95話 拠点
シオンは中庭に出ると、救護の手伝いをしていたセシリー達を呼び集めて事の経緯を話した。
「解ってるわ。さっき凄い力が3回イシュタル城から放たれていたから『ああ、ルーシーが頑張ってるんだな』って思ったもの。」
セシリーがそう言うとルネも頷く。
「はい、流石は竜王の巫女様です。ルーシーの巫女様としての能力は揺るぎないモノになりつつ在りますね。」
「ああ、俺もそう思う。」
シオンの頬も思わず緩む。
「それで・・・」
クリオリングが口を開く。
「我々は此れからどの様に?」
蒼金の騎士は恐らく察しは付いているのだろうが敢えて問うてきた。シオンも其れを察して頷く。
「俺とクリオリング殿とルネ殿の3人で城下に配置された各拠点を見て廻りたい。勿論、全てを回るには人手が足りないが幾つか回れば周囲の拠点の情報も手に入るでしょう。」
「解りました。」
2人が頷いた時、刻を告げる鐘が鳴った。
「では直ぐに出発して次の鐘が鳴るのを合図に此処へ戻りましょう。セシリー達は切りの良い処でルーシー達と合流しておいて欲しい。」
「解ったわ。」
セシリーが頷くとアリスとノリアも頷く。
「ミシェイル君の様子もさっき見に行ったんだけど、もう意識を取り戻して起き上がっていたわ。痛みも殆ど感じないって言ってた。」
それを聞いてシオンはホッと息を吐いた。
「其れは何よりだ。」
シオンの表情から少年同士の友情の深さを垣間見れた気がしてセシリーは嬉しくなる。
「会っていかないの?」
尋ねるセシリーにシオンは首を振った。
「無事が判れば今は其れで良い。」
きっとミシェイルは今の自分の姿をシオンには余り見られたくないだろう。戦士とはそういうモノだ。だが・・・。
シオンはセシリーを見た。
「時間があったらミシェイルに伝えておいて欲しい。『今は回復に努める事を考えろ。多分、未だ未だお前の力が必要になる』と。」
「解ったわ!」
妙に勢い良くセシリーは頷いた。
少年は今度こそクリオリングとルネに視線を向けると言った。
「行きましょう。」
3人は3手に別れると馬を走らせた。
シオンは取り敢えず1番近くに在る拠点を目指して馬を走らせる。
走らせている間も悍ましい存在が潜んでいないか神性を薄く解放して探っていたが特に気になる気配は無い。イシュタル城に近いこの辺りの住人は既に城に避難している筈だが、最初の異変とも言える瘴気の雲に因って正気を失い殺し合った人々の死体がそこかしこに倒れている。
「・・・」
底知れぬ怒りを感じながらシオンは馬を走らせた。
拠点に辿り着くと簡単な柵と大小のテントが張られた広場がシオンの目に入った。つい先程まで戦闘があったのか、広場では何人もの騎士や兵士達が受けた傷もそのままにへたり込んでいる。
「此処だな。」
シオンは呟くと馬を降り近くの見張りの兵に来訪の用件を告げた。
直ぐに指令官であるレオンズ将軍がやって来る。
「これは御子殿。よくぞ参られた。」
大きな傷が顔に刻まれた将軍の笑顔にシオンは頭を下げる。
「お疲れのところ申し訳ありません、閣下。」
「なんの、お気に召されるな。御子殿達のお陰でこうして何とか守れている。」
「其れは何よりです。」
シオンも笑顔を見せた。
「状況は如何ですか?」
そのまま少年が尋ねるとレオンズ将軍は神妙な表情になる。
「うむ。最初に現れたのは人の2倍はありそうな黒い塊だった。其れが複数。此方も直ぐさま迎撃したのだが・・・何しろ此方の攻撃は効果が無く、向こうの攻撃は防げなくてな。何とも劣勢ではあったんだが、イシュタル城から放たれた光で一気に形勢は逆転した。その後も散発的にこの広場の何処からか様々な形の黒い化物が現れるんだが撃退は容易く行える様になった。問題は無い。」
シオンは頷いた。
どうやら此処は心配無さそうだな。そう思った時、レオンズ将軍が声を顰めた。
「騎士達が不思議がっているよ。なぜこの広場から現れるのか。そして其れを見越していたかのように広場を囲む形で拠点を設けられているのは偶然なのか、とな。」
「其れはそうでしょうね。」
シオンは苦笑いをした。
レオンズ将軍も同様の表情で笑う。
「今回の拠点は全て、最近起きていた正体不明の連続殺人事件が起きていた場所だ。」
「はい。」
「伝導者殿は会議で言って居られたな。『悪魔は最初に出現した場所に現れる。其れは奈落と地上を結ぶ穴が出来ており其処を通ってくるからだ』と。最初は儂も半信半疑では在ったが・・・いやいや、とんでもない賢者が居たものだよ。彼女が居なければ今頃イシュタル帝都は阿鼻叫喚の地獄絵図になって居ただろうな。ただただ感謝しか無い。」
カンナを誉められてシオンも嬉しくなる。
「そう言って頂ければカンナもきっと喜びます。」
レオンズ将軍も目を細めて頷く。
シオンはレオンズ将軍から周辺の拠点の様子を訊いたが、各拠点が放った伝令の報告に拠れば、何処も此処と同じ様に問題無く撃退出来ているらしい。
少年はレオンズ将軍に暇を告げると馬に跨がり走らせ始めた。
大量の悪魔の襲撃。
本来ならば帝国滅亡も免れない程の絶望的な状況である筈なのに、人間側は殆どダメージを受けること無く鉄壁の布陣を以て撃退出来ている。
シオンは不遜なちびっ子を思い浮かべる。
「やっぱり凄いな、アイツは。」
決して本人の前では言わない独り言を少年は呟き微笑んだ。
次の拠点に到着したとき拠点の中から戦士達の雄叫びが響いて来た。
この拠点は小さめのコロッセウムを中心に構えられており、声は建物の中の闘技場から響いて来ている様だった。
「!」
シオンは馬から飛び降りるとコロッセウムの入り口に飛び込んでいく。
長い階段を駆け上り観客席に出たシオンは眼下の闘技場の中央に、人の数倍は在ろうかと思える程の黒い樹木のような化物を視認した。
ウネウネと伸びた触手が群がる騎士や兵士達に攻撃を仕掛けているが、戦意を高揚させている戦士達は怯む様子も無く果敢に手にした得物を振るっている。
少年は迷った。
手を貸すべきか。だが戦士の戦いに横槍を入れるのは礼儀に反する。其れに加えて様子を見るに彼等の戦意は高く、此れを邪魔するのは彼等を侮辱することになりはしないか?
「・・・。」
シオンは暫く思案したが。無言で神剣残月を引き抜いた。
1対1の決闘を阻むなら言語道断だが、今回の相手は悪魔という規格外の化物だ。誇り云々を語る相手では無い。況してやこの先どれ程の数が出て来るのか不明である以上、1戦1戦に於ける彼等の負担は抑えるに超したことは無い。
少年は階段状に設置されている客席の間を駆け下り高く跳んだ。背中に神性の白い翼を生やすと2回3回と羽ばたかせて距離を調整し、化物の頭上へ急速に降下する。
残月がシオンの神性に反応して白く輝いた。
少年は一迅の雷光と化して化物の胴体を一気に切り裂きながら着地する。
「何だ!?」
戦士達の驚愕の叫び声が上がる中、化物の巨体は天辺から真っ二つに裂けて大地に倒れて泡と化しながら消滅していった。
「おお・・・。」
戦士達から驚きの声が上がる。
シオンは立ち上がると近くの騎士達に話し掛けた。
「戦闘の邪魔をしてしまい申し訳ありませんでした。俺はシオン=リオネイル。セルディナから援軍としてイシュタル帝国に来た者です。」
「おお、では貴男が竜王の御子様でしょうか?」
シオンは騎士の勘の良さに苦笑しながら頷いた。
「御子殿!」
この拠点の指令官であるワグマース将軍が走ってきた。
「お邪魔してます、閣下。」
「良く参られた。お見事な一撃であったな。ご助力痛み入る。」
将軍が礼を告げると騎士達も其れに続く。
「いえ、皆が無事で何よりです。」
シオンが応えるとワグマース将軍は化物が消えた場所に視線を向けた。
「あの化物で4回目の戦闘だった。一体いつまで出現し続けるのか。」
その疑問にはシオンも答えられない。
「それは・・・多分誰にも解りません。」
「なるほど・・・」
「はい。」
指令である将軍にしてみれば終わりの見えない戦場に戦士達を留めておくのは躊躇われるのであろう。そう思ったシオンが心苦しげに答えると将軍が笑い始めた。
「フフフ・・・。そうか、解らないか・・・。結構。」
その表情には恐れなど微塵も無く、高揚した眼光鋭い笑みが浮かぶのみだった。
「大丈夫ですか?」
「問題無い。戦いこそ戦士の本領。イシュタル騎士団の真価を示す機会を得た、と思えば戦意も上がると言うもの。」
将軍はそう嘯くとシオンに笑って見せる。
シオンも笑顔を返した。
「流石は勇猛を以て鳴るイシュタル騎士団ですね。」
「なんの。セルディナの英雄達に少しは良い格好を見せねば騎士団の名折れだからな。」
ワグマース将軍はそう言って豪快に笑った。
その後、シオンはワグマース将軍から周辺拠点の情報を得ることが出来た。
「ではカリティナ教会近くの拠点が被害が大きかったという事ですね。」
「カリティナ教会近く・・・?」
ピンと来なかったのか、ワグマース将軍は控えていた騎士から地図を受け取って確認する。
「・・・おお、そうだ。其処だ。今は立て直しているが死傷者の数が多く、大分戦力が削られてしまった。」
地図からカリティナ教会を見つけたのか将軍は頷く。
「解りました。ディオニス大将軍閣下にはそうお伝えします。」
「うむ。宜しく頼む。」
ワグマースがそう言った時、シオンはルーシーに呼ばれた気がして思わず城の方向に視線を向けた。
「どうかされたか?」
鋭い視線を虚空に向っかて投げるシオンをワグマースは訝しげに見る。
シオンは将軍を見た。
「閣下、申し訳ありません。俺は直ぐに城に戻ります。」
少年の緊迫した表情を見て将軍は了承した。
「・・・解った。何かあったのかね?」
「解りません。しかし城に何かが起きた様に感じます、早急に戻らないといけない気がします。」
「竜王の御子殿の勘ならば急ぐべきなのだろう。直ぐに行きたまえ。」
「有り難う御座います。コロッセウムの入り口に私が乗ってきた馬が繋いでありますので引き取って頂けると助かります。」
「引き受けた。・・・が、君は馬を置いて行って大丈夫なのかね?」
「はい、大丈夫です。・・・では。」
シオンは一礼すると駆け出した。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「ルーシーよ。だいぶ神性を燃焼させたな。」
疲れを癒やすために椅子に腰掛けていたルーシーにカンナが言うと銀髪の巫女は頷いた。
「はい。出来るだけ良質の魔法を騎士様達に送りたくて。」
健気なことを言うルーシーにカンナはヤレヤレと首を振った。
「神聖魔法や精霊魔法は神話魔法に近い。さっきも言ったが、それらの魔法は幾ら神性を燃焼させても効果は変わらんぞ?」
「解ってはいるんですけど・・・」
ルーシーが困った様な表情で笑うとカンナも苦笑した。
「まあ、其処がお前の良いところだけどな。」
小さな伝導者はそう言いながら禁具の保管エリアを見渡す。
『休憩するなら魔道機を保管している保管エリアに行きたい。』というカンナの希望もあって、2人は此処まで来ていた。
此処には大小様々な魔道機が据えられており、どれも此れもカンナの知識欲を刺激してくれる。
「・・・何れは全ての魔道機を触らせて貰いたいものだな。」
「ふふふ。カンナさんには堪らない部屋ですよね。」
ルーシーが微笑むとカンナは激しく首を縦に振った。
「もう辛抱堪らん。少しくらいなら触っても大丈夫かな・・・?」
「駄目ですよ。」
2人が他愛も無い話をしている時だった。
「!?」
途轍もない悪意を感じて2人は同時に同じ方向を見た。
「カンナさん!」
叫ぶルーシーにカンナはゆっくりと頷く。
「・・・解っている。何かが来たな・・・其れも随分近くに居る。」
「行きましょう!」
立ち上がったルーシーが扉に向かって走り出した。
禁具の保管エリアを出て騎士達の訓練場まで来た時にカンナが叫んだ。
「止まれ、ルーシー!」
「!」
伝導者の制止に反応したルーシーが足を止めたとき訓練場の反対側の扉が開いた。
姿を現したのは黒いローブを纏った長身の男だった。
「・・・」
――・・・誰だ?
カンナは素早く過去の記憶を手繰るが誰にも当て嵌まらない。
オディス教徒である事は間違い無いだろう。だが男から放たれる悪意と悍ましい気配は余りにも圧倒的で、此れまで見てきた何者よりも強烈なモノだった。
どれだけ楽観的に見積もっても嫌な予測しか浮かんで来ない。
「・・・何者だ?」
カンナが男に尋ねると男は口の端を上げた。
「此れは都合が良い・・・。竜王の巫女と伝導者だな? お会い出来て光栄だよ。」
ローブが翻り丁寧な一礼が施される。
「私の名はディグバロッサ。君達が良く知るオディス教の一員だよ。」
「・・・」
ルーシーは身体の震えが止まらなかった。この感覚は覚えがある。
ディグバロッサはルーシーの怯えた表情を見て冷笑を浮かべると言葉を続けた。
「君達の働きは私も耳にしている。あのザルサングを真っ向から討ち滅ぼしたらしいじゃないか。大したものだよ。」
「ザルサングだと・・・?」
仮にも大主教だった筈のザルサングを呼び捨てにするとは・・・まさか此の男は・・・。
カンナは緊張の余り生唾を飲み込んだ。
ディグバロッサはローブから両腕を露わにして見せた。
漆黒に輝く肉体が現れる。
ザルサングと同じだった。
「お前もまさか・・・!」
「私も大主教なんだ。」
そう言うと同時にディグバロッサの全身から凄まじい量の瘴気が吹き出した。
『セイクリッドオーラ!』
ルーシーが叫び神聖なオーラがルーシーとカンナを包み込む。
吹き荒れる瘴気の嵐の中で2人はオーラを展開しながら必至に猛る瘴気の猛威が収まるのを待った。
やがて瘴気の嵐流が収まり訓練場に静寂が訪れるとルーシーと其処には顔まで漆黒に染めた邪教の大主教が立っていた。全身に瘴気のオーラを纏い、双眸を狂おしい程の真紅に輝かせる姿は正に魔人と呼ぶに相応しかった。
引き攣るような身体の感覚を振り払ってカンナが叫ぶ。
「ルーシー、攻撃だ!」
カンナの指示を受けてルーシーが即座に魔法の詠唱に入った。
その2人の様子を見てディグバロッサは感心した様に呟いた。
「ほう、動けるのか・・・」
2人の少女の詠唱が訓練場に響く。
『最果てに眠りし王たる妖よ。我が深淵の導きを以て昏き暗焔に一迅の光明を示せ。我が名は竜王の巫女なり・・・』
『最果てに眠りし王たる妖よ。我が深淵の導きを以て昏き暗焔に一迅の光明を示せ。我が名は伝導者なり・・・』
『『・・・セイクリッドオウガ!!』』
巫女と伝導者の声が響き、2人の手から高速の光弾が放たれる。
即座に放てる魔法の中で闇に対して最大の効果を示しうる魔法が2つ、邪教の大主教に向かって突き進んで行く。
『アビス=クワイエット』
ディグバロッサは呪文を呟いて両手を前に出すとそのまま2つの光球を受け止めた。そしてそのまま大主教は光球を握り潰してしまう。
「・・・なんだと・・・。」
余りにも信じ難い光景にカンナは絶句した。
真なる神々の力を利用して放った魔法を止められる筈が無い。その常識が正に今、目の前で覆されたのだ。
「では・・・。」
ディグバロッサは焼けただれた両手など意にも介せずに言った。
「出会ったばかりで名残惜しいが、お別れだ。」
邪教の大主教は奈落の法術を2人に放ち、訓練場には轟音が鳴り響いた。




