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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 邪教徒
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35話 断罪



 会議は報告の時間が終わり次の議題に移った。


「陛下、貴族至上主義者達の件についてですが。」


「聴こう。」


 レオナルドの許しを得てブリヤンが話を始める。




「まず、貴族至上主義者と邪教の繋がりは疑う余地は御座いません。」


「うむ。」


「シオンがアカデミーで捕縛した元アカデミー講師でワイセラ子爵家次男のバゼルを聴取したところ、バゼルはオディス教に入信している事、他にも貴族至上主義者達の何人かが入信している事が判明致しました。」


 バゼルの名を聞いた瞬間、レオナルドとアスタルトの眉間に深い皺が寄る。愛娘を、愛妹を害そうとしたバゼルに2人は激怒していた。


『断じて許さぬ』


と即座に斬り捨てに牢へ出向こうとしたアスタルトをブリヤンは必死に止めたものだ。


「また、その繋がりを利用してセロ公爵が恐れ多くも王家の方々を弑する企みも聞き出しました。これにこれまで集めてきた謀反の証拠を合わせれば公爵も逃げることは叶いますまい。」


「では・・・」


 アスタルトがレオナルドを見ると公王は重々しく頷いた。


「詰めるとするか。」






 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆






「邪教からの合図は一体いつになったら届くのだ。」


 セロ公爵家の公邸にて当主たるアデルは苛立ちを隠す事無く目の前で頭を垂れる貴族至上主義者であるグライオ伯爵に吐き捨てた。


「は、もう届いても良い頃であるのは間違い無いのですが、何しろ得体の知れぬ邪教徒共故に我々のような常識は持ち合わせて居らぬのやも知れませぬ。」


「にしても遅すぎる。以前に伝えて来た予定よりも1ヶ月近く遅れているのだぞ。・・・まさか事が露見してアインズロードの手に渡っている等と言うことはあるまいな。」


「流石にアインズロードでも、よもや我等が邪教と繋がっているとは夢にも思いますまい。」


 グライオの答えにアデルは不愉快そうに鼻を鳴らした。


「『我等』とは何だ。儂は何も知らんぞ。ただ貴様等が『何か』をしている様だから話を聞いてやっているだけだ。」


「は。失礼致しました。」


 グライオに退室を命じると


「忌々しい。」


 アデルは不機嫌に吐き捨てだ。




 本来は貴族至上主義の盟主たる儂にこそ王位は相応しい。


儂が玉座についてこそ、この国は真の主を戴くことが叶い真の正義をこの地上に唱える事が叶うのだ。


 だが、公王を始め、したり顔で王に追従する奴等は其れを理解しようとせずに民こそが国の根幹だなどとほざく。馬鹿げた見解だ。民など其処らの雑草と同じで放っておいても勝手に増えていくだけのモノ。


 そんなモノを守る事こそがノブレスオブリッジだとは嘆かわしい。思い違いも甚だしい。真のノブレスオブリッジとは神に選ばれし高貴なる血筋を世に残し、其の選ばれし貴族達の名誉と地位が守られてこそ初めて達成される物なのだ。


 その為ならば如何なる犠牲を払っても構わぬのだ。まして下民などと言う人以下の存在など例え全滅しようが何の問題も無かろう。




 儂の高貴なる理想をどこから嗅ぎつけたのかは知らぬ。だが、そもそも先に接触をして来たのは『奴等』なのだ。忸怩たるこの想いを開花させてやろうと言って来たのは『奴等』なのだ。そしてこの高貴なる儂が、下賤の況してや邪教徒等という下らぬ輩に期待を掛けてやったのだ。ならば、其の期待に喜んで身を投じるのが道理であろう。




 最後に接触して来たのは2ヶ月ほど前であった。


『奴等』は1ヶ月ほど後に公王と公太子に対して直接の行動を起こすと言って来た。その前には儂に合図として邪教徒の紋章を送る故にソレが届いたら反逆の準備を始めろと。


 当然、儂はそれが届くのを一日千秋の想いで待った。もうすぐ正義が成ると押さえがたい喜びに身を震わせながら。しかし、一向にその合図とやらは来なかった。




 この儂を待たせるなど万死に値する。


・・・まあ良い。『奴等』など、所詮は儂の高邁なる理想を成す為の汚らわしい道具に過ぎぬ。事が成された暁には、『奴等』の根城ごと攻め滅ぼしてくれよう。高貴なる儂の手に因って殉教出来るのだ。光栄に思われる事だろうさ。




 アデルは醜い嗤いを口の端に浮かべた。




 執務室の扉がノックされ、執事が慇懃に礼を施した。


「旦那様。城の使いの者がやって参りまして言伝を頼まれました。」


「申せ。」


「はい。陛下より『明朝、2の鐘の刻に登城するように。アスタルト殿下と次期王位についてのお話が在る』との事です。」


「な・・・何、王位だと!?」


 アデルは立ち上がった。




 事の詳細は掴めない。だが、邪教徒共が遂に動いたに違いない。アデルはノブレスオブリッジとはほど遠い我欲に塗れきった喜色満面の笑みを浮かべた。




 遂に儂の時代がやって来る。アデルは信じて疑わなかった。




 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆




 翌朝の謁見の間は異様な雰囲気に包まれていた。


 20人程の貴族至上主義者達と伯爵家以上の当主が呼び集められていた。当主の大半はこの緊急招集の細かい理由が伝えられて居らずざわめいていた。


「陛下の御名に於いての緊急招集とは一体何事なのか。」


「アスタルト殿下と次期王位について話があると聞いているが・・・」


 公太子に何か有ったのかと貴族当主達は不安気な表情を浮かべている。


彼らにして見ればアスタルトが次期公王である事はほぼ決定であり、そのつもりで日々を動いている。またアスタルトの才覚を彼らは認めており今更の変更は受け入れがたい。




『フフフ・・・愚者共め。今、貴様等の蒙を啓いてやろう。』


 ざわめく彼らから離れた玉座に近い公爵専用の椅子に腰掛けてアデルは嗤いを浮かべる。アデルは昨日報告を受けた後、部下に命じてアスタルトの行方を調べさせた。その結果、公王とアスタルトの行方は知れなかったが公太子の私室には争った跡と少量の血痕が見つかったという。




 やがてロイヤルガードが現れ玉座の後ろに立った。貴族達のざわめきが収まる。


続いて公王レオナルドが姿を現す。その姿を見てアデルは怪訝な表情を浮かべる。予測ではレオナルドは姿を見せずブリヤン辺りが姿を見せる筈だった。


『・・・だが。』と思い直す。レオナルドが無事であった事は頂けないが、憎むべき政敵のブリヤンまでもが邪教徒共の凶刃に掛かったのならば其れは其れで好都合だ。




 だが他の貴族達はそうはいかなかった。彼らは最上礼の形を取りながらも心中は穏やかでは無かった。ロイヤルガードの後に登場するはずのアスタルト公太子が姿を見せずに直ぐに公王が登場したのだ。公太子の身に何かが起きたと考えるのが普通であった。




「皆の者。」


 レオナルドは静かに口を開いた。


「今日は急な招聘にも関わらず良く集まってくれた。」


 一同が頭を下げ王の言葉に応える。


「今日、集まって貰ったのはこの国が抱える問題と未来について皆に知って貰うためだ。」


 王はそう言うと侍従から1枚の資料を受け取る。


「今、この国にはかつて無いと言っても過言では無い危機が訪れている。」


 王の言葉にアデルはほくそ笑む。


『何を大袈裟な。たかが公太子1人の身に何かが起きたとて問題あるまい。次期国王に相応しい儂が此処にいるのだからな。』


 だが、次の言葉はアデルの嗤いを消し飛ばすには充分な威力があった。


「危機とは何か。其れはこのセルディナをオディス教と呼ばれる邪教が滅ぼそうと暗躍している事実である。」


『な・・・何故、邪教の事を知っている!?』


 アデルは目を見開いて王の横顔を直視した。


「・・・事実、余も1ヶ月程前に邪教徒の襲撃に遭った。」


「「「何ですと!?」」」


 貴族達は衝撃の発言に思わず響めく。


 しかしアデルの受けた衝撃はその比では無かった。


『襲撃を受けていただと!?では何故生きている!!奴等の攻撃手段は同じケイオスマジックかそれ以上のモノで無ければ防げぬと言って居ったではないか』




「余がこうして生きて居るのは、忠実なる我がロイヤルガードとアカデミーの冒険者の献身的な働きに依るものだ。そしてこの余はこの事態を看過する気は一切無い。」


 公王は貴族至上主義者達を見た。


「・・・やがて来たるアスタルトの時代の為にもな。」


「何だと!?」


 アデルは思わず声を荒げて立ち上がる。


 その姿をレオナルドは冷ややかに見遣った。


「どうした公爵。座るが良い。」


 王の声にハッと我を取り戻したアデルは椅子に座り直した。




「・・・さて、では1つ1つ片付けて行こうか。今から名を読み上げた者達は前に出るが良い。」


 王の命に応じて侍従が20名程の貴族の名前を敬称付きで読み上げる。その中には昨日アデルに叱責されたグライオの姿もあった。




 全員が貴族至上主義者達である事にアデルは戦慄する。


「先ずはキュウエル伯爵。」


「は。」


「貴公、領民より異常な税を絞り取り差額を着服しておるな。」


「その様な事は断じて・・・」


「申し開きの必要は無い。」


 王は素気無く伯爵の言を封じると侍従に目配せをする。


伯爵は侍従から渡された資料の束に目を通し始めると震え始める。


「其所に記されている物は貴公が部下に命じて行わせた過去5年に渡る裏帳簿だ。王家が定めた税率を遙かに上回る税が民から搾取されていた。民からの声は全て封殺し、民の命を奪うこと多々在ったと報告が上がっている。貴公の領民10000人から話を聴き1人たりとも貴公を擁護する声は無かったそうだ。1人たりともだ。・・・貴公、民から盛大に嫌われて居るのだな。」


 レオナルドの声に氷雪が孕む。


その声にキュウエル伯爵は青冷めた顔を上げて言い募った。


「へ・・・陛下、恐れながらこれは何かの陰謀で御座います。私は全く与り知らぬ事。この裏帳簿とて部下が勝手にやった事で・・・」


「貴公の私室の金庫から出てきたのにか?」


「それは・・・!」


 伯爵の口からそれ以上の言葉は出て来なかった。


「もはや問答は不要。・・・そして余の前に並ぶこの者共は全く同じ事をしている。」


 手渡された資料の束を手にして貴族至上主義者達はガックリと首を落とした。


 そんな中、アデルは密かに胸を撫で下ろしていた。この断罪劇の中に自分は含まれていないらしい。或いは公爵と言う立場故に見逃されたか?




「何と言うことを・・・」


 集められた貴族達から怒りの視線が貴族至上主義者達に注がれる。


 公王レオナルドは公正な治世を目指していた。『貴族の特権と義務を可能な限り守り、そして民達の健康に基づいた不自由の少ない生活を守る』この両立が彼の施策の根幹であった。その為の調整と折り合いを付ける事に腐心してきた公王の政策に、そしてその政策に共感して力を尽くしてきた貴族達の努力に、貴族至上主義者達は真っ向から泥を塗り続けてきたのである。




「人を人とも思わぬ非道の数々は他にも挙げればキリが無い。全てに裏付ける証拠が揃っている事を覚えておくが良い。」


 レオナルドは怒気を込めて言い放つ。


 資料はブリヤンが何年も掛けて宮廷役人や彼の人脈、王家の諜報機関『ホークネイル』等を駆使して掻き集めた物だった。




「さて・・・」


 観念した貴族至上主義者達を見て公王は言葉を繋ぐ。


「以上の件については皆にも理解して貰えたと思う。・・・これは余の不徳の致すところで在り、余の施策に共感して日々貴族の務めに励んでくれていた皆に対しては申し訳無いと思う。そして・・・」


 レオナルドは眼前にて首を垂れる貴族至上主義者達を見据えた。


「この者達が治める地の民達に対しても余は手酷い裏切りをしていた事になる。」


「陛下・・・」


 貴族達は無念を交えた声を絞り出す。




「故に余は何としてもこの件に憂いを残す事無く解決する事を誓う。貴公等にも協力して貰いたい。」


「陛下の御心のままに。」


 貴族達は最上礼を以て公王の言葉に応える。




「では、仕上げるとしようか・・・」




 宮廷に蔓延る最大最悪の害虫を駆除する為に公王レオナルドは最後の書類を手に取った。









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