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神の去った世界で  作者: ジョニー
第5章 魔の王
206/214

110話 夜の月

作中に少しセンシティブなシーンが表現されています。

苦手な方はご注意下さい。



 王宮を出て一同と別れたシオンとルーシーは、街中で買い物を済ませてから久しぶりのシオン家に戻った。


 購入したばかりの、小樽に詰められた蜜柑の果実汁をグラスに注いでソファーに寛ぐ。


「臨時講師かぁ・・・」

 ボヤくシオンにルーシーが笑う。

「頑張ってね、シオン先生。」

 少女の笑顔にシオンは苦笑いを返す。

「他人事だと思って、まったくさぁ・・・。」

 ルーシーはねだる様にシオンを見た。

「もし行く時は私も付いて行ってもいいかなぁ。シオンがどんな風に先生をやるのか見てみたい。」

「勿論さ。誰にも嫌とは言わせない。」

 シオンは即座に頷く。

「・・・卒業式。」

 ルーシーがポツンと言った。

「ん?」

「シオンも来るんでしょ?」

「・・・」


 其れは、ルーシーに尋ねられる前にシオンも考えていた。

 自分も行くのだろうか、と。正直に言えば自分が行く意味は余り無い。

 元はと言えば現学園長であるレーンハイムに無理を押し通されて入学したに過ぎないのだ。そして其れはアカデミーの優れない成績を押し上げる為の苦肉の策でしか無かった。

 しかし現在では在学中にCランクにまで昇り詰めたミシェイルとアイシャが居り、ノーブルソーサラーに任じられたセシリーが居り、竜王の巫女として覚醒した聖女の名を冠するルーシーが居る。

 不純な理由で入学した自分が卒業式に参加するのは、せっかく華々しい成果を上げたアカデミー卒業生達の旅立ちに水を差すのではないか。

 更に言えばアインズロード侯爵宰相の栄達を快く思わない者達が存在するのも確かな事であり、ブリヤンの発案であるアカデミーに「不名誉の泥を塗りたがっている貴族達の差し金が無い」とは言い切れないのだ。

 そんな中でシオンが卒業式に参加するのは、ブリヤンを疎ましく思っている連中に良い口実を与えてしまうのでは無いか。

 そんな懸念が彼の心には在った。

 面倒な事では在るが、其れも政治の一部分で在る事に間違いは無いのだ。


 少し不安げなルーシーを見てシオンは微笑んだ。

「そうだな。ルーシーの卒業する姿を見たいし、明日辺りレーンハイムさんに聞いてみるよ。」

「うん。」

 笑顔に変わったルーシーを見てシオンは何だか、何としても出席したくなった。いや、出席じゃ無くても良いから外野から見てみたくなった。


 その後、ルーシーは夕飯の仕度に取りかかりシオンは風呂を焚き始める。久しぶりの日常に2人の心は晴れやかで沈む夕日さえもが2人を祝福してる様に見えた。

 時期は未だ3の月で寒さの厳しい冬だ。

 西に傾いたオレンジ色の夕日が些かも粘る事なく、あっさりとその姿を地平の向こうに隠してしまうと、入れ替わりに訪れた宵闇の帳が公都に降り始める。冬の夜が連れてきた冷気は街の気温を急激に下げ、凍てついた大気が辺りを席巻し始めた。


 暖炉に火を焚いて食卓に着いた2人は、空いた腹を満たそうと旺盛な食欲を発揮する。

「やっぱりセルディナって寒い国なんだね。」

 モリモリと食卓の上の食事を片付けて行くシオンの健啖振りを嬉しそうに眺めていたルーシーがふと思いついた様にそう言うとシオンは頷いた。

「イシュタルのお城のテントで一晩過ごしたけど、こんなに寒くは無かったもん。」

「そうだね。イシュタル帝国はセルディナに比べると南に寄った国だから温暖な地域だね。逆にセルディナはかなり北に位置しているから世界全体で見ても寒い国だよ。」

 ルーシーは頷きながらパイを口に運んだ。

「私、イシュタルに行く前は公城に呼ばれてずっとお仕事してたでしょ。」

「・・・そうだね・・・」

 ルーシーには気付かれないレベルでシオンの表情が微妙に曇る。仕方無い。そのせいで彼は愛する少女との2人暮らしを阻まれていたのだから。

 そうとは気付かずルーシーは話し続ける。

「其処で聞いたんだけど、セルディナの人口が増え辛いのは寒さのせいで、人口が減らないのはジャガイモのお陰なんだって。」

 楽しそうに話すルーシーを見て、シオンの中のモヤモヤは一瞬で吹き飛び少年も笑顔になる。

「ジャガイモかぁ。確かに俺も人口は食べ物に左右されるって聞いた事があるなぁ。」

「面白いなぁって思ったよ。」

「確かに生き物に一番大切な物って何か、と考えたら間違いなく食べ物だもんな。世界の歴史を振り返っても民衆の反乱の要因は殆どが食料不足が挙げられるんだ。」

「そっか・・・当たり前か。食べ物無かったらみんな死んじゃうもんね。お腹が空くとみんな機嫌悪くなるし。」

「違いない。」

 シオンは熱々のチーズとベーコンを挟んだジャガイモの竈焼きを口に頬張る。

「子供の頃は世界の歴史なんかも学ばされたんだけど。国が中から崩壊する理由の大半は民衆の暴動なんだよ。」

「そうなんだ。」

「そして民衆が暴動を起こす理由も大凡が2つしか無い。食料不足はさっき言った通りなんだけど、もう1つの要因が重税だ。」

「税かぁ・・・。」

 何か思い当たるのかルーシーが遠い目をして呟いた。

「考えて見れば当たり前の話で、幾ら働いても税で取られてしまうなら不満も溜まるってもんさ。」

「そうだね。」

 ルーシーが淹れた黒豆茶を口にするとシオンは話を続ける。

「目安があってね。世界の歴史を顧みると暴動の機運が高まるのは大体『五公五民から』って言われてるんだ。」

「ゴコウゴミン・・・?」

 ルーシーは首を傾げる。

「うん、『公』は国の事で『民』は国民の事だね。それを踏まえた上で五公五民と言えば解り易いかな? つまり民衆が稼いだ収入の5割を国が税金なりで持っていってしまうと民衆は稼ぎの半分しか手元に残らなくなる。其れが続けば民衆の怒りが爆発するって事なんだ。」

「半分って・・・。」

 ルーシーは呆れた表情になる。

「そんな・・・半分も取られたら誰でも怒るに決まってるじゃ無い。本当にそんな事する国があるの?」

 シオンは肩を竦めた。

「真っ当な為政者ならそんな事はしない。『そんな事をしたら民が怒る』なんてのは馬鹿が考えても解る事さ。でも長く権力の座に座っていると、腐った人脈や利権なんかに雁字搦めにされてそんな当たり前の事が全く解らなくなる。そして『自分に都合の良い理屈』を盾に『民衆の生活の為の政治』と言う至極当たり前の事から目を逸らし始めてしまう。」

「・・・」

 黙って耳を傾けるルーシーだがその整った顔には僅かに嫌悪の表情が浮かんでいる。

「・・・そんな人達に支配される民衆は悲惨だね。」

 漸く出て来たルーシーの感想にシオンは頷いた。

「そう。私利私欲に塗れた人間に国の上に立たれる事ほど国民にとって不幸な事は無い。だから殆どの国ではそう言う事態を避けるために、トップに立つ人間を定期的に入れ替える方法を採る。」

「入れ替える?」

「そう。例えばセルディナでは此処200年の間に於いて、公王や貴族が30年以上頭領の座に就いていた事は無い。自分の治世に澱みを感じたら公王や貴族の当主は次代の後継者に席を譲り引退するんだ。其れは腐った繋がりを作らせないようにする為であり、もし作られていても其れをリセットさせる為だ。」

「へえ・・・そうなんだ。やっぱりセルディナの公王様達は凄いんだね。」

 感心するルーシーにシオンが苦笑した。

「まあ、そうなる切っ掛けが過去にあったんだよ。レオナルド陛下より6代前のデラオア1世の治世の時に酷い腐敗があったんだ。デラオア1世は50年弱もの間玉座に座り続けて民達を苦しめた。自分達の贅沢な暮らしのために民衆から食料を奪い重税を強いたんだ。その時は六公四民まで行ってたそうだ。」

「酷い。」

「そう、酷い話だ。其れで当時の民衆は爆発寸前だった。しかし王侯貴族はその事に一切気が付かない。『もう限界だ』『暴動が起きる』『国が崩壊する』と言う直前に、後のフェルナンド三世陛下がクーデターを起こしてデラオア1世を追い出した。辺境諸侯達も其れに手を貸した。其れで悲劇は回避され、セルディナ公国は其れまでの支配階級の在り方を考え直したんだ。」

「・・・危なかったんだね。」

 少し驚いた表情でルーシーが言うとシオンも頷いた。

「本当に危なかったと思うよ。もしフェルナンド三世陛下が居なかったらセルディナは今頃亡国の憂き目に遭っていたかも知れない。『ノーブルの黄昏』って名前で記録が残っている筈だから今度お城で調べてみると良いよ。」

「うん、わかった。」

 ルーシーは頷いた後、首を傾げた。

「セシリーも知っているのかな。」

「知ってる筈だよ。当時のアインズロード伯爵領もフェルナンド三世陛下のクーデターに力添えしているから。」

「・・・ふぅ。」

 ルーシーが息を吐く。

「どうした?」

「うん、色んな時代の色んな人達が本当に頑張ってきたんだなぁ・・・って。」

 その言葉にシオンは微笑んだ。

「君もその1人だ。」

「私・・・?」

 ルーシーが訝しげな表情をする。

「そうだよ、竜王の巫女として働いて来たじゃないか。」

 少女は「あ」と口を開けたが、直ぐに笑い返した。

「だったらシオンもだね。竜王の御子様。」

「まぁ・・・そうかな。」

 シオンは照れ臭そうに笑った。


「風呂に入って来なよ。」

 シオンの勧めをルーシーは頑なに固辞した。

「シオンから先に入って。」

「でも・・・。」

「お願い。」

 お願いと言われては逆らえず、直ぐに従ったシオンが首を傾げながら風呂に向かうの見てルーシーはホッと溜息を吐いた。

 多分だけど・・・言われた訳では無いけど、多分シオンは今日私を求めてくる・・・――ルーシーはそんな気がしていた。

 もちろん自分だって同じだ。だから・・・。

 ルーシーは部屋に戻ると今晩身に付ける物を選び始めた。


「上がったよ、ルーシー。」

「!」

 濡れた黒髪もそのままに声を掛けてきたシオンの顔を見て、ルーシーは隠しきれない程の胸の高鳴りを感じてしまった。

「あ・・・あの・・・」

 真っ赤に火照った顔で自分を見上げるルーシーに、一瞬で察したシオンは彼女も自分と同じ気持ちだった事に嬉しさを感じる。

 シオンはそっとルーシーを抱き寄せると真っ赤な耳に囁いた。

「ゆっくりしてね。部屋で待ってる。」

「・・・」

 無言で頷くとルーシーはパタパタと浴室に走って行った。



 この世の黒が収斂したかの様な宵闇に銀色の満月が浮かんでいる。

 部屋の灯りを消した部屋の中で2人は互いに見つめ合う。

 薄地のナイトローブに身を包んだルーシーをシオンはゆっくりと抱き寄せた。冷える空気に晒されているにも関わらず火照るルーシーの熱がシオンの身体に伝わってくる。

「・・・」

 無言で少年を見上げるルーシーは、普段の白磁にも似た肌を紅色に染め上げており彼女の緊張と高揚を如実に物語っている。真紅に彩られた唇が少年の名を小さく呼ぶ。

「シオン・・・。」

 その囁きで我慢の限界を超えたシオンは少女をベッドに押し倒した。


 唇を重ねるとルーシーも情熱的に返してくる。

 口づけては離し、離してはまた口づける。互いに貪る様に口づけを求め合った2人は黙ってお互いの双眸を見つめ合う。黒と紅。互いの視線が猛る情熱を込めて相手を捉える。

「・・・」

 やがてシオンはルーシーが身に付けているローブをゆっくりと脱がし始めた。ルーシーもシオンの動きに合わせて身体を動かしていく。

 シオンは身を起こして下着1枚で横たわるルーシーを眺め下ろした。少女の余りにも美しい肢体に見惚れる少年の視線が恥ずかしかったのか、ルーシーは両腕で自分の胸を隠そうとした。が、シオンはその腕を優しく掴んで止め、少女の上に覆い被さった。

「恥ずかしい・・・?」

 シオンが尋ねるとルーシーは頷いて少し掠れた声で答えた。

「少し・・・」

 少女の小さな声に少年の胸は激しく高鳴り、抑えがたい衝動を一気に解放せぬ様に必死に押さえ込んだ。

 シオンはゆっくりとルーシーの首筋に口づけを落とす。

「・・・!」

 ピクリと反応したルーシーにシオンは続けて首筋と言わず頬と言わず、彼方此方に口づけを落としていく。そのまま左手で少女の膨らみを優しく愛撫した。

「・・・! ・・・!」

 声には出さないが身を捩らせながらルーシーはシオンの動きに喜びを感じていた。

 少女は少年に両腕を回すとその鍛えられた身体をそっと撫で回していく。時折ピクリと反応するシオンにルーシーは嬉しくなりルーシーもシオンの胸板や首筋に口づけを返していった。


 我慢出来ない。

 そう思ったのは恐らく同時だったのだろう。

「ルーシー・・・」

 シオンが囁くとルーシーは潤んだ双眸でシオンを見つめ返し頷いた。

「シオン・・・」


 重なる2人を窓の外から銀色の満月が照らしていた。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆



「ハァ・・・」

 自分の吐いた白い息が天井に舞い上がっていく。

 外は既に陽が昇っていたが残念ながらの曇天模様だった。しかし窓から差込む鈍色の光はベッドに微睡む2人を優しく包んでくれる。

 ルーシーは徐ろに視線を横に投げた。直ぐ隣りに愛する少年が眠っている。竜王の巫女は嬉しそうに口の端を少し上げた。


 昨夜、少女は遂に愛する少年と想いを遂げた。

 其れはとても激しくて熱くて情熱的で。不安と痛みとそれら全てを吹き飛ばす悦びとで感情が爆発して自分が自分では無い様な不思議な感覚だった。理性が吹き飛んで少女はひたすらに少年を求めた。

 少年も其れに応えて何度も求めてくれた。

 乗合馬車で偶然乗り合わせた少年とこんな事になるなんて――無限の可能性の中から選択された運命が導き出した現在にルーシーは可笑しさを感じながらも感謝する。


 何処までも真摯に誠実に。私を対等の人間として扱ってくれた初めての男性。其れまでにもセシリーが対等に接してくれていたけど、男性ではシオンが初めてだった。


 そして破滅の未来しか無かった自分の運命を文字通りに変えてくれた人。

『1人で運命と戦って生き抜いて夢を勝ち取るんだ』と強がってはいたけれど、本当は解っていた。自分は邪教の生け贄にされて死ぬしか無いんだと。だからそんな破滅から免れ得ない自分の運命にシオン達を巻き込みたくなかった。だから彼等から離れた。

 当然シオンから見たら私は勝手に離れて行った友達甲斐の無い奴だった筈だ。それなのにそんな私を自らの命の危険すら省みずに追いかけて来てくれた。

 そして救ってくれた。

 あの時の喜びを私は決して忘れない。

 この人が居なかったら・・・きっと私は此処には居ない。違う、この世には居なかった。

 ルーシーはシオンとの出会いに心から感謝した。


 無邪気に眠りこけるシオンの寝顔を見てルーシーは微笑んだ。

「・・・大好きだよ。」

 そう囁いて身を起こす。

 露わになった自分の身体を見て少女は少し顔を赤らめたが改めて初年の寝顔に視線を向けるとゆっくりと顔を近づけた。

 ルーシーはもう一度シオンに口づけを落とした。




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