108話 最奥の間
落ち着いたルーシーから事の経緯を聞いたシオンは軽く息を吐いた。
「そうか・・・ヤートルード殿が・・・。」
シオンはルーシーの話に驚いていた。
「ルーシー、実はね・・・。」
少年はルーシーを見た。
「俺は夢を見ていたんだ。その内容と言うのが、今君が話してくれた内容と殆ど同じものだった。」
「え・・・。」
ルーシーはシオンの言っている意味が良く解らなくて首を傾げた。
「・・・えっと・・・現実と同じ夢を見ていたって事・・・?」
なんとか結論付けようとルーシーが口にした言葉にシオンも首を傾げる。
「うーん・・・良くは解らないけど・・・俺は其れを夢とは思わず現実の出来事として視ていた感覚だった。だから何故自分が動けないのかが解らなくて戸惑っていた・・・感じかな・・・?」
シオン自身もその時の感覚と記憶が何だったのかが解らない様で曖昧な事しか口にしない。
「ただ、ヤートルード殿が来てくれて『助かった』とは思っていた。此れで皆が助かると。」
「シオンはヤートルード様が最奥のアートスよりも強いと知っていたの?」
「いや、確信が在ったわけじゃない。ただ・・・以前もみんなの前で言った事があると思うけど・・・俺よりも遙かに強い事だけは解っていた。」
「・・・。」
ルーシーは黙ってシオンに抱きついた。
「何でも良いよ。シオンがこうやって目を覚ましてくれたなら・・・。」
少女の想いにグッとシオンの胸が熱くなり、少年も少女の背中に両腕を回した。
「本当に、ルーシーが無事で良かった・・・。」
ルーシーの柔らかな身体を抱き締めて、シオンは当たり前の欲情を感じてしまい慌てて話を続けた。
「そう言えば、夢の中で視たヤートルード殿の最後の一撃は凄かったな。」
シオンの上擦った声にルーシーもハッとなり顔を赤らめながら少年から身を離した。
照れ隠しにシオンの感想に答える。
「うん、ドラゴン=ブレスって言うんだって。ドラゴンでも何回も使えない最強の技だってカンナさんは言ってた。」
「そうか、アレもやっぱり現実の事だったのか。」
あの時に感じた熱量と神性の圧力を思い出してシオンはブルリと身震いした。
「・・・此れでセルディナに帰れるね。」
ポツリと呟くルーシーにシオンも頷く。
「そうだな。当面の間アートスが復活しないなら、もう俺達がイシュタルに留まる理由は無いからな。」
その時、ふと周りを見回した。
「そう言えばみんなは?」
その問いにルーシーはテントの外を見た。
「昨夜、みんなでテントを空けて其処で寝たみたい。」
「そうか。」
シオンはベッドから足を下ろした。
「大丈夫・・・?」
「ああ、ルーシーのお陰だ、全然問題無い。」
シオンが微笑むとルーシーの心配げな顔が笑顔に変わった。
テントを出ると外は目を灼かんばかりの快晴だった。冬の冷気が2人を包むが、亜寒帯育ちの2人には寧ろ心地良いくらいの冷気だった。
ふと視線をずらせばイシュタル帝城に空いた大穴が目に入る。
「あれは・・・」
シオンが訊くとルーシーが答えた。
「あれがドラゴン=ブレスの跡だよ。」
「・・・凄いな。」
竜の本気の力が此れほどとは恐れ入る。
シオンは溜息を吐きながら賞賛した。
「シオン殿、目を覚まされましたか。」
リンデルの側で寝ずの番をしていたクリオリングが声を掛ける。
その声に寝ていたリンデル達が起き上がってきた。
「おお、シオン殿。ご無事だったか。」
リンデルの笑顔にシオンが頭を下げる。
「殿下にはご心配をお掛け致しました。」
「いや何の。伝導者殿は『心配要らない』と仰られていたが、やはり君が目覚めるのを見るまでは落ち着かなかった。」
笑顔のままリンデルは立ち上がる。
「セルディナ公国の重要人物が我が、イシュタルの異変に巻き込まれて深刻な傷を負ってしまったと在ってはな。」
シオンは苦笑すると改めて周囲を見渡した。ミシェイルと目が合ってシオンは微笑みミシェイルもまた頷きながら無言で笑顔を作る。
シオンは再び意識をリンデルに戻した。
「大変な事態でしたね・・・。」
少年の感想にリンデルも重々しく頷く。
「帝都が此処まで直接ダメージを受けたと言う事を見ても、我が帝国に於いて近年類を見ない程の大事変と言って良いだろうな。其れに天央正教の腐敗や法皇猊下の生死に纏わる真実。邪教徒の暗躍や・・・父の大失態・・・。」
最後の言葉は言いづらそうではあったが、リンデルは言葉を濁さずにそう言い切った。
「・・・この数日で帝国は激流に呑み込まれた。立て直すには相当な努力と時間が必要になるだろう。だが皇族が手を拱く訳には行かない。間も無く戻られるで在ろうヴェルノ兄上と2人で何としても立て直さねばならん。」
皇子の力強い視線にディオニス大将軍が頷いた。
「其の通りに御座います、殿下。我ら騎士団も殿下と『新』皇帝となられるヴェルノ陛下に忠誠を尽くして参る所存です。」
その言葉に騎士達が一斉に騎士礼を施して見せる。
「有り難い。心強く思うぞ。」
リンデルもディオニス大将軍と騎士達に感謝の言葉を述べる。
彼等のやり取りを耳にして目を覚ましたのか、女性陣がテントから次々と出て来た。
「シオン!」
セシリーとアイシャの呼び声にシオンは笑顔で応えた。
「では御一行はセルディナ公国に戻られるのだな?」
リンデルの問いにカンナは頷いた。
「そうしようと思っている。アリスとノリアの探し人がイシュタルで消えたのは間違い無いが、セルディナの古代図書館に『闇の力の追い方』について記述された書物が在ったから其れを読みに戻ろうと思う。其れにレオナルド公王に今回の顛末を報告する必要も在るしな。」
「確かにな。」
リンデルも同意する。
そして皇子はシオン達に向かって姿勢を正した。其れに従い控えていたディオニス大将軍と騎士達も姿勢を正す。
「御一同には本当に世話になった。あなた方が居なければイシュタル帝国は確実に最奥のアートスと邪教徒達に因って壊滅させられていただろう。心から感謝する。」
リンデルが一礼するとディオニス大将軍達も騎士礼を施した。
返礼の仕方を知っているシオンとクリオリングが代表して返礼するとリンデルは言った。
「セルディナ公国とイシュタル帝国に繁栄在れ。」
シオンも同様に返す。
「イシュタル帝国とセルディナ公国に繁栄在れ。」
そして両者は堅く握手を交わした。
「竜王の御子の力、大したものだった。また何れ、今度はゆっくりと食事でも共にしたいものだ。」
「光栄です、殿下。」
2人は微笑むとその手を離した。
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「猊下、此方へ。」
蹌踉めきながら歩くディグバロッサを先導しながらパブロスは暗い通路を歩み進めて行た。ディグバロッサから漏れる荒々しい息遣いが彼のダメージの深刻さを物語っている。
やがて2人が辿り着いたのはディグバロッサが常に暗躍の指揮を執っていた小部屋だった。其処に設えていた指令座にディグバロッサを座らせるとパブロスは人を呼んだ。
「誰か居ないか!」
その声に応じて数名の邪教徒と主教格が姿を現す。
「げ・・・猊下!」
呼ばれた者達は敬愛する主の息も絶え絶えの姿に驚愕の叫びを上げる。
「如何為されましたか!?」
「そのお傷は!?」
そして留守を預かっていたメランゼ主教がパブロスを睨め付けた。
「パブロス卿。此れは一体どう言う事だ!?」
「竜王の御子だ。」
パブロスは忌々しそうにそう言う。
「彼奴の忌まわしき技が猊下を傷付けた。」
「竜王の御子・・・」
メランゼが冷えた様に身震いする。
「しかもどれ程の瘴気を流しても猊下の傷が癒えない。」
「そ、そんな馬鹿な・・・」
信じ難いパブロスの報告にメランゼは言葉を失う。
「猊下のあのお姿を見る限り、猊下は『竜化』の力を使われた筈。其れでも竜王の御子は猊下に勝ったと言うのか。」
想像を絶する。文字通り伝説の竜の力をその身に纏う無敵の技が通用しない相手が居るなど、メランゼには信じ難い事だった。
やがてメランゼは最大の疑問に付いて尋ねた。
「そもそも猊下の号令に拠って、我ら留守組を除いたオディス教徒のほぼ全員が帝都に向かった筈。他の者達はどうなったのだ。そして我らが神『最奥のアートス』は顕現されたのか?」
訊かれて当然の質問にパブロスは渋面を作りながら答えた。
「他の者は知らん。が、無事では無いだろう。」
帝都を覆った竜王の巫女の神聖魔法に包まれて、主教格はともかく下位の教徒達が無事で居られるとは思えない。
「其れから最奥のアートスは顕現された。」
「おお・・・!」
メランゼ達が感動の声を上げる。
「で、では帝都の壊滅は上手くいったのだな? 竜王の御子もアートス神に粛正されたのだな?」
勢い込んで尋ねるメランゼにパブロスは渋面を作ったまま答える。
「確かに竜王の御子はアートスに敗れた。」
「素晴らしい!」
「だが、最奥のアートスもまた敗れた。」
「・・・・・・は?」
パブロスの言葉が俄には信じられなかったメランゼは間を置いて呆けたような声を上げた。
「・・・敗れた? ・・・誰がだ?」
「最奥のアートスが、だ。」
「何を言っている・・・古の神だぞ。正真正銘の・・・」
「敗れた。」
言い切るパブロスの顔を眺めたメランゼが発狂したように吠えた。
「ふざけるな! 我らの正義を守護する最強の存在では無いのか!? 竜王の御子とは其れほどの者なのか!?」
「違う、竜王の御子では無い。彼奴は何も出来ずにアートスに敗れた。最奥のアートスを斃したのは古の竜だ。」
「竜・・・。竜だと・・・。」
メランゼは呆然と呟いた。
パブロスとディグバロッサは最奥のアートスが出現した直後、その場を離れて近くの大聖堂のテラスから邪神の戦いを観戦していた。
大きく崩壊した城壁の隙間を利用して観戦しているため邪神の足下付近に居るであろう竜王の御子達は見えないが、降ってきたゴーレム2体とアートスの激闘は充分に見る事が出来た。
追加で降ってきたゴーレムも合わせて3体を屠ったアートスの余りの強さにはパブロスでさえ退く思いだったが、同時に其の無敵ぶりには思わず笑みが浮かんだものだ。
『オディス教の勝利だ』
と思わずには居られない瞬間だったが、其れも巨竜が降りてくるまでの事だった。
「・・・何だ、アレは・・・?」
初めて見る神話時代の生物にパブロスは動揺を隠せなかったが、其処から始まった更なる激闘は先程までの勝利を確信した笑みを吹き飛ばすには充分なものだった。
神像3体を相手にしても優位に戦いを進めていた最奥のアートス相手に、巨竜は互角の戦いを演じていた。
「此処ぞ」とばかりに放たれた最奥のアートスの大技で巨竜が爆発した時には流石に安堵したが、結局のところ竜は死んで居らず、逆に信じ難い一撃を放って最奥のアートスを消し飛ばしてしまった。
「馬鹿な・・・そんな事が・・・。」
呆然と呻くパブロスに後ろで喘いでいたディグバロッサが言った。
「戻るぞ・・・パブロス・・・。」
振り返って敬愛する主の双眸を見た時、パブロスは計画の失敗を自覚した。
「では・・・我らの宿願は・・・?」
メランゼの問いにパブロスは流石に答えられなかった。何故なら最高指導者であるディグバロッサ大主教から決定的な言葉は何も聞いていなかったからだ。
パブロスは答える。
「とにかく、今は猊下のお身体を回復させる事が先決だ。その後に猊下から直接お言葉を賜る。今、我々に出来る事は其れしか無い。」
その言葉にメランゼはハッとなる。
「そう言えば何故に猊下のお身体は回復しないのだ? 猊下で在ればどれ程のお怪我をされようとも、時と共に体内の瘴気を以て回復する事が出来る筈。」
パブロスは首を振る。
「解らぬ。ひょっとしたら竜王の御子が放った魔法の神性が猊下の回復を妨げているのかも知れぬ。」
「・・・其程か・・・。」
竜王の御子の力の強大さにメランゼは呻いたが、直ぐに気を取り直して部下に指示を出した。
「猊下を『最奥の間』へお運びするのだ。この神殿に溜め込んだ瘴気と魂の全てを解放する。」
「は。」
準備に入った教徒達を見遣った後、メランゼはディグバロッサに視線を移した。
御子の神性が強力ならばそれ以上の瘴気で塗り潰すしか回復の手段は考えられないのだ。
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熱い・・・消える・・・このまま消えてなるものか・・・!
ドラゴン=ブレスに包まれて吹き飛ばされた最奥のアートスは消滅する寸前に力を振り絞って、その灼熱の一撃から脱した。
その姿は先程までの威信溢れる巨体など見る影も無く小さく縮こまり、辛うじて人並み程度の大きさを保った黒い塊に変貌していた。
塊は大地に落下すると暫く藻掻く様にモゾモゾと蠢いていたが、やがて雨水が染み込んでいくかのように大地に吸われて消えていった。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
最奥の間にディグバロッサを連れてきたパブロス達は敬愛する大主教をオーブ状のガラスの空間に寝かせる。
ディグバロッサは既に意識を手放しているのか先程から一言も喋らない。
邪教徒達がオーブから出て入り口を塞ぐとメランゼが待機していた教徒に向かって頷く。其れに従って教徒が手元の操作盤を作動させると、ディグバロッサを寝かせたオーブが振動を始め、其の内部に漆黒の瘴気が充満していく。
メランゼが誰にとも無く言う。
「この瘴気は通常のものとは違う。大主教猊下が最奥のアートス神復活の為に日々錬成し続けていた濃密な『神寄せの瘴気』だ。此れを使って猊下のお身体を元に修復させる。」
オーブの中で漆黒の中に時折赤い靄が掛かって見える。
「・・・此れで治せなければ・・・。」
其処まで言ってメランゼは押し黙った。
其の先はとても続ける気になれない。
『ウ・・・ウォオオオオオッ・・・!』
突然、オーブの内部からディグバロッサの吠え声が響いた。
「!?・・・げ、猊下!?」
パブロスとメランゼが叫ぶ。
「如何為されましたか!?」
「と・・・止めろ!」
メランゼの制止によってオーブの振動が止まり、徐々に神寄せの瘴気が晴れていく。
其処には双眸を正視し難い程の真紅に輝かせたディグバロッサが立っていた。
身体に受けていた傷は完全に消え去っている。だが、その身はまるで不気味な鎧を纏っているかの如く異形の姿に変貌を遂げ、一回り以上も巨大化している。
「お・・・おお・・・。」
周囲の教徒達が驚きの声を上げ、メランゼは主が更に強力になったと知って感動に声を震わせた。
「猊下・・・そのお姿は・・・。」
ディグバロッサの視線がメランゼに向けられる。
「素晴らしい・・・。此れで我がオディス教は増々の活・・・」
其処まで言った時、ディグバロッサから伸びた指先がメランゼの頭部を刺し貫いた。喜びの表情を浮かべたまま絶命したメランゼの身体が見る見る内に干からびていく。
「げ・・・猊下! な、何を・・・!?」
驚愕するパブロスを無視してディグバロッサは10本の指を伸ばした。縦横無尽に伸びた指は次々と教徒達の頭を刺し貫いてその生命力を吸い取っていく。
「・・・!・・・!」
恐れ戦くパブロスにディグバロッサの視線が向けられ、敬虔なオディスの主教は恐怖の悲鳴を上げた。




