チェルシー』


 亡骸の辺りから『声』が答える。


「チェルシー。グースールの・・・聖女は、最後に天央12神と戦い敗れたと先程の書物に書いてありました。・・・貴女は何故、此処に居るのですか?」


 ルーシーが問い掛けた後、暫くの間を静寂が支配する。が、やがて『声』が返ってきた。


『・・・私はグースールの中で最も若くて未熟。だから此処で精霊神に祈りを捧げ助力を請う役目をお姉様方より授かった。でも願いは届かなかった。』




 カンナから聞いた話を思い出す。


 彼女達の崇める精霊神とやらが何時の時代の神かは解らないが、もし其れが神話時代の真なる神々で在るならば混沌期には既に居なかった筈。彼女は・・・いや彼女達はその事を知らなかったのか?




 だがルーシーは其れについては言及せずに2つ目の質問をする。


「私に伝えたい事とは何ですか?」


 ヒラリと目の前で何かが舞った様な気がした。


『天の使者の事。』


「それは?」


『ゴブレットを贈ったのは天の使者。光の力に護られていた。だから私達は黒呪の水の存在に気づけなかった。』


「・・・何故、そんなモノを贈ったのでしょう?」


『人々の信仰が私達に向いていたから。彼らにとって其れは反逆。だから私達を闇に染めて粛正の対象にした。人々も対象になった。』


「・・・」


 ルーシーは絶句した。神が人に嫉妬して罠を仕掛けて殺したと言うのか。其れでは矮小な人間がやる事と変わらないではないか。


「・・・何故、貴女は其れを知っているのですか?」


『祈りの最中、彼らの話を聴いた。』


 ・・・紅の瞳はルーシーに告げていた。嘘は無い、真実だ、と。




 ルーシーはチェルシーに尋ねた。


「貴女は私達にどうして欲しいですか?」


 ・・・『声』は震えていた。


『お姉様達を救って欲しい。お姉様達は憎悪と悪しき者達に縛られて、魂の輪廻に戻れなくなってしまった。だから・・・祓って欲しい・・・。』




 其れは斃して欲しいと言う事。邪神となってしまったモノを純粋な祈りだけで祓う事など出来ないだろうから。だが邪神を斃すなど普通の生物に出来る事では無い。


 だからこその『・・・長かった・・・。漸く・・・伝えられる・・・。』と言う安堵の言葉だったのだろう。真なる神々の力の一端を引き継いだ『竜王の巫女』だからこそ願いを叶えてくれると。




 恐らくは敬愛しているだろう『お姉様達』を斃して欲しいと願う、この幼い魂の想いは如何ほどのモノなのか。そしてその想いを果たしてくれるであろう者に伝える為だけに、彼女は1400年以上も此処を彷徨い続けた。


 其れがどれ程の艱苦であったかルーシーには想像も付かない。




 ルーシーは頷き微笑んだ。


「解りました。貴女の想いを引き継ぎましょう。貴女の愛する偉大な『グースールの聖女』様に安らぎを。」


 チェルシーの声がフワリとルーシーの周りを回った様に感じる。




 そして。


『ありがとう・・・ありがとう・・・お願いします・・・』


 そう言い残して『声』は消えた。




 ルーシーは考えを纏めた。


 ビアヌティアンと名乗る人物が遺した書にも、チェルシーの言葉にも嘘は無かった。ならば、もうコレまでの様な気持ちで天央12神を見る事は出来ない。だが、彼らが本当に人間の敵なのかどうかも解らない。


 そして直近の問題として、グースールの聖女が魔女として復活したのなら、コレを放っておくことは出来ない。シオンとの未来の為に。そして友人となってくれた人達の未来の為に。


 だから自分にその力が在るのならば、先ずはグースールを止める。そして邪教も斃す。天央12神はその後の問題と考えよう。




 ルーシーは立ち上がった。先程よりも強くシオンを感じる。きっと近くに居る。少女は小部屋の奥に伸びる通路に向かって歩き始めた。






 通路の先は広間となっていた。




 そして、中央に佇む黒いローブが1つ。


「・・・煩わしい塵が1つ消えた様だ。」




 ・・・邪教徒。ルーシーは相手を瞬時に理解する。そして杖を構えて問い質す。


「塵・・・?」


「グースールのなり損ないの事よ。お前が祓ったのだろう?竜王の巫女よ。」


 ・・・塵。あれ程の切なる願いを抱えた純粋な魂を塵と呼ぶか。途方も無い怒りが彼女の中で逆巻いた。


「何故、オディス教徒が此処に居るの?」


「何故も何も、此処は我らの総本山だからな。・・・とは言え、今すぐに動けた主教クラスは私のみだったのでな。猊下の下命を受けてお前を消しに来たのさ。」


 そう言う事か。


 ルーシーは気になっていた事を訊いた。


「貴方達は・・・オディス教はグースールの真実を知っていたの?」


「無論。それ故に怒りを風化させぬ様に贄を捧げ続けたのよ。」




 ・・・ダメだ。・・・少女は湧き上がる怒りを抑えられなかった。




 ルーシーが杖を前に掲げた。




 黒ローブが口の端を醜く歪めて嗤う。


「聞いているぞ、巫女よ。お前の事はな。猊下より、まともに戦り合うなと忠告頂いている。」


 そう言って床を杖で一突きすると、複数の魔方陣が浮かび上がり、其処からヘドロ状の塊が次々と湧き出した。


「コレだけの悪魔を召喚されては巫女とて、手が出せまい?」




 ヘドロ状の悪魔達がドロリと身体を引き摺るようにルーシーに迫ってくる。ルーシーの引き攣った顔を見て黒ローブが嗜虐的な嗤いを浮かべた。


「さあ喰われてしまえ。」


 ルーシーは怯えた様な表情のままに黒ローブに尋ねた。


「・・・私を殺してしまっても良いの?大主教が・・・」


 ルーシーの言葉に黒ローブは嗤った。


「ハハハ。最後の拠り所が猊下とはな。ククク・・・猊下は仰ったよ。魔女が目覚めた以上、巫女は用無しだとな。」


「・・・そう。」


 ルーシーの表情が落ち着いたモノに変わった。訊きたかった事は其れだけだ。


「・・・では、私も貴男にもう用は無いわ。」




 少女の紅の瞳が輝いた。白銀の髪が逆立つ。


『水よ・・・』


 呟くとルーシーの周りに水の精霊が複数漂い始める。


『・・・散って。』


 ルーシーの言葉に従い、精霊達が霧散した。辺りに異様な量の霧が立ち籠める。


「な・・・!?精霊魔法が使えるなど聞いていない!」


 少女から放たれる圧倒的な魔力と、突然に湧き起こった濃い霧に黒ローブは動揺する。




 霧にはルーシーの魔力が籠もっており、下級の悪魔達は狂ったようにその場で暴れ回っている。知恵無く本能の儘に蠢く彼らは、至る所からルーシーの気配を感じて混乱している様だった。


 一方で黒ローブも自分の周囲にルーシーの幻影が浮かび上がり恐慌に陥っている。複数の悪魔を召喚したが為に、奈落の法術が使えないのか瘴気を纏わせた杖でルーシーの幻影を殴り付けている。




「・・・」


 ルーシーは無言で暴れ回る悪魔達の間を歩いて行く。パニックに陥っている黒ローブを真っ直ぐに目指して。




 黒ローブの男の胸に華奢な手がフワリと置かれた。眼前の少女の幻影が口を開く。


「私は本物よ。」


 男の顔が引き攣ると同時にルーシーは唱えた。


『セイクリッドオーラ』


 途端に少女と男を光の膜が包み込む。セイクリッドローブが逆巻いた。


「ウオオオォーッ」


 全身を襲う焼け付く激痛に男は絶叫した。


 ルーシーは続けざまに魔法を唱える。


『静かなる水の底に棲まいし片翼の主よ。失われし翼を我に与え給う・・・』


 男の胸に置かれた少女の手が光り始める。


「や・・・やめろ・・・」


『セイクリッドソード!』


 瞬間、少女の手から伸びた光の刃が男の胸を貫き背中に飛び出した。


「!!」


 声にならない男の絶叫を無視して少女は無造作に腕を横に振り抜いた。斬り裂かれた男の上半身が吹き飛んでいく。残された下半身がバタリと倒れた。




 召喚された悪魔達はいつの間にか消えていた。




「・・・」


 ルーシーは僅かに眉を顰めると、気を取り直したように広間を抜けて行った。






3/8

誤字の指摘を頂きました。早速適用させて頂きます。

有り難う御座います。

自分でも読み返したりしているのですがボロボロと誤字が出て来ます。情けない事ですが。

仕事が忙しくなり、投稿ペースがだいぶ落ちていますがエタる事の無いように頑張って書いていきますので是れからも宜しくお願い致します。



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