26話 お忍び 2
セシリーの案内で4人は魔術棟に向かった。魔術棟にはシオンも足を踏み入れた事が無いため興味が湧く。
入り口にセシリーが立つと彼女の学園指定のローブが光を纏い、それを確認したかの様に扉が勝手に開き始める。
棟の中はマリーの店と同じ様な匂いが充満していた。窓明かりが無いせいか若干薄暗く感じる。通路に下がるランタンは燃やされた炎の明かりでは無く光る綿毛のような物だった。
「あれはヒカリゴケか?」
「そうよ、ペールストーンの丘で採れるヒカリゴケを採集したものよ。この辺りのヒカリゴケは他大陸で採れる物の100倍以上の光を出す上に、温度と水にさえ気を付けていれば何百年も生きるから便利なのよ。」
シオンはランタンから零れる青白い光を見上げながら疑問を口にする。
「何で市場に出回らないんだ?仕入れが只同然でこれ程明るいなら商品化されていても良いだろうに。」
その言葉にセシリーは首を横に振る。
「管理が難しいのよ。水はともかく温度の確保は簡単な事では無いから。売りに出しても需要は乏しいのよ。」
「需給が成り立たないって事か。」
「そう言う事。」
2人の会話を聞いていたシャルロットが会話に入ってくる。
「ねえシオン。貴方、やっぱり何処かの貴族でしょ。」
「・・・殿下。」
シオンは困った様にシャルロットを見た。そして、セシリーの強い視線にも気が付く。
『そう言えば彼女にも以前からその辺を疑われていたな。』
軽く溜息を吐く。
「・・・余り人には話したく無かったのですが。・・・そうですね、『元』貴族とだけ申し上げておきます。」
『やっぱり・・・』
エリスを含めた3人は頷いた。
『やっぱり王侯貴族を相手に誤魔化しきるのは無理があったかな』
魔術棟の1階に設置されたたくさんの小部屋には系統毎に蔵書がなされており、『放出の間』『内包の間』『停滞の間』など魔法の性質を冠した名前が付与されていた。
またフロアを上がると魔導具や研究に使われる材料の保管庫が並んでいる。
シャルロットは眼を輝かせて、セシリーの説明を受けながら触れて回った。
「楽しい!楽しいわ!エリス!」
「それは良う御座いました。」
はしゃぐシャルロットにエリスは微笑む。
「姫様は回復魔法の使い手でそう言った知識もお有りですから、興味深いものも御座いましょう。」
「そうね!」
セシリーが驚いてシャルロットを振り返る。
「姫殿下は回復魔法をお使いになるのですか?」
「そうよ。学び始めたばかりだけどね。」
「姫様のヒールセンスは中々のものと神官様からお伺いしています。」
エリスの言葉にセシリーは「羨ましい・・・」と呟く。
そんな彼女にシオンは苦笑して声を掛けた。
「セシリーは随分と回復魔法に羨望を抱いているようだな。けど、魔術師の魔法だって貴重なものなんだぞ。回復師には戦闘を援護出来る術が少ない。逆に魔術師の魔法は援護魔法の宝庫だ。それらを使い熟せる魔術師は回復師と同等の価値を持つから引っ張りだこになる。」
「・・・でもシオンも回復師は素晴らしいって・・・。」
「それはアカデミーの今の状況が余りにも回復師を蔑ろにする傾向が強かったからだ。だから殊の外、有用性を強調していたに過ぎない。・・・実際のパーティーでは熟練した両方の術者が居てくれた方が前衛は安心出来るんだ。はっきり言えばその重要性に於いて上下の差は全く無い。」
「・・・。」
セシリーはシオンの言葉を咀嚼してみる。
「・・・要は術者次第って事?」
「その通りだ。ただ回復師は絶対数が圧倒的に少ないから、その分だけ魔法の価値が高いのは否定しない。・・・だが、セシリーの言ったとおりさ。術者の練度がその価値を高めるんだ。」
「ふふ、まあ納得したわ。有り難う。」
セシリーはフワリと微笑んだ。
2階を堪能したシャルロットは上のフロアの案内をセシリーにせがんだ。
魔術棟の3階、最上階は天井がかなり高く広大な空間だった。
「ここは訓練場です。」
セシリーが説明する。
「様々な魔法の習得と修練を目的とした場所です。訓練者の魔法が干渉し合わない様に広く造られています。」
何人ものアカデミー生達が魔術の訓練に励んでいる。
しかし、全てのアカデミー生達が放出系魔法、つまり攻撃魔法の訓練エリアに集中しており援護魔法に代表される内包系魔法のエリアには1人も居ない。シオンが軽く首を振るのをセシリーは横目で見る。
「・・・シオン、見ていて。」
「ん?ああ。」
セシリーはシオンに声を掛けると、そのまま放出系エリアに足を踏み入れ、的として据えられたマジックシールドに向けて持っていた魔法用の短杖を差し向ける。
「・・・ソーサリーボルト。」
その瞬間、セシリーの短杖から青白い光弾が飛び出してシールドに激突した。
「!・・・無詠唱か!凄いじゃないか、セシリー。」
「まだ、この魔法でしか出来ないけどね。」
シオンの感嘆の声に照れ臭そうにセシリーは笑って首を傾げた。
「いや、大したものだ。一体いつの間に?」
「ミレイさんに教わったのよ。」
「え、ミレイさんに?」
「そう。あの人、元魔術院の方だったのね。」
「そうだが・・・。」
セシリーはギルドに訪れたとき、ミレイがいつも首から下げているペンダントが何かを知っていた。
「あのペンダントは魔術院から優秀な成績を修めた人に与えられるペンダントなのよ。だから、きっと色々教えて貰えると思って最近は午後の時間に通っていたの。ここ1週間くらいはミレイさんが忙しそうだから行って無いんだけどね。」
「あのペンダントにそんな意味があったなんて知らなかったな。」
シオンは感心したように呟いた。
「私もセシリーさんみたいに詠唱無しで回復魔法が使える様になるかしら?」
シャルロットがシオンに尋ねて来る。
シオンは首を横に振った。
「知り合いの回復師の言葉ですが『回復魔法に単唱はあり得ない』と言っておりましたので恐らく不可能だと思います。寧ろじっくりと詠唱した方が良いそうです。
回復魔法は世界の神的存在から効果を借りる魔法なので、無詠唱発動を起こそうとしても所謂『不敬』と見なされ魔法が発動されないそうです。下手をすると怒りを買うから危険なんだとか。」
「え、そうなの。」
シャルロットは少し引いた。
「はい、ですから決してお試しには為らぬようにして下さい。」
「う・・・うん。ええ、分かりました。」
不意に後ろから男性の声が掛かった。
「おや、セシリー嬢、今日は珍しく訓練場に居るのですね。」
セシリーと向かい合う形になっていたシオンとシャルロット、エリスが振り返る。
そこには色黒の痩せた男性がローブを纏って立っていた。
「バゼル先生、ご機嫌よう。」
セシリーがカーテシーをとり、3人に男性を紹介する。
「魔術科で放出系魔法を教えて下さっているバゼル先生です。今年度からいらした新任の先生でワイセラ子爵家の方なんですよ。」
「初めまして、バゼル先生。特待生として今年度から武術科でお世話になっているシオン=リオネイルと申します。」
シオンが挨拶し、シャルロットとエリスは一礼する。
「ほう、君が噂の編入生ですか。」
バゼルは意味あり気な表情でシオンを見る。が、何も言わずにシャルロット達に視線を向ける。
「で、この方達は?」
「はい、私がお世話になっている方の御令嬢とお供の方です。」
「ほう・・・そうですか・・・。」
バゼルはシャルロットをジッと見つめ、手を伸ばした。
「御令嬢、失礼だが名を名乗って頂けるかな?」
「先生!」
セシリーが諫めようと慌てて声を上げる。と同時にエリスがシャルロットを抱き寄せた。
「何かな?私はアカデミーの職員として外部者の身元を確認しているだけだよ?」
「ですから彼女たちは、私がお世話になっている方の御令嬢とお供の方だと申し上げた筈です。」
「それでは不十分なんだよ。君が嘘を吐いていないという保証は無いからね。」
「何ですって!?」
セシリーの整った眉が跳ね上がる。
突然の無礼な発言に戸惑いながらも睨み合うセシリー、エリスとバゼルの視線を遮るようにシオンはスッと間に立ち塞がった。
「失礼、バゼル師。貴方がこのアカデミーに於いて生徒達を指導する立場であるのは分かります。しかし、こちらにいらっしゃるセシリー嬢はアインズロード伯爵家の御令嬢。さらに其処のお二人はセシリー嬢と親交を持つ方々です。その言葉は些か礼を欠いているのでは在りませんか?」
「それを言うなら私は子爵で君は只の平民だ。そちらの方が余程不敬だろうが。」
バゼルは眼に明確な怒気を宿しながら言い放つ。
「それに此所では身分差は無く皆が平等の扱いだ。問題は無い。更に言えば私は職務に則り必要な質問をしているに過ぎない。特待生だからといって差し出がましい口を挟むな。」
『焦っている?何だ、この男・・・いや、この感じは・・・』
シオンは眼を細める。
「成る程、『職務に従い仕方無く質問している』と、そして『此所では身分よりも職務が優先される』と言う事ですね?」
「当然だ。」
「ならば私の対応も職務に則ったものです。現在、私はアカデミー生としてでは無く、ギルド冒険者としてこのお二方の護衛の依頼を遂行している最中です。ギルドは不審人物の護衛任務は信用の問題から決して引き受けることはありませんから、バゼル師が心配される様な方々では無い事はお分かり頂けるはず。それでも追求するというのであれば、私も依頼内容に則り力尽くでも退けるしか在りません。」
シオンの声に氷雪が孕む。
「わ・・・私はアカデミーの講師だぞ!」
「如何なる方でもです。」
有無を言わせぬ圧倒的な威圧感がシオンから噴出する。
「・・・っ!」
バゼルは明らかに気圧されたが、周囲のアカデミー生達が訓練の手を止めて注目している事に気付くと踵を返して訓練場を立ち去った。
「あ・・・有り難う、シオン。助かりました。」
シャルロットがホッとした表情で礼を言った。
「流石の対応でした。シオンさん。」
エリスもシオンに賞賛を述べてくる。
そんな中、セシリーは解せないと言った風に首を傾げる。
「おかしいわ。アカデミーは平民に開放された施設だから見学はアカデミー生同行の下、自由に行える筈なのに、何であんな執拗な追求をしたのかしら・・・。」
「恐らく、何か別の理由があったんだろう。それと・・・」
シオンはセシリーを見る。
「セシリー、防御魔法は使えるか?」
「え?・・・ええ。簡単な障壁魔法で良ければ使えるわ。」
一瞬キョトンとした表情を向けたセシリーだが、シオンの視線を受けて表情が改まる。
「それで良い。いつでも殿下に使える様に心構えておいてくれ。」
「・・・分かったわ。」
シオンは頷くとシャルロット達へ向き直った。
「殿下、エリス嬢。申し訳在りませんがお忍びは此処までにさせて頂きます。至急、此所を立ち去り、王城へご帰還頂きます。」
緊張感を漲らせるシオンに2人は言葉を失っていたがエリスが直ぐに頷いた。
「分かりました。シオンさんに従います。・・・宜しいですね、殿下?」
「はい、全て良いように。」
シャルロットも頷く。
杞憂であれば良い。だが、恐らくは急いだ方が良い。
シオンは踵を返して3人を先導しつつ訓練場を後にした。




