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神の去った世界で  作者: ジョニー
第5章 巫女孤影
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49話 竜王の巫女

途中からルーシーの独白になります。



 朝霧も晴れる二の鐘の刻が過ぎる頃、ルーシーと男2人を乗せた馬車はセルディナの公都を離れアインズロード領を通過していた。

 虚ろな瞳で外の景色を見続けるルーシーに男2人は何だかんだと話し掛けるが、ルーシーは無反応だった。

「けっ。愛想もクソも無ぇ。」

「どうせあの男の事でも考えているんだろうよ。」

 男達は不機嫌そうに鼻を鳴らしながら愚痴る。

「へっ、そんなに男が欲しいんなら俺達が相手してやるぜ。」

 下卑た笑いを浮かべながら1人がルーシーの脚を触ると、彼女は怯えた様に、しかし厳しい目つきで男の手を払った。


 そうだった。

 ルーシーは思い出す。シオンやセシリー達との交流が余りにも心地良くて忘れていた。もともと自分はこんな人間達が住む場所を故郷とする様な人間だった事を。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


 竜の忌み子。それが私の故郷での呼び名だった。


 世界の何処かで何百年かに1人生まれると言う異質な人間。白銀の髪を持ち、その双眸は血のような紅色をしていると言われる。体内に膨大な魔力を秘め、良くも悪くも世界を惑わす存在。血の繋がりは関係無く突然変異の如く唐突に生まれる。そして必ず女児にその運命はもたらされる。


 私が生まれたテオッサの村は高地アインの中腹に在る。村とは言いながらもそれなりの大きさで、小さな町くらいなら其れを凌駕する人口と経済力を持った村だった。地理的にどの国にも属する事なく独自の発展を遂げてきており裕福な村で自衛団なども組織されている。


 そんな村の外れに住む夫婦の間に私は生まれた。

 そして生まれた私を見て産婆は恐れ戦いたと聞く。『忌み子だ・・・竜の忌み子が生まれた。』と叫んで。

 でも両親はそんな私に「ルーシー」と名前を与えてくれて愛し慈しんでくれた。でも私が生まれたせいで両親も村から嫌がらせを受けるようになった。其れが自分のせいだとも知らずに私は泣きながら両親を慰めていた記憶がある。

 それでも幼い頃の私は同じ年の子と遊べない寂しさを感じながらも幸せだった。


 ある時、物知りの母に尋ねた事があった。

『なぜ、私はみんなに嫌われるの?』と。

『そうね、ルーシーには話して置いたほうが良いわね。』

 母は苦しそうに無理な微笑みを浮かべてそう前置くと話してくれた。



 竜の忌み子・・・それは後から人々が勝手に名付けた仇名で本当の呼び名は『竜王の巫女』。神話時代に居た竜の神様が、世界を離れる際に自らの生えたての鱗を一枚抜いて遺してくれたと言う。

 白銀の髪の毛は竜の産毛、紅い瞳は竜の瞳の色だそうだ。それらの象徴を身体に刻んで生まれた女児は、その身に竜の鱗1枚分の力を宿すという。とは言っても自分でその力を使う事は出来ない。

 その先の彼女達の人生において『深い愛を交わした者にその力を与える事』。それが巫女の役目だと言う。そしてその愛を受け取った者が神の力を振るう事が出来る。


 いつ何処でその巫女が生まれるかは分からないため、時の権力者達は巫女の言い伝えを外に漏らさぬように守りながら出現を待ち望んでいるそうだ。それは勿論、栄達或いは野望のために。


 故にいざ巫女の誕生が知られてしまうと、周囲を巻き込んで激しい闘争が繰り広げられてしまう。そこには武勇伝等も伝えられるが殆どは悲劇の物語だそうだ。


 それ故にその話を知る者達の間では、竜王の巫女は悲劇を呼ぶ忌み子であるという認識が成される様になった。



 世界の権力者達がひた隠しにして来た巫女の存在を、なぜ私を取り上げた産婆が知っていたのかは彼女が亡くなってしまった今ではもう分からない。

 だが、その産婆から村長や村の有力者達に巫女の話が伝わるのに、大した時間は掛からなかったらしい。

 母は、それから私に魔法を教えてくれる様になった。



『母さんとルーシーが幸せになれる場所に引っ越そうな。』

 12歳の時、父の話した言葉が嬉しくて私は頷いた。


 物事を理解出来るようになってから知ったけど、母は隣国セルディナの高名な女神官だったそうだ。そこで働きに出ていた父と知り合い、聖職を捨てて婚姻を結びテオッサに来た。元神官が村に来たことを村長含め皆が歓迎したそうだが、私が生まれると態度は一変した。

『聖職者が男と交わったから神の罰が下ったんだ。』

『あんなモノを生み出しやがって』

と侮蔑と畏怖の態度を取るようになったそうだ。


 そして村に内緒でセルディナに引っ越そうと馬車を走らせた夜。私達3人は夜盗に襲われて両親は殺され、私は通り掛かったテオッサの村人に助けられて村に戻された。


 そして私は今度こそ本当に独りになった。

 夜盗に襲われた場所に戻ったが両親の身体は何故か無くなっていた。仕方無く私は家の裏手に墓石を2つ置いて両親の持ち物を埋葬しお墓にした。

 それまで暖かった家は既に寒く、笑顔で迎えてくれる人も居ない。寂しさで何度涙を流したか知れない。

 話せる人も居らず、偶に下卑た言葉を投げかけてくる男達が居たくらい。私の容姿はその奇異な風貌も相まって男達の興味を引くモノだったようだ。

 それでも私は両親の願いだった『私自身の幸せ』を捨てる気持ちは無かった。それがどんな形でも良いから、いつか天国の両親に会った時に『私は幸せになれた』と告げられるようにしたいから。


 私は両親の形見を持って何度も村を出て行こうとした。でも何故かその度に村に連れ戻された。理由を問うても、煩わしそうな表情をするだけで答えては貰えず、無理に出て行こうと抵抗すれば殴り付けられた。


 自分の置かれている立場が全く理解出来ないまま、さらに2年の月日が流れた。そしてもうすぐ15歳になろうと言う冬のある日、私は村長に呼び出しを受けた。

『お前には村の為にマルゾ教団の巫女として仕えて貰う。』

 私は何を言われているのか理解が追いつかなかった。

『マルゾ教団とは何ですか?なぜ私が其処へ行かなければならないのですか?』

 村長は不愉快げに顔を顰める。

『マルゾ教団はこの近くに神殿を構える教団だ。そこの神官様が忌み子であるお前を巫女に差し出せば多額の援助金と聖堂騎士を派遣して魔物から村の安全を守ってくれると申し出て下さったのじゃ。感謝するが良い。お前の様な忌まわしき存在をも引き受けて下さる神の御心にな。』

 私は理解出来た気がした。なぜ忌まわしい存在である筈の私を、村の人間が執拗に村に閉じ込めようとしたのか。私を売ると言うこの話が随分前から来ていたのだろう。

『・・・』

 私は村人達の身勝手さに涙が零れそうになる。

 村長は話を続けていた。

『神官様はお前の肉体と魔力の熟成を願っておられる。だからお前はこれから村を出て修験の旅に出ろ。何をしても構わん。ただし18歳には必ずこの村に戻れ。それ迄はお前の家と墓は儂等で守ってやる。しかし形見の持ち出しは許さん。』

 要は私の両親への思慕の情を盾に取った脅しだ。・・・なんて人達だ・・・。


 そして私は知っていた。教団名は初めて聞いたが村の周辺に謎の宗教団体が在り、噂では人を供物に捧げていると言う話を。恐らくはそのマルゾ教団がその宗教団体なのだろう。


 私は悉く運命に翻弄され続ける自分の弱さが悔しくて涙を零した。

 村長はそんな私をつまらなそうな表情で見遣ると

『泣いて見せても無駄だぞ。これは決定事項だ。』


 私は決意した。

 運命なんかに負けない。力を付けて教団と戦う。そして本当の幸せを見つける。


 私は村長を名乗る醜い老人に言った。

『では行きたい場所が在ります。セルディナにはアカデミーと言う機関が在るそうです。そこに入学させて下さい。其処までの一切合切と生活費の全てを含めて金貨50枚を頂きます。』

『な・・・何だと!?そんな希望が通るとでも・・・!』

『それが出来ないなら私は自らの命を絶ってでも抵抗して見せます。』

『!・・・売女の娘が・・・!』

 歯ぎしりして睨み付ける醜い老人の強欲な眼が、それでも忙しなく動く。教団からの援助金との折り合いを考えているのだろう。

 やがて村長は低く唸った。

『・・・良いだろう。だが約束は守って貰う。そうで無ければ貴様の家と墓の保証はしない。』

『分かりました。』

『それと貴様は信用ならん。見張りを付ける。』

『好きになさって下さい。』

『それと男と交わる事も許さん。』

『分かりました。』

 言われずとも、こんな容姿の娘を好きになってくれる人など居る筈も無い。


 こうして私は生まれて初めて村から外の世界へ飛び出した。


 私は戦う。母の教えてくれた魔法とアカデミーで学ぼうと思っている回復術を使って。そして教団にもし勝てたら、その後は母のように病や怪我で苦しむ人々を回復術で助けてあげたい。


 父さん、母さん。私は貴方達がくれたルーシー=ベルの名に恥じない生き方をして見せます。だから見ていてね。


 母から一番念入りに教わった『光を使って色を変える魔法』を駆使し、私は髪と瞳の色を母と同じ栗色に変化させるとセルディナへ足を踏み入れた。


 ・・・本当に色々な事が在った。


 セシリーと出会って初めて友達が出来た。他の生徒とは上手く付き合えなかった私にいつも楽しい思い出をくれたセシリーは私の大切な人。

 そしてシオンとの出会い。所用でカーネリア王国に出向いた帰りのキャラバンで出会った黒髪の美しく強い少年は、私に初めて恋を教えてくれた。セシリーとは違う意味で大切な人。

 そして2人を通じて私を温かく迎え入れてくれた人達の事も忘れない。


 私は髪に挿した銀色の髪飾りに触れた。シオンから貰った贈り物。そして唇に触れる。もう1つ貰った贈り物。


 もう会う事は出来ない。

 でも、もう少しだけみんなと一緒に居たかったな。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


「・・・戻ったか。」

 村長は憎々しげに私を見る。

「何だ、その髪と眼の色は。」

 その胡散臭げな声に私は光の魔法を解いていない事に気がついた。


 髪を振り、帽子を脱ぐように手を頭に当てて其のまま手を前に振り下ろすと光が弾けて、栗色の髪は元々の銀髪に、栗色の瞳は紅に変化した。


 村長は目の前で魔法を使われた事に怖じけたような表情を見せたが、直ぐに取り繕うと苛立ったように小屋の一角を指差して言った。

「時間が無い。其処でさっさと着替えろ。」


 私は黙って小屋に足を向ける。

「・・・全くこの儂に挨拶もせんとは無礼なヤツだ。」

 ブツブツと呟く声が聞こえるが、私は聞こえないフリをして小屋に入った。


 一着のローブが乱雑に置いてあった。幼い頃に母が私に見せてくれたローブだった。

『セイクリッドローブと言うのよ。貴女が大きくなって、いつか誰かのお嫁さんになって嫁いで行く時に着て行って欲しいわ。』

 母の幸せそうな笑顔が脳裏に甦った。


 ――・・・ごめんなさい、お母さん。貴女の願いは叶えられない・・・けど、生きてみせるから見守っていて下さい。


 私は学園の白いローブを脱ぎ捨てた。

「・・・」

 静かにローブを持ち上げる。

 極薄のシルクのローブ。純白のローブはそのあまりの白さ故に青み掛かって見えてしまう程。そして僅かな風にもユラユラと揺れる美しいローブ。ルーシーはセイクリッドローブに手を通した。

 ひんやりとした感覚の後には上質な絹が私の肌を包んでくれた。


 そして小屋を出る。


 私の最後になるかも知れない戦い。助けてくれる人は居ない。でもそれでいい。私が1人で切り抜けるんだ。






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