42話 カタコウムの戦闘
扉を開けた先は広間になっていた。
この国のカタコウムはフロア毎に部屋を作り、そのフロアに埋葬した遺体の名前と埋葬場所を記録する記録編纂室が作られる。恐らくこの広間も記録編纂室だったのだろう。
そして今、その広間には10人程の黒ローブを身に纏った男達が陣を描き、何かを念じていた。邪教徒に間違い無い。
「何をしている?」
まるで友人にでも話しかけるかの如く、突然カンナが邪教徒に声を掛けた。
「!?」
邪教徒達はもちろんだが、シオン達もカンナの言動に驚いた。
カンナは陽の光と蜂蜜を混ぜ合わせたような豪奢な金髪を掻き上げ、口元には幼顔には似合わぬ程の妖艶な笑みを浮かべながら邪教徒達に近づく。その美しい翠眸が僅かに光を揺蕩わせている。
邪教徒達は祈りを中断し憎悪の視線をカンナに向けた。
「シオン・・・良いのか?」
ミシェイルがシオンに囁く。
「ああ、カンナに任せる。・・・俺達はカンナの指示が出た時に直ぐに動ける様にしておく。」
シオンの声が届いたのか全員が頷いた。
カンナはある程度まで近づくと足を止め、邪教徒達の足下に在る魔方陣を眺めた。
「うふふ。忌まわしい者の臭いがプンプンするなあ。・・・おまえ達。」
カンナは邪教徒達を見る。
「・・・此処で悪魔を召喚していたな?」
「!」
邪教徒達は自分達の所行をあっさりと看破された事に驚愕の表情を浮かべた。
相手の心に隙が出来た事を確認したカンナは詠唱に入った。
『しどけなき稀人の黄金を持ちて水枯れし地に雷の裁定を下せ・・・パラライズ』
「!!」
何人かがくぐもった呻き声を上げて地に倒れ伏した。が残った半数がカンナ目掛けて襲いかかる。その手には小剣が握られていた。
カンナは先頭の邪教徒の一撃を手に持った短杖で受け止める。障壁の光が放たれて男は怯むがカンナはその弾かれた力に抗いきれずそのまま宙に浮いて「ドサリ」と背中から地に落ちた。
「グッ」
呻くカンナを駆け寄ったシオンが助け起こした。
「大丈夫か、カンナ!」
「ゲホッ・・・大丈夫。・・・半分しか痺れさせられなかった。」
「充分だ。」
その2人に斬りかかろうとした邪教徒の剣を、間に入ったミシェイルが弾く。
「カァーッ」
邪教徒が威嚇音を放つ。やはり邪教徒達に理性らしきモノは感じられない。もはや狂っているのか。構わずミシェイルは剣を横に薙ぎ払い邪教徒を斬り倒した。
邪教徒達は目立つモノに襲いかかる獣と変わらなかった。今度は全員がミシェイルに標的を切り換える。と、ミシェイルの横を矢が2本飛んでいき邪教徒の1人の胸と頭を貫いた。
アイシャの放った『速射』が残りの邪教徒の標的となる。アイシャに襲いかかった邪教徒達は、しかしアイシャの前に並び立った騎士達によって1合を合わせる事も許されずに斬り捨てられた。
「・・・」
訪れた静けさの中で全員が周囲の様子を伺う。
「・・・終わったか?」
「・・・の、様だn・・・!?」
カンナの言葉が途中で切れた。
変化は突然に起こる。斃した邪教徒と痺れて動けなくなっていた邪教徒の身体から黒い霧が抜け出して魔方陣に集結して行く。痺れた邪教徒は身体をビクビクと藻掻く様に痙攣させ、やがて動かなくなった。
魔方陣から異様な力が溢れて来る。
カンナは立ち上がった。
「全員、此処へ来い!早く!シオンは残月以外の武器を持て!」
慌ててシオンは邪教徒の剣を拾うとカンナの下に走る。彼女を囲む様に立ったメンバーの中心で、カンナは魔法の詠唱に入る。
『昏き最上の地に座す獣よ。我が願いに応え力を振るえ。・・・セイクリッドブレス』
カンナを中心に円筒状の光の筒が現れ、全員を飲み込んでいく。
「今、おまえ達の身体と武器に『光の加護』を纏わせた。・・・いいか?」
カンナは魔方陣の中心で盛り上がる黒い塊を睨み付ける。
「・・・今、あそこから出てくる悪魔をその加護が切れない内に斃せ。出来なければ私達は全滅だ。」
「!!」
「あ・・・悪魔!?」
「そんなモノを斃せるのか!?」
驚くアイシャとミシェイルにカンナは視線を向ける。
「普通は無理さ。だが、光の加護が在れば悪魔を傷つけられるし、攻撃による闇の侵食も受け辛くなる。今なら斃せる。100年生きた私の言葉を信じろ。」
「・・・分かった。」
2人が頷く。
「シオン、戦い方は任せる。」
「引き受けた。お前はどうする?」
シオンの問いにカンナは魔方陣の奥を見遣った。
「私はあの男がつまらんチョッカイを出せぬように、引きつけておこう。」
「なに?」
全員の視線がカンナの視線を追う。
魔方陣の奥に黒い影が佇んでいた。圧倒的な悪意が滲み出ている。
「なあ、其所の色男。」
カンナが声を掛けると影がスッと払われた。
禍々しい邪教徒とは思えない程の端正な顔立ちをした長身の男が立っていた。
「ふふふ。よもや幻の『伝道者』に会えるとは思わなかった・・・。我等が女神のお導きに感謝を。」
冷たく怜悧な刃物の如き声が響く。
「楽しみだ。君達がどの様に足掻くのか。とくと見せてくれ。」
瞳に狂気が宿り、赤く変色する。
魔方陣が這い出た黒い塊は恰も巨大なスライムの様に見えた。その黒い体表には人や亜人、獣など様々な顔が苦悶の表情を浮かべて張り付いている。本体からは無数の触手らしきモノが生え獲物を捕らえるべくウネウネと蠢いていた。
『ア・・・ア・・・』
『・・・クルシイ・・・クルシイ』
『クワセロ・・・クワセロ・・・』
浮かんだ『顔』達が呻くと巨体がズルリと動いた。
「1人はアイシャを守れ!・・・アイシャ!」
シオンが叫ぶとアイシャは矢を連続で2本放つ。矢は光の光条と化して巨体に吸い込まれていく。
「!”#$%&’()?!!!」
形容しがたい吠え声が上がり、悪魔の動きが一瞬止まった。そして触手がグンッと伸びてアイシャに襲いかかる。が、その一撃は騎士の持つ盾に阻まれた。
王宮で襲われた時の様な『黒い霧』による浸食は騎士に発生していない。
「行けるぞ!各自散開!各個に敵を鏖殺するんだ!」
シオンが叫ぶ。
ミシェイルが右から突っ込む。高速で伸びてくる触手を斬り払いながら光り輝く剣を突き立てた。
反対側からは騎士2人が連携を取りながら1人が果敢に本体を斬り裂き、1人が盾と剣を使いながら相方と自分の防御に徹している。
シオン自身は正面から斬りかかり巨体を横薙ぎに切り裂く。次いで伸びてくる触手も斬り払った。
アイシャは持ち合わせた矢の残数16本を撃ちきるつもりで前線の戦士達の剣が届かない巨体の上部を打ち抜いていく。飛んでくる触手は全てアイシャを護衛する騎士が斬り払っていた。
「成る程、全員手練れか。」
男は呟く。
「ふふふ。流石はセルディナの騎士。弱者は居ないようだ。それにシオンの友人も文句無しだな。」
カンナが少し微笑む。
「さて・・・」
ノームの少女は自分の倍以上は高い男の顔を見上げた。
「お前はどうするのか?・・・見たところオディス教徒の幹部クラスに見えるが?」
男はその呼びかけに視線をカンナに戻すと冷笑を浮かべる。
「我が名はアルゴール。貴女が察するとおりオディス教の主教だよ。」
「・・・。・・・それ以上は喋らんか。」
アルゴールは笑みを浮かべたままカンナを見ている。
先ほどから、カンナはアルゴールから放たれる索敵魔法の『クエスト』が自分の全身に纏わり付いている事に不快感を抱いていた。
隙あらばカンナに侵入して情報を盗み取ろうと言う事だろう。
「幾ら魔力のみの探知とは言え、女の身体をまさぐると言うのは失礼極まり無いじゃないか。クエストの魔法は触覚に依る探知も在ったよな?」
アルゴールは嗤いを深める。
「ふふふ、安心すると良い。私の興味はそんな処には無い。」
「・・・そんな処?」
カンナの眉がピクリと上がる。
「肉体など単なる肉の塊に過ぎない。其れよりも私が愉悦とするのは、相手の隠された秘密を暴き、相手が恐れ戦く感情そのものだ。それを引き出して初めて肉体への興味も溢れ出るというもの。」
「・・・下衆だな。」
カンナの表情に嫌悪感が上る。
「・・・その顔は良いな。成る程、伝道者殿は年齢にそぐわず純情らしい。」
戦いは唐突に始まった。
カンナが手にした短杖を前に突き出す。
「ソーサリーボルト」
青白い光弾がアルゴールを襲う。が、アルゴールが手で払うと「バチンッ」と弾く音が響き光弾が消え失せる。
「本気でやれ。」
アルゴールが手を前に翳す。
『汝、最奥の地に眠る王の名に於いて願い給う。二つの首は一つに。旧き呪いに交わりて彼の者に祝福を・・・アビスドレイン』
「!」
カンナの足下から黒煙が立ち上りカンナの肉体を侵食して行く。
黒煙が収まるとカンナの小さな身体には黒い蛇の様な紋様の痣がそこかしこに浮かんでいた。
「まさか・・・真なる神々の加護を受けた伝道者の身体に魔法で侵食を果たすとはな・・・」
苦し気に声を紡ぎ出す。
「ふふふ、良い表情だ。・・・さあ、嫌でも本気を出すことをお勧めするぞ。その魔法は相手の力をどんどん奈落に吸収させる魔法だ。直ぐに魔法が放てなくなる。そして身体の自由も生きる力も奪われ、いずれ魂を手放す事になる。」
カンナは瞳を閉じた。
「・・・。・・・成る程、これが『奈落の法術』か・・・。」
「そうだ。そしてこの魔法の使い手は多くの呪いに依って加護を受けている。如何なる魔法も受け付けん。」
「・・・そうか。」
カンナの目が開いた。
美しい翠色の双眸から同色の輝かんばかりの光が放たれている。
「!」
アルゴールの顔に緊張が走り、再度魔法を唱える。
『悲しみを貪る暗愚の獣よ。その嘆きの言霊を以て成らざる者を呼び起こせ・・・アビスローブ』
「最果ての地に座す猛々しき蛮勇よ、嵐流纏いて其の槌を下ろせ。我が名は真なる者の使い『伝道者』なり・・・セイクリッドデュエル!」
光条が前に翳されたカンナの手から迸り、アルゴールが展開した黒い障壁を突き破った。
「グアッ」
アルゴールの悲鳴が上がる。
同時にカンナを侵食していた黒蛇の痣が「シュウシュウ」と音を立てて消えていく。
途端に魔方陣の悪魔と戦っていたシオン達から響めきが生まれる。
魔方陣が輝き、悪魔が身もだえ始めたのだ。
「・・・やはり、召喚主はお前だったか。ならば召喚主のお前の力が途絶えた今、あの化け物が元の世界に還っていくのは当然だな。・・・まあ、あのまま放っておいてもシオン達が還してしまっていただろうが。」
凄まじい絶叫を上げた悪魔は動きを止めると、魔方陣に吸い込まれて行った。
カンナの下にシオン達が集まってくる。
「・・・なぜ、我が障壁が破られた・・・」
アルゴールの憎悪に満ちた声が低く響く。
教団の幹部は、カンナの放った神仙術によって全身を焼かれ瀕死の状態だった。
「アビスローブは鉄壁の守り・・・それを高が神仙術の一撃如きで・・・」
カンナは妖艶な笑みを口の端に乗せて言った。
「確かにお前の使った魔法から強い決定力を感じた。私が放った魔法では中々に突破は難しかったかも知れんな。」
「・・・」
アルゴールの睨む視線に戸惑いが浮かぶ。
「ではなぜ・・・と問いたいのか?ふふふ、言った筈だよ。私は伝道者。真なる神々の加護を受けた者だから其の加護の力を使って突破したのさ。」
「馬鹿な・・・」
アルゴールが呟く。死も間際だ。
カンナは笑みの中に哀れみの感情が交じる。
「・・・死出の旅路の前に覚えておくが良い。伝道者は・・・私は、魔法や精神支配の戦いに限って言えば・・・無敵なんだよ。加護在る内はな。」
カンナは這い蹲るアルゴールの前に屈むとその額に手を置いた。
「事切れる前にお前の記憶を覗かせて貰う。」
「おのれ・・・やめろ・・・」
やがてカンナは手を離した。
「・・・死んだよ。」
「そうか・・・。」
カンナの声にシオンは答えた。
カンナは奥の壁に目を向ける。その先には更に扉が付いていた。
「行くぞ。あの奥に邪教徒共の目的が在る。」




