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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 邪教徒
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38話 シオンの想い ルーシーの心



「しかし貴女はここ数週間で見違える程に腕を上げたわね。」


 魔術院から週に1回、ルーシーに回復術を教えているフレイア魔術官は唸った。


 ルーシーは嬉しそうに笑みを浮かべる。その姿を見てフレイアは微笑んだ。


「それに表情も明るくなったわ。」


「そうでしょうか?」


 小首を傾げるルーシーにフレイアは頷いて見せた。


「ええ。年度初めの頃は寂しそうな表情をよく浮かべていたわ。今も1人きりの講義であの頃と変わっていないのに・・・何が変わったのかしら?」


「いえ・・・何も・・・」


「好きな男の子でも出来たのかしら?」


「!」


 ルーシーの表情の変化にフレイアはニヤリと笑う。


「図星ね。」


「・・・はい。」


 ルーシーは顔を赤らめながら頷いた。


「あら、あっさり白状するのね。」


「ふふふ。」


 ルーシーの笑顔にフレイアも笑みを溢す。


「心に光を宿すのは大事な事よ。それは希望でも夢でも構わない。もちろん愛や恋でもね。そんな前を向いて生きたいと思う気持ちが回復術を操る者には必要なのよ。」


「マリーさんにも同じ事を言われました。」


「・・・え、マリー?マリーってハーブショップのマリーさん?・・・貴女、マリーさんからも教わってるの?」


 ルーシーはフレイアの勢いに驚きながらも頷いた。


「え、はい。フレイア先生もご存知なんですか?」


 フレイアは呆れた様に椅子の背もたれに寄りかかった。


「ご存知も何も・・・。マリー先輩は私の回復術の師匠よ。駆け出し冒険者だった私に色んな事を教えてくれたわ。・・・成る程、貴女の急激な上達も納得だわ。」


「あの、話さなくてごめんなさい。隠すつもりは無かったんです。」


 ルーシーが頭を下げるとフレイアは手を振って言った。


「え?ああ、良いのよ。謝る事では無いわ。良い師に巡り会えたのなら教えを乞うのは当然よ。寧ろそのくらいの貪欲さが無いと駄目よ。」


「有り難う御座います。でも私にとっては、マリーさんもフレイア先生も同じくらい大事なお師匠様です。」


「そ・・・そう、ありがと。・・・ああ、もうお昼ね、今日は此処までにしましょ。」


 フレイアは少し照れたように視線を逸らした。




 ルーシーが魔術棟の入り口を出ると横から声が掛かった。


「ルーシー。」


「!」


 聞き間違える筈の無い声にルーシーは驚いて声の主を見た。


「シオン!・・・どうしたの、こんな所で。」


 みるみる顔が火照っていくのが自分でも分かってしまう。


 シオンは少し照れ臭そうに笑った。


「君を待っていた。」


「え!?」


 ルーシーの心臓がドキリと鼓動を大きく弾ませた。シオンが関わった時の自分の余りの容易さに呆れてしまう。でも、ルーシーは込み上げる嬉しさが心地良かった。


「そ・・・そう、ありがとう・・・。でも、どうして?」


「うん・・・」


「?」


 シオンにしては歯切れの悪い態度にルーシーは首を傾げた。


――私の体調を心配して見に来てくれたのかしら・・・?


 今、シオンがわざわざ自分に会いに来るとしたら、それくらいしか理由が思い浮かばない。




 やがてシオンは意を決したようにルーシーを見ると用件を口にした。


「ルーシー、これからデートをしないか?」


「・・・」


 ルーシーはシオンの言葉が信じられなくて自分の耳を疑った。




『どうしてこんな事になってるの』


 自分の隣を歩くシオンをチラリと見てルーシーは何度となく繰り返した疑問をまた心の中で呟いた。




「ルーシー、お腹空いてないか?」


「あ・・・うん。少し空いてる。」


「よし、じゃあ此処にしよう。」


 そう言ってシオンが入った先は、下町にオープンした美味いが高いと有名なレストランだった。食事だけでなくこの店は小さな楽団を抱えており営業時間中は常にハープの演奏が流れている事でも有名な店だった。


 当然、女性には人気があり恋人同士の2人がデートスポットに奮発する場所でもある。主に男性側の財布がはっちゃけるのだが。




 ウェイトレスに案内されて窓際の席を用意して貰う。


店内に飾られた薔薇や菫やクロッカスなど多種に渡る色彩豊かな鉢とそこから漂う艶やかな芳香が客を楽しませてくれる。メニュー表に並ぶ料理の種類も金額も通常の店の3倍以上で、中々にあれもこれもとは頼み辛そうだ。


 ルーシーはシオンに耳打ちする。


「シオン、大丈夫?私、余りお金を持ってきてないんだけど・・・」


「ああ、心配要らない。急に誘ったのは俺だし、今日の支払いは全部俺が持つから、ルーシーには楽しんで欲しい。」


 シオンは当然だという表情にそう言ったが、ルーシーは戸惑ってしまう。


「でも・・・」


「ルーシー。」


 シオンはルーシーの頬に手を添えた。


「!・・・シ・・シオン・・・」


「楽しんで欲しい。楽しんでくれる君が見たいんだ。」


 ルーシーは真っ赤になって俯きながら頷いた。




 シオンはルーシーの好みを訊きながら、給仕にオーダーを重ねていく。


オーダーを終えたあと、シオンはルーシーに話し掛ける。


「今日は急に誘ってしまって悪かったね。」


「と・・・とんでもないよ、シオン。ビックリしたけど嬉しかった。」


「それなら良かった。」


 シオンはルーシーに微笑んで見せる。


 この大陸には珍しい黒髪黒眼の少年に微笑まれて、ルーシーは改めて胸の高鳴りを感じる。


「どうして今日は、その・・・私を誘ってくれたの・・・?」




 目の前に座る少年は、元は伯爵家の貴族様で辛い思いを沢山してきたのに、全てを自分の力で跳ね返してきた強い人だ。普段の稼業から隠れがちだけど、その美貌は眼の肥えた貴族令嬢や婦人でさえも見惚れてしまう程だ。


 とても手の届かない人・・・。でも・・・。ずっと押し殺していた期待がどうしても首を擡げてしまう。


 そんなルーシーの想いをシオンは知ってか知らずか思案する素振りを見せた。


「実は、ルーシーを今日誘えと言い出したのはカンナなんだ。」


「え?カンナさんが?」


「ああ、最近のルーシーを見て様子が気になったらしい。」


「・・・そう。」


 やっぱり、そうだよね。


 ルーシーは笑顔を作りながらも寂しさを感じた。


「それに・・・」


 シオンは言葉を続ける。


「・・・俺もルーシーを誘いたかった。」


「・・・そう・・・え?」


 ルーシーは思わず訊き返した。


「カンナに言われたただけなら、こんなに強引に誘ったりしないさ。」


「それは・・・つまり?」


 ルーシーの視線にシオンは照れたように含羞んだが少し真剣な表情になってルーシーを見た。


「君が気になる。」


「・・・!」


 信じられない思いがする。夢に見るような科白がシオンの口から出て来た。自分の何処をシオンが気に入ってくれたのか判らない。でもルーシーは素直に嬉しかった。


心が満たされる様な感情が溢れてくる。


「ありがとう・・・。」


 白磁の頬を紅色に染めて少女は嬉しそうに笑った。


 その顔を見て少年も嬉しそうに微笑んだ。




 食事を楽しんだ後、シオンは街を流れる川沿いの通りにルーシーを誘った。


其処には出店が並んでいた。魔術を利用した幻想的な見世物で恋人達の足を止め、人形劇が子供達を集めている。


「見たい物とかある?」


「え・・・と、そうだな・・・」


 シオンに尋ねられてルーシーは返事に困った。余りこう言った場所に来たことが無かった彼女は何を選べば良いのか判らない。


 と、その時、出店の一角が響めいた。


 弓矢を使った商品を付けた的当てを楽しむ店のようで誰かが高額商品を射止めたようだった。


 あれならシオンも楽しんでくれるかな?


「・・・あれ。」


 ルーシーの指に誘われてシオンも視線を動かす。


「的当てか・・・。よし、ルーシーもやってみよう。」


「え?いや、私は無理だよ。弓矢なんてやった事が無いもん。」


「教えてあげるよ。」


 シオンはルーシーの手を引っ張る。




「親父、1回頼む。」


 シオンの呼び掛けに商魂逞しそうな男が振り向いた。


「1回につき銅貨1枚だ。」


 弓矢を受け取ったシオンはルーシーにそれを渡す。


「ど・・・どうしたらいいの?」


 ルーシーがシオンを見上げるとシオンはルーシーに目線を合わせてその位置から的を見る。景品無しの1番簡単な的だ。


「足を肩幅に開いて。それから左手をあの的に向けてみて。」


 ルーシーは言われる儘に身体を動かす。


「左手で狙いを定めるんだ。後は右手で弓を引いて手を離すだけさ。気楽にやってみると良いよ。」


「う・・・うん。」


 耳元で囁かれてルーシーは動揺したが、シオンに良いところを見せたくて的に集中した。


 ――左手で狙って・・・右手を離す!


 ヒュンッと弦の風を切る音が小さく鳴り矢が飛んでいく。


 鏃がストンッと音を立てて的に吸い込まれた。


「!・・・当たった!」


 ルーシーが驚いた表情でシオンを見上げるとシオンも嬉しそうに笑う。


「上手いじゃないか。まさか1発で当てるとは思わなかった。」


 その笑顔を見てルーシーも嬉しくなる。


「楽しいね、コレ。」


 ルーシーの言葉にシオンは頷いて店主に声を掛ける。


「親父、あと10回だ。」


 銅貨10枚を渡す。


「あ、いいよ。シオンもやって。」


「じゃあ、最後の1回だけ。後はルーシーがやって。」


「ありがとう。」


 ルーシーは久し振りに心の底から楽しいと感じていた。




 結果は最初の1発も含めて、10回中4回命中。


「やっぱり、なかなか上手くはいかないもんだね。」


 ルーシーのガッカリした姿が可愛いと思いシオンは笑い出す。


「あ、笑うなんて非道いよ、シオン。」


「ゴメンゴメン。じゃあ、最後は俺がやるよ。」


 そう言ってシオンは高額商品を見た。




 一位はカーネリア王国観光券、二位はダイヤモンドのブローチ、三位は髪飾りだった。


「親父、三位を狙うよ。」


 店主はシオンを見るとニヤリと笑った。


「お、彼女に良いところを見せようってか?悪いがそう簡単には取らせないよ。三位以上はこの的を揺らすからな。」


 そう言って店主は的を釣っている棒を押した。その途端、棒が振り子の様に左右に動き始め、一緒に的も動き出す。


「なるほど、面白い。」




 シオンはルーシーをジッと見たが、やがて彼女の手を取った。


「え・・・」


 シオンはルーシーに弓を構えさせて、そのしなやかな手にそっと自分の手を重ねた。


「シ・・・シオン!?何をして・・・」


 慌てるルーシーの耳元にシオンは囁いた。


「狙って。」


 心臓の跳ねる鼓動がシオンに届いてしまいそうだ。




「君と2人で取りたい。」


「・・・!」


 シオンの言葉にルーシーはハッとなった。


「私も取りたい。」


 ルーシーは集中する。


「ルーシー、右手は添えるだけで良いからね。」


「うん。」


 動く的が左右にブレる。




 1人では到底当てられる気がしない。でも、シオンと一緒なら。


シオンが弦から手を離し、弦がルーシーの手から離れる。


 鏃が的に吸い込まれる。


「ぅあ!?」


 店主の妙に抜けた声が響く。


「やったあ!!」


 ルーシーが歓声を上げた。


 シオンとルーシーのやり取りを見ていた回りの客も歓声を上げる。


「参ったな、ホラ景品だ。」


 店主が苦笑しながら箱入りの髪飾りをルーシーに渡して来る。


「有り難う御座います。」




 髪飾りは銀細工に小さなルビーをあしらった物だった。鳥の羽根を象ったその飾りをシオンはルーシーの髪にそっと差した。


 微笑むシオンにルーシーは頬を染めて笑い返した。


「嬉しい。ずっと大事にするね。」




 その後もルーシーはシオンに連れられてセルディナの城下町を楽しんだ。


 気が付けば日も沈み、夜の宵闇が辺りを完全に包んでいた。




「もう、夜だね。」


「送るよ。」


 シオンはそう言った。


 その声が残念そうに聞こえたと思うのは自分の期待しすぎなのかは判らない。


「うん。ありがとう。」


 ルーシーはシオンに頷いた。




 送りの道すがらは、2人とも少し言葉少なめだった。


「此処まででいいよ。家はすぐソコだから。」


 ルーシーは家が近付くとシオンにそう言った。


「そうか。」


 シオンはルーシーに微笑む。




 別れたくない・・・そんな思いからルーシーはシオンから視線を外したくなかった。外してしまえば彼は家路に着いてしまうだろうから。でも、いざ視線が合うと色々な感情がシオンに伝わってしまいそうで外してしまう。


 そしてシオンもルーシーから視線が外せなかった。


 頬を染めながら、自分を見たり視線が合うと慌てて外したり。何かを言いたげに口を開いては閉じる彼女の姿が愛らしくて抱き締めたい衝動に駆られる。


 これ程に彼女を思い始めたのはいつからだろうか。


 最初は彼女のアカデミーの扱いにも腐らずに頑張る姿に興味を持った。そして交友を温める度に少しずつ存在は大きくなっていった。


 ・・・多分、決定的に自覚したのはグゼ神殿で彼女が倒れた時だった。敢えて冷静さを前面に押し出しては居たものの、ルーシーを失うかも知れないと考えた時に感じた恐怖は尋常な物では無かった。


 そしてルーシーが神殿で自分の代わりに黙って危険を引き受けていてくれた事。


 これが人を好きになると言う事だろうか。




「ルーシー。」


「は・・・はい。」


 シオンの呼び掛けにルーシーはビックリした様に返事を返す。


「これからも時々、こうして君と会いたい。良いだろうか?」


 ルーシーの栗色の双眸が僅かに潤んでいる様に見える。


 少女は頷いた。


「私も・・・またシオンと会いたい。」




 シオンは嬉しそうに笑い帰って行った。




『この笑顔が、きっと最期まで私を支えてくれる』


ルーシーは心に得た大切な宝物を守るように胸の前で手を組んだ。









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