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神の去った世界で  作者: ジョニー
第5章 魔の王
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99話 魔人



 シオン達の視線が虚空に集中する。

 強烈な神性が近づいて来るのが一同にはヒシヒシと感じられた。


 そんな中、ディグバロッサが突如出現した瘴気の渦に巻き込まれた。

「何!?」

 神性に気を取られていたシオンがディグバロッサに視線を送った時には、邪教の大主教の姿は既に渦に呑まれて消え去っていた。

「クソ!! また逃がしたか!」

 叫ぶシオンだったがカンナが空かさず訂正する。

「違う! 彼所を見ろ!」

 小さな指が指す先は帝城の大正門前だった。


 何時の間にか集結していたオディス教徒達の前にディグバロッサが姿を現す。その傍らには天央正教の法衣を着た男が1人。

「パブロス大主教!」

 セシリーが叫ぶ。

 現れたディグバロッサに対してパブロス大主教が恭しく頭を下げている。


「そうか・・・そう言う事だったのか。」

 カンナは苦々しげに呟いた。

「行きましょう。」

 クリオリングの言葉に一同は頷き大正門目指して走り出す。

 その間にシオンはカンナを抱き上げて翼をはためかせると地上に舞い降りた。


 邪教の一団と対峙するとシオンは言った。

「パブロス大主教。貴様が通じていたとはな。」

「通じていた?」

 シオンの言葉にパブロス大主教は嘲笑うような表情を見せる。

「通じている、等とは心外な言われようだな。私は元々敬虔なるオディス教の門徒だよ。」

「何・・・?」

 シオンの視線が険しくなるのも気にせずにパブロスは嗤った。

「まあ、そう急くことも在るまい。我らが守護神が御光臨される迄に暫しの時間が在る。其れに直ぐに君の仲間達が此処に来るのだろう? 彼等にも我々の話を聞かせてやれば良い。」

「なるほど・・・。」

 カンナが頷く。

「お前の言い分は尤もだ。この際、全員に聞かせたほうが良かろう。・・・だが、その前に確認だ。お前は元々オディス教徒で、天央正教に食い込む為に入信の振りをしていたと、そう言う事だな?」

 カンナの問いにパブロスは無感動の視線を投げて口を開く。

「私が心酔するのはオディスの教えのみ。・・・私はこの偉大なる教えに従い忠実に役目を熟してきた。その働きが認められて恐れ多くも主教の地位を賜った人間で、天央正教などと言う形骸の門徒供などと一緒にされたくは無いな。」

 パブロスの双眸に狂信的な光が宿った。

「そうか、解った。」

 カンナは頷くとシオンに自分を下ろすように合図する。


「シオン! カンナさん!」

 ミシェイルが後方から声を掛けて来る。その後ろからルーシー達が走ってきていた。


「全員お揃いかね?」

 パブロスの見下した視線が一同を見渡す。

「パブロス大主教・・・。」

 ミシェイルが怒りを込めた視線をパブロスに投げる。

 カンナが口を開いた。

「みんなに言っておく事がある。この男は天央正教のパブロス『大主教』では無い。元からオディスの教徒で天央正教の大主教と言うのは仮初めの姿だ。」

「・・・!」

 一同に緊張が走る。

 彼等の中では『敢くまでもパブロス大主教は天央正教の大主教で、単純に裏でオディス教と繋がっていただけの背信者』と予想していただけに驚きも大きかった。


「さて、では質問の続きだ。」

 カンナはパブロスに翠眼を向けた。

「最初から天央正教を混乱させる為に入り込んだのか? リカルド大主教に近づいたのも・・・」

「そうだ。」

 パブロスは頷く。

 そして回復を図る為に瞑想を続けるディグバロッサに視線を送った。

「我が偉大なる導き手であるディグバロッサ大主教猊下の御下命を賜って、もう10年以上も前から私は天央正教に入り込んだ。イシュタル帝国滅亡を目指すに当たって、天央正教の強固な信心は相当に厄介だったのでな。内部から信者達の信仰を裏切る行動を採らせる事にしていた。其処で私は地方の神官を名乗り、拝殿に訪れた振りをして大神殿の手頃な駒を見積もった。」

「・・・其れがリカルド大主教か・・・。」

 シオンの呟きにパブロスは頷いた。

「そうだ。あの愚物は実に動かし易かった。政治力はソコソコに高く、実に傲慢で欲の強い男だったからな。」

 パブロスの口に冷酷な笑みが浮かぶ。

「リカルドを煽て唆し一大派閥を作り上げさせたのは私の入れ知恵だよ。」

「・・・そして次期法王の座を狙わせた。」

「そうだ。実に良く踊ってくれた。その甲斐も在って天央正教は急激に腐っていき信者離れも加速してくれた。」

「リカルドに色々と文献を持って来たのは・・・」

「勿論、奴を暴走させる為さ。」

「なるほど・・・。」

 カンナの中で色々と辻褄が合い始める。

「・・・存在するはずの無いオディスの古文書も、オディス教徒自身が態と記した物なら在ってもおかしくは無いと言うことか。」

「そう言う事だ。あの小者が踏ん切りを付けて長年の計画を実行させる為にも、一度猊下と話をして貰う必要が在ったからな。」

 そう言って嗤いながらパブロスはディグバロッサに視線を移した。

 その視線が訝しげなモノに変わる。

「・・・猊下? 如何されましたか?」

 彼が敬愛する主はパブロスがシオン達と話をしている間、ずっと回復のための瞑想を行っていた。彼の能力ならば、とうに全快に近い状態まで戻っていても不思議では無い筈なのだが。

 ディグバロッサは殆ど回復していなかった。

「傷が癒えぬ・・・。」

 邪教の大主教は恨めしげな表情でシオンを睨め付けた。

「そ・・・そんな馬鹿な・・・」

 パブロスも戸惑うように視線を黒髪の少年に向ける。

「貴様・・・一体何をした?」

 ディグバロッサの怨嗟の問いにシオンは冷めた表情で答えた。

「クリムゾン=ブレイクは竜神の炎。奈落の者が受ければその身は忽ち崩れ去る。」

「何だと・・・」

「お前が『竜化』とやらを使っていなかったら、お前のその身は鱗に護られる事も無くとうに崩れ去っていた筈だ。・・・とは言え、その身は残っても傷が簡単に癒える事は無い。」

 ディグバロッサは立ち上がった。

「だから回復を続ける儂を無視してパブロスと話を続けていたのか。」

「そうだ。無力化した貴様への止めは何時でも刺せる。」

 シオンの冷酷な言葉にディグバロッサは怒りの表情を見せる。

「・・・舐められたモノよ。このオディスの大主教とも在ろう者がな。」

「・・・。」

 シオンが無言で神剣残月を引き抜いた。


『・・・パキン・・・』

 何かが割れる音が虚空から響いた。


「!」

 セルディナの英雄達も邪教徒達も、そして今や帝城中の誰もが空の異様な気配に勘付き、全員の視線が虚空の一点に集中する。


 そして絶望が姿を現した。


 まるでガラスを砕くかのように何も無い空間が裂けて粉砕され、その奥から巨大な黒い塊が這いずり出て来る。

 ボトリ・・・ボトリ・・・と黒い肉片を幾つも落としながら黒くヌラヌラと黒光りした巨体が大地に落下した。

『ズ・・・ズン・・・!』と轟音が響き大地が揺れる。


 忽ち周囲に強烈な腐臭が漂い始めて帝城中を覆い、大勢の弱っている者達がその腐臭に耐えられずに嗚咽を漏らしながら吐瀉物を撒き散らした。

 邪気に塗れた濃密な神性が全身から放たれ、人々が恐慌状態になってその場から逃げ出し始めた。


 黒い塊はそんな騒ぎには頓着せず、見る見る内に姿を変えていく。

 巨大な4本の腕、胴体、其れを支える4本の脚。そして最上部には頭部と思わしきモノが生えている。ヌラヌラと艶光りしていた表面は次第に硬質の肉感を出して形を固定していった。

 やがて開いた4つの視線が見上げるシオン達を無感情に見下ろした。


「こ・・・此れが・・・」

 ミシェイルの掠れた声が虚ろに皆の耳に届く。

「・・・最奥のアートス・・・。」


 シオンはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 デカい。

 大きさはイシュタル大神殿で暴れ回ったゴーレムと変わらない。だがそれ以上にシオンを威圧したのは圧倒的な存在感だった。真なる神の顕現が此れほどの衝撃を見る者に与えるとは。

 握った残月も虚しく光るだけでシオンはピクリとも動く事が出来なかった。


「ウ・・・オオオオ!!」

 邪教徒達が歓喜の声を上げる。

 主教以上の者達は『アートスは自分達にとっても危険な存在』と知っていたが、それ以下の立ち位置である彼等は其れを知らなかった。

 自分達の理想郷を創り上げる、その象徴とも言える神体が遂に顕現したのだ。

 最初はシオン達と同様に、その圧倒的に邪悪な神性に威圧されていた彼等だったが理解が及べば、その畏怖が歓喜に変わるのは容易かった。

「・・・。」

 腕を上げて歓声を上げる邪教徒達にアートスが視線を向けた。

「神よ!」

「偉大なる真の神よ!」

「我らをお導き下さい!」

 口々に敬愛の言葉を放つ邪教徒達に向けてアートスが腕を振り上げた。

「おお! 神よ!」

「我らが願いを・・・!」

 アートスの腕が笑顔の邪教徒達の上に振り下ろされた。


 轟音と地響きが周囲を席巻する。

 石畳が砕けて土煙が舞い上がった。


 彼等の中で自分に降り注がれた死の其の瞬間まで何が起きたか理解出来た者は居なかっただろう。煙が収まった時には、壊れた人形のように拉げて叩き潰された何体もの死体が転がっていた。

 辛うじて災難から逃れたディグバロッサとパブロスがその場から離れる。


「味方を・・・!」

「自分の信者を殺しやがった。」

 シオン達も目の前で起きた事に衝撃を受けて真面に言葉を紡げない。


「やはりケモノは所詮ケモノか。」

 ディグバロッサが吐き捨てる様に言う。


 拉げた死体から魂が抜き取られアートスの身体に吸い込まれていく。

『ウォオオオオオオ!!』

 帝都中に響き渡るような雄叫びがアートスから上がった。

 聞く者全ての意識を刈り取りかねない程の大音量ではあったが、逆にその強烈な衝撃がシオン達の金縛り状態を解除してくれた。


 シオンの身体から全力で練り上げられた神性が吹き出す。其れに釣られる様に、全員が持てる最大限の技を発動するべく力を溜める。

 カンナが叫んだ。

「アリス! ノリア! お前達は下がっていろ!」

 その指示に2人は頷くと帝城内部に向かって走り出した。


「行くぞ、ミシェイル殿!」

「おお!」

 クリオリングの掛け声にミシェイルが吠えて応え2人の戦士が跳び上がった。クリオリングの剛剣が唸ってアートスの胸を斬り裂き、ミシェイルのデュランダルが煌めいて腹部を裂いた。大量の黒い体液が迸りアートスの巨体が揺れる。

 少女達が其処目掛けて一斉に魔法を放った。

「「セイクリッド=オウガ!」」

 ルーシーとカンナの詠唱に拠り白い光弾が胸と腹に吸い込まれ白く輝いて炸裂する。

「ジ・エンド!」

 アイシャのラズーラ=ストラから放たれた矢が黄金の光弾と化してアートスの眉間に吸い込まれる。

「テスラ!」

 ルネの詠唱と供に浮遊していた紫電の弾がアートスに突撃しながら1つに纏まっていく。紫電は白電の弾と化して正確にラズーラ=ストラが穿った眉間の傷に吸い込まれた。

「舞えよ、風炎!」

 セシリーの号令に従い頭部と胸部、腹部を破砕されたアートスの巨体を炎の竜巻が焼いていく。

「クリムゾン=ブレイク!」

 今日2発目のドラゴンマジックがシオンの手から放たれて魔人を紅いオーラが包み込んだ。


「・・・」

 英雄達の猛攻をディグバロッサは絶句しながら眺めた。

 まさか・・・斃されたのか・・・?

 信じ難い思いが脳裏を過ぎる。

 

「まだだ!!」

 シオンが叫んだ。

「一気に畳み掛けるぞ!」

 クリオリングが一同に号令を掛ける。

 その声に応じて全員が更に攻撃を仕掛けようとした時、魔人の雄叫びが再び上がった。

『ウォオオオオオオ!!』

 雄叫びはまた先程と同様に聞く者の動きを封じ掛けたがシオン達は抵抗して金縛りを回避する。


 アートスの巨大な腕が振りかぶられて比較的近くに居たクリオリングとミシェイル目掛けて叩き下ろされる。

 その衝撃を跳んで躱すとクリオリングは再び跳ねた。其れに続いてミシェイルも跳ぶ。シオンも最後方から少女達の間を駆け抜けると翼を生やしながら2人を追うように飛んだ。


 クリオリングの狙いは明らか。腕を振り下ろす事で低くなった頭部に剛剣を叩き付ける積もりだ。シオンは神性を放つと僅かに高さの足りていないミシェイルを包み込み自分の高さまで引き上げた。

「シオン・・・!」

「頭だ、ミシェイル!」

 驚いた表情を見せるミシェイルにシオンがそれだけ伝えると、彼は理解したのか頷きシオン同様に高々度から自由落下に任せてアートスの頭部目指す。

 下から突き上げるクリオリングの大剣と上から突き下ろした残月とデュランダル、3本の神剣が魔人の頭部に同時に突き刺さった。

『グァアアアア・・・!』

 アートスが暴れ回り3人を振り払った。


 城壁や小塔などを次々と破壊しながら巨体が暴れ回る。


「ジ・エンド!」

 アイシャの矢が暴れ回る魔人の背中に吸い込まれ、それに続くように少女達の魔法が次々と撃ち込まれていく。

 思った以上に自分達の攻撃が神に通用しいている事に少しだけ戸惑わない訳でも無いが「本当にこのまま斃せてしまうかも知れない」と言う思いが、彼等の攻撃の手を強めた。


 魔人の体表が弾け飛び体液が飛散して巨体は見る見る内に傷付いていく。その間、アートスも暴れ回ってはいるがまるで出鱈目な方向を殴り付けているばかりで帝城自体はどんどん損壊していくがシオン達は殆どダメージを受けること無く攻撃し続けた。


「・・・アレが魔人だと・・・?」

 ディグバロッサは呆然と呟く。

「・・・ふざけおって・・・!!」

 自失から立ち直った大主教は、崇めていた神体の余りの不甲斐なさに怒りの声を絞り出す。

「げ・・・猊下、如何致しましょう・・・?」

 ディグバロッサの激怒する姿にパブロスが恐れ戦きながら尋ねる。


 どうするも何も無い。

 計画は失敗だ。魔人は何れ竜王の御子達に斃されるだろう。そして自分は御子の魔法に因るダメージを全く回復出来ていない。

 もともと最奥のアートス其者の活躍に期待をしていた訳では無い。アートスが復活したら自分達にも甚大な被害が及ぼされる事が想像に難しくない以上、魔人は地の底に封じたままその力だけを利用するつもりだった。

 だが周到に組み上げた筈の計画も、様々な邪魔が入ってしまい上出来とは言い難かった。其の上に本命の『悪魔召喚』までが竜王の巫女の手に拠って殆ど無力化されてしまった。

 斯くなる上は、と自ら乗り込んではみたモノの竜王の御子の力は想像を遙かに上回り、想定外ではあった最奥のアートス復活も顕現してみればこの体たらくである。


「・・・撤退だ。」

 ディグバロッサは怨嗟混じりの視線を最奥のアートスに投げ捨てながらパブロスに答える。と、その時シオン達の攻勢に体勢を崩したアートスがディグバロッサ達の方角に倒れ込んで来た。

「・・・!」

 地響きの衝撃と立ち籠める砂煙からディグバロッサは身を護る。が、パブロスは爆風にも似た衝撃に耐えられず吹き飛び大地に転がった。

 動かないパブロスを振り返り、眼前に転がるのアートスの巨体に視線を戻してディグバロッサは怒りの声を上げた。

「この役立たずが・・・!!」


 そんな大主教と気絶するパブロスの背後に1人の男が現れた。


「おやおや、大変な事態になっている様だ。」

 決して張り上げた訳では無いのにやけに通りの良い声が周囲に響き、その場に居た全員の視線が声の主に集まった。


「ヘンリーク大主教・・・」

 シオンが声を上げる。

「危険だ、退がれ!」

 我に返りシオンが叫ぶもヘンリーク大主教は微笑んで制した。

「大丈夫だよ、御子殿。」

 そう言って彼はディグバロッサの横を悠々と歩いて前に出る。


 まさか・・・。

 カンナの視線が険しくなる。

 しかし、パブロスもそうだったのだ。有り得ない話では無い。

 其れにルーシーの『巫女の眼』が心の中を覗けなかった理由もカンナが知らない邪教徒の技で防いでいたとも言える可能性が出て来る。果たして、いくら奈落の法術が強力なケイオスマジックの1種だとは言え、高等神の神性を阻むほどの術を持っているとは信じ難いが。


 カンナが思考している間にヘンリーク大主教は、シオン達とディグバロッサ達の中間辺りまで歩を進め其処で足を止めた。


「・・・」

 一同が黙って大主教を見つめる中、ディグバロッサが叫んだ。

「貴様、何者だ!」


「!?」

 カンナは驚いた。


――邪教徒も知らない・・・?




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