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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 邪教徒
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39話 ミシェイルとアイシャ



「はい。依頼達成。頑張っているわね、ミシェイル君。」


ミレイは笑顔で報酬を差し出す。


金貨2枚と銀貨4枚。ミシェイルは笑顔でそれを受け取った。


「有り難う、ミレイさん。」


 長く伸ばしていた金髪を短く切り、ギルド登録をした3ヶ月前とは比べものにならない程、精悍な表情になったミシェイルをミレイは満足そうに見る。


「あっと言う間にEランクに上がったかと思えば、もうDランクへの昇級試験か・・・。シオン君の最短記録を大幅更新だね。」


 ミレイの言葉にミシェイルは苦笑を返した。


「やめて下さい、ミレイさん。シオンがDランクに上がるのに1年掛かったのは最初のFランクでノウハウを覚えるのに半年以上かかったせいですよ。俺は其のシオンが一番苦労した処を予め教わっていたんですからズルをした様なもんです。」


 ミレイは首を振った。


「いいえ、それでも3ヶ月でDランク挑戦は異例よ。胸を張りなさい。最初は助けて貰ったとしても、その後の弛まぬ努力で成した成果は間違い無く貴方の実力なんだから。」


「・・・有り難う。」


 ミシェイルは微笑んだ。




 ギルドを出ると其処には金髪をポニーテールに纏めた少女が立っていた。


「アイシャ。」


「いつDランクの試験を受けに行くの?」


 アイシャは笑顔でミシェイルに尋ねる。


 アイシャと行動を共にする様になって2ヶ月経過していた。最初に彼女と再会した時は驚いたものだ。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 ――2ヶ月前。


 ミシェイルはEランクの昇級試験を終えたばかりだった。


溜まった疲れを公衆浴場で癒やし、夕食を何処で摂ろうかと考えていたとき。


「ミシェイル。」


 後ろから声が掛かった。


「?」


 振り返るとアイシャが立っていた。


「・・・アイシャ。」


 アイシャは眼に怒りの炎を宿し、腰に両手を当てて立っていた。


 ――?・・・怒ってるのか?


「どうしたんだ、そんな顔をして?」


「どうしたんだ、ですって?」


 ミシェイルが尋ねるとアイシャの眉が更に吊り上がった。


「全然アカデミーに来なくなったと思ったら、貴方こそ何をしてるのよ。」


「・・・」


 ミシェイルが眼を逸らすとアイシャは少し後悔する様な表情で俯いた。


「・・・アイシャ。」


「な・・・何?」


「飯、食ったか?」


「え?・・・まだだけど・・・」


「じゃあ、一緒に食おう。奢るよ。」


「え・・・ちょ・・・ちょっと」


 先を歩き出したミシェイルをアイシャは慌てて追いかける。




 一軒の食事処に2人は入った。


 そこでアイシャはミシェイルの話に絶句した。


「ギルドに登録した・・・?」


「ああ。」


 信じられなかった。


1ヶ月前までは同じアカデミー生だったミシェイルが、今はギルドの冒険者になっており今はEランクになっていると言う。


「・・・なんで教えてくれなかったの?」


「黙っていたのは済まなかった。あの時は俺にも余裕が無かった。」


「・・・余裕?・・・なんで?そんな風には全然見えなかった。」


 アイシャはショックを受けていた。




 アイシャはもともと剣の才能は余り無かった。それでも剣術コースを選んだのは見返すため。


 彼女は13歳の時に男に乱暴されかけた事がある。未遂ではあったが、恐怖と抵抗出来なかった悔しさに涙を流した事はアカデミー入学当初も鮮明に覚えているくらいには心に傷を負っていた。


 だから今度同じ事が起きても実力で跳ね返せる強さが欲しくて、本命の弓術コースの他に剣術コースも選んだ。


 剣術コースでの交友関係は良好だった。殆どが男子であった事もあり、アイシャの器量の良さと明るい性格は級友を引きつけるのに充分役立ってくれた。


 ただ余り剣才の無かったアイシャの特訓には面倒なのか付き合ってくれる人は居なかった。


そんな中、いつも笑顔で付き合ってくれたのがミシェイルだった。


ミシェイルは強い。剣術コースの中では抜群の強さを誇っていた。




「何でミシェイルは毎日あたしに付き合ってくれるの?午後は自由修練だし、ミシェイルは槍術もあるよね?」


 ミシェイルの本心が気になってアイシャは尋ねた事があった。そんなアイシャにミシェイルは暫く何かを逡巡する様な表情を見せたが、やがて微笑んで答えた。


「アイシャが本当に頑張っているからさ。頑張ってる奴が手助けを求めているなら手を貸すのは級友として当たり前だろ?」


 ――・・・多分、本心じゃ無い。


 アイシャはそう思ったが彼の見せた優しい笑顔は本物で信じられた。


「・・・有り難う。」


 彼の笑顔はとても嬉しかった。


「もし、ミシェイルが困った事が在ったらあたしも協力するからね。約束。」


「あ・・・ああ。」


 顔が真っ赤に見えたのは、沈み掛けた夕日に照らされたせいなのか。それとも違うのか。ただ、恥ずかしげに顔を逸らしたミシェイルの姿はアイシャにはとても可愛く見えた。




 そう、約束をしたのだ。ミシェイルに困った事が在ったら協力すると。


それなのに余裕が無いミシェイルに全く気付いてあげられなかった。そして其れを知って尚、彼が何故に余裕が無かったのか其の理由に見当を付けられない自分にアイシャはショックを受けていた。




「余裕が無かったのは・・・どうして?」


 アイシャは恐る恐る尋ねた。


 こんな薄情な女には話してくれないかも知れない。・・・でも、聞かなくちゃ駄目だ。ミシェイルから貰った励ましの数々を考えれば知らん顔など出来ない。


「・・・」


 ミシェイルは視線を彷徨わせる。


「・・・合同演習の時・・・」


「え?」


「あの時に俺は自分の未熟さを痛感させられた。」


「未熟・・・って、ちゃんと頑張っていたじゃない。」


 アイシャはそう答えたがミシェイルは黙って首を振った。


「・・・もしかして・・・シオンと比べてるの?」


「・・・」


 アイシャはミシェイルの無言を肯定と受け取った。


 そして彼の気持ちを理解した。自分も似た様な感情をシオンに抱いたばかりだ。同性のミシェイルはもっと痛烈に感じてしまったのかも知れない。


「彼は・・・彼はあたし達とは違うわ。・・・本当に、本当に見ている物が違い過ぎる。・・・ミシェイルは、ミシェイルのまま頑張れば良いと思うよ。」


 アイシャはそう言った。


 その言葉にミシェイルは顔を上げた。


「・・・お前はシオンをどう思っているんだ?」


「え、どうって・・・?」


「好きなのか?」


「は!?」


 アイシャは素っ頓狂な声を思わず上げてしまう。が、ミシェイルの真剣な表情を受けて誤魔化したい気持ちを押し殺した。


「好きか嫌いと言ったらもちろん好きよ。色々な事を知っているし話も面白い。何でも出来るし合同演習の時は凄かった。本物の冒険者ってこんな感じなんだ。って思ったよ。」


「・・・そうか。」


「でも、それはあんな風に成りたいっていう憧れのようなモノかな。・・・多分、ミシェイルの言う好きとは違う。」


 アイシャは考え考え言葉を紡いだ。




 そう、シオンは謂わば光だ。彗星の如く突然に現れて驚く程の目映い光を放った。その光に目が眩んだのは事実だ。


でも時間が経ち落ち着いて周りを見たら、いつも穏やかに自分を照らしていてくれた別の光が姿を消していた。


そして彼女はその時に気が付いた。自分が本当に望んだ光はどちらだったのか。


だから彼女は探したのだ。ミシェイルを。本当に欲しい光を。




「ミシェイル。」


 彼女は呼び掛けた。


「何だ?」


 ミシェイルが答える。


「あたしも連れて行って。貴方の冒険に。」


 アイシャは彼が頷いてくれる事を真剣に願い見つめた。


「弓くらいしか貴方の役には立てないかも知れないけど、一生懸命頑張るから。」


 ミシェイルは驚きの表情を見せて問うた。


「・・・いいのか?」


「付いて行きたい。」


 アイシャが頷く。


「・・・アイシャが来てくれるなら、こんなに嬉しい事は無いよ。」


 ミシェイルが微笑んだ。




 その日の内にアイシャはミシェイルとのパーティ登録をギルドで済ませた。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




「・・・アイシャが良ければ明日にでもDランクの試験を受けに行こうと思っている。」


 ミシェイルが答えるとアイシャは頷いた。


「あたしは大丈夫だよ。・・・5連続達成の最後の1件だね。頑張ろう。」


「ああ。2人で昇級だ。」


「うん。」


 アイシャの嬉しそうな笑顔をミシェイルは熱い想いを込めて見つめる。






 翌日早朝――


ミシェイルとアイシャはミレイに見送られてギルドを出た。




 依頼内容は調査途中の『レイアート遺跡』の調査。達成条件は完全調査か新エリアの発見。


馬屋で馬を1頭借りると、アイシャを乗せてミシェイルは後ろに跨がった。自分の腕の中にスッポリと収まるアイシャにミシェイルは高揚を感じる。


 本当に側に居てくれるだけで、こんなにも自分に力とやる気を漲らせてくれる彼女は何者にも代えがたい存在だ。


 ――きっと2人で昇級する。


ミシェイルは気持ちを込め直すと馬を走らせた。




 レイアート遺跡はセルディナの南方、公道マーナユールを越えたペイルストーンの丘の南端近くに在る。歩けば丸1日掛かるレイアート遺跡も馬の足ならば2刻程度で到着する。




 馬を走らせていたミシェイルが小高い丘の頂上辺りで馬を止めた。此所を下った先がレイアート遺跡の筈だ。


 アイシャは何故ミシェイルが馬を止めたのか解らずに彼を振り返った。


「どうしたの?」


 尋ねたアイシャはミシェイルの視線を追いかけた。


 その先には小さな湖が見える。


「・・・綺麗ね。」


 アイシャが呟くとミシェイルは薄らと笑った。


「あの湖は、俺が未だ小さい頃に父さんと母さんと3人で遊びに行った所なんだ。・・・あれ以来、あそこには行ってないな。」


「そう・・・」


 アイシャはミシェイルの両親が離婚した事を彼から聞いていた。


「ねえ、ミシェイル。この依頼を終えたらあそこに遊びに行こう。思い出は楽しい方が良いよ。」


 アイシャはそう言った。


「・・・」


 ミシェイルは笑顔を向けるアイシャを無言で見つめる。


 そしてそのままギュッと軽く抱き締めた。


「ミ・・・ミシェ・・・!」


 驚いた顔のアイシャにミシェイルは微笑むとその耳元に


「有り難う。」


 と囁いた。


「う・・・うん。」


 アイシャは恥ずかしながらも満更でも無さそうな表情で頷いた。




 レイアート遺跡は調査途中の遺跡だ。この様な場合、非常事態に対応する為に兵士の臨時詰め所が建設される。


 此所レイアート遺跡にも20人の兵士が寝泊まり出来る大きめの施設が建てられていた。




 調査依頼を受けた者は、この詰め所で調査の依頼元の証が入った依頼書を見せてから中に入る仕組みになっている。




 ミシェイルは詰め所の前に馬を繋ぐと階段を登り、詰め所の扉を開けた。


「!」


 噎せ返る様な血の臭いが鼻を突いた。


 アイシャが短く息を呑む。




 中は凄惨な状況だった。


 7~8人の兵士達が身体に致命傷を受けて至る所で息絶えていたのだ。


「な・・・何があったの?」


 震える声のアイシャに入り口の見張りを頼むとミシェイルは兵士の遺体を見て回った。全員、剣かナイフの様な鋭利な物で致命傷を負わされている。




 いずれにせよ尋常な事態では無い。セルディナの兵士達は徴兵された民間兵では無く職業兵士である。謂わば戦闘や警備を専門として日々厳しい訓練に取り組んでいる者達だ。


 そんな者達を8人も殺害している。




 ミシェイルは周囲を見回した。




 気になる点が在る。争った痕跡が無いのだ。全員が無抵抗で殺されている様に見える。


ミシェイルは思案した。


『シオンならどうするだろうか』




「アイシャ。」


 ミシェイルは詰め所入り口から遺跡の入り口を見張っていたアイシャに声を掛けた。


「なに?」


「お前、馬を操れたよな。」


「うん。」


「お前は1度ギルドに戻ってこの状況をミレイさんに伝えてくれ。」


「ミシェイルはどうするの?」


「俺は此所で様子を見張っている。・・・残念だがコレは俺達だけの手には負えない。依頼失敗にして構わないから指示を仰いできてくれ。」


 アイシャはミシェイルを見た。


「・・・分かった。無理はしないでね。何かあったら絶対に逃げてね。」


「勿論だ。」


「・・・昇級、残念だったね。」


 アイシャの言葉にミシェイルは苦笑いした。


「仕方無いさ。むしろ今までが上手く行きすぎたんだ。また最初から受け直すさ。・・・お前も一緒に手伝ってくれるだろ?」


「うん。」


「だから、実はそれほど残念だとは思ってないんだ。お前が・・・アイシャが側に居てくれるからな。」


 アイシャは頬を紅く染めた。


「あたしは・・・ずっとミシェイルの側に居るよ。」


 今度はミシェイルが赤くなった。




 ただ、こんな場所でこの雰囲気は不謹慎だ。




 2人は気持ちを切り替えると互いの情報を交換して、アイシャは再び馬を走らせた。






「頼むぞ、アイシャ。どうか無事に着いてくれ。」


 ミシェイルは遠ざかる馬影を見送りながら、そう呟いた。







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