117話 神性の特性
「誰が・・・と言われてもな。」
シオンが答える。
「一番可能性が在りそうなのはイシュタルの守護神じゃないか?」
「確かに其れが一番可能性は高そうだと思える。アートスは有り得んし、ヤートルード殿は神性の流れに苦しんでいた時期で考え辛い。旧天央12神など論外だ。グースールの魔女も無いとしたら守護神しか無いだろう・・・。」
カンナは同意するが腑に落ちない表情を浮かべている。
「何かあるのか?」
シオンが尋ねるとカンナは神妙に口を開く。
「・・・確かにイシュタル帝国の守護神が一番考えられるんだよ。だがな、旧天央12神に拠って各地に据えられた守護神と言うのは現在では殆ど機能していないらしいんだ。」
「確かにそう言っていたな。」
「そう。其れで以前にビアヌティアン殿と雑談していた時にちょっと興味が湧いて尋ねた事がある。『ビアヌティアン殿が把握している中で、今どの位の守護神が機能しているのか?』と尋ねたら、ビアヌティアン殿は幾つかの地域名を挙げてくれたんだ。だが・・・その中にイシュタル帝国の地名は入って居なかったんだよな・・・。」
「ほぉ・・・。」
シオンは意外そうな表情で声を漏らした。
「地名が出て来なかったって事は機能している守護神は『居ない』可能性があるって事か?」
「まあな。」
カンナが頷くとセシリーが口を開いた。
「なら、もう一度ビアヌティアン様にお伺いを立てたら良いのでは?」
「そうしたい処だがな。私は一度、古代図書館で調べ物をしたいんだよ。」
セシリーの提案にカンナが答えるとシオンが言った。
「なら、カンナは其方に向かってくれ。ビアヌティアン殿の所には俺が行こう。」
「助かる。しかし・・・昨日行ってきたばかりの所にまた戻るとは、お前にも手間を掛けるな。」
カンナが笑うとシオンも苦笑を返した。
「まったくだ。でもまあ仕方無いだろう。古代図書館の用事ってのはミスト氏の捜索の件だろう?」
「ああ、アリスとノリアには随分と待たせているからな。いい加減に見つけてやらんとな。今ならオディス教も恐らくは半壊状態だろうし、何かを仕掛けるにしても都合が良い。早めに闇の呪法に対する追跡の仕方を判明させたい。」
アイシャが首を傾げる。
「そう言えばアリスさんとノリアさんは?」
「妹のシーラと一緒に居る筈だ。あの子も最近は魔術院の仕事に手を貸してくれ始めているようでな、何れは正規に勤めて貰う事にしているらしい。」
「カンナさんがお勧めしたもんね。」
セシリーが言うとカンナは頷いた。
「うん、シーラは頭が良いからな。何かを教えるときに要領を掴むのが上手な奴は何人居ても良い。そういう意味ではアリスもそうなんだが・・・あの子は突っ走ってしまう処があるからな。魔術院勤めは向いていない。」
「へえ、姉妹揃って頭が良いのか。」
ミシェイルが感心したように言うとカンナは付け足した。
「別にあの子達だけじゃない。あの2人は孤児院育ちだが、孤児院育ちの子らは、何れは1人きりで生きていかなくてはならない事を院の養育者達から教えられるんだ。だから彼等は孤児院に居る間に懸命に様々な事を身に付けようと頑張るんで優秀な子達が多い。」
「・・・必死って事か。」
「必死さ。護ってくれる親が居ないんだからな。」
「・・・。」
皆が黙るとカンナが言葉を続けた。
「だがセルディナはその辺に関しては金銭面や学習面で随分と手厚く保護しているぞ。以前に話したときの公王陛下やブリヤン殿の言い分では「まだ充分とは言えない」と言った口ぶりだったが、それでも周辺国に比べればかなり手厚い。まあ、自国の子供への手当てと言うのは厚くしても国にとって絶対に損になる事は無いから、まだまだ手を入れたい処だろう。」
「セルディナが・・・そうだったんですね。」
セシリーが感銘を受けたように呟く。
カンナは話を戻すようにパンと手を叩いた。
「では話を戻すぞ。明日、私は古代図書館へ行く。シオンはリオナと一緒にビアヌティアン殿の所に向かってくれ。後は・・・ルーシーにも行って貰いたい。」
「はい。」
「ミシェイルとアイシャは・・・」
「俺達はウェストンさんと打ち合わせがあるから。」
少し残念そうにミシェイルが答えるとカンナは頷く。
「解った。其れは仕方無いな。セシリーは魔術院で今回のイシュタル帝国の異変に関する色々を纏めて欲しい。」
「解りました。」
セシリーが了承して打ち合わせは終了した。
翌早朝。
一の鐘が鳴る頃にシオンとルーシーがギルドから借りた小型の馬車でカンナ邸に向かうと、既にリオナは外に出て待っていた。
「宜しくお願いします。」
頭を下げるリオナにシオンも答える。
「こちらこそ。この馬車で向かうから昼過ぎには到着出来ると思う。ルーシーとリオナには車の方に乗って貰うからその積もりでいて欲しい。」
「はい。」
素直に従うリオナにシオンは頷くと出発を宣言した。
「・・・」
ルーシーは目の前に座る少女を見つめた。
自分と同じ瞳の色を持つ少女。この子も自分と同じ様に色々と辛い目に遭ってきたのは昨晩に聞いた。出来る事ならもっと早くに出会いたかった。様々な想いが去来するルーシーはついにリオナに向かって声を掛けた。
「リオナさん。」
「はい。」
リオナはおっかなびっくりと言った感じで返事する。
「瞳の色が変わってからはどうでしたか?」
「・・・」
少し俯いたリオナは直ぐにルーシーに視線を戻した。
普通なら無神経な質問だと感じた事だろう。だが、目の前の少女は自分とは違い生まれた時から瞳の色は紅色だったと聞く。恐らくは自分よりも辛い目に遭ってきた筈だ。
リオナは素直に答えた。
「辛かったです。元々、私の占星術が当たりすぎる程に当たるので気味悪がる人は居たんですが・・・瞳の色が紅に変わってからは、皆が私を化物を見るかのような視線に変わりました。」
「・・・そうでしたか。」
「其れにその頃から変な奴らが私の前を彷徨くようになって・・・。」
「変な奴らって、どの様な?」
「黒いローブの様な物を身に纏った不気味な人達です。」
「!」
オディス教だ。
ルーシーの目が一瞬険しくなるが直ぐに元に戻した。その視線に気付かなかったリオナはそのまま話し続ける。
「其れと同時に街のゴロツキ達が私に直接ちょっかいを掛けるようになって来て・・・一度掠われ掛けたんです。」
「え・・・大丈夫だったんですか?」
「はい、その時は巡回の兵士さんに助けて貰いました。でも見かねた父が私を連れてイシュタルを出る事に決めたんです。」
ゴロツキがオディス教から金を貰ってリオナを掠いに来たのだとしたら・・・自分がテオッサの村長達に売られたのと同じ手口だ。
ルーシーの中に怒りの灯火が揺らめき始める。
「・・・父は私に何度も『済まない』と謝ってくれました。『俺がお前を占星術師にしようなどと考えなければこうはならなかった』と。」
「・・・」
ルーシーはリオナの父の為人を知らない。だが、リオナの父親は父親なりにリオナの将来を考えての行動だったのだろう、と察しは付く。しかし現実は全く違うモノになってしまった。
ルーシーは軽く溜息を吐く。
「世の中って自分が思い描く様には上手く行きませんね・・・」
「・・・」
「でも・・・きっとお父様はお父様なりにリオナさんの幸せを考えてくれた末の事だったんだろうと思います。」
その言葉にリオナも頷く。
「はい、ぶっきらぼうな父ですが本当に私の事を愛してくれている人ですから。恨んだことなんて一度もありません。」
そう答えるリオナをルーシーは「ああ、良い子だな」と思い微笑んだ。
「あの・・・。」
リオナが言い淀む。
「何でしょう。」
ルーシーが首を傾げると決心したようにリオナは尋ねた。
「ルーシーさんは竜王の巫女という方だとカンナさんからお聞きしました。その・・・大変でしたか?」
その問いにルーシーは頷いた。
「そうですね。今度は私の話をしましょうか。」
そう言って巫女は包み隠さず自分の過去を語り始めた。
「・・・」
シオンは馬車を操りながらペールストーンの丘をひた走らせていた。
そうしながら彼は昨夜のルーシーとの会話を思い出す。
『シオン、明日は馬車とかで行けないかな?』
急に言われてシオンは首を傾げる。
『勿論その積もりだけど、どうかした?』
ルーシーは優しげな光りを湛えてシオンを見つめた。
『リオナさんと話をしてみたいの。きっと今日は話せなかった色々な辛い事もあっただろうから・・・「貴女は1人じゃないよ」って伝えてあげたいの。』
彼女の優しさに感銘を受けながらシオンは微笑んだ。
『ルーシーは優しいな。大丈夫だ、話す時間はたっぷり取れるよ。』
恐らくルーシーは今頃、リオナと過去を打ち明ける話をしている事だろう。ルーシーの話がどれくらい彼女に勇気を与えるかは判らないがきっと無駄にはならない筈だ。
とにかく今は無事に2人をビアヌティアン殿の所まで送り届け、彼から守護神についての情報を引き出す事が先決だ。
シオンは手綱を振ると少しだけ速度を上げた。
レイアート遺跡には予定よりも少し早く到着した。
シオンは遺跡を護る警護団の詰所に立ち寄ると手続きを取り遺跡の入り口に立った。
「ビアヌティアン殿。昨日の今日で申し訳ありませんが、シオン=リオネイルが2人の客人を連れて参上しました。」
声を掛けて暫く待つと嗄れた声で返答が返ってきた。
『おお、御子様。何か急用かな? 遠慮無く入られるが良い。』
警護団が設置した石扉を兵士達に開けて貰うと3人はカタコウムに足を踏み入れた。
地下墓地の風景に怯えるリオナを間に挟んで3人はビアヌティアンが座す地下3階に降り立つ。
『昨日振りですな、御子様。・・・おや、竜王の巫女様までお出ましでしたか。』
「お久しぶりです、ビアヌティアン様。」
会釈して挨拶するルーシーにビアヌティアンは少しだけ頭を動かした。
『3人と仰って居られたが、もう1人は・・・』
ビアヌティアンの視線がリオナを捉える。
「!」
干からびたミイラに見据えられて怯えたリオナがルーシーの後ろに隠れた。
『此れは異な事もあるモノよ・・・』
ビアヌティアンはリオナの中に秘められた神性に気が付いた様だった。
「ビアヌティアン殿、今日はこのリオナの事でお知恵をお貸し頂きたく参ったのです。」
シオンが言うとビアヌティアンは僅かに頷いて見せた。
『御子様の願いに否など申しませぬよ。是非、話してみて下され。』
ビアヌティアンの了解を得てシオンが事の経緯を話すと、少しだけ静寂が流れた。
『占星術か・・・』
ビアヌティアンはそう言ちると語り始めた。
『御子様達は察しが着いていると思うが、私やレシス様、クリオリング殿は神話時代の末裔・・・つまり神話世代の最後の人間です。』
シオンが頷き、ルーシーは今初めて気がついた様な表情になる。
「我らの世代は未だ辛うじて全員がその身に神性を秘めていた。その力在ったが故に刻の袋小路から投げ出されたあの苛酷な環境にも耐えることが出来た。神性は即ち神の力であると同時に『生きる力』その物でもあった。」
「はい。」
「ルーシー様にお尋ねしたい。『生きる力』とは何でしょう?」
「・・・」
話を振られてルーシーは暫し思案する。
「単純に考えれば生命力。でもビアヌティアン様がお尋ねされた事はそう言う事では無いでしょう。生きる力とは・・・」
ルーシーは自分を振り返る。
自分が生きていると実感出来たのはいつだったか。
両親の愛を感じていた時。
セシリーに友情を感じた時。
シオンに出会った時。
「・・・愛情を感じた時でしょうか。」
ルーシーはそう答えた。
「素晴らしい答えです。正にその通りだ。」
干からびたミイラが微かに微笑んだ様に見えた。
「ではその愛情は何処から与えられたものか? 言うまでも無く自分以外の誰かからだ。人は誰しも1人では生きられぬものです。例え自分1人になっても過去の誰かとの思い出を胸に生きていく。この私とてそうでした。こんな場所に1000と400年も封じられていましたが、聖女様の言葉と仲間達との思い出を胸に正気を保つ事が出来ました。」
「・・・」
彼の想像を絶する人生を知る2人は言葉も無く黙って耳を傾ける。
「誰かに情を受けたその時、きっとその人は意識的にせよ無意識にせよ相手に同じ情を返していた事でしょう。そうやって人は情を与え合いながら生を全うしていくのです。其れは『助け合う』と言う言葉に置き換える事も出来るでしょう。」
思いも掛けぬ話の展開に少し意外な思いを感じながらも、ビアヌティアンの言葉に共感した2人は素直に頷いた。
「神性も同じ事です。神々とて1柱では世の理を変える程の力は生み出せない。だからこそこの星の海を育て上げる為に、軍団を作り上げて巨大な力を生み出し同じ属性の者同士が助け合いながら敵対勢力と争った。そんな神々の特性を引き継いだ神性には強烈な相互補助の力が働く。」
「それは・・・?」
急激に核心に近づいたように感じてシオンは先を促す。
「つまり、1つの神性で解決出来なければ新たな神性が生まれ出て助勢する。そう言う特性があると言う事です。」
シオンは合点が行ったような気がした。
「なるほど・・・だから竜王の御子が生まれ、ミシェイル達の様な神性持ちの人間が集まったのか。」
「そう。貴男方の出会いは偶然では無く必然。神性が惹かれ合い集まった。そしてまた新たな神性を持つ者が1人。」
ビアヌティアンの首が動きリオナを向いた。
「・・・。」
先程までの怯えは消えたのかリオナはビアヌティアンを見返す。その双眸には『答え』をくれるかも知れないと言う希望が宿っていた。
「私のこの眼の色は・・・私はどうしたら・・・。」
縋るようにリオナは問う。
「その紅の瞳は強い神性をその身に宿した証。そして後天的に紅眼になったと言う事は『誰かが神性を貴女に与えた』と言う事。」
「其れは一体誰なのでしょう?」
今度はルーシーが問うとビアヌティアンは少し間を空けて答えた。
「其れはイシュタルに根差す神格者でしょう。」
「つまりイシュタルの守護神・・・?」
ルーシーが言うとビアヌティアンは否を口にした。
「いや、イシュタルの地に守護神は居りません。」
竜王の巫女は肩を落とした。
「やっぱりイシュタルの守護神は機能していないのですね。」
そう呟くとビアヌティアンは其れも否定した。
「そうではありません。イシュタルには元から守護神は置かれていないのです。既にイシュタルに根付いた神格者が存在しており彼等が激しく抵抗した為、天央12神は・・・いやゼニティウスは守護神を置く事が出来なかった。」
ビアヌティアンの発言は2人を驚かせた。
「アイツらに真っ向から抵抗出来る存在が居たのですか?」
「私も見た訳では無いので確かな事は言えませんが、どうやら其の様です。守護神同士は思念で連絡を取り合えるのですが・・・此処に封じられた頃に別の守護神からそう聞きました。」
天央12神と真っ向から張り合えるなら相当な存在と言える。リオナに神性を与えたのがその者達である可能性は高い。
「その神格者達の名前は?」
「『四弦公』と私達は呼んでいました。今も存在するなら1柱は帝都イシュタルから南に下った先のマルキーダの地に居る筈です。」
「・・・マルキーダ・・・私の故郷です。」
リオナが信じられないと言った表情で呟いた。
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誤字の報告を頂きました。
早速適用させて頂きました。
いつもありがとう御座います。




