53話 涙
カンナの論法は本来なら穴だらけのモノで、幾らでも言い逃れは出来る筈だった。
だが隠し事をいきなり看破され、また後ろめたい感情も相俟って動揺してしまった。その上で大国が黙っていないという脅しは、小心者のこの連中にはキツすぎた。更に言えば眼前で深刻な怒りを湛えるシオンの存在に物理的な恐怖も感じており、村長達は呆気なく陥落した。
「ルーシーは何処に居る?」
シオンの低い声は必死に怒りを抑えている声だと誰でも容易に察しが突く。
「神殿に連れて行かれました。」
役員の1人が怯えながら答える。
「場所は?」
「こ・・・此処です。」
役員は地図を指差す。
「何という教団だ。」
「マルゾ教団とか・・・こんなシンボルを掲げていました。」
そう言って役員が見せた紋章にシオンとカンナの顔色が変わった。細部の違いは在るが明らかにオディス教の紋章だった。
「貴様等!!」
シオンが立ち上がり片足を上げると目の前のテーブルを踏み砕いた。大きな音と共に木っ端とガラス片が飛び散る。
怯える男達を尻目にシオンは部屋を飛びだそうとする。
が、ソレをカンナが止めた。
「待てシオン。」
「何だ。」
「行ってどうする?もし仮にルーシーが教団に抵抗して戦っている場合、高レベルの魔法戦闘を行っている筈だ。魔法も碌に扱えないお前が策も無しに行って何が出来る?足手纏いにしか為らんぞ。」
「それでもルーシーの盾くらいには成れる。」
カンナは首を振った。
「戯け。ルーシーが其れをさせる様な娘か?あの心優しき娘がお前を盾にするとでも?更に言えば、もしルーシーが教団に捕まっていた場合はどうやって助けるつもりだ?」
「なら、どうしたらいいんだ!!」
珍しくシオンが声を荒立てる。
カンナはシオンの年相応の反応に頬を緩ませた。
「落ち着け。コレを持っていけ。」
カンナは胸元からブローチを取り出す。
「コレは・・・?」
シオンが問う。
「私が伝道者になった時に、神話時代の神様から貰った代物だ。1度だけ使える転移魔法の魔道具だ。神殿に着いたらコレを地面に埋めて私の名を呼べ。そうしたら私がソコへ飛んで行ける。」
微笑むカンナにシオンは冷静さを取り戻した。
そして頭を下げる。
「・・・済まない。大事な物を使わせてしまって。ソレと先ほどは怒鳴ってしまって済まなかった。」
「気にするな。良い表情を見せて貰ったと柄にも無く感動しているよ。ならば、此処でコレを使うに何の躊躇いも無いわい。」
優しさに満ち溢れたカンナにシオンも笑う。
「ありがとう。」
「ああ、私は此処でセシリー達を待って全て伝えてからお前の呼び出しを待つとするよ。安心して神殿を目指せ。暮れ暮れも道中の魔物なんぞに喰われる様なマヌケはしてくれるなよ?」
「分かった。」
シオンは館を飛び出した。
待っていてくれ、ルーシー。必ず助け出す。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「此所がテオッサの村・・・ルーシーの故郷・・・。」
セシリーは呟いた。
ルーシーからの手紙を読み、彼女は直ぐにギルドに向かった。其処で一緒に居合わせたミシェイルとアイシャと共に、彼女はウェストンからカンナの話を聴いた。
「セシリー嬢、どうしますか?」
ウェストンの問いにセシリーはトルマリンの髪を揺らして力強く言った。
「勿論、ルーシーを追いかけます。カンナさんがそう言ったのなら手勢も率いて。・・・ミシェイル君、アイシャ、一緒に来てくれるかしら?」
「勿論だ。」
「当然行くよ、セシリー。」
2人の応にセシリーは微笑む。
そうやって飛ばしに飛ばして一行は驚くべき早さでテオッサに到着したのだ。
「皆は此所で待っていて下さい。」
セシリーは20人程のアインズロードの私兵に声を掛けてから2人の友人を見る。
「ミシェイル君、アイシャ、行きましょう。」
いざと為れば荒事も辞さぬつもりだ。3人はやや殺気立った表情で村長の館を目指す。
3人が村長の館に着くとカンナが出迎えた。その後ろで数人の男達がへたり込んでいる。
「良く来てくれたな、待っていたぞ。」
黄金の髪を棚引かせてノームの少女が笑顔になる。
「カンナさん・・・ルーシーは?」
セシリーが尋ねると、カンナは頷いて村でのやり取りを3人に伝えた。
「コイツらがルーシーさんを・・・」
ミシェイルが眼光鋭く村長達を睨め付ける。アイシャが鼻を啜りながら涙で赤くなった目でカンナに尋ねる。
「カンナさん、これからどうするの?」
カンナは答えた。
「私は暫くしたらシオンから呼び出しが掛かるから、その後はルーシーを救いに行く。・・・邪教徒を相手にするかも知れん危険な戦いだが・・・お前達も来るか?」
カンナは3人を見遣る。
「ああ、勿論だ。」
「行きます。ルーシーを助けたい。」
「報酬は出ないぞ?」
「そんなモノは要らない!」
「・・・そうか。」
カンナは微笑む。
すると、それまで黙って村長達に厳しい視線を送っていたセシリーが尋ねた。
「村長、ルーシーのご両親の墓は何処に在るの?」
カンナ達は黙ってセシリーを見た。
村長は抵抗を諦めているのかぶっきらぼうに答えた。
「村の外れだ。」
「案内しなさい。」
セシリーの命令口調に村長は怒りの眼差しを向けたが、カンナを見ると空恐ろしげに立ち上がり歩き始めた。
「セシリー、両親の墓とは何だ?」
カンナの問いにセシリーは答える。
「以前にルーシーが話してくれたんです。実家の裏に両親の墓を建てたって。その墓は村長達が面倒を見てくれているから、1度はお墓参りをしたいって。・・・せめて私もルーシーの御両親に手を合わせたいと思って・・・。」
「そうか・・・。」
一行は口数少なくルーシーの実家に向かった。
「何よ・・・コレは・・・。」
アイシャが呻くように呟いた。セシリーは青冷めた表情で絶句している。
ルーシーの家は荒れ果て、彼女が自分で建てたと言っていた墓石は割られていた。
「何で墓石が割られているんだ?」
カンナが男達に尋ねる。
「し・・・知らない。あ・・・雨風で割れたんだろう。」
「雨風でこんな風に石が割れるか。・・・お前等が割ったのか?」
「知らんと言っているだろうが!風雨で無ければ魔物か何かがやったんだ!」
敢くまで知らぬ存ぜぬを繰り返す村の役員共の1人をミシェイルが力任せに殴り飛ばした。
「ひゃあっ」
珍妙な叫び声を上げて男が1人吹き飛ぶ。
「・・・これ以上怒らせるな。誰がやった。」
ミシェイルは低い声で聴きながらデュランダルを引き抜く。其れを見て男達の顔が引き攣った。
「わ・・・私じゃ無い!」
「俺でも無い!」
「村長だ!村長の指示で仕方無く!」
「貴様ら!」
男達のカミングアウトに村長が叫ぶ。その村長の胸ぐらを掴み上げミシェイルは詰問した。
「言え。何故そんな指示を出した。」
「・・・ろ・・・老人にこんな事をして・・・」
ミシェイルは最後まで言わせなかった。乾いた音が鳴り、村長は枯れ木の様に地面に転がる。
「貴様は老人では無い。無駄に年を食っただけの悪党だ。容赦はしない。」
ミシェイルが剣を突きつけると村長は慌てて言った。
「ま・・・待て。・・・大体あの娘が、いや、そもそもアレの母親が悪いんだ。厄介なモノを産み落として儂等がどれ程の迷惑を被ったか。しかもあの忌み子はセルディナに行くからと言って村から金貨を50枚もふんだくって行ったんだぞ。お前達には儂等が悪い様に見えるかも知れんが、儂等にも事情が在るんだ!」
「それで腹いせに壊したの?」
セシリーの表情からは既に感情が抜け落ちている。
――・・・ルーシー・・・こんなにも酷い環境に居たことを、何で話してくれなかったの・・・?
親友の苦しみを察してやれなかった自分に腹が立っていた。
カンナは空を見上げた。陽は山に差し掛かり夕焼け色に染まっている。
「人に幸せを与えるのが人ならば、人の幸せを喰らうのも人なのか。本当に業の深い。・・・あの娘は、たった1人でこの夕焼けを・・・どんな思いで見ていたのだろうな。」
カンナの声が震える。
「カンナさん・・・」
「神の与えた定めに翻弄され、心優しい16の娘には余りに酷な運命を強いられ・・・それでも懸命に幸せを求め続けた・・・。」
カンナの翠色の双眸から涙が流れた。
「・・・私はあの子の・・・ルーシーの健気さを思うと・・・本当に涙が止まらないよ・・・」
カンナの言葉に3人は黙って涙を流した。
やがて、セシリーが口を開く。
「カンナさん、私もルーシーに会いたい。」
その言葉にカンナは頷いた。
「そうだな。お前が来ればルーシーも喜ぶだろう。」
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
シオンは奇怪な森の中の小道を疾走していた。馬も限界に近い事は感じているが、足を止める訳には行かない。
先ほどから何度も不穏な魔物の気配を感じている。幸いにも馬の足に追いつけないモノ達の様で戦闘には至っていないが休憩させる事も出来ない。
途中で馬を追い掛けて来たダイアウルフの群れを馬上から斬り捨て、飛来する大型の鳥の化け物を弓で射落とした。しかし馬の緊張を避ける為にも可能な限り戦闘は控えたい。
村での休息で馬も体力を回復させているとは言え、この強行軍に加えて戦闘の緊張は厳しかろう。
「もう少しだ、頑張ってくれ。」
馬に慣れ親しんだシオンにとって愛馬に無理をさせるのは心苦しい。
幸いなのは道に迷う心配が無いと言う事だ。迷いの森であるが故に、村と神殿はこの小道1本で繋がっている様だった。邪教徒共もこの森で迷うのは恐ろしいのだろう。
山を下る中で漸く前方に大きな建物が見えてきた。
「あれが神殿か。」
シオンは呟くと、馬に最後の檄を飛ばす。
シオンは神殿からやや離れた所で馬を下りた。空は既に日も暮れて月明かりに照らされた神殿を見据える。
満月から放たれて煌々と降り注ぐ銀の光の中に浮かび上がる神殿は、一層のこと幻想的で忌まわしき邪教の拠点とは思えない。
シオンはカンナから渡されたブローチを取り出すと其れを地面に埋めた。
「・・・着いたぞ、カンナ。来てくれ。」
そう呟くと後ろに下がる。
暫く待つとブローチを埋めた部分の地面が翠色に輝き始め、大きな魔方陣が広がる。やがて光が溢れて複数の人影が現れた。
シオンは相好を崩す。
「カンナ・・・。みんなも、来てくれて助かる。」
中央に立つカンナ、そして其の左右にセシリーとアイシャ。カンナの後ろにはミシェイル。見知った顔達だ。皆がルーシーを案じて駆けつけてくれた。
シオンは神殿を見る。
『ルーシー・・・見えるか?・・・君はもう1人じゃ無い。此所に居る仲間達と一緒に帰ろう。』
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