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神の去った世界で  作者: ジョニー
第5章 巫女孤影
55/214

54話 奪還 1



 小部屋が在る。宝物殿と言うには古びた感が否めないが、その中央には強大な何かの気配を感じさせる見事な水晶球が祀られていた。

 

 ザルサングは水晶を見ながら口の端を上げる。

「見事な『力』だ。そうは思わないかね?・・・巫女よ。」

 そう言う大主教の後ろにはルーシーが立っていた。その紅の双眸に光りは無く、虚ろな瞳で虚空を見つめている。

「・・・猊下、この様な状態で使い物になりましょうや?」

 控えていたアシャが尋ねる。ルーシーに裂かれた胸の傷は既に塞がれており、先の戦闘のダメージからは回復を果たしている。

 ザルサングはアシャに振り返る。

「コレで良いのだ。意思などと言う下らぬ物は不要。必要なのは女神に捧げる為の魂と魔力。それに降臨を願う祈りだけ。ゴーレムの様に従順に命令を受け入れる状態の今こそが素体として最も相応しいのだよ。」

「畏まりました。愚かな質問をお許し下さい。」

 アシャが頭を下げるとザルサングは愉快そうに嗤った。

「良い。儂は今、非常に気分が良いのでな。・・・ソレよりもアシャ。」

 ザルサングが目を細めて遠くを見遣った。

「は。」

「・・・この喜ばしき儀式を邪魔しようと、無粋な輩が近づいて来ている様だ。」

「畏まりました。消して参ります。」

「うむ。儂は此所でこの美しき巫女の枯れ果てていく様を見届けよう。」

「は。では。」

 アシャが姿を消す。


 ザルサングはルーシーを見た。

「さあ、神話時代の真なる神々が遺せし『竜王の巫女』よ。その力を我らが女神に捧げるが良い。」

 ザルサングの目が赤く輝くと、ルーシーは静かに歩き出し水晶の前に跪いた。両手を胸で組み、その双眸を閉じる。

 途端に水晶から突風が吹き出しルーシーの纏うセイクリッドローブが激しく捲られる。白銀の髪が風に強く弄ばれて棚引く。水晶から青白い光が溢れだし、小さな宝物殿内部の全てを飲み込んでいった。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


「カンナ、このブローチはどうしたら良い?」

 シオンはカンナにブローチを見せる。

 カンナは其れを見て怪訝な顔をした。

「壊れて無いな・・・どう言う事だ?未だ使えるのか・・・?」

 首を傾げるもカンナはブローチをシオンに突き返した。

「いや、いい。お前が持っていろ。ひょっとしたら未だ使えるかも知れん。」

「そうか、解った。」

 シオンはブローチを懐にしまった。


「其れよりも・・・悍ましい気配が漂っているな。」

 カンナは神殿を一目見てそう評した。

「そうなのか?俺には分からん。」

 シオンとミシェイルは首を傾げる。

 セシリーも不快げな表情をみせているが、魔力を持たないアイシャも眉間に皺を寄せている。アイシャを見てカンナは言った。

「・・・そうか、アイシャも不快感を感じるか。・・・やはり女であるが故か。」

「どう言う意味だ?」

「・・・この神殿が女を・・・女の性を喰い物にしてきた場所だと言う事さ。・・・だから女性の本能がこの場所を嫌う。」

「喰い物・・・!・・・では、ルーシーも・・・」

 シオンの表情に焦りが浮かぶ。

「・・・行くぞ。」

 カンナは先を歩き始める。


 入り口までの中庭には、奇怪な姿をした彫像が幾つも建っている。

 カンナは前を見ながら話した。

「・・・コレらの彫像は、地獄にて女を辱めて苦痛を与えると言われている悪魔達を模した物だな。男の精気を抜き取り苦痛を与える悪魔達もいるのだが・・・此所には建っていない様だな。」

 つまり、意図してコレらの彫像が建てられた事になる。


 言いようのない腹立ちが一行の胸に湧き上がる。

「・・・ルーシーさんを救い出したら、こんな胸くそ悪い神殿はぶち壊そう。」

 ミシェイルが言うと女性陣が頷いた。


 入り口まで着くとカンナがセシリーを見た。

「セシリーよ、『クエスト』で神殿の半分を探ってくれ。もちろん探れる所までで良い。私は残りを探る。」

「はい。」

 カンナとセシリーは並び立つと同じ魔法を唱えて感覚を飛ばす。


 やがて2人は魔法を収めた。

「ルーシーは居たか?」

「いえ、解りませんでした。ただ、この先の聖堂から『視る』事は出来ませんでしたが大きな力を感じました。」

「うむ。私の方は何も探れなかったな。では、その聖堂に向かうとしよう。」

 カンナは行動を決めると歩き出す。


 最初の小さな建物を抜けて、渡り通路を越えると聖堂の入り口が姿を現した。しかし、その扉は固く閉ざされている。

『蒼き月と深き言の葉に於いて揺蕩いし者達に標を与えよ・・・アンラベル』

 カンナの解錠の魔法が扉の魔錠を打ち破った。


 無力化した扉をシオンとミシェイルがこじ開ける。


 扉が開いた先は広大な聖堂だった。そしてその祭壇には女性像が奉られてる。

「・・・あれがグースールの魔女か。」

 初めて肉眼で確認したカンナが呟いた。

「・・・なるほど・・・悲哀に満ちている・・・」

 カンナはカタコウムで聴いたビアヌティアンの話を思い出す。


 シオン達は聖堂の壁沿いを歩いて、祭壇の奥に見える通路に行こうとしていた時に異変は起こった。

『招かれざる客よ。何の用だ。』

 声が響き、一行は各々の武器を構える。聖堂の中央に黒い瘴気が渦を巻いて沸き立ち、その中から黒いローブを着た男達と数体の魔獣が姿を現す。


『邪教徒らしき者が6人、小型の人型魔物が4体に不定形の大型が1体・・・』

 シオンは確認するとカンナに耳打ちする。

「どう割り振る?」

「・・・中央に立つあの青年が厄介そうだな。」

「恐らくあの男は剣も使える。」

 男の佇まいを見てシオンはそう言う。

「それでは私はお手上げだな。・・・お前、イージスリングは使える様になっているか?」

「無論だ。」

「じゃあ、お前が相手しろ。」

「分かった。」


 シオンが頷いた時、敵集団の中央に立った青年・・・アシャが口を開いた。

「今、我らは大事の最中。邪魔をするなら死を与える事になる。」

 其れを聞いてカンナが笑った。

「ハハハ。人を惑わし喰らう算段を大事とは片腹痛いな。せっかく上手くいっている世の中に敢えて騒乱を巻き起こして水を差すなど、甚だ迷惑。貴様等の下らない大事など知ったことか。」

「何も知らぬ愚者が我らの理想を嬲るか。」

「知っとるよ。・・・貴様等の理想の1つが世界の破滅そのモノだと言う事や、・・・グースールの聖女の悲劇とかな。」

「!?」

 グースールの『聖女』と言う言葉にアシャの表情が変わる。

「何者だ、貴様。」

「さて、知りたくば力ずくで訊いてみるが良かろうよ。」


 カンナがアシャの相手をしている間にシオンはセシリー達に小声で指示を出す。

「アイシャ、邪教徒達に矢を打ち込んでくれ。その間に俺はあの中央の男に近づく。セシリーは魔法で小型の魔物を斃してくれ。ミシェイルはセシリーと連携を取って小型を消してからあのデカ物に向かってくれ。アイシャは男達への牽制が終わったらセシリーとミシェイルに動きを合わせてくれ。カンナは全員の援護を頼む。先陣を切るのはアイシャの矢とセシリーの魔法だ。・・・全員、いいな?」

 セシリー達が頷く。カンナもアシャを見ながら頷いた。


 カンナがアシャ達を挑発する。

「私程度の正体すら看破出来んとは、貴様等自身も、それに貴様等の崇拝する愚かな頭領も大した事は無いな。愚者共は其れこそ奈落に落ちるが似合いだ。」

「・・・殺せ!!」

 アシャの怒声が響き渡る。


 と、同時にアイシャの構えた宝弓ラズーラ=ストラから矢が放たれる。矢は光を纏い恐るべき速度で邪教徒の額を撃ち抜いた。

「!」

 一瞬怯む邪教徒達にカンナが声を掛ける。

「もう1人減ったな。」

 シオンが飛び出し、矢継ぎ早に放ったアイシャの矢が更に邪教徒の1人の胸を射貫く。一呼吸置いてミシェイルも飛び出した。

「2人減った。」

『蒼き月と道化の杖を以て引き裂くモノ達よ、出でよ・・・ソーサリー=テア!』

 セシリーの前に魔方陣が現れ青白い刃が複数現れる。そしてセシリーが小型の魔物を指差すと刃が次々と飛来し魔物を2体ほどズタズタに引き裂いた。

「おやおや、更に2匹。所詮は暗殺集団か。奇術は得意でも真っ向からぶつかれば本当に脆いな。」

 カンナの声に邪教徒達は怒りを募らせるがそれどころでは無かった。


 眼前に迫ったシオンに3人の邪教徒が剣を抜いて応戦する。が、1合すら打ち合わせる事無く通り抜けざまにシオンに首筋を斬り裂かれて地に伏した。残りの1人が魔法の詠唱を終わらせてシオンに手を向けたところで、その側頭部にアイシャの矢が突き刺さる。

「クッ。」

 アシャが放った黒蛇はシオンの剣の一振りで弾き飛ばされた。すかさず愛剣フォボスを抜いたアシャはシオンの振り下ろした妖刀残月を受け止める。


 そのシオンの背後に向かって、人型の魔物が蛇の様な腕を伸ばした。

 が、その腕の毒牙がシオンに届く前に、横合いからミシェイルが飛び込み宝剣デュランダルで蛇の腕を切り飛ばす。

「グオッ」

 呻く魔物の首をミシェイルは返す刃で切り飛ばした。

 間髪入れずにもう1体の魔物の懐に一息で飛び込むと、身体を捻り回転する様に魔物の胴にデュランダルを叩き込む。シオンの得意とする剣技が決まり、魔物の上半身がズルリと落ちた。

「ほぅ・・・あの少年、シオンの技をモノにしたか。大したモノだ。」

 デカ物の魔物の注意を引きながらカンナは驚嘆した様に呟く。


 ミシェイルはデュランダルを握り直しカンナと大型の魔物を見た。

『アレはカタコウムで見た悪魔と同じ奴だ』

「カンナさん!今行く!」

 ミシェイルが叫び突っ込む。

 そのミシェイルの声に合わせて、セシリーが大型魔物に対して魔法の詠唱に入るべく魔力の燃焼させ始める。アイシャがラズーラ=ストラを構えて矢を放つ。

「!”#$%&’」

 閃光と化した矢が魔物に突き刺さると、異様な咆哮が上がり巨体が揺らいだ。明らかに効いている。

「コッチを向け、化け物!!」

 ミシェイルがデュランダルを叩き込む。渾身の一撃は更に魔物を怯ませた。更に一撃を加える。

 複数の触手がミシェイルに飛んだ。ミシェイルはソレらも叩ききるが捌き切れなかった1本が少年の腹部を打ちのめした。

「グッ」

 凄まじい威力にミシェイルは呻いて後方へ吹き飛ばされる。続けて飛来する触手をミシェイルは辛うじて切り飛ばすが、打たれた腹は異様に熱く更に息苦しさも感じる。

 悪魔が更にミシェイルに這い寄ったその時、セシリーの魔法が完了した。

『蒼き月と白夜の王の名に於いて彼の者を穿つ楔となれ・・・ソーサリー=ストーム』

 青白い魔力の奔流が巨体に突き刺さる。

「’&%$#”!」

 咆哮が響くと同時に悪魔の動きが止まり、ドロドロと腐臭を撒き散らしながら溶けていく。


「ミシェイル君!」

 近くに居たセシリーが蹲るミシェイルを支える。

「ミシェイル、大丈夫!?」

 駆け寄ったアイシャにミシェイルは苦しげに笑ってみせる。が、その顔色は青白い。

「瘴気の毒にやられたな。セシリー、アイシャ、ミシェイルを支えていろ。」

 カンナはそう言うと、セシリーとアイシャはミシェイルの両側に立って支えた。苦痛で顔を歪めるミシェイルの腹部にカンナは手を当てる。

『翠嵐の王の腕手に微睡みし黄昏の羊よ。安らぎの雨衣を持ちて彼の者を包み給え・・・セイクリッドキュア』

 淡く白い光がミシェイルの腹部を包み込んでいく。


「仲間が瘴気の毒にやられたようだぞ。」

 アシャがシオンに言う。

 が、シオンは揺らぎも見せない。

「ミシェイルはあの程度で直ぐにくたばる奴じゃない。それにカンナも居る。」


 アシャはシオンの予想を超えて剣を上手く扱った。

 間違い無くシオンが今までに剣を交えた相手の中でも確実に強者の部類に入る。しかもその合間合間に黒い蛇を飛ばしてくる。

 イージスリングが無ければシオンは既に斃されていてもおかしく無かった。が、こと剣技に限って言えばシオンはアシャに負ける気がしない。


 一方のアシャは追い込まれていた。

 自身の剣技には相当に自信を持っていたが、目の前の男は自分の攻撃に揺るぎもしない。交わし、受け止め、打ち払う。完璧に自分の攻撃を無力化してくる。

 苦し紛れに魔法を飛ばすも、不思議な結界が発生しており魔法を弾き飛ばす。

 強い魔法を放てば恐らくは終わるこの戦いも、シオンが「そうはさせじ」と苛烈な攻撃を仕掛けてくる為、アシャも剣で応戦するしか無い。

 アシャ自身もシオンの痛烈な斬撃を捌いてはいるが、シオンほどの余裕を持って捌いている訳では無い。


 激しい斬撃の応酬が続く中でアシャは舌を巻いていた。先ほどの巫女と言い、目の前の男と言い、アシャが是れほどまでに戦いで劣勢を強いられた事は記憶に無い。


『どうなっているんだ』

 アシャの心に戸惑いが生じる。そしてソレは剣技にも現れた。

 僅かな心の揺らぎを表すかの様に視線が揺らぎ、剣先に乱れが生じる。その微妙な『揺らぎ』をシオンは見逃さなかった。ツツッと間合いを詰めてアシャに急速に接近する。

「!」

 心の死角を突かれてシオンの接近を許したアシャは咄嗟に突きを繰り出す。が、シオンはソレを紙一重で躱し胸の辺りに一閃を叩き込む。奇しくも其処はルーシーが斬り裂いた場所でもあった。


 癒やした傷を、更に強烈な斬撃で追撃されたアシャは血を撒き散らしながら倒れた。


「終わったな。」

 カンナが言う。解毒と治癒が完了して元気を取り戻したミシェイルを含む全員がシオンの下に集まった。カンナが魔法を唱える。

『終わりの大地に注がれし常しえの水よ。舞い降りて我が衣手を濡らし給う・・・キュアエナジー』

 全員失われた体力が急速に回復していく。

「怪我を負った者はいるか?」

 カンナの問いに誰も答えない。カンナは頷くと言った。


「よし、奥へ進むぞ。」




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