104話 降臨
皇帝が出て行った扉を皆は暫く無言で眺めていたが、中庭から響いて来た『ドンッ』という爆裂音にハッと我に返った。
「みんな・・・」
ルーシーが小さく呟いてテラスに走り出し全員が其れに続く。
中庭には濛々と砂煙が舞い上がっていた。
その中に見える巨大な影。その影の蒼い双眼が輝き、丁度振り返った瞬間のアートスを殴り付けた。
「ゴーレムが3体に増えた・・・!?」
カンナが呟いて天を見上げる。
「レシス様も無理をする。」
新たに参戦したゴーレムが2撃目を放った。
しかしアートスは其れに反応して繰り出された巨腕を掴んだ。そして全身から大量の棘を放つ。棘とは言ってもアートスの巨体から放たれた棘である。その一本一本の大きさはシオン達の持つ剣以上だ。其れが無数に放たれゴーレムの全身に突き刺さった。
忽ちゴーレムの全身に皸が入り、その表面はボロボロと崩れ落ちていった。
「ああゴーレムが・・・」
セシリーが絶望の声を上げる。
が、崩れ落ちたゴーレムの前面から無数の細かい光弾が放たれ、アートスを覆い尽くさんばかりの勢いで炸裂し、それらが一斉に弾けた。
「テラスから離れろ!!」
ディオニス大将軍が叫び全員が其れに従った。
光と轟音と突風が吹き荒れ、巻き起こった神性に拠る大爆発の余波が中庭の真上にあるテラスまで届いた。
「シオン!」
「ミシェイル!」
叫んでテラスに飛び出そうとするルーシーとアイシャの腕をセシリーが掴んで止めた。
やがて爆風が収まり全員が再びテラスから中庭を見下ろすと、全身に砲筒を備えたゴーレムと流石に焼け焦げたアートスが睨み合っていた。そして最初の2体のゴーレムもアートスに近づいていく。
「どうしよう、カンナさん。」
セシリーがカンナに尋ねると小さな伝導者も流石に即答は出来なかった。
状況を見る限り、シオン達もアートスには直接手を出していない様だった。つまり彼等の攻撃はアートスに通用しないと言う判断なのだろう。恐らく最もアートスに有効な一撃を加えられる筈の4人が攻撃が通用していないなら、攻撃手段が魔法主体になる此処に居るメンバーが参加しても足手纏いにしかならない。唯一アイシャだけは可能性があるが見込みは薄いと考えられる。
しかし「此処から離れる」と言ってこのメンバーが頷くとは思えない。
「ディオニス大将軍、リンデル殿下は連れて行ってくれ。イシュタル帝国の未来を考えれば、今この御仁を失う事だけは避けなければならん。」
「承知した。」
ディオニス大将軍は頷くとリンデルを促す。
「・・・。」
リンデルは何かを言い掛けたが、カンナの言い分に正当性を見出した皇子は大将軍に向かって頷き部屋を出て行った。
「さて。」
カンナは一同を見た。
「本来なら私達も此処から撤退するべきだ。残ったとて魔法による援護がアートスに通じない以上、シオン達の足手纏いにしかならん。」
「・・・。」
悔しげな表情を見せる少女達にカンナは内心で溜息を吐く。
「しかしお前達は受け容れないだろう。」
少女達は頷く。
アリスとノリアは若干頷くのが遅れたが、此処まで行動を供にしてミスト探索に力を貸してくれたカンナやセシリーに対する思いもあるのだろう。
カンナは今度は溜息を吐いて見せた。
「ならばせめてこの城内からは出るぞ。中庭が見えさえすれば状況も把握出来ようから、其れが出来うる条件で可能な限り離れた所から見守るぞ。」
「・・・はい。」
カンナが譲歩してくれている事を察している少女達は少し間を置いて頷いた。
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アートスとゴーレム3体の激闘は尚も続いていた。
剣のゴーレムがアートスと真正面から殴り合い、光弾を放つゴーレムが隙を突いてアートスを撃ち抜く。更に3体目のゴーレムが砲弾を放ちながら剣のゴーレムと連携してアートスに殴りかかる。
稀に剣のゴーレムが仲間のゴーレムの攻撃に被弾しているが、かなり頑丈に造られているらしく大した損傷も受ける事無く戦い続けている。
盾役、近距離攻撃役、遠距離攻撃役と上手く役割を分けながらゴーレム達はアートスと渡り合っていた。
アートスもまた正面のゴーレムに巨剣で切り裂かれながらも執拗に殴り続けて居る。後方のゴーレムから放たれる光弾も数回に1回は手で受け止めて防いだり、横から殴りかかってくる3体目のゴーレムの攻撃にも反応出来るときに弾き飛ばしたりしていた。
驚くべきはそのタフさで、かなりの傷を受けても一切怯む事無く応戦し続けている。
見れば受けた傷は見る見る内に塞がりゴーレムが幾ら攻撃を加えていても決定的なダメージを与えられている様には見えなかった。
既に中庭周辺は4体の巨人達の激闘による余波を受けて半壊状態だ。
ゴーレムはともかくアートスに疲れが見えない以上、この激闘は例えイシュタル帝城全体を巻き込んで磨り潰してしまったとしても終わりそうに無かった。
そしてその事以上に気に掛かる事がシオンには1つ在った。
ゴーレムを動かしている神性は保つのだろうか?
もし其れが切れてゴーレムが動きを止めて仕舞えばアートスを止める者が居なくなって仕舞う。
「駄目だ、このままじゃ・・・。」
ゴーレムの攻撃を受けて弾け飛ぶアートスの肉片から次々と湧いて出て来る小悪魔達を叩きながらシオンは呟いた。
何とかゴーレム達が動いている間に決定打を撃ち込む必要が在る。
先にカンナが言っていた赤い神性も、恐らくはルーシーを傷付けられた怒りに任せて無意識に行ったと思われる以上、今それを再現するのは難しい。
「シオン!」
「ミシェイル!」
聴きたかった声が耳に届いてシオンとミシェイルは即座に振り返った。離れて戦っていたクリオリングとルネも視線を向ける。
見れば城内から出て来たらしいルーシー達がシオン達を遠くから心配げに見ていた。
「避難するんだ!」
シオンが叫ぶ。
その声にカンナが頷いてシオンに従う意思を示した。
伝導者に促されて後ろ髪引かれる様にルーシー達が踵を返しかけた時、変化が起きた。
『ズドンッ』
鈍い破壊音が響き全員の視線が其方に向く。
アートスの巨大な左拳が剣のゴーレムの胸板を突き破り背中に飛び出していた。
「ああ・・!」
少女達の悲鳴が戦士達の耳にも届く。
続けてアートスの右腕がゴーレムの頭を掴み容易く粉砕した。
機動を示す証であった様な薄い発光が全身から消え、ゴーレムは跪くとそのまま地響きを立てながら倒れ伏した。
空かさず遠距離のゴーレムが光弾を放ったがアートスは其の直撃をものともせずに突進し、ゴーレムの頭に裂けた巨大な口で喰らい付いた。
ゴーレムはアートスの口を引き離そうと両腕で魔人の身体を押し返すが、アートスの噛みつきを引き離せず・・・
『バキンッ』
と首ごとゴーレムの頭は引き千切られた。
そのまま食い千切られたゴーレムの頭はアートスに因って噛み砕かれ吐き出された。2体目のゴーレムも起動を停止する。
その時3体目のゴーレムがアートスに後ろから組み付いた。
前面に展開された無数の砲口が輝きゼロ距離での全身砲撃が始まる。その刹那、アートスは強引に身体をねじ曲げ逆にゴーレムに組み付く。
爆裂音が響き砲撃が始まるのも構わずアートスはゴーレムをそのまま抱き潰し上半身と下半身をへし折った。
「・・・」
砲撃が止まり、3体目のゴーレムの上半身が音を立てて大地に落下した。
「そんな・・・。」
余りにも急激な事態の変化に呆然と立ち尽くすシオン達に、全身から砲撃を受けて煙を上げるアートスの巨体が向き直った。
傲然と立ち尽くす古の神の姿に圧倒される。
『漸く身体が目覚めたか』
地の底から響くような思い声がアートスから放たれる。
「目覚めた・・・だと・・・?」
『そうだ竜王の御子よ。』
アートスの2つの赤い眼がシオンを捕らえて嗤った。
『神の身体と言うのは厄介なモノでな、如何に知性と経験が加わっても直ぐには思い通りの力を発揮できない。』
此れはヘンリークの言葉なのか。
「・・・今喋っているのはヘンリーク、貴様なのか?」
ミシェイルが尋ねるとアートスは今度こそ声に出して嗤った。
『フフフ・・・ヘンリークなどと言う名前に未だ拘るとは、まだ私の事を理解出来ていない様だな。』
「何?」
『私は最奥のアートスだよ。ヘンリークと言うのはあの姿の時に使っていた偽名に過ぎぬ。人間の時も、そして今も私は最奥のアートスだ。』
今度はクリオリングが尋ねる。
「先程お前は漸くからだが目覚めたと言っていたな。其れはつまり・・・あのゴーレム3体を使って身体の覚醒を狙っていたのか?」
『そうだ。攻撃を受けて身体の再生力と頑強さを取り戻し、殴り続ける事で破壊力を取り戻したのだ。』
「つまりゴーレムを倒そうと思えば直ぐに倒せていたという事か?」
『・・・』
アートスは答えずに裂けた口を開いて嗤って見せた。
「貴男の目的は何?」
今度はルネが尋ねる。
『先程も話した通りだ。人も魔も神も秩序も奈落も混じり合い、光も瘴気も入り交じった、何の境界も無い世界だよ。』
なるほど、と今なら納得出来る。
邪神にとっては望むべき世界だろう。
『そうなれば無限に続く争いの中で私は魂を吸収し続けられる。混沌の世界は私に更なる力を与えるだろう。』
そしてアートスの視線がシオンに向けられた。
『・・・しかし、御子と巫女の魂は喰えぬ。』
「・・・」
シオンは無言で残月を構え直した。
『・・・故に貴様達2人は此処で消す。』
途端にシオンの身体から神性が再び吹き出した。しかもより強烈に。
「・・・ルーシーも消すと言ったか?」
『言った。』
シオンの神性が白から赤に変色していく。
「シオン、どうした!?」
ミシェイルが驚いて声を上げた。
「何? あの色は・・・」
シオンの変化を見てセシリーとアイシャも戸惑いの声を上げる。
「カンナさん、シオンがまた・・・」
ルーシーがカンナに言う。
「うん・・・。」
カンナはシオンを見ながら口を開く。
「あの現象がシオンの怒りに反応しているのは間違い無さそうだな。だが私はアレを『ドラゴンマジックを纏っている』と表現したが少し違う様だ。」
「違うというのは?」
「ドラゴンマジックに類するモノなのは間違い無い。だがシオン自身も言っていた様に彼が意識してそうしている訳では無いのなら・・・アレは竜王の御子の『魔術』では無く『特性』なのかも知れんな。」
「特性ですか・・・」
「竜王の御子の存在意義は竜王の巫女を護る事、つまり騎士の立ち位置に近いモノだ。だからルーシーを傷付けられるかも知れないとシオンが認識し其れに対して激しい怒りを感じたとき、騎士が主を護る為に剣を抜くように、白から赤へ変化するのかもな。」
ルーシーはシオンを見つめた。
自分のことを其れほどに大事に思ってくれているシオンの気持ちが素直に嬉しく思う。しかし相手が最悪の邪神だと言う事を考えれば直ぐに逃げて欲しい。
「シオン逃げて・・・。」
少女の呟きを耳にしたカンナは悲痛な顔になる。
全てを言葉には出さなくともルーシーの気持ちはカンナにも良く解った故に。
だが、シオンは決して逃げようとはしないだろう。最愛の女性を標的にするとアートスが口にした以上は、アートスを斃すか撤退させない限りシオンは退きはするまい。
しかし・・・自分に出来る事は無い。
伝導者として蓄えてきた知見も神性もアートスに対しては何の力も持たない。当然だ。グースールの魔女相手にも何も出来なかった自分だ。彼女達を遙かに上回る存在に何を出来ようはずも無い。
伝導者は悔しげに小さな拳を握り締めるばかりだった。
シオンの変化を見たクリオリングは次元が違うと一目で判断した。この場に自分達が留まれば返ってシオンの足手纏いになる可能性が高い。
「ミシェイル殿! ルネ殿! この場を離れましょう!」
蒼金の騎士はシオンを呆然と見る2人に向かって叫んだ。
ルーシー達の下に走って行く3人を横目に確認したシオンは改めてアートスに対峙する。と、同時に高く飛んだ。
赤い翼が一瞬でシオンをアートスの眼前まで運び、英雄は神剣残月の紅く輝く刀身をアートスに叩き付けた。
「!」
黒い体液が飛び散りアートスが仰け反った。
効いた!
今の一刀を見た全員が高揚する。
しかし刹那、仰け反ったままアートスの右腕がシオン目掛けて伸びた。
「!」
シオンは空中で咄嗟に身を捻って避けるが邪神の爪が英雄の脇腹を掠める。
『やるではないか・・・』
身を起こしたアートスは残月に裂かれた額の傷もそのままに嗤って見せた。
『最初に斬りかかってきた時とは別人の様で昂ぶったぞ。』
「・・・」
シオンはその言葉に返す事も無く再び斬りかかる。
『ギィィィンッ・・・・!』
しかし今度はアートスが左腕の爪を伸ばして残月を受け止める。
『どうした、終わりか?』
その声にシオンは表情を怒らせて連撃を仕掛けるがアートスは楽しげに指を動かしながら爪で残月をいなしていく。
不意に大気が動き、アートスの右腕が途轍もない速度でシオンに急接近した。
「!!」
あっと思う間も無くシオンは殴り飛ばされ城壁に激突した。
「シオン!」
涙を滲ませながらルーシーが叫ぶ。
その声に反応したのか、崩れ落ちる城壁の瓦礫が弾けてシオンが上空に飛び出した。
「・・・。」
勢い良く飛び出しはしたものの、シオンは全身に傷を負っていた。身に纏っていた蒼金の鎧が無ければ死んでいたかも知れない。
其れほどのダメージだった。
「駄目だ・・・大きさが違いすぎて戦いになっていない。」
クリオリングが呟く。
「クリオリング様、どうにかなりませんか?」
必死に尋ねるルーシーにクリオリングは無念そうに首を振る。
「只の木偶の坊ならいざ知らず、相手が最奥のアートスでは・・・あの大きさの差は致命的です。」
歴戦の戦士がそう言うのなら間違い無いのだろう。
「・・・。」
ルーシーは思い詰めた様にシオンを見つめる。
『さあ、では今度は此方から行こう。』
アートスの巨体が動き出す。
右手を振るうと突風が起き、大気が裂けて神性を伴う刃がシオンを襲った。
「!」
辛うじて躱すシオンに次々と突風が襲う。
アートスは腕を振り続けながらシオンに近づき・・・2撃目が竜王の御子を捉えた。
大地に叩き付けられたシオンはそのまま動かなくなる。
「・・・!」
ルーシーが突然走り出した。
「止せ! ルーシー!!」
カンナが叫ぶと同時にルネがルーシーを掴もうとするが、ルーシーの神性がルネの手を弾く。
シオンが殺されてしまう!
彼が殺されるのを黙って見ているくらいなら・・・!
手を伸ばしてシオンに駆け寄ろうとする巫女にアートスは邪悪な嗤いを浮かべながら片脚を上げた。
シオンだけを見つめて走るルーシーに足が振り下ろされる・・・刹那。
一瞬だけ空の一点が光り、強烈な閃光がアートスに撃ち落とされた。
耳をつん裂く程の轟音と鳴動が一帯を支配する中、巨大な閃光の柱に呑み込まれたアートスの吠え声が響き渡る。
「・・・」
真っ黒に焦げて動きを止めたアートスを一同は呆然と見守る。
「あれ何だろう?」
アリスの声に我を取り戻した一同が彼女の指差す先―――アートスの頭上の遙か上に視線を移すと、其処には黒い小さな黒点が在った。
黒点は此方に近づいてきているのか次第に大きくなってきており、やがて1つの形が視認出来る様になる。
やがて大地に降り立ったその漆黒の巨体は・・・。
「「ヤートルード様!」」
ルーシーとルネが嬉しそうな声が重なる。
正統なる竜王神の眷属にして末裔、偉大なる竜が降臨した。




