61話 侵攻
気絶したルーシーをゆっくりと横に寝かせると、シオンは彼女に寝衣を着せて、ギルドへ走った。僅かな時間でも気絶したルーシーの側を離れたくは無かったが意を決しての行動だった。
走れば60を数える間もなく着く距離だ。
深夜のギルドは、流石に人が少ない。
「あら、シオンさん、どうしたの?」
受付嬢の1人、ロザリアが声を掛けて来る。
「ミレイさんは?」
「あの子は今日はとっくに上がったわよ。」
「・・・頼みがあるんだ。」
以前にルーシーの置き手紙を受け取ったのが彼女であった事を思い出して、シオンはロザリアにルーシーの事を看ていて貰えないか頼み込む。
「ああ・・・あの子の事ね。・・・いいわよ。」
ロザリアは後ろの受付嬢達を見たあとに了承してくれた。
「有り難う!多分まだ気を失っているから直ぐに頼めるかな。」
「分かったわ、直ぐに行きましょう。貴方はどうするの?」
「王城に行ってカンナを呼び戻す。馬を一頭借りるよ。」
そう言ってシオンはロザリアにシオンの家の鍵を渡すと外に飛び出した。
「そう慌てるな。」
馬に跨がり、眠そうな声で寝衣姿のカンナは言った。
深夜の王城に乗り込んだシオンに叩き起こされ、寝ぼけているうちに小脇に抱えられて連れ出されたノームの少女は幾らか不機嫌から脱していた。
「ルーシーはまだ竜王の御子を生み出していない。なら、神性はまだ彼女の中に在る。竜王神の神性の加護が在る以上、如何なグースールの魔女と言えど決して手は出せん。」
「しかし加護と言っても『鱗1枚分』の加護なんだろ?」
「戯け。竜王達の神たる竜王神の『鱗1枚分』の加護だぞ。その神性に於いてケタが違う。凡そこの時代に於いてコレに比肩しうる加護など無いわ。」
「・・・そうか。」
シオンは少し安堵する。
――ここは・・・
宵闇に光りが差し込むように、ルーシーの意識は急速に浮上した。
――・・・眠っていたの?
ルーシーが周りを見回すと、直ぐ近くに座っていたシオンと眼が合った。
「ルーシー・・・大丈夫かい?」
シオンの心配げな表情が嬉しい。
「うん、大丈夫。」
ルーシーは微笑んで身を起こした。
が、ルーシーはカンナとロザリアの存在に気付いて慌てて自分の姿を確認した。
「あ・・・あれ?服着てる・・・?」
ルーシーの呟きに、ロザリアとカンナは二ヤァっと笑ってシオンを見る。
シオンは眉根を寄せて顔を赤らめると、殊更に2人を無視してルーシーに話し掛けた。
「君はあの後に気絶したんだ。・・・で、カンナを呼び戻した。」
「そう・・・なの。」
ルーシーは少しボゥっとした表情でシオンを見上げる。そして見る見る顔を赤らめる。
「そ・・・その、・・・ごめんね。」
「い・・・いや、気にしなくていい・・・。」
ルーシーが恥ずかしげに俯いて言うと、シオンも真っ赤な顔で顔を逸らしてそう答えた。
カンナはニヤニヤしていたが、やがて表情を改めるとルーシーに話し掛ける。
「さて、ルーシー。盛り上がっている処を済まないが、話しを聴かせてもらうぞ。」
「は・・・はい。」
ルーシーは慌てて頷いた。
「・・・それで、その・・・シオンと話しをしている時に心臓がドクンと鳴って、魔女の意識が流れ込んできて・・・。」
「・・・で、魔女の復活に気づいた訳だな?」
「はい。」
ルーシーが頷くとカンナは手を顎に当てて考え込む。
「なぜ、魔女の復活をルーシーは感づく事が出来たんだ?」
シオンが尋ねるとカンナは考えながら答える。
「・・・恐らく、ルーシーは一度、魔女の輪廻から外れた魂に近づいている。それ故に『繋がり』が出来ているんだろう。」
「ルーシーは大丈夫なのか?」
「普通なら絶望的だ。復活を察知した瞬間に魔女に取り込まれていただろう。だがルーシーの場合は、竜王神の加護が働いている。全く問題は無い。正気を保ったまま目覚めたのが証拠だ。」
「・・・良かった。」
「問題は・・・邪教の大主教が目覚めさせたという点だな。必ず彼奴が魔女を唆すだろうよ。そう為れば待っているのはセルディナの滅亡だ。」
「どうにか為らないのか?」
シオンの問いには答えずにカンナはルーシーをチラリと見る。が、やがて首を振った。
「現状はどうにも為らんな。・・・せめて何処で復活したのかが判れば良いのだが。」
「私・・・多分、判ります。復活した場所が・・・」
「え!?」
「・・・ホントか?」
「はい。・・・眠っている時に魔女に引き寄せられたんです。自力で拒否して戻って来る事が出来ましたけど。その場所は・・・」
ルーシーは指を差した。その方角は北。アインズロード領であった。
「アインズロード領の先、グゼ大森林の北部に在る小さな砂漠です。ソコに大穴が空いていてその底で復活しています。」
「・・・」
3人は黙ってルーシーの指差す方向を見遣ったが、やがてロザリアが口を開いた。
「これは・・・ギルドマスターに話しても良い事よね?・・・なら私はそろそろ戻ってウェストンさんに話して置くわ。」
「済まない、頼むよロザリアさん。」
「あ・・・あの、面倒見て頂いて有り難う御座いました。」
ルーシーが頭を下げるとロザリアは笑顔で手をヒラヒラさせて出て行った。
カンナはルーシーの指差した方向を見続けながら呟いた。
「決戦は近そうだな。」
翌朝、カンナはシオンとルーシーを連れて再び王城に舞い戻った。案内された公太子の執務室でブリヤンも交えて、昨夜の話を報告する。
「・・・グースールの魔女が復活したと言うのか。」
「はい、殿下。」
シオンが頷くと、ブリヤンがカンナに尋ねる。
「カンナ殿、貴女はどう見る?」
カンナは考え考え口を開いた。
「・・・もし私が大主教ならば、悲願が叶ったのだ。動くに躊躇う理由は無いだろうな。だが、神族の類いは総じて目覚めた直後は直ぐには動かない。グースールの魔女が動き出す迄には今暫くの猶予が在ると思う。但し動き出したら止めるのは・・・かなり厳しい。」
「・・・」
息苦しい静寂が場を支配する。
そんな中、アスタルトがルーシーを見た。
「ルーシー嬢、君はグースールの魔女に接触しその復活地点を把握しているとの事だが。」
「はい。」
「グゼ大森林の北部で間違い無いんだね?」
「・・・私の意識が引き寄せられたのは其処でした。」
「うむ。」
考え込むアスタルトにブリヤンが声を掛ける。
「殿下、アインズロード騎士団を動かしましょう。我が騎士団は特に魔物との戦いには慣れておりますれば。」
公太子は頷く。
「そうするしか無さそうだな。無論、私も陛下に掛け合い公都騎士団を動かす。」
ブリヤンがシオンを見た。
「シオン君、冒険者ギルドの協力は得られるだろうか?」
シオンは暫し思案した後に言った。
「・・・多分、冒険者は集められるでしょう。ただ、各ギルドマスターは渋るかも知れませんから、報奨金はかなり弾む必要が有ると思います。」
「なぜ渋ると思う?」
「危険度の高さです。ギルド経営陣が一番腐心するのは冒険者の生命の危険度と冒険者の成長の折り合いをつける事です。だから余りにも危険度が高い場合は当然ですが出したく無いんです。・・・本来ならAランク討伐案件として国からギルドに依頼して頂ければ良いのですが、それだとギルドはBランク以上の冒険者しか出しません。」
「うむ・・・それだと数が足りないな。」
「ええ。ですから緊急特別依頼として報奨金をAランク討伐案件以上に高く設定してギルドを説得する必要があるんです。」
「なるほど・・・」
アスタルトとブリヤンは視線を交わす。
「ブリヤン卿、頼めるか?」
「畏まりました。」
ブリヤンは頭を下げ、シオンを見る。
「シオン君、ウェストン殿には君から話してみて貰っても良いかね?」
「判りました。」
了承するシオンにブリヤンが頷いた時だった。
俄に外の通路が騒がしくなる。
「・・・」
全員が立ち上がり各々の武器を構える。と、扉がノックされた。
「何事か。」
アスタルトが尋ねると扉が開き、護衛の騎士が一礼を施し報告する。
「ただいまアインズロード騎士団の使いが到着し、伯爵閣下に火急の報告があるとの事です。」
「通せ。」
「は。」
騎士が下がると、アインズロード騎士団の紋章を鎧に付けた騎士が姿を現す。・・・傷つき、泥と血に汚れたその姿にアスタルト以下一同に緊張が走る。
「一体、何事か。」
ブリヤンの問いに騎士は苦しそうに片膝を突き、報告する。
「申し上げます。昨晩、グゼ大森林より突如、魔物が襲来。騎士団で食い止めましたが、騎士団及び領民にかなりの被害が出ました。閣下に於かれましては、至急、領地にお戻り頂き指揮を執って頂きたい旨、お伝え申し上げます。」
「・・・バーラントはどうした。」
ブリヤンは信頼する息子の安否を尋ねる。
「・・・は。若君は、魔物との迎撃戦に於いて負傷されました。命に別状は御座いませんが、前線での指揮は厳しく・・・。」
ブリヤンの顔は少し青冷めて見える。
「ブリヤン卿。」
アスタルトが口を開く。
「公都の心配は不要だ。直ぐに戻るがいい。アインズロードはセルディナの北の守護神だ。アインズロード領を抜かれればセルディナは壊滅する。私も直ぐに公都騎士団を纏めて援軍を送る。其れまで持ち堪えて欲しい。」
ブリヤンはアスタルトを見ると一礼する。
「感謝致します。殿下。」
そしてブリヤンは伝令の騎士に尋ねた。
「敵の種類は?」
「は。獣人やオーガ、魔獣等の混合部隊に魔道士も多数混ざっております。ただ謎の黒い甲冑の騎士団も加わっており、コレが殊更に強く苦戦を強いられて居ります。」
「黒騎士・・・!!」
後ろで聴いていたシオンが声を上げる。
全員がシオンを見て声を呑んだ。見た事も無いような怒りの表情で少年は憎悪の炎を滾らせていた。
「シ・・・シオン?ど・・・どうしたの?」
ルーシーが恐る恐るシオンに尋ねると、シオンはハッとなって表情を少し和らげた。
「済まない。」
シオンはルーシーを見て少しだけ微笑んで見せると伝令の騎士を見た。
「騎士殿。その騎士達は胸の辺りに蛇の頭に似た紋章を付けてはいませんでしたか?」
シオンの問いに騎士は首肯する。
「はい、仰るとおりです。不気味な紋章を付けて居り、自らを『聖堂騎士団』と名乗っていました。」
再び表情が厳しくなる少年にブリヤンは尋ねる。
「知っているのかね?シオン君。」
シオンは頷いた。
「・・・私の祖国『サリマ=テルマ』を滅ぼした軍勢です。」
「何だと・・・」
アスタルトが絶句する。
「殿下。」
シオンがアスタルトに向き直った。
「奴らは1人1人が邪教に心酔した屈強な魔法戦士です。私が当時に見た騎士達の中に奈落の法術らしきモノを使う者は居りませんでしたが、中には扱う者も居るかも知れません。・・・奴らを退けるにはたくさんの魔術士の援護が不可欠です。」
アスタルトは頷く。
「分かった。至急、魔術師団を編成しよう。・・・ブリヤン卿、貴方は直ぐに戻れ。公都騎士団の一部は今日にも発たせる。明日には魔術師団も含めた本体を出そう。・・・3日だけ堪えて欲しい。」
「畏まりました。」
ブリヤンの表情は既に戦士のモノになっていた。
アスタルトの執務室を出て通路を歩いている際にブリヤンがシオンに話し掛ける。
「言い辛い事ではあるが・・・シオン君、君にも助勢を願えないだろうか?」
シオンは頷く。
「当然です。私が旅を初めた当初の理由は、奴らを滅ぼす為ですから。例えギルドが手勢は出せないと判断しても、私は個人的に参加させて貰うつもりです。」
「有り難い。感謝するよ。」
ブリヤンが少し破顔すると、シオンはカンナを見た。
「お前も来るよな?」
カンナは少し笑った。
「お前が行くなら、行くに決まってるだろう?」
シオンはルーシーを見る。
「ルーシー、君は・・・」
「行きます。」
ルーシーはキッパリと言い切る。
シオンとしては積極的にはなれない処だった。来てくれれば大いに助かるだろう。場合に拠っては主攻にさえ為れる程の力の持ち主だ。だが今度の戦いに付き纏うであろう、死の危険は今までの比では無い。
しかしルーシーの視線を受けてシオンは頷いた。
「分かった。頼むよ。」
「はい。」
微笑むルーシーにシオンも笑顔を返す。
カンナがブリヤンを見た。
「ブリヤン卿。セシリーも連れて行くのか?」
ブリヤンは少し迷いの表情を見せたが頷いた。
「あの子がこの事態を知って大人しくはしていないだろう。其れに私の近くに居てくれた方が安心でもある。」
「だろうな。置いていくのは余り得策とは言えん。・・・なら、私達に彼女を預けないか?」
「・・・確かにソレが安全かも知れん。解った。お願いしよう。」
カンナはニヤリと笑う。
「引き受けた。其れに上手くしたら彼女にも強い力を与えられるかも知れんしな。そうなれば彼女自身を守る力にもなる。」
「強い力・・・?」
「うむ。まあ、可能性は低いがな。では、先に自領に戻ってくれるか?私達はその件も含めて少しだけ時間を貰い準備をするから。」
「分かった。では、現地に着いたら城を訪ねてくれ。其処で落ち合おう。」
ブリヤンはそう言って立ち去った。
「準備って何だ?」
シオンが尋ねるとカンナはその小さな手をシオンに差し出した。
「シオン、妖刀残月を見せてみろ。」
シオンが愛剣を渡すとカンナは繁々と剣を眺めて頷いた。
「うむ、充分だな。よくもコレだけの戦いを乗り越えたものよ。」
ノームの少女は微笑んだ。
「お前の剣が生まれ変わる時が来たんだよ。」




