112話 卒業式
当初のざわめいた空気とは打って変わり、卒業式は厳かな雰囲気の中で始まった。
学園長であるレーンハイムの祝辞に始まり、アカデミー設立に関わった貴族の当主達が挨拶を済ませていく。
そして冒険者ギルドマスターのウェストンが挨拶に立った。
「卒業生の皆さん、卒業おめでとう!」
その体格を裏切らない大きな声が一帯に響く。
「ここ半年くらいはチョイチョイ顔を出してたから俺を知ってる人も多いと思うが、冒険者ギルドのマスターのウェストンだ。」
ウェストンは力強い笑みを浮かべる。
「卒業生の中にはもうギルド登録を済ませているのも何人か居るが、登録希望者の大半は此れからだと思う。だが焦らなくて良いぞ。登録出来た新米達はギルドが責任を持って面倒見るから安心して欲しい。幸いにも新米向けの簡単な依頼は、毎日山ほど転がり込んでくるから仕事に漏れる事は無いから安心してくれ。」
実際に卒業生の6割方はギルド登録では無く違う道を選択しているのだが、残りの4割は冒険者になる事を希望しており、その数にウェストンは満足している。
と言うのも今年の登録希望者達は、楽して金を儲けたいと考えて何となく登録希望をしていた昨年度までの登録者と違い、ウェストンを含むギルドスタッフ達の生の話を聴いて本気で冒険者に成りたいと望んだ者達だ。
やる気のある人間は大歓迎――ウェストンの期待はどうしたって高まるというものだ。
・・・本当に昨年までのアカデミーの体制が悔やまれる。
苦々しい想いは在るが、今はウェストンもそれをグッと呑み込み笑顔を生徒達に向ける。
「冒険者になる人も別の道を歩く人も、此処からはお前達自身の人生だ。責任を持って人生を楽しんで欲しい。兎に角、みんな卒業おめでとう!」
ウェストンはそう言うと壇上を降りた。
最後にアカデミー設立の起草者であり、セルディナ公国現宰相であるブリヤン=フォン=アインズロードが登壇するとアカデミー生達の双眸に輝きが増した。
何しろ此処数年に於ける立身出世の第一人者である。若い彼等にとっては憧れの存在なのだ。
そんなブリヤンは穏やかな視線をアカデミー生に向けた。
「・・・」
彼等の殆どがブリヤンに注目しているが、度々剣術科と弓術科の卒業生達の訝しげな視線が教員達の立って居る方向に向けられるのを彼は見逃さなかった。
――流石に気が付くか。
ブリヤンは少し笑うと祝辞を述べた。
「皆さん、卒業おめでとう。」
大気を振動させる道具を通して、ブリヤンの大きくはないが良く通る声が生徒達の耳に届く。現宰相はその後もその穏やかな声でアカデミーでの訓練をやり遂げた事に対して彼等を賞賛し、卒業する者達への期待を口にする。
其処までは良かったが、ブリヤンはその後アカデミー設立から去年までの実績についてまで言及し始めた。
其れに対して教師陣が少し動揺しはじめる。無理もない。昨年度までの卒業生達の卒業後の実績は決して自慢できる様なものではないのだ。其れを今から卒業しようとする者達に話してしまって良いモノなのだろうか、と考えるのは当然の事だ。
しかしブリヤンはそんな動揺などに構うことなく淡々と語り続けた。
「・・・この様に、昨年までの君達の先輩達の社会的貢献は決して芳しいものでは無かった。」
「・・・。」
先程までの尊敬に満ちた視線から熱量が冷めて代わりに不安の色が卒業生達に宿り始める。
「此れは偏に我々運営側の責任だ。無論アカデミーの職員達は可能な範囲で最大限の働きを見せてくれている。私が言う『運営』とは、私を含むもっと上の人間達・・・つまりこのアカデミー設立に関わった者達の事だ。実際、当時は様々な対立があって、当時の副学園長だったレーンハイム卿も随分と苦労をされていた。」
ブリヤンは一旦言葉を止めてアカデミー生達を見回す。
「しかし、このまま放置していたら次に卒業を迎える君達の未来すら危うい、とレーンハイム学長は考えられた。そして彼は君達の未来への可能性を守る為に、貴族達と対立する事すら覚悟の上で私に直談判をしに来た。」
アカデミー生達の目がレーンハイムに向く。
「私は彼の職業生命すら賭した覚悟に感銘を受けて、彼のアカデミー内に於ける改革案を支持した。実際に君達は2年生になってからアカデミー内の状況が色々と変化した事に気が付いている筈だ。」
そう問われてアカデミー生達は少しザワついた。
「そう、例えばアカデミーに冒険者ギルドの人達が定期的に訪れて特別講習をしてくれるようになっただろう。それに卒業を待たずとも実績の優れた者達にはギルド登録が許可されるようになった。更には此れまで少し不人気だった回復師科コースの重要性なども君達は初めて知った筈だ。現職で働く人達の生の声を聞いて、君達も何が求められているのかを良く理解出来たと思う。」
「・・・。」
無言ではあったが多くの者達が頷いて見せる。
彼等の頷きにブリヤンは微笑みを以て応えた。
「アカデミーはレーンハイム学園長を中心に確実に変わった。此れからもより良い方向に変化していくだろう。君達はその生まれ変わったアカデミーの初めての卒業生だ。自信を持って次の道へ歩き出して欲しい。」
大きな拍手が鳴る。
その中で1人の卒業生が手を挙げた。槍術科のエースで大柄の少年の名はアラン=クルト。嘗て合同演習でシオン達とパーティを組んだ騎士を目指す少年だった。
目聡くその挙手を発見したブリヤンが手を差し出して発言を促す。
アランは緊張した面持ちで、しかしその表情には若干の怒りが籠もった視線で口を開いた。
「槍術科のアラン=クルトと申します、宰相閣下。発言を許して下さり有り難う御座います。」
「うむ。」
ブリヤンが頷くとアランは勇気を得たように質問を始めた。
「閣下にお尋ねします。先程閣下は私達が生まれ変わったアカデミーの、初めての卒業生だと仰られました。」
「うむ、言った。」
ブリヤンの返答にアランの怒気が強まった。
「では、其れまでに卒業していった私達の先輩達はどうなるのでしょうか? こんな言い方は失礼かも知れませんが、未熟だったアカデミーの教えを受けて卒業し満足な結果が出せない彼等は・・・今のアカデミーに生まれ変わる為の踏み台だったのでしょうか?」
「アラン君!」
現宰相を相手取り無礼とも思えるような質問に、青ざめた教員の1人がアランの発言を止めようとした。しかしブリヤン自身が其れを制した。
少し興奮気味のアランは其れに気付く事無く考えを話し続ける。
「彼等だって私達と同じく希望を持って卒業した筈です。公国からの補助もあって安く設定された入学金でしたが・・・とは言え、なけなしの持ち金を叩いて払った先輩達も居るでしょう。そんな人達が・・・踏み台にされるなんて余りにも不憫です!」
少し涙ぐんでまで訴える少年の思いにブリヤンは胸を熱くした。
「アラン君と言ったね?」
「・・・は、はい。」
一瞬だけ怯んだアランだったが直ぐに真っ直ぐブリヤンを見て頷いた。
「君の発言は一々が尤もだ。我々運営陣の不明さを痛烈に指摘してくれている。」
「・・・。」
「だが安心して欲しい。その件については既に対応している。このアカデミーが起きてから5年、卒業していった者達にもう一度1年間の受講を勧めている。もちろん無料でだ。」
「え・・・」
「実は既に全員に連絡が取れており、希望者の再入学の手続きは完了している。・・・失われた彼等の時間が再入学金免除などで相殺出来るとは思っていないが、せめて其れくらいの対応はせねばな。」
ブリヤンの少し悔しげな表情にアランは頭を下げた。
「そうとも知らずに出過ぎた事を申しました。済みません。」
生真面目な少年の姿にブリヤンは嬉しそうな表情を浮かべた。
「・・・アラン君は騎士を希望しているのかな?」
「はい・・・。」
アランは不安げに頷いた。せっかく決まった騎士への道が閉ざされたかも知れない事に流石に後悔の念が過ぎる。
しかしブリヤンは言った。
「嬉しい限りだよ。我がセルディナ公国に心優しい有望な騎士が1人加わってくれる事にね。その心根を忘れず此れからも大いに励んでくれ給え。」
「・・・。・・・あ、有り難う御座います!」
思い掛けない賞賛にアランは一瞬呆けた顔をしたが、ハッと我に返ると一礼を返す。
一同から先程の拍手を遙かに上回る盛大な拍手が湧き上がった。
そしてブリヤンは最後に紹介する事にした。
「さて、剣術科と弓術科の皆の中には教員達の中に怪しな人物が立っている事に気が付いている者達が居る様なので、ここら辺でそろそろ紹介しておこう。」
そう言うとブリヤンは教員達の方向に目を向けて少年に視線で前に出て来るように合図した。其れに従いシオンはブリヤンの横に立つ。
「剣術科と弓術科の卒業生は知っていると思うが改めて紹介しておく。シオン=リオネイル君だ。」
ブリヤンの紹介に合わせてシオンが頭を下げる。
「彼を知る者達は何故彼が教員側に立っているのかと不思議に思っているだろう。何しろ彼は生徒として編入してきたはずだからね。」
「・・・」
剣術科と弓術科の卒業生達が頷く。
「しかし本当は彼は生徒では無かったんだ。実は彼はアカデミーからの依頼で冒険者ギルドから調査員として送られてきた人物だったんだ。」
「「調査員・・・?」」
皆がザワつく。
「そうだ。君達には偽ってしまう事になって申し訳無かったが、アカデミーを立て直すためには彼の様な現役冒険者の目線から問題点を洗い出して貰う必要が在ったんだ。そしてその為には君達と同じ目線立場でアカデミー内を視て貰うのが良策だと判断した為、彼には編入生としてアカデミーに入って貰う事にしたのだ。」
「・・・。」
皆の視線が壇上のシオンに集まる。
「そして彼は具に学園内部を視て問題点を報告してくれていた。例えば武術科全般の生徒達が魔術科や回復師科の生徒達と交流が無いため魔術の有効性や利用方法を全く知らなかった事を問題視した。本職である冒険者ギルドの意向が全く取り込まれていない不自然さも異様だと彼は報告してくれた。更には一部のコースの不遇など、改善すべき内容が数多く存在している事を彼は指摘してくれた。それらを改善した結果が現在のアカデミーなのだ。」
ブリヤンの言葉に一部の貴族達が苦々しげな表情を浮かべている。
彼等は公王肝入りのアカデミー設立に何とか関わろうと横から口を挟み、創設メンバーに名を連ねた者達だったが『野蛮なギルドの意見など聞く必要は無い』『貴族の子女も多い魔術科と下賤な平民しか居ない武術科に交流を持たせるなど有り得ない』などと進言して、アカデミーの設立主旨よりも貴族意識を強く主張した者達だった。
当初はその彼等の主張が採用されていたのだが、アカデミーの成績が芳しくない事を理由に彼等の意見は取り下げられてしまう。しかも改善した途端に優秀な成績者達が出始めてしまった事で「特権意識と保守的思想に囚われすぎて全く先が読めなかった者」というレッテルを貼られてしまった。
そのせいも在って彼等は社交界に於いて肩身の狭い思いをしており、逆恨み気味の感情をブリヤンに抱いていたのだ。
「・・・この生まれ変わったアカデミーから巣立つ君達ならば、きっとこのセルディナで大きく羽ばたいてくれる事と私は信じている。」
鳴り止まぬ拍手の中でブリヤンは話を締め、シオンを残して壇上を降りた。
そして今度はレーンハイムが壇上に上がりシオンの横に立つ。
「先程、宰相閣下よりアカデミーのお話を賜ったので私からも話しておこうと思う。このシオン君には来年度から定期的にアカデミーの臨時講師として来て貰う事になった。」
「え・・・」
場が響めく。
「彼にはギルド登録に関する試験官になって貰う予定だ。つまり今1年生の諸君達は来年、彼の試験を受けて貰う事になる。」
「・・・おお・・・」
一年生達の注目を受けて、内心では溜息を吐きながらシオンは静かに頭を下げる。
「では、卒業に当たり成績優秀者に対して表彰をしたいと思う。名前を呼ばれた者は壇上に上がって来て下さい。」
レーンハイムはそう言って名を呼び上げる。
「セシリー=フォン=アインズロード嬢。」
「はい。」
セシリーは落ち着いた声で返事をすると壇上に上がりレーンハイムの前に立った。
「貴殿は魔術科に於いて優れた成績を修めるだけに留まらず、先の邪教異変に於いても活躍顕著との報告を受けました。そしてこの国にたった1人のノーブルソーサラーの名を公王陛下より賜った事はアカデミーに於いても大いに誇らしく思います。拠ってその功績を此処に讃えます。」
「有り難う御座います。」
セシリーはレーンハイムから渡された賞状を受け取るとカーテシ-を施した。
「次にミシェイル=ウラヌス殿。」
「はい。」
ミシェイルが壇上に立ちセシリーの横に立った。
「貴殿は剣術科に於いて優れた成績を修めるだけに留まらず、冒険者ギルドに登録したのち目覚ましい活躍を見せました。またその昇格の早さはギルドでも異例の出世速度と聞いています。更には邪教異変に於いても素晴らしい活躍で異変解決の一助になったと報告を受けています。此れ等の功績を評して此処に讃えます。」
「有り難う御座います。」
セシリー同様に賞状を受け取るとミシェイルは頭を下げた。
「次にアイシャ=ロゼ-ヌ嬢。」
「はい。」
アイシャもまた壇上に上がるとミシェイルの横に並んだ。
「貴殿は弓術科に於いて優れた成績を修めるだけに留まらず、貴女もまた冒険者ギルドに登録したのちにミシェイル=ウラヌスを助け目覚ましい活躍を見せました。そして同様に邪教異変に於いても素晴らしい活躍で異変解決の一助になったと報告を受けています。拠って此れ等の功績を評して此処に讃えます。」
「有り難う御座います。」
アイシャも賞状を受け取ると頭を下げた。
「最後にルーシー=ベル嬢。」
「はい。」
ルーシーが壇上に上がりアイシャの横に並んだ。
「貴殿は回復師科に於いて優れた成績を修めるだけに留まらず、邪教異変解決の立役者として活躍したと報告を受けています。また救国の英雄を生み出した中心人物として公王陛下より『聖女』の称号を賜ったとも伺っています。その誇らしき称号とその功績を評して此処に讃えます。」
「有り難う御座います。」
ルーシーに賞状を手渡すとレーンハイムは4人に一同の方向を向くように合図し、その前に立った。
「この4名は旧アカデミーの体質の中で独自に考えて行動し、結果を出した者達です。此れから先の貴方達の道では彼等のような行動が求められます。与えられた使命の中で、どうやって最高の結果を出すかを自分で考えて行動し結果に繋げる・・・此れが望まれています。しかし焦ることはありません。最初からそれが出来る人は居ないと、先を歩く多くの先輩達は知っています。だから丁寧に教えてくれる最初の内に出来るだけ多くのことを積極的に吸収し、自分の物として下さい。」
「・・・」
入学当初は頼りなく見えたレーンハイムの温かな言葉に卒業生達は黙って耳を傾ける。
「自分達の成功も失敗も全てが貴方達1人1人に帰属するのだ、と言う事を決して忘れずに此れから先の人生を謳歌していってくれる事を私は心から願っています。」
そう言って頭を下げるレーンハイムに卒業生達から盛大な拍手が送られた。
その後も式は滞り無く進行し、卒業式は無事に終了した。




