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神の去った世界で  作者: ジョニー
第5章 魔の王
202/214

106話 神の一撃



 カンナの予想する通り、ヤートルードはこの空間の悪意や圧迫など意に介する風でも無い様に見え、ひたすらにアートスの消えた空間を見つめていた。


「ヤートルード様は本当にアートスの攻撃に対して影響を受けていない様ですね。」

 セシリーが感心するようにそう口にしたが、カンナは違うと考えていた。

 恐らくだがアートスの意識は既に自分達には向いていない。従って邪神は自分達に対して攻撃を仕掛けてきてはいない。あの強烈な不快感や苦痛は、アートスが展開しているこの空間が放つ威力の余波に過ぎずそんなモノでさえカンナ達にとっては威力を感じてしまう・・・つまりレベルが段違いの戦いに移行してしまった事の証左なのだろうと推察していた。

 アートスが攻撃を仕掛けるとしたら間違い無く其の相手はヤートルードであり、此れから其の攻撃が始まる筈だ。

 そして事態は動き始める。


『無駄だ。幾ら私の気配を追おうとも決して掴む事は出来ん・・・』

 四方からアートスの声が響き、ヤートルードが何かに気が付いた様に首の向きを変えて宙の一点を見上げた。

 何処から見ているのかは解らないがヤートルードの動きを見てアートスの声が再び響いた。

『ほう、追えるか・・・流石は竜だ。大したものよ。しかし其処までが限界か。』

 ヤートルードは無言で次々と首の向きを変えていくが、アートスの所在を捕え切れているのか居ないのかは不明だ。

『では、お別れだ・・・』

 三度アートスの声が響いたとき、変化は起こった。


『!』

 ヤートルードの身体がビクンと震えたかと思えば裂かれた腹から大量の血液が迸り出した。其れを皮切りにアートスから受けた傷という傷から体液が噴き出す。

『グァアアアアアッ・・・!!』

 竜の絶叫が響き渡り、その巨体が激しく揺らぐ。

 良く見ればヤートルードの傷口に何かしら赤黒い霧の様な物が侵入していっている。まるで今此処ら一帯を包み込んでいる赤い空間そのものがヤートルードに襲い掛かっている様にも見える。その霧の量は加速度的に増していき巨竜を襲う苦痛は激しさを増していった。


「まずい・・・。」

 カンナが呟く。

「ヤートルードがアートスの術に嵌まってしまっている。このままでは・・・」

 伝導者の顔色が極めて悪い。

「もしヤートルード様が敗れてしまったら・・・」

「我々に対抗手段は無い。」

 其れだけは解っている事だった。


 悶える巨竜の全身が赤黒く明滅し始める。

『グルルル・・・』

 巨竜の口から苦しげな獣の唸り声が漏れる。

 アートスの声が響く。

『抵抗は無駄だ。貴様に掛けた技は私の最終秘術「最奥」だ。自らを滅し神々の視線すら躱す自滅の術は相手に掛ければ抗う事の出来ない破壊の術となる。・・・神の定めた力を味わいながら滅びよ。』

 明滅が激しくなる。

 ヤートルードが虚空に向かって炎を何本も吐き出しながら悶える。

「ヤートルード様!」

 ルーシーとルネが半分泣きそうになりながら敬愛すべき竜の名を叫ぶ。


『終わりだ。』

 アートスの言葉と共にヤートルードの巨体が一際赤く輝き・・・大爆発を起こした。


 爆風と巻き上がる瘴気の渦の中から大量の鱗が飛び出す。舞い降る漆黒の鱗、其れは確かにヤートルードの鱗だった。


「そんな・・・」

 降り注ぐ鱗を見ながらルーシーとルネは愕然と呟いた。

 終わった・・・カンナも覚悟する。

 唯一対抗しうる存在であったヤートルードさえ、覚醒したアートスには敵わなかった。シオンも到底対抗出来ないのならば、もはや世界は邪神に蹂躙されるのを待つしか無い。


 やがて赤黒い空間が急速に一点を目指して収縮していき、その中心点から最奥のアートスが再び姿を現した。

 一見して秘術を展開する前よりも身体が小さくなった様に見えるが、邪神はそんな事などお構いなしに嗤った。

『此れで我が道を阻む者は居なくなった。』

 そしてその真紅の双眸がカンナ達に向けられる。

『残るは竜王の御子と巫女のみ。』

 秘術を使った事に因って幾らか力を落としたとて人間2人を消し飛ばす事など造作も無い。

 アートスが一歩踏み出そうとした時、カンナが叫んだ。

「何故だ! お前は先程、最奥の秘術を使ったと言ったな。其れを使えば復活するまでに数百年を必要とするのでは無いのか!? 何故、今も動けるのだ!」

 カンナの叫びが時間稼ぎでは無く純粋な疑問だと感じ取り、アートスは答えてやる事にした。

『知れた事。自分に掛ければ神体が弾け飛ぶ故に復活する迄に刻を要する。しかし他者に掛ければ単なる破壊の秘術だ。膨大な力故に消耗は避けられぬが活動するに障りは無い。』

「・・・確かに・・・。」

 聞けば当たり前の道理だ。そんな事すら理解出来なくなる程に、自分は冷静さを欠いているのか。

 もはや無理だ。この上は・・・。

「逃げ・・・」

 カンナが言い掛けた時、アイシャが未だ漆黒の瘴気が立ち籠める先に指を向けた。

「あれ・・・。」

 優れた視力を持つアイシャは一同に先んじて或る物を視界に捉えていた。

「・・・。」

 一同がアイシャの指差す先に視線を向ける。


 漸く薄まってきた黒煙の如き濃い瘴気の中に巨体が見えた。

「あ・・・」

 ルネが嬉しげに声を上げる。


 アートスも歩みを止めて瘴気を見つめている。

 やがて晴れた瘴気の向こうには立ち尽くす巨竜の姿が在った。しかし・・・。


「・・・!」

 ルーシー達は息を呑む。

 立っては居た。立っては居たがその全身の鱗は殆どが弾け飛び、痛々しく剥き出しになった肉と流れ出る体液が竜の受けた深刻なダメージを如実に現していた。

「ヤートルード様!」

「ヤートルード様!」

 ルーシーとルネが巨竜の名を叫ぶがヤートルードは身動き1つしない。

「・・・神性が全く感じられない・・・。」

 カンナが無念そうに目を瞑る。


『アレを受けて肉体を遺すとはな・・・流石は神々に仕えた種族の末裔よ。母竜に比べれば大した強さだ。だが所詮、竜は竜。神として生まれた私には敵うべくも無い。』

 アートスはノーデンシュードとヤートルードを貶める様に嗤い言った。

『しかし其の強靱な肉体は我が依代として見るべきものが在る。フフフ・・・竜の強靱な肉体に神の力が宿りて神が神竜に変化するのも一興か。』

 言いながらアートスはカンナ達を再び見た。

『では終いにしようか・・・』

 邪神の言葉に確実な死が迫ってきた事を感じる。

「此れまでか・・・」

 カンナが絶望の言葉を口に出した時、巨竜の骸から凄まじい神性が吹き出した。


「!」

 突如、嵐が巻き起こったかの如き神性の嵐流にカンナ達は思わず地に伏せ、クリオリングが気を失ったままのシオンの身体を大地に押さえ付ける。


『何だと・・・!?』

 アートスは心底驚いてヤートルードを見た。


 傷付いた漆黒の巨竜は吹き荒れる嵐の中に佇みながら其の真紅に輝く双眸を邪神に向けていた。極限まで練り上げられた黄金の神性を纏わせてヤートルードがその口を開く。


 其処から吐き出された炎は其れまでの炎とは全く異質の・・・次元の違う獄炎だった。いや、既に炎と呼んで良いかすら疑わしい物で、巨大な閃光の槍とも呼ぶべき威力が周囲の残骸などを全て消し飛ばしながらアートスに直撃した。

 防御することも出来なかった最奥のアートスは真面にその閃光を受け止める。

『こ・・・此れは・・・この力は・・・!?』

 あれ程の威力を受け止めた事に邪神の底力を見たカンナ達は驚愕したが、其れも一瞬。

『ウ・・・ウォオオオオ・・・!!』

 アートスの巨体が完全に閃光に呑み込まれ、閃光はそのまま後方のイシュタル城の一部を貫いて遙か彼方に飛んで行った。


 ヤートルードの口が閉じられ閃光と化した炎が消えていくと、邪神の居た場所には既に何も存在していなかった。


「・・・」

 筆舌に尽くしがたい破壊の力を目の当たりにしたカンナ達は絶句して眼前の光景を見守っていたが、ヤートルードの巨体が揺らいだことで我を取り戻し巨竜の下へ走り寄った。

「ヤートルード様、お怪我を・・・!」

 ルーシーが神性魔法を使おうとするとヤートルードは緩やかに首を振った。

『良い。この傷は眠りでしか癒やせぬ。その力は御子の回復に使ってやってくれ。』

「・・・はい。」

 でも・・・と言い掛けたルーシーだったが、素直に頷いた。

 今度はルネが口を開く。

「ヤートルード様、最奥のアートスは斃されたのでしょうか?」

 その問いにもヤートルードは緩やかに首を振る。

『否。斃しては居らん。止めの最中に奴は逃げた。』

 その言葉に一同の表情は曇る。

 巨竜はそんな一同の心を知ってか知らずか言葉を続ける。

『恐らくはまた復活を目指すであろう。しかし、直ぐに復活すると言う訳にはいくまい。』

「どういう事でしょう・・・?」

 ルネが首を傾げた。

『・・・我が一撃は奴の最も厄介な部分であった瘴気の衣を剥ぎ取った。故に再びあの姿に戻るには数百の歳月を振る必要が在るだろう。』

「おお・・・!」

 一同の表情に今度は喜色が浮かんだ。

「では、この時代に復活すると言う事は・・・?」

『考え難いで在ろうな。』


 喜びに震える一同を横目に笑顔を浮かべながらカンナは巨竜に向けて一礼した。

「ヤートルード殿。この度は人間界の危機に手を貸して頂いた事、伝導者であるカンナ=トレント=メルリーヌが感謝致します。貴殿が来てくれなかったら、私の大切な友人達はこの地に骸を晒す事になっていたでしょう。」

『トレント・・・ほう、其方は古の森の民か。ノームとは珍しい。』

 カンナは頷く。

『私が動いたのは人の世の為では無い。其処な私の恩人であり友人でもある2人の娘達の悲哀が聞こえたが故だ。』

「流石は竜王神の眷属。聞きしに勝る『誠の心』をお持ちのようです。」

『其れこそ我ら竜の誇り故にな。』

 巨竜は頷く。

「今ひとつ。先程の凄まじい一撃は・・・?」

 カンナの問いに巨竜は虚空を見上げて答えた。

『ドラゴン=ブレス・・・神が我ら竜種に与えた力だ。』

 ヤートルードの答えにカンナはゴクリと喉を鳴らした。

 代わりにルネが感嘆の声を漏らす。

「あ、あれがドラゴン=ブレス・・・神の一撃・・・。」

『良く知っているな。』

「・・・い、古を生きた者達ならば当然で御座います・・・。まさか伝説の力をこの目に見られるなど、光栄の極み・・・」

 声を震わせて感動を口にするルネにヤートルードは頷くと翼を広げた。

『人の子らよ。邪神を相手によくぞ持ち堪えた。古の時代から比ぶれば命の力は弱まったと耳にしていたが・・・どうやら杞憂で在った様だ。抗う力も確実に受け継いでいる。』

 ヤートルードから賞賛を受けて一同は頭を下げる。

『・・・私は此れから再び眠りに就く。次に目覚めるは何時のことになるか解らぬが、願わくば再び相見えたいものだ。』

 巨竜の言葉にカンナが答えた。

「偉大なる竜ヤートルード殿に最大の感謝を。そして末永くの壮健を願っております。」


 漆黒の巨竜が翼を一度はためかせると其の巨体がフワリと舞い上がった。

『ではな。』

 別れの挨拶を残して偉大なる竜はメルライア大森林の方角に向かい飛び立った。


 その日、イシュタルの帝都を悠々と飛び去る巨竜の姿を多くの民達が目撃した。

「何だあれは・・・」

「デカい鳥・・・?」

「化物か?」

 一瞬響めいた民達だったが、巨大な影が帝都を無視してメルライア大森林の方角へ飛び去って行くのを見届けると、一様に安堵の息が民から漏れた。


「あれは・・・。」

 ディオニス大将軍達に護られながら移動していたリンデル皇子もまた巨竜を目撃する。

「帝城を覆った謎の霧が晴れて竜が飛び去った・・・。」

「殿下。」

 大将軍の呼び掛けにリンデルは指示を出す。

「城に戻るぞ。」

「御意。」

 大将軍と騎士達が一礼して応えると一行は進路を反転させて一路イシュタル城に戻って行った。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


 アートスが消え、ヤートルードが飛び去った後のイシュタル城は見るも無惨な半壊状態となっていた。

 中庭の救護テントの群れは激闘の余波を受けて全てが吹き飛び、周囲の城壁も殆どが崩壊している。帝城自体も半壊しており内部の一部が露出している程だった。

 そんな中、ルーシー達は目覚めないシオンに治癒を施し続けて居た。


 ルーシーは既に長時間に渡って治癒魔法を施し続けており、流石に見かねたカンナが交代を拒否し続けるルーシーを無理矢理退かせて治癒を変わる。

 用意された低い台に腰掛けて休むルーシーにセシリーが尋ねた。

「シオンはどうなの?」

 ルーシーの表情は明るいとは言えない。

「・・・神性が殆ど感じられないの。今のシオンは普通の人と変わらない状態だわ。治癒を続けないと・・・」

 思い詰めた友人の声にセシリーはギュッと拳を握る。

「せめて救護テントの物資が残っていれば、その中に役立つ物があるかも知れないけど。」

 セシリーの悔しげな声にミシェイルが反応した。

「集めよう。じっと見ているだけなんて耐えられない。」

 少年の言葉にアイシャも頷く。

「そうだね、良く見れば隅の方に色んな物が転がってる。」

「全部集めましょう。」

 セシリーも同意して言った。

「では全員で集めましょう。」

 ルネが提案するとアリスが不安げに言った。

「でも何が必要かが私、判らないです。」

「全部集めれば良いわ、私も判らないもの。」

 ノリアがそう言いアリスの手を引っ張る。

「重い物や大きい物は私かミシェイル殿に声を掛けて下さい。」

 クリオリングが言うと全員は頷き、休むルーシーと治癒を施しているカンナを置いて一同は中庭を散っていく。


 心配げにシオンを見つめるルーシーをまるで背中越しに見ているかの様にカンナが声を掛けた。

「其処まで心配しなくても良いぞ、ルーシー。」

「でも・・・。」

 反論しようとするルーシーに対してカンナは言葉を繋げる。

「今のシオンは確かに普通の少年と変わらんから受けたダメージを鑑みても予断を許さない事に違いは無いが、時が経てば時期に神性が回復してくる。そうなれば後はシオン自身の神性が勝手に身体を癒やし始めるさ。私達は其処まで頑張れば良い。」

「はい・・・」

 未だ心配げではあるが少女の表情は少し和らいだ。


 やがて中庭の中央付近に物資を集め始めたセシリー達にルーシーはカンナの言葉を伝えに行き「無理して物資を集める必要は無い」と話したが

「いや、どうせ始めた事。其れに今後必要になるかも知れない物資を一箇所に纏めておくのは意味あることですからやって置きましょう。」

 というクリオリングの主張で一同は引続き中庭に散っていった。

 カンナに皆の意向をルーシーが伝えるとカンナは笑った。

「元気の良い連中だが、確かに騎士殿の言う通りだ。集めておいて損は無い。好きにさせるさ。」



「巫女殿、伝導者殿。」

 落ち着いた呼び掛けにルーシーが振り返ると騎士達を引き連れたリンデルが立っていた。

 ルーシーが慌てて立ち上がろうとするとリンデルは其れを制して中庭の隅に散っているセシリー達に目を向ける。

「彼等は何を・・・?」

 リンデルの疑問に答えるとリンデルは頷きディオニス大将軍を見た。大将軍が頷き騎士達に指示を出す。

「お前達も彼等を手伝え。」

「は。」

 騎士達が散っていった時にカンナが息を吐いた。

「シオンの中に神性が溜まり始めた。ルーシーの魔法のお陰で傷は癒えているから、後は時間が経てば目を覚ますだろう。」


 リンデルに挨拶を返すとカンナは空を見上げた。

「やれやれ、本当に大変だったな・・・」

 小さなノームの口から漏れた吐息は此処に居る全員の心情を物語っていた。









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