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神の去った世界で  作者: ジョニー
第3章 宮廷
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24話 手合わせ



 シオンがシャルロットの護衛に就いて数日が経過した。




 姫は活発な少女で自室に籠もるという事が無く、王家選任の講師の授業を受ける時間以外は広い城内を日が暮れるまで歩き回って過ごす。城内に幾つも在る中庭を見て周り、何万冊も蔵書されている広い書庫室で本を漁り、騎士や兵士が鍛錬を重ねる訓練場で瞳を輝かせる。その藍色の双眸は常に何かを探している様だった。




「なかなか楽しそうな事件って起こらないわね。」


 アヤメやカンパネラが咲き乱れる藍色の中庭に用意されたチェアセットに腰掛けて、シャルロットは片頬に手を添えながらホゥと溜息を吐いた。


 シオンは何故か向かいの席に座らされている。


「退屈されて居ますね。」




 通常、王族と席を供にするなど高位貴族でなければあり得ない。況してや只の護衛であり平民のシオンが同じテーブルを囲むなど論外。


 最初はその旨を伝えて断ろうとしていたシオンだが、エリスの『従え』という視線に首を傾げながら席に着いたものである。




 だが数日間、シャルロットと行動を共にしてシオンは彼女が存外に気さくな人間だと理解出来る様になった。むしろ距離を置こうとすると不機嫌になり返って護衛がし辛い為、極力、彼女の普通に接するようにという要望には応える様にしているのである。




「そうね。私、物語が好きで良く読むのだけれど、必ず色々な事が起こるでしょう?そういう事が起こらないかなって期待しているのだけど・・・。」


「現実はそうもいきませんか?」


「うん。」


 エリスとシオン以外の人間が居る時は大人びた言動を取るシャルロットだが、こうしているとやはり年相応の少女でシオンは思わず微笑んでしまう。




「ここに居たか、シャルロット。」


 言葉と供に威圧感が漂ってくる。


「!!」


 反射的に剣の柄に手を当てて立ち上がったシオンは、声の主と瞬時に向き合った。




 洗練された漆黒のサーコートに身を包んだ青年が、幾人かの側近を従えて立っている。


 身の丈はシオンと変わらぬ長身で、鍛え上げられた体躯は細身ながらも力感に溢れている。藍色の双眸は鋭く力が漲り隙の無い佇まいは彼が並の男では無い事を物語っている。




「お兄様・・・」


 シャルロットの呟きにシオンは、直ぐさま片膝を着き礼をとる。


『この方がアスタルト殿下か。』


 初対面ではあったが、彼の秘める強さをシオンは瞬時に嗅ぎ取った。




「お兄様は午後の鍛錬ですか?」


 ふわりと尋ねるシャルロットにアスタルトは微笑んで頷いて見せる。


「ああ、そうだよ。お前は日課の『楽しい事探し』かい?」


「はい。」


 ニコリと微笑む妹姫の頭をアスタルトは愛おし気に撫でる。


「ふふふ。程々にするんだよ。」


「はい、お兄様。」


 返事だけは良いシャルロットの頷きにアスタルトは苦笑で返すとシオンに視線を投げる。。


「・・・彼がお前の臨時の護衛かい?」


「はい、お兄様。冒険者のシオンですわ。とっても強いとアインズロード様が仰っていました。」


「ほう?彼がそう言うのか。」


 アスタルトの視線が強く興味を引かれたものに変わる。




「シオン君。」


「は。」


「手合わせを願えるかな?」


「・・・は?」


 この兄妹はつくづく破天荒な性分の様だった。


 如何にアインズロード家が保証したとはいえ、冒険者を相手に王族が手合わせを行うなど正気とも思えない。


「・・・恐れながら身に余ること故に・・・」


「違う。果たして我が妹を単身で護衛するに相応しい腕を本当に持っているのかを確認したいだけだ。」


 口の端は微笑みながら語るその双眸は、しかし断ることを許さない迫力に満ちている。


言葉は建前――その実は強者と剣を交えたいという戦士の願望が本音の様であった。


「殿下!成りませんぞ。危険に御座います!ましてや冒険者風情の下賤な剣と殿下の高貴なる剣を交えるなど陛下がお許しになる筈が御座いません。」


 側近の1人の諫める言葉にアスタルトは振り返った。


「下賤な剣とはどう言う意味だ?」


 強い視線を受けて側近は怯んだ様子を見せたが直ぐに返答する。


「冒険者などと言う者供はその剣で人のみ成らず魔物も斬るとの事。その汚れた血が付いた剣は当に忌むべき下賤の剣に御座います。殿下の誇り高き剣を・・・。」


「剣は所詮は命を奪う道具に過ぎぬ。誰が持とうとどの様な正義を語ろうともな。そこに貴賤も正邪も無い。強いて言えば在るのは戦士としての矜持の有無のみだ。」


 側近の返答を途中で遮りアスタルトは言い切った。


 そしてシオンを返り見る。




「君もそうは思わないか?」


 シオンは静かにアスタルトを見上げる。


「非才なる身の全てをもってお応え致しましょう。」


 やがて答えたシオンの言葉に、アスタルトは面喰らった様な表情を見せたが


「フ・・・ハハハ、面白い。案内する。付いて参れ。」


 実に楽しそうに笑うと、アスタルトは踵を返した。




「大丈夫なの?お兄様は本当にお強いのよ?」


 流石にシャルロットが不安気な表情でシオンに話し掛けるが、シオンは少し高揚した表情を向けて微笑んだ。


「これが最善のように思いますれば。それに・・・私もあの方と手合わせてみたいのです。」


「・・・。」


 それまでの穏やかな雰囲気とはガラリと様子が変わったシオンの表情に美姫は息を呑む。





 2人が訪れたのは訓練場だった。


訓練中の騎士達は突然の公太子の登場に慌てて訓練を止めて最上礼を施す。


「我が国の誇り高き騎士達よ。君達の訓練を邪魔して申し訳ない。一時の間、私にこの場所を貸して欲しい。」


 公太子の言葉に否が有ろう筈もなく騎士達は速やかに中央の武闘場を空ける。




「さあ、シオン君。」


 アスタルトはシオンを促すと自分も武闘場に上がる。


「剣は修練用の物で良いかな?」


「はい。お願いします。」


 事情を聞いているのか言葉では何も言わないが騎士団長が複雑そうな表情で見守っている。




 シオンは無言で剣を何度か素振りして感触を身に覚えさせる。


「あの、お兄様、シオン、怪我など無いように・・・。」


 少しオロオロとしながらシャルロットが声を掛ける。


「ああ、大丈夫だ。シャル。」


 アスタルトが微笑みシオンも頷く。


「さて、始めようか。」


 戦士の貌になったアスタルトがシオンに声を掛ける。




 アスタルトの剣先がシオンの鳩尾の辺りに向けられている。正眼の状態でこの位置に剣が在ると剣先からアスタルトまでの距離が在り攻め辛い。


 小手調べにアスタルトの剣を弾いてみるが矢張り流されるだけで持ち手の体勢を崩すまで行かない。何度か打ち込むが結果は変わらない。シオンは一旦、後ろに跳び距離を置いた。




 セルディナ王家に伝わる剣術は守りの剣術だった。攻めよりも守りを重点に置き、先ず存命を優先させる。そして相手を苛立たせ強引な攻めを誘う。その一瞬に勝機を見出して必殺の一撃を放つ。




 普段は魔獣の様な大型の敵を相手にして戦う事が多い。シオンの全身の体重を乗せて戦う様な戦法は相性が悪かった。


「まあ、やってみるか。」


 シオンは呟くと再びスルスルとアスタルトに近づく。


「来るか。」


 アスタルトが改めて剣を握り直す。と同時にシオンが躍りかかる。




 全身を使い、薙ぎ、払い、振り下ろす。まるで舞踏を披露するかの様にアスタルトを責め立てる。強打の連撃ではあるがアスタルトは受け流し、弾き、身を躱す。

 完全にシオンの動きを捉えている。しかし、彼もまた攻め倦ねていた。シオンの動きは大振りで隙は多い筈なのだが、シオンの視線は常にアスタロトの視線を捉えており隙を見せない。しかも強打を捌き続けたせいか手が痺れ始めている。


 しかし流石にシオンの体勢が揺らいだ。隙は逃さない。アスタルトの剣が振り下ろされる。




 誰もが決まったと思った。しかし、シオンはその振り下ろされた剣をスルリと躱して剣を振り上げる。


「!」


 アスタルトは咄嗟に身を捻った。そして追撃を掛けようとするシオンを蹴り出す。




 シオンは跳ねる様に後ろに跳んで蹴りの威力を相殺する。




『誘われたのか・・・』


 アスタルトは少なからずシオンの剣と体力に驚嘆していた。王家剣術は心理戦に重きを置く。相手を苛立たせ動揺させていく事に神髄がある。自分はそれを得意としていた筈だが、シオンの強撃とそれを持続させる体力に逆に追い込まれていた様だった。


『面白い』


アスタルトは笑った。




『・・・笑うか』


 シオンは少し当てが外れた。結構な体力を犠牲にして挑発をしたつもりだったが、結果的には闘志を煽っただけの様だった。


『仕方無い』


シオンは剣を構え直した。




「!」


 アスタルトはシオンの構えが変化した事に警戒する。自分の構えに似ている。が、アスタルトの正眼体に比べると身体がやや斜めであり剣が前に突き出ている。


『付け焼き刃・・・では無いな。本来の剣術か。』




 シオンが再三、近づいてくる。そのまま突き出された剣はアスタルトの予測を超えていた。


辛うじて身を捻る。が突き出された剣がそのまま薙ぎに変化しアスタルトに迫る。


「クッ!」


何とか弾き返す。しかしつ次々に繰り出される攻撃は威力はかなり落ちるが速度が先程の比では無かった。


『しかし!』


「!」


 突如、繰り出された突きをシオンは咄嗟に躱す。それを機に攻守が逆転した。


アスタルトが前に出ながら鋭い攻めを繰り返す。今度はシオンが防戦一方になった。




「殿下が自ら攻めに出られている・・・」


 周りで見ていた騎士達はどよめく。基本的にアスタルトは受けて返す戦い方の筈だ。それが自ら攻めに出ている。しかもその一撃一撃が鋭い。それを引き出し、またその連撃に対応して見せるシオンに騎士達は眼を向ける。


「あの男は一体何者なんだ。」




 2人の手合わせは決着がなかなか着かなかった。


『これ程とは・・・』


『こんな強者がいたとはな・・・』


 両者共に息が荒い。


 もう長くは戦えない。




 シオンが動いた。最後の一合となるだろう。アスタルトもその気迫を感じ取り前に出る。


剣が交差する。


 アスタルトの剣は空を切り、シオンの剣はアスタルトの首元に突き付けられていた。


「参った。」


 アスタルトの言葉でシオンは剣を引き鞘に納めた。




 騎士達が歓声を上げる。


騎士団長とシャルロットがアスタルトに掛け寄るのを見ながらシオンはホッと息を吐き汗を拭った。




「見事な腕前だった。久しぶりに楽しい時間が持てた。」


 アスタルトが笑顔でシオンの健闘を称える。


「光栄に御座います。」


 シオンは公太子に一礼を施す。


「シャルロットを宜しく頼むぞ。」


「は、お任せ下さい。」


 アスタルトは満足気に微笑むと騎士達に声を掛けた。


「私に場所を譲り良い機会を与えてくれた皆にも感謝する。栄えある騎士団に栄光あれ!」


「栄光あれ!」


 騎士達が唱和する。




 立ち去るアスタルトを見送ると、騎士達は興奮冷めやらぬ中で訓練を再開する。




「お疲れ様でした。」


 頬を上気させたシャルロットがシオンに走り寄ってくる。


「退屈凌ぎになりましたでしょうか?」


 シオンが悪戯っぽく尋ねると


「もう。」


 シャルロットは口を尖らせながらも恥に噛むように微笑んだ。





アスタルト


職種:魔法剣士 セルディナ公国 公太子


Lv.14


筋力:18 技量:26 早さ:20 体力:18 魔力:10


HP:36 MP:20 素攻撃力:22 素防御力:24


特殊

魔術


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