102話 巨人の戦い
舞い上がった砂煙が晴れた先には2体の巨像が立っていた。
「ゴーレム・・・。」
ミシェイルから失望の声が上がる。
選りにも選ってイシュタル大神殿を暴れ回ったゴーレムが2体も現れるとは。
「なんてこと・・・。」
ルーシーも絶望の声を上げるがカンナは期待の視線を空へ向けた。
「いや、違う。この2体は天の回廊から落とされた物じゃないか? だとしたら落としたのは・・・」
『シオン様・・・』
清らかな声がシオン達の耳に直接響く。
「レシス様・・・!」
信頼する女神の声に一同は立ち上がった。
『天央12神像のゴーレムを動かしました。』
「助かります、レシス様。」
シオンが答えると再び声がする。
『本当は7体全ての12神像を動かしたかったのですが・・・神性が足りず2体しか動かせませんでした。すみません・・・』
「謝るなどと・・・」
『最奥のアートスの力は強大です。其の2体のゴーレムだけで斃せるかは不明です。』
「いや、充分だ。」
カンナが答える。
「斃せないまでも私達の代わりに戦ってくれれば、その間に帝都の多くの人々を遠くまで逃がす事が出来る。今は其れが出来れば充分だ。」
『カンナ様・・・そう言って貰えると助かります・・・。』
レシスの声が途切れると天空から光がゴーレムに降り注いだ。
ゴーレムの双眼が蒼く輝き2体は起動した。
「・・・」
黙ってやり取りを見ていたアートスが無言でゴーレムに向かい始める。
3つの巨体がぶつかった。
ゴーレムの巨大な拳が振り上がりアートスの胸部を強かに打ちのめす。
「・・・!」
アートスが揺らいだ。
初めて。
更に2体目のゴーレムが口に相当する部分を開き目も眩まんばかりの光弾を撃ち放った。
「!!」
顔面に直撃を受けたアートスは声も上げずに大地に倒れた。
「凄い・・・。」
アイシャが呆然と呟く。
しかし見ればゴーレムの一撃を受けて弾け飛んだアートスの肉体の破片が変異して小型の悪魔を生み出している。
クリオリングが叱咤の声を上げた。
「さあ皆さん、見惚れている場合ではありません! レシス様が与えて下さった好機を無駄にしてはなりません!」
蒼金の騎士の声に一同はハッとなった。
「そ、そうだな。」
頷くカンナにシオンが叫んだ。
「カンナ! ルーシーとアイシャと一緒にセシリーの後を追え!」
「え・・・」
驚く少女2人にシオンは言う。
「アイシャ、カンナを背負ってくれ。癒やしの技が使えるルーシーとカンナは神性をとっておいてくれ!」
「・・・わかった。」
シオンを見てカンナは頷いた。
実際には2人が使う回復術に神性は使わない。
シオンの真意は其処には無い。此処で巫女と御子、伝導者の3人が纏めて消える事を危惧しているのだ。そして盾になるのならば其れは自分だ――シオンの考えそうな事だが、彼の考えは間違っていない。
「だが、お前が危惧している様な事が起きることを私は断じて認めないぞ。」
其れを聞いてシオンは苦笑した。
「解っているさ。」
「行くぞ、2人供。」
「でも・・・」
心配げな2人にカンナは更に言った。
「行くんだ!」
強めに言われて2人は漸く動き始めた。
「みんな、済まない。」
シオンが残ったメンバーに謝るとクリオリングが首を振った。
「何の。貴男が残られると言うのならば、このクリオリングは何処までも供を致しましょう。」
「そうだ、シオン。アイシャまで一緒に逃してくれた事には感謝しかない。」
ミシェイルも笑顔で答える。
「私も同感です、御子様。私に初代天央12神の罪を贖う機会を与えてくれた事に感謝致します。」
ルネもシオンに微笑んだ。
そして剣を抜く。
シオンは不思議そうにルネに尋ねた。
「ルネ殿、その剣は?」
以前は薄桃色の刀身を持つアルテナだった筈だが、今彼女が手にしている剣は緑色に輝く刀身だった。ルネは答える。
「兄弟子のエクトールが持っていた宝剣ソーンと私が持っていた宝剣アルテナが融合した剣です。名前は有る筈ですがクリソスト師から聞いていないので判りません。」
「そうか。ではアルテナよりも強力になったのか。」
「其れは間違い無く。」
ルネが力強く答えるとシオンは頷き、ゴーレムと殴り合うアートスを睨み据える。
「みんな、あの化物に生半可な攻撃は通じない。アートスはゴーレムに任せて俺達はあの悪魔達を討つ。一匹たりとも逃すな。」
「解った。」
シオンの指示にミシェイルが答えクリオリングとルネが頷く。
真正面から殴り合うゴーレム2体の横をすり抜けて4人は得物を振るいアートスが生み出した小悪魔達を叩き伏せていく。
それにしても・・・とシオンはゴーレムの頑強さに驚く。
脅威の威力を誇るアートスの拳を受けて、一撃で粉砕されないとは。流石に無傷という訳ではないが、アートスの豪腕に殴られてゴーレムの身体に皸が入るともう1体が間に入って殴り始める。その間に受けた皸が消えていき再び2体で殴り始める。
攻守を入れ替えて、まるで意思を持っているかの様に連携を図りながら2体のゴーレムはアートスと戦っていた。
此れならば直ぐに追い込まれる事は無いだろう。
だが、残念な事にアートスを斃すだけの超火力がこちら側の手に無いのが痛かった。
本来ならその超火力の一撃をシオンが放つはずだった。しかし放ってはみたもののクリムゾン=ブレイクはアートスに因って無効化されてしまった。
もっと強力な手を俺が持っていたら・・・!
次々と生まれてくる小悪魔達を斬り払うシオンの胸に慚愧の念が押し寄せてくる。
シオンがそんな無念の念いを感じている間もアートスとゴーレムの激闘は続いていた。
アートスの拳がゴーレムを殴り倒す。其れを受けてもう1体のゴーレムが右拳をアートスに叩き付けた。
するとアートスが受けた其の右腕を掴みゴーレムを手繰り寄せる。そしてそのまま魔人の口が裂けて掴んだゴーレムの右肘に食らい付いた。
ミシミシと神石が軋む音がしたかと思うとゴーレムの右腕が粉砕され食い千切られる。
「!」
均衡が崩れた!
遂に危惧していた事が起きたか、と4人に緊張が走る。
しかし均衡は崩れなかった。粉砕されたゴーレムの右肘から巨大な剣が飛び出しアートスを斬り裂いたのだ。
其処に殴り倒された方のゴーレムの口が開いて再び光弾を叩き込む。
堪らずアートスは蹌踉めいて2歩3歩と後退した。
――いけるかも知れない・・・!
4人はゴーレムの奮戦ぶりに流石に希望を見出す。
アートスとゴーレムの戦いが苛烈さを増す度に、肉片が飛び散り湧き出す小悪魔の数も加速度的に増していくが1体1体の強さは大した事は無い。
兎に角今はゴーレム達の勝利を期待するしか無い。
ディグバロッサとパブロスはいつの間にか姿を消してしまっていたが今はアートスへの対処が先だ。
突如剣を生やしたゴーレムが背中に空いた穴から強烈なエネルギーを噴射させて跳躍した。
「!」
一瞬、虚を突かれた様にアートスが跳んだゴーレムを視線で追いかける。
その隙を突いてもう1体のゴーレムが光弾を吐き出した。アートスは即座に反応してその光弾を受け止めて弾き飛ばす。その時、跳躍したゴーレムは落下して既にアートスの頭上に迫っていた。
『ズンッ』
重々しい音と供にゴーレムの超重量を乗せた巨剣がアートスの胸を貫いた。
「やった!」
思わずミシェイルが嬉々と叫ぶ。
しかしアートスは受けた傷など意にも介さぬ様子で身を捻り、その勢いでゴーレムの剣を捻り折った。そのまま脚を突き出してゴーレムを蹴り飛ばす。
地響きを立てて倒れる巨像の向こうからもう1体のゴーレムが光弾を吐き出そうとするが、其れよりも速くアートスが裂けた口を開けて青白い神性の奔流を吐き出した。
膨大なエネルギー量を受けてゴーレムの左肩から先が吹き飛んだ。
「・・・」
もはや人知を超えた戦いに4人は呆然とするしか無い。驚異的なゴーレムの強さもだが、其れさえも押し返すアートスの強大さはシオン達の予想を超えていた。
その時、アートスの背後に轟音が鳴り地響きと供に砂塵が舞い上がった。
砂塵の中で蒼い双眼が輝き、間を開けずに振り返ったアートスを殴り付けた。
「もう1体ゴーレムが・・・!」
クリオリングが叫ぶ。
新たに参戦したゴーレムが2撃目を放つ。
しかしアートスは其れに反応して繰り出された巨腕を掴む。そして全身から大量の棘を放った。棘とは言ってもアートスの巨体から放たれた棘である。その一本一本の大きさはシオン達の持つ剣以上だ。其れが無数に放たれゴーレムの全身に突き刺さった。
忽ちゴーレムの全身には皸が入り、その表面はボロボロと崩れ落ちていった。
「ああ・・・」
ルネが絶望の声を上げる。
が、崩れ落ちたゴーレムの前面から無数の細かい光弾が放たれ、アートスを覆い尽くさんばかりの勢いで炸裂し、それらが一斉に弾けた。
光と轟音と突風が吹き荒れ、巻き起こった神性に拠る大爆発に吹き飛ばされまいと4人は大地に這い蹲って耐える。
大量に這い出てきていた悪魔達がその衝撃で崩れ去っていく。
爆風が収まると全身に砲筒を備えたゴーレムと流石に焼け焦げたアートスが睨み合っていた。そして最初の2体のゴーレムもアートスに近づいていく。
戦いはそう簡単に終わりそうも無い。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
先に城内に避難していたアリスやノリアと合流したカンナ達は、城内を走りディオニス大将軍の下を目指して走った。
途中で捕まえた兵士の話に拠れば、ディオニス大将軍は4階のテラスに向かうとの事だった。
中庭などに居た人々は怪我人も含めて既に帝城から脱出していたが、まだ城内には大勢の人々が残っている。一刻も早く大将軍から避難の指示を出して貰わねばならない。
其れに先程から何度も激しい衝撃が帝城を揺らしている。ゴーレム達がアートスと戦っているのだろうが、果たしてどれ程保つのかが解らない。
事態に一切の猶予は無かった。
一気に4階まで駆け上がった少女達は流石に息を切らしながらテラスに向かう。
この先は皇族も活動範囲とするエリアだが、流石に警備は薄い。と、言うよりも皆無だった。
テラスまで辿り着くとカンナはアイシャから飛び降り、扉を開けた。
其処には騎士の一団と一際豪奢な衣服に身を包んだ初老の男が居た。
「何者か!」
騎士の1人が声も荒々しく詰問する。その視線は少女達の中では1番背の高かったアイシャに向けられている。取り敢えず、と言った感じではあったが。
「え・・・と・・・」
戸惑うアイシャにカンナは合図を送ると落ち着いた声で騎士に謝罪した。
「ノックもせずに入った事は申し訳無かった。緊急だったので礼を欠いてしまった。私はカンナ。伝導者と呼ばれる者でな、ディオニス大将軍の許可を得てこの異変関連に首を突っ込んでいる者だ。」
「おお・・・」
騎士達が僅かに感嘆の声を上げる。
「ほう・・・伝導者とな?」
特に大きくも無いが聞く者に威圧感を与える声が発せられた。
一団の中で豪奢な衣服に身を包んだ初老の男が前に出る。
「汝が『悠久の賢者』か。汝のことはセルディナ公王から寄せられた親書に書かれてあったな。『小さな友人が出来た』と。」
やはりそうか、とカンナは思う。
騎士達の彼に対する態度と彼自身の身なり。何よりセルディナ公王レオナルドから親書を受け取る存在となれば。
カンナは黙って片膝を着いた。
本来ならば地上の何者に対してであっても片膝を着く様な真似はしない彼女だったが、後ろに立つ少女達まで立ちっぱなしにして置くのは拙い。
「!」
カンナの態度で全てを察したセシリーがいち早くそれに続いて両膝を着き、ルーシー達も慌ててセシリーに倣う。
「ほう、察しが良いな。余がイシュタル帝国皇帝ヴィルヘルム五世である。」
「!!」
カンナは兎も角、他の少女達の身がピクリと震えた。
彼女達にとって皇帝などという存在は謂わばお伽噺の中にしか出て来ない存在だった。其れはセシリーとて例外では無い。そんな存在が今目の前にいる事実に畏怖を覚える。
「中々に活躍している様では無いか。」
ヴィルヘルムの言葉にカンナは立ち上がり答えた。
「そうだな。少なくとも2回くらいは既にこの帝国を救ったと自負しているよ。」
「・・・」
ヴィルヘルムの眉がピクリと動き、騎士の1人が吠える。
「貴様! 皇帝陛下に対し奉り、その言葉は無礼で在ろう!」
しかしカンナは怯まない。
「私は伝導者だ。真なる神の使いとなった私は既に人の世の理の中に生きてはいない。ひょんな事からセルディナ公王と友人にはなったが、この伝導者たる身を以て何者かに謙る事を良しとはしない。その事はご承知頂きたい処だな、皇帝陛下。」
「・・・」
ヴィルヘルムはカンナを見る。
カンナは皇帝にヒントを与えた。後は気付くかどうかだが。
「では既に汝は神の眷属であって人では無いと申すか。」
ヴィルヘルムの確認にカンナは頷く。
「その通りだ、皇帝陛下。」
「なるほど。皇帝は地上を統べる頂きに立ちはするが、確かに天上の神の眷属には力及ばぬ。・・・良かろう。汝の無礼を許そう。」
その時ひと際大きな地響きが鳴り、ヴィルヘルム達がテラスの先の中庭を見下ろす。
「伝導者よ。」
「何か?」
「あの巨人は何者だ? 石像2体はイシュタル大神殿で暴れ回ったゴーレムだと理解するが、あの青黒い巨人は何だ?」
ヴィルヘルムの問いにカンナは返す。
「アレが最奥のアートスだ。今回の異変の中心に居る神話時代の神々の末裔だよ。」
その言葉に周囲の騎士達が響めいた。
1人が尋ねる。
「神話時代だと・・・? そんなお伽噺を持ち出すなど、陛下を前に無礼で在ろう!」
恐らく彼はカンナが皇帝を馬鹿にしたと思ったのだろう。
その心情は解る。
「しかし事実なのだから、皇帝陛下には真実を伝えるしか在るまい?」
「まだ言うか!」
騎士が目を剥いたときヴィルヘルムが片手を上げる。
「良い。」
皇帝の制止に騎士は口を閉じた。
ヴィルヘルムは邪教徒との会話を通じて『それらしき邪神』の存在を知っていた故に、時間を無駄にする事を否としたのだ。
「では、あの周りで戦っている4人の戦士は誰だ? 1人は翼を生やしているが・・・人間なのか?」
続けて問われたカンナの視線が少し厳しくなる。
「その少年は竜王の御子だ。他の者達は彼の仲間だよ。」
「竜王の御子・・・!」
今度こそヴィルヘルムは驚きを以てシオンを見下ろした。
「あれが・・・」
騎士達もシオンを凝視している。
「なるほど、素晴らしい力だ。」
ヴィルヘルムは呟いた。
同時にセルディナに対して不満も感じる。
言の葉を交わすことが出来る神の出現に加え、伝導者や竜王の御子、それにリンデルの話では巫女もセルディナに居るらしい。これだけの物を独占出来るのは帝国の皇帝たる自分であるべきではないか?
確かにイシュタル帝国は近隣諸国を見れば最大の超大国だ。しかし広く世界を見渡せばイシュタル帝国に匹敵する大国は幾つも存在する。そういった超大国の国力をイシュタルが大きく上回れば・・・それを自分の代で為す事が出来たら・・・ヴィルヘルムは間違い無く歴代最高の皇帝との賞賛を受けることだろう。少なくとも彼はそう考えていた。
「伝導者よ。」
「何か?」
テラスから中庭を見下ろしたまま声を掛けてきたヴィルヘルムにカンナが応じると皇帝は危険な光を宿らせた双眸を小さな伝導者に向けた。
「あの4人は何故戦っているのだ?」
「・・・何?」
「此処はイシュタル帝城。余の許可無く戦闘する事は禁じている。あの者達はその禁を犯しているな。」
「何を言っている?」
流石にカンナもヴィルヘルムの真意が汲み取れず訝しげな顔で首を傾げる。
ヴィルヘルムは嗤った。
「余の居城で私闘を行っているあの4人は大罪を犯していると言っているのだよ。」
・・・何という暴論。皇帝たる者が言う事か。
カンナは呆れ、そして怒りを露わにした。
「何を言っているか! 彼等の命を賭した戦いを罪と言うか!」
声を荒げるカンナに騎士達が抜剣する。
「シオンはこの国の為に戦っているんです! 言い掛かりは止めて下さい!」
ルーシーも立ち上がってヴィルヘルムを睨み付けた。
ヴィルヘルムの視線がルーシーに初めて向けられた。
白銀の髪。
美しい紅に彩られた双眸。
そして髪とローブを揺蕩わせ異様な雰囲気を漂わせる少女。
――そうか・・・。
ヴィルヘルムは内心で会心の笑みを浮かべた。
――巫女もこの国に来ていたのか。
皇帝は騎士達に振り返る。
「我が忠実なるロイヤル=ガードよ。今、余に対し暴言を吐いたあの娘を捕らえよ。」
「はっ。」
騎士達がルーシーに迫る。
「!」
ルーシーに怯えの表情が広がり、カンナが叫ぶ。
「やめろ! 彼女は関係無いだろう!」
「ルーシー、逃げて!」
思わずセシリーはそう言ってルーシーと騎士の間に立とうとするが、騎士達に押しのけられてしまった。
騎士の手がルーシーの細い腕を掴む。
「離して!」
ルーシーが拒絶しながら手を振り払おうとするが、鍛え上げられた騎士の腕力には抗うべくも無い。ルーシーが引き摺られ始めた時。
「その手を離せ。」
朗々たる声がテラスの間に響いた。




