30話 グゼ神殿へ
「グゼ神殿?」
シオンの問いにカンナは頷いた。
「そうだ。4人目の記憶の残滓にそれが出て来た。今回の件に関わりが在るかも知れない。場所は高地アインの麓辺りだ。後で詳しく教える。」
「グゼ神殿・・・聞いたことが無いな。」
ブリヤンが呟きレオナルドを見た。が、レオナルドも首を横に振った。
「カンナ殿。そのグゼ神殿とやらはどんな物なのだ?」
「グゼ神殿は混沌期の神体を祀ったものらしい。いや、4人目の伝導者の記憶ではそうなっていたが、2人目の記憶を覗いている今の私には其れも神体と言って良いのか疑わしい。」
少し思案していたアスタルトが護衛騎士の1人を呼び寄せる。近づいてきた騎士に耳打ちするとその騎士は頷いて会議室を出て行った。
「・・・兎にも角にもシオンには神殿を視てきて欲しいんだ。」
カンナの表情は付き合いの長いシオンから見ても珍しく真剣なものだった。いつも飄々としている彼女には似つかわしくない。
「分かった、行ってみよう。それで、神殿の何を見てきたら良いんだ?」
シオンの質問にカンナは「そうだな」と呟き、記憶を思い出すように瞑目しながら口を開く。
「・・・神殿に入り、聖堂の前の祭壇。その奥の壁に簡単な魔法仕掛けの扉が在る。・・・その先の長い地下階段を降りると・・・大きな聖堂が現れる。・・・其所には古びた像が祀られている。」
カンナは眼を開き、シオンを見た。
「お前に視てきて貰いたいのは其の像の姿だ。女性像であれば良し。もしそうで無かったら直ぐに戻ってこい。いいな、直ぐに戻って来るんだぞ。」
「・・・わかった。」
シオンの言葉にカンナは少し心配気な表情を見せる。
「私から言って置いて何だが、呉々も深追いはしてくれるなよ。」
頷くシオンからカンナは視線をルーシーとセシリーに移した。
「今回は魔術師の力が必要になる。本来ならば私が一緒に行くんだが私は残りの記憶を辿ってしまいたい。だからお前達にはシオンに付いていって貰いたい。下手に冒険者を雇うより信頼が置ける。」
「はい、行きます。」
ルーシーが即答した。
セシリーはブリヤンの顔を見る。
どう聞いてもこの旅には緊張感が付き纏いそうだ。其所に自分が行く事を父がどう判断するか。案の定、ブリヤンの表情は芳しく無い。が、ブリヤンは頷いた。
「言って来なさい、セシリー。これはこの国の命運に関わる大事とも言える。精一杯、やりなさい。」
「はい、お父様。有り難う御座います。」
セシリーはブリヤンに頭を下げた。
「カンナ嬢に尋ねたいのだが。」
アスタルトが口を開いた。
「何かな?」
「その神殿、今回の件に関わりが在ると言うのなら、既に邪教徒達に占拠されているという可能性は無いのかな?」
その指摘にカンナはハッとなる。
「そう言われれば、その可能性はあるな。」
そのままノームの少女は思案する。やがてシオンを見た。
「シオンよ。もし邪教の使徒が占拠している様ならば引き返して来い。対策を練り直す。いずれにしても像の確認は必要だ。」
「待たれよ、カンナ嬢。」
アスタルトはカンナの言葉を止めてレオナルドを見た。
「父上、カンナ嬢の話では事は急ぐ模様。しかも神殿の確認は必須であるとの事。ならば、今すぐに制圧隊の編成を騎士団、兵士団、魔術院から行い後発で現地に向かわせる策もあるかと。占拠されて居なければそのまま制圧。占拠されて居れば現地近くでシオン達と合流し包囲殲滅も可能かと。」
「ふむ、いずれにせよ無駄足にはならんか。良かろう、編成は任せる。指揮はアスタルト、お前が取れ。」
レオナルドが命を下すとアスタルトは狙い通りとばかりにニヤリと笑い
「拝命致しました。」
と一礼を施す。そしてカンナを見た。
「という事になった、カンナ嬢。後で編成についてアドバイスを頂きたい。」
カンナは呆れたように肩を竦めた。
「やれやれ、公王陛下は優れた跡取りをお持ちだな。まあアドバイスくらいなら手間は掛からんしな。お役に立たせて貰おうか。」
「助かる。それと、マリー殿。貴女も編成メンバーに入って欲しい。」
「は!?私もですか!?」
其れまで何となく話を聞いていたマリーは突然に巻き込まれて素っ頓狂な声を上げた。
アスタルトはそんな彼女に向かって頷く。
「マリー殿は優れた回復師であり高位の冒険者でもあったと聞く。是非、同行して頂きたい。」
アスタルトの言葉を聞いてマリーはブリヤンをジロリと見遣る。
ブリヤンがアスタルトに話したのは疑いようも無い。ブリヤンもマリーからスッと視線を逸らしたのが良い証拠だ。言いたい事は山ほど在るが公太子に直々に依頼をされては断れよう筈も無い。
「承りました。お請け致します。」
マリーは内心渋々と引き受けた。
「・・・お兄様。」
アスタルトの隣から声が上がる。
「どうした、シャルロット。」
上目遣いに自分を見上げる愛妹にアスタルトは優しく尋ねる。
「私もお兄様と御一緒したいです。回復師は多い方が宜しいのでしょ?私も駆け出しですが少しは使えます!」
「・・・。」
アスタルトは黙って父王を見る。
レオナルドは嘆息した。父も兄も知っていた。娘の、或いは妹のこの表情はもう止められないと。きっと城を抜け出してでも付いて来ようとするだろう。
「お前が決めよ。」
「では、シャルロット。私と一緒に行くのだ。シオンへの同行は禁じる。」
アスタルトの言葉にシャルロットの表情が輝いた。
「分かりましたわ、お兄様。きっと言いつけ通りに致します。」
「さて、これで一応は整ったかな。」
カンナはそれぞれの表情を見て独り言ちた。
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シオンはルーシーとセシリーを連れてカンナの示す場所『グゼ神殿』へと向かった。
グゼ神殿はセルディナを囲むペールストーン丘陵地帯の北東部に位置するらしく、東の大河『セントリバー』を越えて丘陵地帯の北部に位置する高地アインの近くに在った。
シオンはカーネリア王国行きのキャラバンで公路マーナユールを進み、セントリバーを越えてから丘陵地帯に踏み込む経路を策定する。2人の了解を得ると、3人はキャラバンの1台に乗り込んだ。
キャラバン用の馬車は車体が大きく馬も4頭引きの為、その巨体は圧巻だ。今回のキャラバンでは11台がカーネリア王国に向かう。12名の護衛役が紹介され、客達はそれぞれの当てがわれた馬車に乗り込んでいく。
「キャラバンなんて初めて乗ったわ。」
トルマリン色の双眸を輝かせながら、広い車内を見回してセシリーは溜息を吐いた。
「ふふ。セシリーは乗る機会なんて無かったでしょうしね。」
「まあね。あ、荷物はどうすればいいの?」
「抱えるか、足下に置くのよ。」
「わかったわ。」
セシリーはウキウキと幌の入り口の隣に腰を下ろした。
ここからだと幌の開いた部分から外の景色を眺めるのに大きく視界がとれる。
気分上々のセシリーとは反対にシオンのテンションはかなり低い。
「シオン大丈夫?元気が無いわ。」
ルーシーの心配気な声にシオンは頷いた。
「ああ・・。少し寝不足でね。ちょっと寝るから何かあったら起こしてくれないか?」
「分かりました。ゆっくり休んでね。」
「済まない。」
ルーシーが返すとシオンは直ぐに寝息を立て始める。
「珍しいわね。シオンが人前であっさり寝ちゃう様な無防備な事をするなんて。」
寝息を立てるシオンを眺めながらセシリーは呟くとルーシーが答える。
「夕べ、カンナさんと何かしていたみたいだから疲れているんじゃ無いかしら。」
「ふーん・・・。何かって、何かしらね。」
「?」
「シオンとカンナさんの関係って何か妖しいのよね。」
「セシリー!」
ルーシーが頬を赤らめて思わず大声を出した。
その声に同乗者達の視線が集まる。
「ほらほら、ルーシー。他の人達に迷惑よ。」
ルーシーは慌てて相乗りの人々に頭を下げるとセシリーを軽く睨む。
「もう、変な事を言わないで。そんな事、ある筈ないでしょ。」
「そうかなあ。」
「そうだよ。」
怪しむセシリーをルーシーは強引に押し切る。
まあいいか、とセシリーは視線を外に向ける。それに合わせてルーシーも外の景色を眺めた。
陽は出ているが今日は少し涼気が強めで空気が清々しく感じられる。公都からはもう随分と離れたようだ。
車内の雑然としたざわめきと、馬の蹄が大地を踏む音が耳に心地良い。清涼感漂う朝の景色はルーシーの心を綺麗に洗い流してくれる。
『もう少しだけ、この人達と一緒に居たい』
それが叶わぬ願いであっても、彼女はそう希望せずには居られなかった。
「そう言えば、ルーシーとシオンってこのキャラバンで出会ったんでしょ?」
セシリーの問い掛けにルーシーの意識は思いの淵から浮かび上がった。
「え?・・・ああ、うん。そうよ。」
「へぇ、どんな感じだったの?」
セシリーは興味津々と言った表情でルーシーににじり寄る。
「どんな感じって言われても・・・。」
ルーシーの記憶が3ヶ月前に遡っていく。
「・・・えっと、最初、シオンは乗り合わせていた行商さんと話をしていたわ。なんかナル芋とかいう物を貰ってた。で、色々とシオンが冒険の話をしていて、乗り合わせた人達みんなが其れを聴いていた感じかな。私も何か話しやすそうな人だなと思って少しずつ話すようになったわ。」
「へー、かっこいい人だなって思った?」
「もうっ」
セシリーがおちょくるとルーシーは怒った振りをする。
「そんなんじゃ無いわ。でも・・・そうね、セルディナまで後1日ってところでコボルトの集団に捕まってね。30匹くらいに囲まれて護衛の人達もお客さんもみんなが凄く緊張した場面があったわ。」
「え、30匹?大群じゃないの。」
「うん。で、その時にシオンが護衛の人達に協力を申し出てね。あっという間に作戦を立てて裏に回り込もうとしていたコボルト達を炙り出して追い払っちゃったの。それで何も無かったかの様に馬車に戻って着たのよ。」
「へぇ・・・流石だね。」
「・・・その時・・・まあ、思ったよ。かっこいいなって。」
ルーシーは視線を隣で眠るシオンに移しながら呟いた。
セシリーも視線をシオンに合わせて呟く。
「こうやって寝ていると私達と同じように見えるんだけどね。」
「起きてる時は大人顔負けだもんね。」
2人はハッとなるとお互いに顔を見合わせて頬を朱に染めると視線を逸らした。
セントリバーまではまだ遠い。




