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神の去った世界で  作者: ジョニー
第5章 魔の王
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114話 大神殿



「一区切り付いたかな。」

 アカデミーを出たミシェイルが伸びをする。

「ミシェイル達は此れからどうするんだ?」

 シオンが尋ねるとアイシャが答える。

「あたし達はギルドに行くの。ウェストンさんが話があるんだって。」

「そうか。」

 未だレーンハイムの執務室に籠もるギルドマスターと宰相の談義に、好奇心を掻き立てられているシオンはアカデミーに視線を投げる。

「セシリーはどうするの?」

「どうするの・・・って。」

 セシリーが呆れた様にルーシーを見た。

「カンナさんに魔術院に一緒に来る様に言われた・・・って朝に伝えたじゃない。」

「あ、そうだった。」

 ルーシーは口に手を当てる。

「え、ルーシーも行くのか?」

 シオンは視線をルーシーに戻すと少女は頷く。

「うん、ごめんね。」

「ああ、いや。別に良いんだ、俺も城に行かなくちゃならないし。」

 シオンはルーシーに謝られて慌てて了承する。

 本当は用事が済んだ後にルーシーと一緒に公城が誇るインディゴガーデンを見て歩こうかと考えていたのだが、其れはまた次の機会にしよう。


 こうして一同はそれぞれの場所を目指して歩き始めた。


「面倒な話じゃなければ良いけど・・・。」

 市街地を歩きながらシオンは独り言ちる。

 レーンハイムの執務室を出るときにブリヤンに呼び止められたシオンは言付けられたのだ。

「殿下が君に話をされたいそうだ。この後行ってくれないか。」

 そう言われて否など言える筈も無く頷いたシオンだったが、イシュタル帝国での激戦を終えたばかりの彼としては暫くはのんびりとしたかったのだが。

「・・・腹が減ったな。」

 少年は呟くと街道に出ている露店でオレンジやパン、串焼きなどを購入する。その中からオレンジを取り出すと囓りながら城を目指し始める。行儀が悪いと言えなくもないが、ルーシーが側に居ない時はシオンとてそんなものだ。

 昼時を過ぎた街道は午後の仕事に精を出す大人達と走り回る子供達の笑い声でごった返している。その中を歩きながらシオンは喧噪を楽しんだ。


 やがて購入した物を食べきった頃、シオンはセルディナ公城の大正門前に立っていた。

「ようこそ、インディゴナイト!」

 4人の門兵が敬礼をするが、この呼ばれ方は未だに馴染めない。

「どうも。アスタルト公太子殿下に呼ばれているので入っても良いですか?」

「どうぞお通り下さい!」

 門兵達がザッと道を開ける。


 ――・・・まるで国の要人扱いだな。

 シオンは心中で溜息を吐きながら門を通った。


 応接間に通されたシオンはアスタルトの歓迎を受けた。

「やあ。良く来てくれたね、シオン君。」

 若き公太子が笑みを浮かべる。

「ご機嫌麗しく、殿下。」

 シオンは一礼した。

「無事に卒業式は済んだのかな?」

「はい、全て滞り無く。」

 そう答えるとアスタルトは頷く。

「確か、君は卒業生ではなく教員側として出席したと聞いていたが。」

「はい・・・。」

 物言いたげに頷くシオンを見てアスタルトは笑った。

「ふふ・・・何か不満げだね。」

 そう言われてシオンは首を振る。

「いえ、不満と言う程のものではありません。ただ、もう少し早く教えて貰いたかったな、と思っただけです。」

「まあ言いたい事は解るがね。しかし教員まで含めてもアカデミーの誰よりも冒険者として優れている君が生徒側と言うのも奇妙な話だし仕方在るまいよ。」

 アスタルトはそう言うと紅茶を口に含んだ。

「さて、本題だが。」

 アスタルトは少し表情を改めた。

 シオンも姿勢を整える。

「我らが守護神ビアヌティアン様の大神殿が先日完成した。」

「おお・・・。」

 シオンから思わず声が漏れる。

「以前から申し合わせていた様にシオン君には竜王の御子の力を以てビアヌティアン様を大神殿までお連れして欲しい。此れは陛下よりの勅命である。」

「勅命、謹んでお受け致します。」

 アスタルト公太子から勅命を賜りシオンは胸に手を当てて応えた。

「うむ。」

 アスタルトは満足げに頷いた。

 そして話を続ける。

「では次だ。実はその話に関連して不穏な報告を受けている。」

「不穏・・・?」

 シオンの眉に皺が寄った。

「最近、ビアヌティアン様が座しておられるレイアート遺跡に不審な影が幾つも確認されている。」

「・・・オディス教徒ですか?」

「そうではないか、と我々は踏んでいる。邪教異変で壊滅したセルディナ一帯に潜む邪教徒共が、ビアヌティアン様の移転計画を察知して何か良からぬ事を企んでいるのではないかとね。」

「充分に考えられますね。」

 シオンは賛同した。

「カンナはこの事を知っているんですか?」

「無論。」

 アスタルトは首肯する。

「我が国が誇る友人である悠久の賢者殿に伝えない訳がない。彼女も我々の考えに賛同してくれた。本当は今日の君達の卒業式にも彼女には出席して貰いたかったのだが、ビアヌティアン様の件で色々と対策を練っておきたいと言われてね。」

 カンナらしいと思いながらシオンは言う。

「ビアヌティアン殿はカンナにとっても数少ない対等の知恵者であり友人ですからね。恐らく本気で護りを固めるつもりでしょう。」

 その言葉にアスタルトも頬を緩ませた。

「其れは心強い。」

 シオンは紅茶を口に含むと尋ねた。

「不審な影、と仰いましたが他に何か実害が遭ったりしたのでしょうか?」

 アスタルトは頷く。

「実害と言う程では無いが・・・ビアヌティアン様との会話を求めて参拝する客を目当てにした商売人達が、神殿へ続く街道沿いに多くの商店を並べている。殆どが新しく設営されたばかりの店だが、其処で開店の準備をしている者達数名に不審な者達が声を掛けている。」

「其れはどの様な・・・?」

「『この神殿にはどの様な御神体が祀られるのか?』と訊かれたそうだ。質問自体は何も怪しなものではないんだが、その者が漂わせる雰囲気が余りにも異様だったと証言している。」

「異様と・・・。」

「それともう1つ。此方は看過出来ない事なのだが先日の夜更けに神殿に侵入しようとした者が居た。」

「!」

 シオンの眉間に皺が寄る。

「大神殿には、現在30名の兵士と最大で6名の魔術師が警護に当たっているんだが・・・その日の夜半に護りに就いていた兵士達の内の数名の様子が少し怪しくなったそうだ。会話が咬み合わなくなり、勝手に持ち場を離れようとし始め現場は少し混乱したと報告を受けている。」

「・・・」

「魔術師達の方は正常なままだった故に兵士達の異常に気が付けたのだが・・・とにかく彼等が気付けの香草を焚いて兵士達を正気に戻している最中に大神殿に入り込もうとする影を発見したらしいんだ。咄嗟に魔術師達が声を上げた事で正気を保っていた兵士達が侵入者に気が付き事無きを得たのだが・・・もし全員が混乱していたらどうなっていたか解らん。」

 シオンは唸った。

「些か拙い事態ですね。」

「うむ。」

「カンナが言うにはビアヌティアン殿の肉体は土塊の塊と言って大差無いそうです。強い衝撃を与えれば簡単に崩れてしまう。ちょっとした衝撃が加わる仕掛けでも施されたら致命的と言っても良い。」

 そう聞いてアスタルトは表情に僅かな懸念を浮かべる。

「其処まで脆いとは思わなかった。・・・大丈夫かね? その様な方をお運びして。」

 そう問われてシオンは答えた。

「私も以前にカンナに同様の内容を訊いたことがあります。が、アイツは言ってました。『ビアヌティアン殿はその気になれば体内の神性を活性化させて身体を強化する事が出来る』と。」

「なるほど。常は脆いが、その気になれば身体を強化出来る、と言う事か。」

「はい。」

 アスタルトは少し思案して言った。

「しかし、常態を狙われたら拙い事だとも言えるな。」

「その通りかと。」

 シオンは答えながらアスタルトが次に何を言い出すかは察していたので、先に言う事にした。

「故に明日にでも大神殿を視ておこうと思います。」

「うむ、そうしてくれると有り難い。」

 アスタルトは笑みを浮かべて頷いた。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


「だからと言って何で私が駆り出されるんだ?」

「お前も視ておいた方が良いだろう?」

「私はもう何度も視ている! 今のところ異常は見当たらない!」

 翌日、ゴネるカンナを引き摺り出して馬に乗せたシオンにノームの娘は猛然と抗議をした。

「ルーシーにフラれたからといって、代わりに私を連れ出すなどお前は子供か!」

 カンナに図星を突かれてシオンは言葉に詰まる。

 実際、シオンは今朝までルーシーを誘う積もりでいたのだが。


『ごめんなさい。今日と明日はセルディナの神殿と魔術院に行かなくてはならないの。』

 申し訳無さそうなルーシーにそう言われてしまったのだ。

 もちろんシオンは笑顔で『大丈夫だよ、また次の機会にでも行こう。』と言って彼女を送り出したのだが。やはり残念な気持ちは抑えられず、半ば八つ当たり気味にカンナを連れ出したのだった。


「・・・別に偶には誘ったって良いじゃんか。」

 口を尖らせるシオンにカンナは溜息を吐く。

「こんなやけくそ気味に誘われて良い訳があるか。まったく・・・少しは成長したのかと思えば、普段は相も変わらずのクソガキぶりだな。」

「悪かったよ。でも今日くらいは付き合えよ。」

「・・・しょうがないな。」

 シオンが詫びたことでカンナも少し機嫌を直し、付き合うことにした。


 シオンは馬を軽く走らせながら神殿に向かう大通り沿いに物珍しそうに視線を投げていた。

「・・・この辺て、以前は何もないただの道だったんだよな。」

「そうらしいな。私達が向かっている神殿も改修される前は廃神殿だったらしいから当然何も無い道だったんだろうよ。」

「・・・想像以上に店が建ってるな。」

「私も最初見た時は驚いた。たった3ヶ月余りで何も無かった場所にこんなにも物が建つのかとな。」


 大神殿は未だ開かれていないと言うのに、既に買い物客達が通り沿いを賑わせ始めている。殆どの店が飲食店と土産物屋と宿屋だが、稀に雑貨品の店もある事からシオンはこの辺りに住居区を作るつもりなのかと想像する。

「国はこの辺に家も作る気なのかな。」

「作るだろうな。元々この辺りは風光明媚な場所として名も通っていたらしいし、住居を希望する声は多いだろうよ。」

「・・・ビアヌティアン殿には騒がしいんじゃないか?」

 シオンが懸念するとカンナは首を振った。

「いや、逆にあの御仁は喜ぶだろうさ。今まで随分寂しい思いをして来られたからな。其れに周辺に人が多く住む様になると言う事は、沢山の目が終始神殿に向けられると言う事だ。悪さを企む者が居てもやり辛かろうよ。」

「・・・なるほど。其れは確かにそうだ。」

 尤もビアヌティアンに対して何か害を加えられる程の力量を持つ輩などそうは居ないと思うが、つまらない事で彼の手を煩わせるのも不愉快だ。

 何よりそんな輩が現れた場合、公王陛下が相当お怒りになるのは目に見えている。

「ビアヌティアン殿は今やセルディナ王家が信奉する御神体だ。レオナルド公王陛下は王家の威信に賭けてもビアヌティアン殿を護ろうとするだろうな。」

 カンナの言葉を聞いてシオンは少し思案しながら言った。

「・・・『ビアヌティアン殿に危害を加えると言うことはセルディナ王家を敵に回すぞ』とそれとなく国民の皆に伝えるべきだろうな。」

 カンナは頷く。

「そうだな。公式に発表すると大仰になるし、返ってビアヌティアン殿との間に国民が距離を感じてしまうかも知れん。それだとビアヌティアン殿が此処に移動する意味も無いしな。」

「言って置いて何だけど面倒だよな、国の運営って奴は。」

「仕方が無いさ。国で最も数が多い民衆を蔑ろにすれば最後にしっぺ返しを喰らうのは為政者達だ。いざと言うときに最も強大な支援者になってくれる民衆の機嫌を損ねる事だけは避けたいと考えるのは当然だ。かと言って甘やかすわけにも行かないし、バランス感覚が物を言う。」

「バランス感覚か・・・。」

 シオンは過去を思い返す。

 幼少時の事だったとは言え、サリマ=テルマのリアノエル伯爵家の事を思い出す。当時の執政者達に正と邪を嗅ぎ分け適度に両方を取り入れ利用する感覚があれば、或いは邪教徒達の侵略にも対応出来ていたかも知れない。

 今更考えても詮無き事では在るが。


「さて着いたな。」

 シオンは目の前に立つ大神殿を見上げた。

 隆々と聳える幾本もの巨大な石柱に支えられた入り口の奥には広大な空間が広がって居り、訪れた人々を受け容れる安らぎの空間となっている。

 様々な場所に設置された光の取り入れ口から差込む大量の日光が色つきのガラスを通して注がれる事により、本来は薄暗い筈の神殿内部に温かな雰囲気を醸し出している。

 壁には流麗な彫刻や彫り物が彩り鮮やかに飾られており、神聖さと美しさを見事に調和させていた。

 その中を沢山の護衛兵達と魔術師達が歩いている。

 確かに賊が何かを仕掛けるとしたら、竣工を終えてからビアヌティアンが据えられ神殿が開かれるまでの間の今の時期が一番の狙い目だろう。

 この過剰なまでの護衛の数は『そうはさせじ』という公王の強い意思を感じる。


「・・・凄いな。本当に3ヶ月前まで廃神殿だったのか?」

 シオンが呆然と呟くとカンナが答えた。

「廃神殿だったのは間違いない。改修の速度が見事だった。毎日沢山の職人達が入れ替わり立ち替わりで作業に入っていてその動員数は延べで10000人とも言われている。」

「其れは凄いな。毎日100人以上が詰めていたって事か。」

「そうなるな。だが装飾関係に関しては、元々この建物自体が優美な建築物として有名な物だったらしいから修繕レベルでもこれほどの出来映えになったんだろう。」

「なるほど。この装飾は最初からあった物なのか。」

 シオンはサラリと彫刻を撫でながら周囲を見渡す。

「それで、ビアヌティアン殿は何処に祀られる予定なんだ?」

「あっちの奥だ。」

 シオンの問いにカンナは参拝所の奥を指差した。


 奥はちょっとした通路になっており、恐らく多くの護衛兵や魔術師達による身体チェックが行われるのであろう場所が何カ所も儲けられていた。

 その奥にはビアヌティアンが祀られる本殿が設えられており、希望する者にはビアヌティアンと直接に言の葉を交わす席も設けられている。勿論ビアヌティアンの姿が参拝者の側からは決して見えない造りにしてあるが、間近に神が居ると思えば参拝者の心に与える感動は並大抵の物ではないだろう。

「・・・良い造りじゃないか。」

 シオンはポツリと漏らす。

「そうだろう。ビアヌティアン殿の『どうせ祀られるのなら出来るだけ多くの人達と言の葉を交わしたい』という希望を最大限取り入れた形にした。」

 カンナは最終チェックとばかりに翠眼を光らせながら、ビアヌティアンが座す予定の場所を中心に本殿全体を念入りに視て廻った。

 シオンもカンナの邪魔をしない様に無言で後をついて回りながら視て廻る。


「特に問題は無さそうだな。」

 カンナが粗方調べ終えた後にそう呟き、シオンも同意した。

「此れほどに厳重であれば何かを仕掛けようも無いか。俺も道程を確認出来たし、此れほど通路に余裕を保たせてくれているならビアヌティアン殿を運び込むのに不安な点は無い。」

「良し。」

 シオンの感想にカンナも満足げに頷いた。

 そして、カンナは一瞬だけ逡巡する素振りを見せながらシオンに妙な事を尋ねた。


「シオンよ。お前、最近変な夢を見ないか?」

「夢・・・?」

 シオンは首を傾げた。






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