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神の去った世界で  作者: ジョニー
第5章 巫女孤影
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44話 聖女と魔女



 罪の墓場の最奥では、カンナがビアヌティアンと話を続けていた。


「さて、ビアヌティアン殿。先ほどは話して貰えなかった事を尋ねようか。・・・貴方は何者だ?」


「何者とは・・・?」


 ビアヌティアンの虚ろな瞳がカンナを見る。


「もう、話しても良いだろう?此所にはより歴史を識る者しか居ないのだからな。・・・死者となっても魂も知性も失わぬ者など、今の時代に居よう筈も無い。とある1つの存在を覗いてはな。」


「ほほほ・・・伝導者殿はお見通しか。」


 ビアヌティアンは笑った。


「儂は混沌期の後の時代である創世記よりこの地に住まう守護神だよ。・・・とは言う物の伝道者殿の仰る様に本当の神などはもう居ない。そんな儂の正体は天央12神の命令を受けて真なる神々の残した僅かな力を譲り受けてこの地を守護してきた元人間だ。」


「やはりそうか・・・。で、この大陸には貴方の様な存在があと何人居る?」


「この大陸だけでも30体ほどは居るようだ。もっとも殆どは形骸化していて最早何の力も持って居なさそうだがな。」


 ビアヌティアンは少し物寂し気にそう言った。




 カンナは思案した。


「ビアヌティアン殿。貴方はグースールの魔女をご存知か?」


「知っているとも。」


「それが今、オディス教徒の手に因って邪神となって復活されようとして居る事は?」


 ビアヌティアンの虚ろな目は或いは見開かれたのかも知れない。


「ここの処、妙に連中が押し掛けてくるのは其の贄を手に入れる為だったか・・・。」


「・・・」


「しかし・・・グースールの『魔女』か・・・。聖女が魔女と呼ばれるとは時の流れは無情よな。」


 今度はカンナが驚きの表情を見せる。


「聖女?グースールの『魔女』では無いのか?」


「聖女だよ。・・・そうだな、私が遠い昔に聞いた話をしようか。」


 ビアヌティアンの提案にカンナは無言で頷いた。




「混沌期の終盤の話だ。・・・『時の袋小路』から解放された天央12神が世界の災厄を粗方制定し終えた頃、何の手違いからか『時の袋小路』から数多の人間が放り出されてしまった。・・・制定し終えたとは言え、地上は未だ未だ荒ぶる瘴気で満ち溢れており人間が地に下りるには未だ時期尚早だったにも関わらずだ。そしてそんな世界を前に人々が絶望で打ち拉がれる中、人々を導いたのが12人の聖女『グースール』だった。グースールとは『いと気高き乙女達』に送られる神話時代の小国の(あざな)だそうだ。」


「・・・。」


「・・・12人の聖女は周囲の人々を集め、大地を浄化し其所に人の住める城砦を作らせた。攻め込む魔獣を精霊魔法で撃退し、人々を励まし、必死になって守り続けた。」


「・・・私の持つイメージとは随分違うな。」


 カンナが呟く。




「しかし異変が起きた。ある時に聖女達の元に黒い水が届けられその黒い水が聖女達を襲った。そして彼女達の『聖女の力』を奪い去ってしまったのだ。」


「その水は誰が届けた?」


「分からぬ。そして彼女達は力を奪われた代わりに奈落の強大な力を手に入れた。しかし、同時にその身に瘴気を纏う様になってしまったのだ。」


「・・・」


「伝道者殿にはコレの意味が分かるか?」


 カンナは頭を振った。




「強大な闇の力を持つ者は全て『天央12神』の粛正対象だ。」


 ビアヌティアンの言葉にカンナは驚き、直後に眉を顰めた。


「まさか・・・」


「天央12神が襲いかかったのさ。城砦で平和を待ち望んだ人々も諸共にな。」


「・・・」


「聖女達は瘴気に冒されながらも、人々を守る為に必死に天央12神と戦った。・・・しかし、世界の災厄を祓ってきた彼らの力は強大で、瞬く間に城砦も人も滅ぼされた。10余年という、人にとっては決して短く無い時の中、苦難を共にした人々が天央12神に因って次々と殺されていくのを彼女達は目の当たりにした。」


 ビアヌティアンの声に憐憫の感情が籠もる。


「・・・そうして彼女達の箍は外れた。『何故滅ぼした』『誰があの水を送ってきた』『何故、彼らまで殺した』『そもそも何故、我らはこの地に落とされた』『我らが滅ぼされる程の何をしたと言うのか』絶望と怒りに取り憑かれ、呪詛を吐き散らしながらグースールの聖女達は悪鬼と化して天央12神と戦った。・・・もうその時点では人間では無かったのかも知れんな・・・。1人が斃れたら誰かがその身体を取り込んで戦い続け、それを繰り返しながら最後に12人は1体の怪物と化して戦った。・・・そして敗れる直前にこう叫んだと言う。」


「『そう言う事か・・・おのれゼニティウス!この恨み忘れはせぬ。貴様の守るモノ全てを根絶やしにするまで、此の魂・・・手放すものか!』・・・とな。」


「ゼニティウスだと?天央12神の主神の名前ではないか。」


 ビアヌティアンの枯れた首が頷いた。


「そうだ。彼らの間でどんなやり取りが在ったかは誰も解らぬ。・・・だが、彼女達は魔女と呼ばれ貶められる様な存在では無いのだ。」


 痩せて干からびたその顔は泣いている様に見えた。


「・・・考えよう。今後、我らがどうするべきかを。」


 カンナの言葉にビアヌティアンは頭を下げた。




 カンナは遺跡を出た。


 詰め所は整理され、魔術院の魔術士達も騎士と共にこの地に残るようだった。騎士が10人、兵士が30人、魔術士が10人の駐屯部隊だ。もうこの遺跡を簡単にはどうこう出来ないだろう。


「考えねばなるまいな・・・。何が最善か・・・。」


 暗くなった空を見上げてカンナは呟いた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 数日後、引き延ばされていたプリンセスガードの就任式が王宮で行われた。女性騎士で編成された20人の精鋭達である。彼女達を前にシャルロットは激励の言葉を授け就任式は終了した。




「今までご苦労様でした。シオン、セシリーさん、ルーシーさん。」


 シャルロットは微笑んだ。




 シャルロットの私室にてシャルロットと同じテーブルを囲んだ3人は、愛らしいプリンセスの言葉に頭を下げる。


「恐縮です。姫殿下。」


 シオンが返礼するとセシリーとルーシーも続いて頭を下げた。


 シャルロットはそんな様子を笑顔で見つめていた。だがやがて、その表情には少し寂し気な感情が宿った。


「ふふふ、少し・・・名残惜しいですね。」


「殿下・・・。」


「また・・・会えますか?」


 シャルロットはシオンを見てそう言った。


 その双眸にはある種の情熱的な想いが揺らいでいる。


 ――ああ・・・姫様はやっぱり・・・


 エリスは幼い美姫の横顔に得心する。




 それは『恋』と言う程のモノでは無い。時が経てば薄れていく様な淡い感情だ。だが、それでも初めてそんな感情を抱いたシャルロットには大きな心のうねりだろう。




 一番強いと信じていた兄王子を手合わせで堂々と破り、恐ろしい敵を相手に一歩も怯む事無く自分も含めた全員の生命を守りきり、国難の解決にも助力する事が出来る、2歳年上のこの美麗な少年に年頃の少女が惹かれない筈が無い。




 シオンは笑顔で口を開いた。


「お呼びが掛かればいつでも。」


「・・・そうですか。」


 少し残念そうな、でも少しホッとした様な表情でシャルロットは頷いた。




「殿下、人の生きる道はこんな事の連続です。」


 シオンはシャルロットに言った。


「出会いが在れば、必ず別れが訪れます。そして自分が拒絶さえしなければ、また新しい出会いが在ります。時には嘗て離れた旧友と交友を温め直す事も在るでしょう。」


 シャルロットは黙ってシオンを見つめる。


「ですから殿下にはその出会いの1つ1つを、新しい変化を楽しんで頂きたいと思います。人との繋がりを大事にして人との関係構築に懸命に取り組んでいけば、自ずと楽しいことは沢山訪れるものです。・・・少なくとも俺はそうでした。」


「・・・」


 シャルロットはシオンの言葉を咀嚼する様に黙っていた。が、やがて顔を上げると美しい笑顔をシオンに向けた。


「はい。素敵なお話を有り難う御座います。・・・私、今のお話を一生大事に致します。」


「御身に幸在らんことを。」


 シオンも笑顔を返す。




 シャルロットは大国の王女である。その美しい容姿も相まって、この麗しきプリンセスとの婚約を望む貴族令息や他国の王子は多い。いずれ彼女はその誰かに嫁ぎ、今付き合いのある人々の殆どと離れて生きていく事になるのだ。


 それを憂鬱と取るか、希望と取るかで彼女の人生は大きく変化するだろう。ならば出来るだけ楽しい人生を歩んで欲しい。シオンはそう思った。




「あ、それと1つ約束をして下さい。3人ともです。」


「?」


 3人は首を傾げる。


「もし、お城に用事が在って来た時には必ず顔を出す事。良いですか?」


 いつもの元気な表情に戻ったシャルロットの要求に、3人は苦笑しながら頷いた。


「解りました。」


「必ず。」


「そうさせて頂きます。」


 よし、と美姫は満足そうに頷いた。




 夜も更け、エリスはシャルロットの部屋を出た。


入り口で就任した2人の女性騎士に頭を下げ、エリスは自室へ向かう。


 元気を装ってはいるが、シャルロットの寂しさは当分の間は癒やされないだろう。暫くは自由にさせてあげる必要が在るかも知れない。


 そんな事を考えながら後宮を歩いていると


「エリス嬢。」


 後ろから声が掛かった。


「・・・」


 振り返ると其所にはアスタルトが立っていた。


「で・・・殿下・・・。如何なさいましたか?」


 先日、グゼ神殿に馬車で向かった時からエリスの想いは止めようも無い程に強くなっていた。さらにはアスタルトも積極的に声を掛けて来てくれる。


 それが嬉しくはあるのだが同時に恐れ多くも在り、複雑な心境だった。




 そんなエリスの心境を知ってか知らずかアスタルトは穏やかな微笑みをエリスに向けると言った。


「シャルの所へ行ったら、今さっき君が自室に戻ったと聞いてね。追いかけて来たんだ。」


「私を追いかけて・・・」


「ああ、君をだ。」


 嬉しさと恥ずかしさで自分の顔が熱を持っていくのが解る。




 自分を見るエリスの顔が見る見る紅く染まって行くのをアスタルトは愛おしそうに眺めると


「君が疲れていなければ少し外を歩かないか?」


と彼女を誘った。




「・・・」


 エリスはコクンと頷いた。







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