28話 シオンの昔語り
「私の故郷はこのカーネリア大陸の西に在るロランテスラ大陸の北方に在った国『サリマ=テルマ王国』になります。」
「サリマ=テルマ・・・。」
ブリヤンが復唱する。
「・・・知っている。5年前に内乱で亡んだ国だ。」
シオンは頷いた。
「その通りです。私は彼の国に於いて貴族であったリアノエル伯爵家の長子になります。」
「なんと、伯爵家の長子で在られたか。」
「既に無くなった国の貴族に意味など御座いません。それに、今の私はシオン=リオネイル、ただの一介の冒険者に過ぎません。」
シオンはそう言うと話を戻した。
「サリマ=テルマは北方の広大な針葉樹林に囲まれた国で、冬は深い雪に閉ざされる国でした。林業や牧畜が行われ、近くの山脈から採れる鉱物資源も豊富な国でした。また、北方の交通の要所でも在り、人と文化の交流も盛んな地でした。」
「セルディナに良く似てるわね。」
セシリーの呟きにシオンは頷く。
「ええ、私がこの地に留まったのも故郷と雰囲気が良く似ていたからです。」
シオンの口調にセシリーは微妙な貌になり、ルーシーは怪訝そうな表情でシオンを見る。
ブリヤンはその様子を見て内心で苦笑した。愛娘の心境を正確に察しているのだ。が、表面上は真剣な面持ちでシオンを促す。
「それで、内乱で滅びたと言う噂は本当なのかね?」
「はい。」
シオンは頷き、そのまま言葉を紡ぐ。
「・・・仕組まれたものであったのかも知れませんが。」
「仕組まれた?」
「確信が在るわけでは御座いません。しかし、滅亡する数年前から物騒な噂話が王都に広がっておりました。『災厄が混沌をもたらし滅びが世界を救う』と語り広める者達がいると。誰が言い出したかは不明でした。ですがその頃から宮廷内では派閥争いが激化し始め王家の力が及ばなくなっていったと聞きます。王宮内では暗殺が横行し、要人の行方不明者が続出したとか。」
シオンはテーブルに置かれた紅茶を口にすると一息吐いて話を続けた。
「・・・市街でも拐かしの数が増加し、不治の疫病が流行し始めました。王都全体が得体の知れぬ不安に包まれていったそうです。私はその頃10歳で社交会に顔を出す年齢でも無かったので王都に近付くことが無く難を逃れて居りましたが、両親はそうも行かずに疫病の犠牲となりました。」
シオンはそこで言葉を切った。
吹き出す無念を必死に押さえている様子を3人は言葉も無く見守った。
「・・・失礼しました。」
やがてシオンは気を取り直すと話を再開させる。
「そして、私は10歳で当主の座に就き領地を治める立場になりました。部下の補佐を受け必死に統治学を学びながら実践に努めましたが、不安定な領内の情勢は未熟者の統治など受け付ける筈も無く、次第に領地は痩せ細り領民も領外へ去る有様でした。」
「無理も無い話だ。そんな状況では私でも統治は覚束ないだろう。ましてや10歳の少年では・・・寧ろ良く逃げ出さずに堪えたと言うべきだ。」
ブリヤンは気の毒そうにシオンを見る。シオンは苦笑して頭を下げる。
「有り難う御座います。ですが自分の意志に基づいて堪えたと言う訳では在りません。苦境に於いて1番不幸なのは統治者に従うしか無い領民です。そんな彼らに対してその様な甘えは許されない。その思いが私を逃げ出さずに踏み留まらせてくれていただけです。信念が有ったわけでは無い。」
『有事には必ず自分が領民を守る』・・・領民の盾であり剣である貴族に生まれた事を誇りに思っていたシオンにしてみれば、当時の己の無力さは苦々しく弱い自分が許せなかった。
「・・・そうやって不安定な情勢のまま1年余りが過ぎていき・・・当時の貴族至上主義派と呼ばれた貴族達の手に依ってクーデターが起こりました。そしてクーデターは成功する。が、そこからが異常でした。勝利した彼らは戦いの手を緩める事無く、王族は勿論、降伏した者も無抵抗の者も一人残らず虐殺し始めたのです。そして、1度は抵抗を諦めた者達も再び武器を取り死兵となって戦い始めました。」
「・・・狂っている。」
「はい、狂気の沙汰です。そしてその狂気は各貴族が治める領地にも襲いかかり、我が領地もその波に呑まれました。私も武器を手に戦いましたが敵は人とも思えぬ狂人達で力及びませんでした。私を支えてくれた部下も領民達も大勢の人々が亡くなりました。・・・やがて狂った貴族至上主義派達は次々と原因不明の突然死を迎え死に絶えました。民も生き残った者達は国を捨てる事になり・・・そしてサリマ=テルマ王国は滅亡しました。」
そこまで話したシオンの表情は明らかに青冷めていた。
「・・・」
ルーシーはテーブルの下で無意識に彼の手を握りしめた。その温かさにシオンは我に返りルーシーに微笑むと彼女はハッとなって手を離した。
「・・・それで、『仕組まれた』と言うのは?」
ブリヤンの問いにシオンは本題に入った。
「国が滅びた後、私は王都へと向かいました。何故この様な事になったのかこの眼で見なければ気が済まなかった。」
「疫病は大丈夫だったの?」
心配気に尋ねるルーシーにシオンは苦笑して答えた。
「疫病に罹る危険は在ったけど、その時は半ば自棄になっていたからね。気にしなかった。」
「そんな・・・」
セシリーが愕然としたように呟く。
「いずれにせよ、私は人の居なくなった王都を歩き続けました。・・・そして私は至る所で不審な物を見つけた。・・・逆三角形を基調とした『紋章』の様なものです。」
「何だと!!」
ブリヤンが大声を上げ、セシリーとルーシーはギョッとなってブリヤンを見た。
「・・・お父様?」
「あ、いや、済まない。続けてくれ給え。」
ブリヤンはシオンを促した。
「当時の私には其れが何を意味するのかは解りませんでした。ただこれが王宮跡、貴族屋敷、市街を問わず至る所から発見出来る。これが何かのヒントになるのでは無いかと考え、これの意味を識る者がいればと思い世界を旅する事にしました。そして3年前に私はセルディナに流れ着いたのです。」
「・・・。」
執務室が沈黙に包まれる。16歳の少年が歩んできた過去は想像を絶した。
ブリヤンは眉間に指を当てた。
「良くも生き延びて来られたものだ・・・。」
『彼の16歳とは思えない隙の無さも納得出来る。大人を凌駕しなければ生きて来れなかったのだろうから、こうもなろう。』
シオンは年齢から考えても文武に優れているが、それ以上に胆力と判断力が桁違いだった。それは良く言えば豪胆、悪く言えば可愛げが無いという事になる。
だが、彼の人生の中に『可愛げ』などと言う甘いものが有った場合、彼は其れに絡め取られて生きてはいなかっただろう。今シオンがセルディナに居るのは、生きている事自体が奇跡とも言える様な生存率の低い苛烈な人生を繰々り抜けて来た末の結果である事は想像に難くない。
『しかし・・・』
とブリヤンは思う。
「しかし君があの紋章に、そんなにも早く出会っていたのなら何故、陛下襲撃の後にでも教えてくれなかったのかね?・・・ああ、いや、責めているわけでは無い。君の事だから何か理由が在ったのだろうと思ってな。」
シオンは頷いた。
「はい。以前に閣下が見せて下さった紋章と私の知る紋章の形が、若干違っているのです。ここで見た紋章は蛇の眼に相当すると思われる部分が2つ、それに対して私が知る物は8つ。デティールも所々が違います。」
「別物という事か?」
「解りません。今の段階では何とも言いようが無かった為お話致しませんでした。」
「成る程、解った。」
ブリヤンはソファの背もたれに身を預ける。
「だが、サリマ=テルマ王国は人口100万人を超えるミリオン=キングダムだった筈。よくもクーデターなど成功させたものよ。暗躍した者が居たとして、それがもしオディス教徒だとしたら・・・今、似たような状況になるかも知れないこのセルディナは公国最大の危機を迎えている事になる。」
「はい。」
シオンが頷くと、セシリーは決意を込めた声を絞り出した。
「・・・お父様、私も・・・。」
「駄目だと何度も話した筈だろう。」
「でも・・・!」
セシリーは尚も言い募ろうとしたが、口を閉じ悔しそうに俯いた。
「セシリー?」
親友の急な変化にルーシーが声を掛ける。
「どうしたの?」
「・・・。」
俯いたままのセシリーと渋い貌のブリヤンに2人は眼を見合わせる。
シオンの視線を受けて、ブリヤンが口を開いた。
「セシリーが冒険者ギルドに登録したいと言い出したんだ。」
「・・・それは・・・。」
シオンは二の句が接げなかった。
セシリーは伯爵令嬢でその父はこの国の重鎮である。
ギルドとてセシリーが登録を希望しに行けば戸惑うだろう。ウェストンが慌てふためいてブリヤンの執務室の扉を叩きに来るハメになるのは間違いない。
セシリーの身分を考えれば、アカデミーへの入学とて本来ならば異常事態と言えるのだ。だが、発案者がブリヤンという事もあり宣伝を兼ねての入学だと言えば解らない話では無い。
しかし、ギルド登録はあり得ない。
「セシリー様、冒険者登録は危険だと私も思います。」
「やめて。」
「え?」
「その口調は止めて!」
セシリーは感情的に叫んだ。
困った表情のシオンにブリヤンが苦笑する。
「シオン君、構わない。今、ここに居るのは父と娘とその友人達だ。普段の口調で頼む。」
「・・・解りました。」
シオンは了承すると、改めて俯いたままのセシリーを見た。
「セシリー、君は冒険者が厳しい職業である事は、合同演習や今日の戦いで少しは理解してくれていると思ってる。怖さも感じてくれた筈だ。・・・そして君が安易に命を危険に晒してはいけない立場である事も。」
「・・・解ってるわ。」
「だがアインズロード伯爵領の現状を考えれば、何の危機感も感じられない箱入り娘にする訳にもいかない。今日、お父君が俺にセシリーにも手伝わせるようにと仰られたのは、多分、俺が近くに居れば大きな危険には発展しないとの考えから出てきた苦肉の言葉なのだと俺は思っている。」
「・・・。」
俯いたままのセシリーにルーシーが言葉を掛けた。
「・・・それは判ってるよね。セシリーは・・・。でも、我慢できない事もあるよね。」
「!」
セシリーは顔を上げて優しく微笑むルーシーを見た。
「セシリーはさ、自分だけ何も変わらない環境に居るのが嫌なのよね。お父様は王宮で大変な思いをしていらっしゃって、お兄様は領地で頑張っていらっしゃる。シオンも私もアカデミーに来ないで違う事を始めている。自分だけが取り残されてると思えば自分も殻を破りたいと思うのは当たり前だもん。」
「ルーシー・・・」
「セシリーはとても強くて優しい人だわ。色々な才能にも溢れている。前に貴女が教えてくれた・・・ノブレス=オブリッジだっけ?身分ある者には果たすべき義務がある・・・あの話をしてくれたセシリーの貌はとても綺麗だったわ。セシリーはそれがしたいのよね。」
セシリーの双眸から涙が溢れ出す。
「・・・うん。」
「・・・。」
男2人は少女達のやり取りを声も無く見守った。やがてブリヤンは目を閉じてシオンの名を呼んだ。
「・・・シオン君。」
「はい。」
愛娘が旅立つか・・・。
「シャルロット殿下の護衛にセシリーを加えたい。・・・面倒を見てやって欲しい。」
「・・・承りました。」
セシリーは急に理解を示した父の言葉に驚いて顔をブリヤンに向け、次いで涙に濡れた瞳を拭いもせずに嬉しそうに笑った。
「お父様・・・有り難う御座います。」
「冒険者登録は認められん。だが、これよりお前は一人前の大人だ。自らの生死には自分で責任を持ちなさい。」
「はい、お父様。」
ブリヤンは少し寂しそうに笑った。そしてルーシーを見る。
「ルーシー君。」
「あ、はい。」
「セシリーを思う気持ちが父として嬉しかった。有り難う。」
「と、とんでもないです。」
ブリヤンに頭を下げられてルーシーは顔を赤らめながら首を振った。
「いいえ、本当に嬉しかったわ。ルーシー、有り難う。貴女と友達になれて本当に良かった。」
「セシリー・・・私もだよ。」
2人は微笑んだ。
「・・・それとだ、ルーシー君。君にも殿下の護衛に入って貰いたい。マリー殿に声を掛けたら君が適任だと言われた。」
「え、私もですか?」
「ああ、シオン君を中心に2人で彼の護衛任務を助けてやって欲しい。」
『ああ・・・また、何か勝手に話が進んでいるな』
シオンは遠い眼でそう思った。
7/15 誤字報告を頂き有り難う御座いました。早速、適用させて頂きました。




