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神の去った世界で  作者: ジョニー
第6章 邪神蠢動
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63話 アインズロード領



 「被害の状況と戦力の状況は?」


 アインズロード邸に到着したブリヤンはウリアーダ第1騎士団副団長と内務の統括を任せているロッテル子爵に尋ねた。




 ロッテル子爵が一礼して報告する。


「現在、領土最北部、グゼ大森林に隣接するザーラン地方に壊滅的な被害が出ております。幾つかの町や村が魔物の襲撃をまともに喰らって3000人以上の人的被害が出ました。暫くはこの地方からの税収は見込めません。また、逃げ切った人々の受け入れ先が安定せず、諍い事も発生しております。ザーラン地方以南は騎士団の活躍により被害は微細なモノに済んでおります。」


 ブリヤンは頷いた。


「立て直しの為の概算費用の見積もりを出してソレの捻出を早急に行え。ザーランの人々には観光地のノーザントレイルを解放しろ。臨時の仮家屋と食料と薪も直ちに用意するように。」


「は。」




 ロッテルが退室すると今度はウリアーダが報告を始める。


「我が軍の状況について報告致します。現在、アインズロード4騎士団のうち第3騎士団と第4騎士団は半壊状態となって居ります。第3騎士団長のゼアシト団長は戦地にて殉死され、第4騎士団長のオースウェン団長は深手を負い未だに意識が戻っておりません。第3、第4の各騎士団はコレを受けて崩壊し半数が戦死致して居ります。」


「・・・」


 ブリヤンは若干だが青ざめた。嘗てアインズロード騎士団が此処まで被害を出した事は無い。


「魂よ、安らかなれ。」


 ブリヤンは眼を閉じて失われた魂達に哀悼の言葉を送る。




「・・・続けよ。」


「は。第1騎士団は若君が負傷されましたが、撤退時も指揮を執られて被害は軽微な状態に済んでおります。第2騎士団は後方支援であった事もあり被害は御座いません。現在は健在であるリゼルタ第2騎士団長がノーザンゲート砦にて全軍の指揮を執っておられます。」


「うむ。」


「また、先程ロッテル子爵が報告されました様に、一時はザーラン地方に魔物の襲撃を許してしまい壊滅的な被害を受けて仕舞いました。その後、砦の外に押し戻す事は出来ましたが・・・栄えあるアインズロード騎士団にあるまじきこの度の失態、お許し下さい。」


 ウリアーダの謝罪をブリヤンは受け入れる。


「良い。全ての責は当主たる私に在る。お前達は今後、この事態をどう切り抜けるか、ソレに注力して欲しい。」


「は。」


「先ずは軍の再編成が必要で在ろう。第3、第4騎士団を合わせれば騎士団としての戦力にはなろう。しかし、敢くまでも寄せ集めの部隊であることに変わりはない。第1、第2騎士団が今後の要となる。」


「畏まりました。」


 一礼するウリアーダにブリヤンはアインズロードの守りの要所であるノーザンゲート砦の状況を確認する。


「砦の様子はどうだ?」


「は。魔物に突破された際にある程度の被害を受けましたが、現在、修復はほぼ完了しております。が、大型兵器に関しましては飛行型の魔物の襲撃を受けて損傷率が50%を超えており、本来の防衛力は期待出来ません。ただ、こちら側も飛行型の魔物達の撃墜に成功しており痛み分けの状況です。」


「・・・」


 ブリヤンは暫しの思案の後にウリアーダに指示を下す。


「第1、第2騎士団を全てノーザンゲート砦に集めよ。全力で以て砦の防衛に当たる。第3、第4騎士団は小隊に分けて3分の2を領内の治安に回し、残りを砦の後方支援に回せ。兵士達も騎士団に準じて任務に就かせよ。」


「・・・前線の各砦は放棄すると言う事で宜しいですか?」


「良い。撤退の際に持てるだけの物資を持ってノーザンゲートに集結させよ。敵は嘗て無い程に強大だ。戦力を集中させて守りに徹し増援を待つ。」


 ウリアーダの眼に光りが宿る。


「増援で御座いますか。」


「ああ、公太子殿下が公都騎士団を動かすように陛下に働きかけて下さっている。無論、公都の守護こそ彼らの最大の任務である以上、大軍とは行かぬだろうが。また、それとは別に魔術師団の編成と派遣も成されている筈だ。」


「畏まりました。では、直ちに騎士団をノーザンゲートに集結させます。」


 ウリアーダは顔に生気を宿して退室して行った。




 ブリヤンは一息吐くと背もたれに身を預ける。


「コレで持ち堪えるしかない。」




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 シオン達がアインズロード邸に到着したのは翌日であった。ブリヤンから状況を確認すると、シオン達は直ぐにノーザンゲート砦に早馬車にて出立する。




 砦に到着するまでの道程は酷い有り様だった。建物は破壊され焼き尽くされ、至る所に瘴気の汚泥の様なモノが溜まっている。たくさんの魂を失った遺体がそこかしこに転がっており、襲撃の凄惨さを物語っていた。


「惨いな。」


 カンナが呟く。


 そしてもう1つ、一行が気にするモノが在った。それはセシリーである。アインズロード邸でノーザンゲートの話を聴いてから明らかに様子がおかしかった。


「お兄様・・・」


 何度もそう呟くセシリーの顔は強ばっており、いつもの強気な表情は消え失せていた。


「セシリー・・・」


 ルーシーがセシリーの手を握るとセシリーは無意識にルーシーの手を握り返して呟いた。


「お兄様は・・・大丈夫かしら・・・。」


 それは何とも言えない。


「心配は要らないと思う。お父君の話では、負傷はしたが意識ははっきりしているとあったしな。」


 シオンがそうは言ったがそれ以上はセシリーに掛ける言葉も無く、詰まるような雰囲気の中で一行は砦を目指した。






「着いて早々にゴメンね。お兄様を紹介するわ。」


 セシリーはそう言うと、一行を連れてバーラントが休む部屋に向かった。


 扉をノックし、返事も待たずにセシリーは中に飛び込んだ。


「お兄様!」


「セシリー!?」


 ベッドから驚きの声が上がる。


 其処には赤毛の青年が横たわっていた。シオンをも上回る長身に頑強な肉体を持ち、その身体に残る傷跡は彼が歴戦の戦士である事を雄弁に物語っている。


 公太子殿下に勝てるとしたら彼しかいないと周囲に言わしめる程の戦士が、今や痛々しく腕と胸に包帯を巻いていた。


「いつ、此処に着いたのだ?・・・其れに彼らは?」


 バーラントの問いにセシリーが答える。


「着いたのは今し方です。彼らは私の友人でこの戦いに協力を申し出てくれた冒険者の方々です。お父様たっての願いに快く応じて下さいました。」


 そう言って彼女はシオン達をバーラントに紹介する。


「そうか・・・。済まない、協力に感謝する。」


「礼は不要に御座います、バーラント様。私個人としても連中には浅からぬ因縁が御座います。全力でお力添えさせて頂く所存です。」


「父上の推挙で有ればその実力に疑う余地は無かろう。宜しく頼む。」


「は。」


 シオンが一礼する。


 そんなやり取りのなか、ルーシーはセシリーを見ていた。


――・・・セシリー?・・・貴女、まさか・・・


 少し信じられない思いもしたがソレならば納得がいく、と彼女は思った。


「さてセシリー、兄妹水入らずで話も在ろう。私達が休める場所は在るだろうか?」


 カンナが声を掛けると、其れまで兄を思い詰めた様な表情で見つめていたセシリーは慌てたように言った。


「そ・・・そうね。えっと・・・サリーさん、ご案内をお任せしても良いかしら?」


 セシリーは控えていた女性騎士に案内を頼む。


「畏まりました。お嬢様。」


 女性騎士は一礼し、シオン達を連れて部屋を出て行く。


「じゃあ、後でね、セシリー。」


 ルーシーの声にセシリーは弱々しく微笑んで見せた。




 2人きりになった部屋の扉が閉まると、セシリーはバーラントに向き直った。


「・・・お兄様・・・」


 セシリーは眼に涙を浮かべて兄を呼ぶ。


「何故、此処に来た。この砦は危険なのだぞ。」


「だから来たんです。傷ついたお兄様をお守りする為に。」


 バーラントの咎めにセシリーは言い返すと、バーラントに近寄りその手を取った。


「お兄様・・・ご無事で何よりでした。」


「あまり、無事とは言えないがな。」


 セシリーの言葉にバーラントが苦笑を交えて返すと、トルマリンの髪の少女は首を振った。


「いいえ、生きてさえ居てくれていれば・・・もう私は・・・」


 青年の大きくゴツゴツした手を少女は額に惜しいだいて言った。


「セシリー・・・」


 バーラントは愛する妹の華奢な手を優しく握り返す。


「俺は大丈夫だ。」


「・・・はい。」


 セシリーは涙に濡れた瞳で兄を見つめ頷いた。


 そして自分や父とは違う、燃えるような赤毛を見つめる。




 バーラントはブリヤンの義理の息子であった。バーラントの両親が魔物との戦に於いて命を落とし、孤児となった彼を本家当主であるブリヤンが引き取った形で縁ができた。


 当時、バーラントは15才、セシリーは11才。体格の良かったバーラントに最初こそ幼いセシリーは怯えを見せていた。が、体格に似合わぬ剽軽さと優しさを知って次第にセシリーは懐いていった。


 幼いセシリーは、快活な少年の笑顔と炎が燃え上がる様な美しくも力強い赤毛が大好きであった。どこに行くにも義理の兄の後ろを追い掛け、また、バーラントも義理の妹を心から可愛がった。


 ブリヤンはやがて、この少年の持つ武術の才能と、広い視野、そして両親を失った悲しみにもへし折れない強い心に信頼を置くようになり、3年前に正式にアインズロード家次期当主として後継者の地位を与えた。




 そして、そんなバーラントに対して、セシリーの心は。


 頼れる兄としての親愛の情が恋心に変化していくのには、然程の時間は掛からなかった。義理の兄とは言え、血も繋がらぬ男性である。優れた男性に惹かれるセシリーの女の性がバーラントへの恋心となってもおかしくは無い。


「お兄様。」


 セシリーは瞳に熱を込めてバーラントを見つめた。






 セシリーには覚悟が在った。違う男性の妻になり、違う立場から父と兄とアインズロードを支えていくと言う覚悟が。叶わぬ恋に苦しみ続けるくらいなら、もっと楽しい恋を探しながら貴族の娘としての役割を果たしたい。


 だから、シオンをそんな対象で見ようとした事もある。もし彼が何処かの貴族なら彼の下に嫁ぎたいと本気で考えた事も有る。


 だがルーシーのシオンを想う気持ちを間近に見て、セシリーは自分の気持ちを恥じた。何と不純な気持ちだった事か。コレではルーシーとシオンに対して失礼にも程がある。


 自分とてルーシーに負けない程の純粋な恋心を知っている筈なのに、この様な気持ちでシオンを見ようとした自分の愚かさに嫌気が差す。


 それ故にセシリーはそんな打算の全てを捨てた。ルーシーに、シオンに、何より自分のバーラントを想う気持ちに恥ずかしく無い様に。




 バーラントはセシリーの恋心は知らない。そして其れで良い。知られてはいけない。セシリーの気持ちはバーラントにはきっと迷惑なモノとなる。セシリーは14の歳に自分の気持ちを自覚してから抱き続けてきた苦しい恋心を、生涯打ち明ける気は無かった。


 ルーシーとシオンの純粋な想いに打たれ、自分にも在った純粋な恋心を思い出したセシリーは、新しい恋は諦めて貴族の娘としての役割のみを全うするつもりだった。




 ・・・バーラント負傷の報を知る迄は。




 その報を父から聞いたとき、セシリーは世界が霧散したかの様な喪失感を覚えた。


「お・・・お兄様は!?お兄様は、ご無事なのですか!?」


 尋常では無い愛娘の取り乱し様にブリヤンは必死になって宥め賺したモノだ。




 そしてセシリーは決意した。失ってからでは遅いのだ。例え迷惑に思われても、疎まれたとしても、伝えずに後悔する事だけはしたくない。




 だから。






「・・・お慕い申し上げます。」


「え?」


 真っ赤になって俯きながら告白するセシリーをバーラントは見遣った。・・・今、何と言った?・・・慕う?兄としてと言う事か?


「セシリー?」


 義理の兄の怪訝そうな表情にセシリーの身体は震え始める。


 ・・・怖い・・・嫌われてしまう・・・だけど。今、逃げる訳には行かないのだ。セシリ-は再び覚悟を決め直すとバーラントを見つめた。


「ずっと、お慕いして居りました。ずっと、ずっと。お兄様を男性としてお慕いしておりました。」


「・・・」


 バーラントは絶句した。義理とは言え家族として愛しく思っていた妹からの愛の告白は、聡明なバーラントから思考を奪った。




 絶句するバーラントの表情を見て、セシリーの顔に悲しみが宿る。


「申し訳在りません・・・。ご迷惑なのは解っているつもりです。でも・・・どうしても・・・お伝えしたかった・・・」


 俯く少女の消え入りそうな声にバーラントは我を取り戻した。少女のトルマリンの髪がバーラントに昔の記憶を辿らせる。あの美しい髪に自分は何度も触れて、幼い妹の頭を撫でた記憶を。嬉しそうな少女の笑顔を。


 あの幼かった少女が、今、美しい淑女となって自分への恋心を打ち明けた。苦しそうに。悲しそうに。


 正直に言えば、セシリーをそう言った目で見た事は無い。だが、美しく成長していくセシリーを眩しく見た事が有るのも事実だ。


 どうしたら良い?どうしたら、自分はこの最愛の娘を傷付けずに済む?


 だが、バーラントには答えが出せなかった。だから、自分の素直な気持ちを話す事にした。


「セシリー。」


 少女の肩がピクリと動く。


「正直に言えば、俺はお前をそんな風に見た事は無い。」


「・・・はい。」


 セシリーの目から涙が溢れる。


「だから、時間をくれないか?」


「・・・え?」


 流れる涙をその儘に、セシリーはバーラントを見た。


 バーラントの顔が赤い。


「ずっとお前を妹として見てきた俺だが、・・・お前を美しいと思う気持ちも在る。血は繋がっていないしな・・・。だから・・・その・・・真剣にお前を女性として愛せるか・・・その確認の時間が欲しい。」


「お・・・兄様・・・」


 信じられない言葉にセシリーの双眸からは、また涙が溢れだした。


「セ・・・セシリー!」


 セシリーを傷付けたのかと慌てるバーラントに、少女は俯きながら首を振った。


「う・・・嬉しいのです・・・。そんなお返事が貰えるなんて・・・思っていなかったから・・・」


 少女の微笑みを見て、バーラントは自分の答えが間違ってなかったと理解した。



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