33話 馬車の中で
倒れたルーシーは意識を取り戻さなかった。
その貌は蒼白で、大量の冷や汗が全身を濡らしている。息は浅く荒い。
「どうしよう、シオン。急にルーシーが・・・」
セシリーの声を横に聞きながらシオンはルーシーの症状をあらかた診終えると、そのままルーシーを両腕で抱き抱えた。
「セシリー、直ぐに此所を出るぞ。済まないが先導を頼む。」
「解った。」
セシリーはそう言うと短杖を前に翳した。
『蒼き月と白き面の名に於いて標をもたらせ・・・ムーンライト』
短杖から強い光が漏れ始める。
「行こう。」
セシリーの言葉にシオンは頷いた。
先程から神殿全体が小刻みに震えているのが気になる。
「セシリー、急ごう。崩れるかも知れない。」
「ええ。」
セシリーも気付いているのか素直に頷く。
長い地下階段を登り切ったところで、何かの気配を感じる。
「気を付けろ、セシリー。何か居るぞ。」
セシリーは無言で光りの魔法を消すと、魔法の詠唱に入った。
『蒼き月と白夜の王の名に於いて彼の者を穿つ楔となれ・・・ソーサリー=ストーム』
地下で使った魔力の奔流が狭い通路一杯に広がって打ち抜かれる。
「!」
声にならない悲鳴が聞こえる。
魔力の奔流が消え去ると6体ほどの人型の何かの死骸が転がっていた。
「・・・邪魔なのよ。」
セシリーは怒りを噛み殺す様に言い捨てると、また光りの魔法を灯して歩き始める。
「・・・」
シオンはセシリーの迫力に無言で付いていく。
『怖いな』
などとは思っても決して口にはしない。
神殿の外は完全に夜だった。本来ならば動くべきでは無い。しかしルーシーの容態が判らない以上、今は少しでも早くマリーに会いたかった。
後続の制圧隊にはマリーが居るはずなのだ。今、彼らはどの辺りに居るのか。
「セシリー、このまま進んでも良いか?」
「勿論よ。休むと言っても反対するからね。」
振り返る事なく前を歩き続けるセシリーの背中を見ながらシオンは彼女の思わぬ逞しさを頼もしく思う。
随分と歩いた。途中、獣の気配もしたがシオンが松明を気配のする場所へ投げつけると気配はスッと居なくなった。
と、前から夜の丘陵地にしては騒がしい馬蹄が複数聞こえてきた。だいぶ遠いが大量の明かりも見える。
セシリーはクエストの魔法を使い前方の集団を確認するとシオンに告げた。
「殿下達の制圧隊だわ。」
「シオン、無事だったか。」
合流するとアスタルトが馬車から飛び降りた。
「俺とセシリーは大丈夫です。だがルーシーが・・・」
シオンが両腕に抱えられグッタリとしているルーシーを見せると
「ルーシーさん!」
と、シャルロットが駆け降りてきた。
「シオン、ルーシーさんは大丈夫なの!?」
「未だ判りません。マリーさんに早く診せたいのですが。」
「マリー殿を呼んでこい。」
シオンの言葉にアスタルトは厳しい口調で騎士に命じた。
ルーシーを馬車内に敷かれた毛布の上に寝かせていると騎馬の後ろに乗せられてマリーがやって来た。
「ルーシーの意識が無いって!?」
騎馬から降りたマリーは身じろぎ1つしないルーシーの横に屈み込むと暫く診ていた。
やがて顔を上げたマリーは騎士が持つ道具袋から幾つかの器具を取り出すと薬草と思わしき草を中に放り込む。
「シオン、火をおこして頂戴。それと水が必要だわ。」
「解った。」
「水はこちらで用意しよう。」
シオンは頷いて手早く木々を集めて火を起こす。アスタルトは騎士に命じて水を持って来させシオンの起こした火にくべさせた。
マリーはその間に幾つかの葉と根を丹念に磨り潰し始め、別の乾燥させたキノコを細かく刻み始める。やがて容器のお湯が沸くとそこへ刻んだキノコを放り込んだ。忽ち異様な臭いと共に湯が茶色に変色し始める。
皆、マリーの手際を興味深く見つめていたが臭いに思わず顔を顰めた。
マリーは容器を火から離すと磨り潰した薬草を容器に入れる。
更に強烈な臭いが辺りに充満する。
マリーはその容器を目の前に置くと手を翳した。
『無辜の骨に座します風衣の主よ。捧げられし贄に祝福を与え給う。』
するとマリーの手から光りが溢れ、容器の薬草を包み込んだ。
「・・・」
思わず覗き込んだマリー以外の全員を更に凶悪になった悪臭が襲いかかり皆が仰け反った。
マリーはその容器の薬湯を小さな器に少し移すと、ルーシーの口を開けゆっくりと薬湯を流し込む。
ルーシーが嚥下するのを確認すると、マリーは暫くルーシーを見守った。ルーシーが苦しげに呻き声を上げ始める。
「よし。だいぶ引っ張り上げられたね。」
マリーは息を吐くと、紙と墨の入った容器とペンを袋から取り出して幾つかの単語を書き殴るとアスタルトに手渡した。
「殿下、コレをカンナさんに届けて貰えないでしょうか?」
「解った。」
アスタルトは騎士に早馬を使う様に指示を出すと手紙を預ける。そのままアスタルトは騎士団長のゼネテスを呼び寄せると10騎を残して残りの制圧隊で神殿の制圧に向かうように命じた。
「では、城に戻ろう。急いだ方が良さそうだ。」
「・・・シオン、セシリーさん、何があったか話して頂戴。」
「解った。」
馬車にはシオン、ルーシーを抱いたマリー、セシリー、アスタルトが乗っていた。シャルロットとエリスはもう1台の馬車に乗っている。
シオンとセシリーは起こった事や感じた事をそのままに語った。
「・・・『呑まれる』ってルーシーは言ったのね?」
「ああ。」
マリーは何かを思案しているようだった。
「マリーさん?」
「・・・回復師に多いんだけど、ある種の人間には『闇』を強く感じ取れることがあるのよ。」
「闇を?」
「私もソレを闇と呼んで良いのか解らない。でも良くないモノである事は確かだわ。」
「ソレを感じ取った場合、どのような影響が出るのだろうか?」
アスタルトが尋ねるとマリーは浮かない表情になる。
「大抵は人との交流を断ち隠遁生活を送り始めたりします。ただ酷い場合は狂ってしまったり、最悪は死んでしまう事もあります。」
「!」
全員の表情を見てマリーは首を振った。
「ルーシーは大丈夫。何とか心を引っ張り上げたから。」
「そうか。」
息を吐くシオンにマリーは尋ねた。
「その辺の話はカンナさんの方が詳しいんじゃ無いかい?」
「・・・そうかも知れないね。戻ったら訊いてみよう。」
今ではだいぶ落ち着いた表情で眠るルーシーを見ながらシオンは頷いた。
「それにしてもセシリーは結構な種類の魔法が使えるんだな。」
シオンが話題を変えてセシリーに話を振ると彼女は照れ臭そうに笑う。
「シオンにそう思って貰えるなら自信がつくわ。ミレイさんにね冒険で役立つ魔法を色々と教えて貰ったの。光の魔法や解魔の魔法は覚えておいて損はないって。他にも幾つか教えて貰ったわ。」
「それは良いな。それにあれだけの回数を熟せる魔力量も大したものだった。」
「そっちも鍛えてるしね。魔力も体力と同じで限界まで魔法を使っているとその総量は増えていくんですって。今日だって実はまだ余力はあるのよ。」
「へぇ・・・」
シオンは感心した。
この華奢な身体の少女の何処にそんな魔力が入っているのか。不思議に思う。
「魔力と言えば・・・」
マリーが気付いたように言う。
「ルーシーの魔力がスッカスカ何だけど、そんなに何度も回復魔法を使ったの?この子も相当な魔力量が有るんだけどな。」
「来るときに何度か『キュアエナジー』って魔法を使ってくれてたけど・・・それかな?」
「いや、あれは大した魔力は使わない。それこそルーシーなら2~30回は平気で使えるよ。」
「じゃあ、あれかな。あの化け物を斃してくれた『セイクリッドオウガ』って魔法じゃないかな?何だか凄い魔法だったし・・・それに・・・」
セシリーはあの時のルーシーの姿を思い出す。
「それに?」
「あ、いや、何でも無い。」
セシリーはシオンに首を振って見せる。多分、シオンは立ち位置の関係上、あの時のルーシーは見えていない。だったら話すにしても確認してからの方が良い。
「セイクリッドオウガ・・・」
マリーは呟いた。
「マリーさん?」
「其れは回復師の魔法じゃないね。」
「え?」
シオンとセシリーはマリーを見つめた。
「頭にセイクリッドを冠する魔法は神仙術って呼ばれるとんでもなく膨大な魔力を消費する魔法だ。ケイオスマジックの1つらしいけど・・・何でそんなモノを使えるんだろう?」
「ケイオスマジックだと?」
アスタルトが低く呟いた。
その声にセシリーがビクリと震え無意識にルーシーに寄る。
アスタルトにしたら、邪教徒の使うケイオスマジックが父王と妹姫を実際に狙ったのだ。その名を聞けば心中穏やかではいられないだろう。
が、マリーは落ち着いた声でアスタルトを宥める。
「殿下、落ち着いて下さい。ケイオスマジックとは混沌期に使われていたとされる魔法の総称を便宜上そう呼ぶだけです。ルーシーが使ったセイクリッドの魔法は、当時の混沌期に満ちていたとされる災厄を振り払う為に『天央12神』が使ったと言われている破邪の魔法で、どちらかと言えば我々にとっては救いの側の魔法です。警戒なさる必要は無いかと。」
「・・・そうか、いや失礼した。」
アスタルトはマリーの説明に肩の力を抜いた。
「・・・兎も角、ルーシーは神仙術を使った為に魔力切れを起こし、その無抵抗状態で『像』の悪意か何かに晒されてしまったという訳だね。大体は掴んだよ。」
マリーは頷く。
「まあ、後はカンナ殿に会ってから考えるとしよう。」
アスタルトは話を締めた。
凡そ4日ぶりにセルディナに戻ったシオン達はアスタルトの了承を得てギルドに立ち寄った。
そして訳も解らずに引っ張り出されたウェストンとミレイはギルド所有の10人乗り用の大型馬車に詰め込まれた。そして其所にアスタルトとシャルロット、エリスを見て目を剝く事になる。
「な・・・何故、殿下方が・・・」
「すまんなギルドマスター殿に受付嬢殿。これから王宮にて会議を行う予定なのだが、其方達にも参加して貰いたくてな。」
「わ・・・私達がですか?」
絶句するウェストンとミレイにシオンとマリーが説明を始める。
「大体の話は分かりました、殿下。」
「恐らく、公国全体を防衛するには公国内の全てのギルドの協力も必要になるだろう。その為にも先ずは話に参加して判断して貰う必要もある。その上で協力が得られるのならば報酬の話も詰めねばならん。」
「畏まりました。ただ、我々の様な者が王宮に立ち入るのは他の貴族の方々は黙っていらっしゃらないのでは?」
「黙らせる。」
アスタルトは一言で切って捨てた。
「王宮では既に陛下やアインズロード伯、カンナ殿が我等の到着を待っていよう。そこで今後の動きも決まるだろう。」
やがて前方に王城が見えてきた。シオン達の持ち帰る情報からカンナはどんな判断を下すのか。




