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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 邪教徒
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32話 グゼ神殿



 周囲の木々の幹は見た事の無い様なうねりを見せ枝葉は見るも不快な突起に包まれており、その不気味な風貌に近寄る事さえ躊躇われる。


鬱蒼とした樹林に生え繁る奇怪な木立の一角、その更に昏い影の立ち籠める暗がりの奥に其の神殿は鎮座して居た。




「ここがグゼ神殿か。」


 シオンは呟いた。カンナの話から察するに数百年前から建立している事になるが。


 巨石を組み上げられて造られた外壁の下部は細木の幹の如く太くなったツタが壁を這い伝いビッシリと覆われている。神殿に続く敷石は苔に覆われており、半壊している門の奥からは鼻を突く様な強烈な腐臭が漂ってきていた。


 誰が何の目的で建てたのかはカンナも語らなかった。知らなかったのか、知っていて語らなかったのか。


 だが、明らかに通常の神殿では無い。




「ルーシー、大丈夫!?」


 セシリーの声にシオンは2人を振り返った。


セシリーがルーシーの肩を揺さぶりながら声を掛けている。そのルーシーは表情を引き攣らせており、貌は蒼白になっていた。


 ただ事では無い。


「ルーシー、どうした!」


 シオンが近寄るとルーシーは虚ろに成り掛けた瞳でシオンを見上げる。


「シオン・・・。駄目だよ、ここは・・・きっと呑まれる・・・」


「呑まれる?何にだ?」


「判らない、昏い何か・・・。」


「・・・。」




 シオンは迷う。


――どうする?


 ルーシーを連れて行くのは危険だ。セシリーには祭壇の奥にあるという魔法仕掛けの扉を開けて貰ったらルーシーと一緒に此処に残って貰うしか無い。しかし、その後も魔法の援護無しで進めるものかどうか・・・


『行くだけ行ってみるしか無いか。無理ならすぐに引き返す。』


 シオンは決断した。


「よし、ルーシーは此所に残れ。セシリーも奥の扉を開けたら此所に残ってくれ。俺が見てくる。」


 セシリーは頷いて良いものかどうか迷った。


 するとルーシーは恐怖を祓うかの様に首を強く振るとシオンを見た。


「ごめんなさい、大丈夫。行きましょう。」


 シオンとセシリーは顔を見合わせる。


「本当に大丈夫?」


 セシリーの心配気な表情にルーシーは頷いた。


「うん、ごめんさい。大丈夫。突然、不快な力を浴びて焦ってしまっただけだから。」


 セシリーに答えるとルーシーはシオンを再度見た。


「・・・良し、行こう。」


 シオンは彼女の双眸を見て大丈夫だと思った。




 それからシオンは周囲から枯れ木を集めてきた。それをツタで縛ると油脂を塗り火を点けて神殿内に放り込む。


「何をしているの?」


「ガスと獣の有無を調べている。直ぐに消えたり、おかしな燃え方をしている場合は有毒なガスの存在を疑う。それとは別に獣は火に反応するから気配が起こる。」


 セシリーの問いにシオンは火を見ながら答えた。


「初見の洞窟や閉ざされた空間に入る時はこの方法での確認が手っ取り早いんだ。」


 やがて火は燃え尽きた。


「問題は無さそうだな。行こう。」


 シオンが言うとルーシーが


「魔法を使います。2人とも近寄って。」


 と2人を招き寄せた。そして詠唱を始める。


『灰に座せし偽りの羊よ。奏でられし羽音を纏いて安らぎの豊穣を齎せ・・・セイクリッドオーラ』


 ルーシーの魔法と共に3人の身体に薄い黄金の膜が張られた。


「これは?」


「聖なる光の加護だよ。奈落の・・・闇の力の浸食から、ある程度は身を守ってくれると思う。」




 松明を手に、壊れた門をくぐり抜けて神殿の中に入ると腐臭が更に強まった。


「本当に何の臭いなのよ・・・」


 セシリーは顔を顰める。


 薄暗い聖堂の奥にはカンナの言った通りに祭壇が置いてあり、その奥の壁面には何かの戦いを象ったような絵図が彫られていた。


「多分・・・これだね。」


 セシリーはそう呟いて絵に触れた。


「いい?」


 シオンとルーシーが頷く。


『蒼き月と深き言の葉に於いて揺蕩いし者達に標を与えよ・・・アンラベル』


 セシリーの両手から蒼い光が溢れ壁面を覆っていく。




「?」


「何も起きない?」


 シオンとルーシーが首を傾げた時、壁面の絵が音も無くスッと消えた。その先には暗い通路が続いている。


「幻術だったのか?」


「幻術の一種だけど魔法が解かれるまでは『其所に在った物』よ。魔術の考え方の1つで『無から有を生み出す魔法』の典型。魔法で生み出した金塊を商人に見せて高価な商品を騙し取る、なんて小話の元になった魔法よ。」


 セシリーは通路の奥を見ながら説明する。




 通路の奥は下に続く長い階段になっていた。


下れば下るほど臭気はどんどん濃さを増している。踏みしめる石畳の階段には何か液体でも纏わり付いているのか粘り気のあるネチャリと不快な音が鳴り始めている。


「・・・」


 ルーシーとセシリーは互いに手を繋いでシオンの後に付いていく。




 どれ程の時間が経過したのか、やがて3人は階段を下りきった。


「この先に大聖堂があるとカンナは言っていたな。」


「そうだね。」


 セシリーが布で顔の下半分を覆いながら頷く。腐臭はもはや我慢の限界近くまで強烈に濃く漂っている。




 通路は広く天井も高い。松明に照らし出して見ると細かな彫り物が左右の壁面全体に刻まれている。


やはり、上の祭壇では無く地下が本殿となるようだった。


 そしてその通路の奥には損壊した大扉と大聖堂が広がっていた。




 ――広い。大聖堂はとてつも無く広かった。入り口から目を凝らしても左右奥ともに壁が見えない。暗闇が視界を遮っているせいなのは勿論なのだが、それにしてもペールストーンの丘特産のヒカリゴケの光があるのだからかなりの距離まで見渡せる筈なのだが。


「ちょっと調べて見るわ。」


 セシリーはそう言うと2人を下がらせて詠唱を始める。


『蒼き月と真なる真名に於いて我が手は潜みし深淵を掴むものなり・・・クエスト』


 彼女の全身から魔力が溢れ出し彼女の意識と共に周囲に拡散していく。


『クエストを習得したのか。』


 シオンはセシリーに感嘆の目を向ける。


 確かに以前に彼女の前でクエストが出来ればEランク冒険者に匹敵すると言った事はあったが、この短期間で習得するとは思わなかった。




「ふう。」


 セシリーの身体から息を吐く声が発せられる。


「セシリー、クエストを習得したんだな。驚いたよ。」


「ええ。以前にシオンが言っていたから。」


 セシリーは照れ臭そうにシオンを見て笑って見せる。


「そうか。それで中の様子はどうだった?」


「私の意識にも感覚にも引っ掛かるものは無かったわ。多分、何も居ないし罠も無いと思う。ただ、1番奥の部分だけは影が掛っていて見えなかった。」


「そうか・・・」


 シオンは中を見据えた。自分の感覚に引っ掛かるものは無い。


「進んでみよう。」




 大聖堂の広さは想像を絶した。一体、何人の人間を収容出来るのだろうか?1000人単位でも問題無く集められそうな空間を3人はゆっくりと歩いて行く。




 シオンは歩きながら強烈な既視感を感じていた。この空間には何時か何所かで来たことがある。何所だったか。


 ――圧倒的な悪意と闇しか感じない広い場所。・・・そうだ。夢の中だ。公王を守り戦った後に倒れた時に見た夢がこの場所だ。


 シオンは急速に認識した。


『だとしたら、この奥に在るのは・・・』




 突如、巻き上がった黒い霧に3人は飛び退いた。


「なんだ!?」


「瘴気の塊!強い悪意を感じる!」


 ルーシーが短く叫んだ。


 シオンは妖刀残月を引き抜くと松明を片手に距離を詰めながら叫ぶ。


「魔法の援護を!」


 セシリーが詠唱に入った。


『蒼き月と白夜の王の名に於いて彼の者を穿つ楔となれ・・・ソーサリー=ストーム』


 ミレイから教わったセシリーの使える1番威力の高い魔法が彼女の両手から放たれた。


青白い光の奔流が黒い瘴気に激突し貫通した。


 瘴気の塊は一瞬動きを止めて、収縮と拡散を繰り返す。そして、次第にそれは形を整えた。




 泥を無作為に盛り付けた様な巨体に無数の触手を生やし、複数の目玉らしき物がこちらを見ている。


「何なのよ、こいつ!」


 不安からセシリーが叫ぶ。


 その声に反応したのか化け物の触手が急速に伸びてセシリーに伸びた。


「避けろ!」


 シオンの声にセシリーは咄嗟に前の地面に伏せて触手をやり過ごす。触手はそのまま地面に激突して石畳を叩き割った。


「・・・なんて威力よ。」


 セシリーは急いで立ち上がるとその場を離れた。


『注意を引く』


 シオンは化け物に斬り掛かった。斬れる。ダメージが入っているのかどうかは不明だが斬った場所から瘴気の様な物が漏れ消えるのを見た。兎に角ダメージはどうあれ2人に注意を向けさせる訳にはいかない。シオンは手を休めずに何度も斬撃を繰り返し放つ。


 化け物は標的をシオンに変えて次々と触手を伸ばしてきた。敵の動きはまるで鈍る様子は無い。逆にシオンは何度か触手の直撃を受けて動けなくなってきている。


『このままではマズい・・・だが・・・』


シオンは更に迫る触手を避け潜り切り飛ばしながらルーシーを見た。


 先程からルーシーが魔力を高めているのを見ている。何かをやるつもりなのだろう。


「セシリー!ルーシーの援護を!」


 シオンの言葉にセシリーはルーシーを見て理解する。


 ルーシーの前に背を向けて立つと障壁の魔法を唱えた。


 ルーシーの魔力に反応したのか何度か触手が飛んでくる。が、障壁がその攻撃を弾く。その度にセシリーは障壁を張り直した。




「みんな・・・退いて・・・」


 ルーシーが瞑想したまま小さく呟いた。それを聞いてセシリーはシオンに叫ぶ。


「シオン!離れて!」


 シオンは化け物から跳躍して距離を空けた。


「ルーシー、いいよ!」


 セシリーの声にルーシーが目を開いた。黄金の光がルーシーから溢れる。


「!・・・ルーシー・・・貴女・・・」


 ルーシーの貌を見てセシリーは絶句する。


『最果てに眠りし王たる妖よ。我が深淵の導きを以て昏き暗焔に一迅の光明を示せ。我が名は竜王の巫女なり・・・セイクリッドオウガ』


 ルーシーの身体から黄金の光が飛び出し、それは目にも追えぬ早さで化け物の巨体に突き刺さった。


「!」


 光は化け物の身体に入り込む。と、化け物の身体から光りが溢れ出した。光はどんどん強さを増していき・・・やがて化け物諸共に消滅した。




「終わったの?」


「その様だな。」


 セシリーの呟きにシオンは剣を収めながら答えた。


「ルーシー、大丈夫か?」


 シオンはへたり込み肩で息をするルーシーに声を掛けて腕を取った。ルーシーは力無く微笑み、その腕を頼って立ち上がる。


 明らかに彼女の力量を越えるオーバースペックの魔法だった。しかし、あの魔法が無ければ撤退を余儀なくさせられていただろう。


「凄い魔法だった・・・。ルーシー、貴女は・・・。」


 セシリーの呟きは2人の耳には届かなかった。


 ルーシーが魔法の詠唱に入る前のあの貌は・・・瞳は・・・。




 セシリーは首を振ると2人の後を追った。






 祭壇が見えてくる。




 その奥に像は在った。




 像は女性の姿をしていた。ただ、その肢体の至るところに幾つもの貌が浮かび上がっていた。怒り、悲しみ、憎悪。そして本来在るべき場所に在る貌は笑っていた。


――いや嗤っていた。まるで肢体に浮かび上がった貌の表情が喜びだとでも言いたげに。そして女性は赤子を抱いていた。黒い血の涙を流す赤子を。




 圧倒的な悪意。




 余りの禍々しさに3人は声も出せなかった。




『この像だ。俺が夢で見たのは・・・この像だ。』


 シオンは確信した。その時、後ろでドサリと音がしてシオンは振り返った。




「ルーシー!」


 セシリーが気を失い倒れたルーシーに駆け寄る姿がシオンの眼に映った。




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誤字の指摘を頂きました。


早速、適用させて頂きました。


とても助かります。有り難う御座います。

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