94話 襲撃 2
前を駆けるルーシーに追いついたシオンはカンナを抱えたまま速度を落として一緒に駆ける。
「ルーシー、大丈夫か?」
声を掛けると銀髪の少女はコクリと頷く。
訓練場まではソコソコの距離があったが、2人は休む事無く一息で走り抜いた。
流石に肩で息をするルーシーの背中をさすりながらシオンがカンナを下ろすと、小さな伝導者は訓練場に置かれた拡散器の下に走って行く。
シオンとルーシーが後から付いて行くと、カンナは拡散機を既に弄り始めており魔道機を起動させていた。
2人が部屋に入るとカンナはルーシーに話し掛ける。
「ルーシー、疲れているかも知れんが援護魔法を唱えて欲しい。本当は私が出来れば良いんだが私はセイクリッドオーラくらいしか神聖魔法は操れない。他の神聖魔法は私には出来ん。」
「セイクリッド=デファレンスは?」
シオンが尋ねるとカンナは首を振った。
「確かにアレが使えれば最良だが、レシス様との会話に神性を使い過ぎた。神性が足りていない。」
残念そうに答える伝導者にルーシーが言った。
「大丈夫です。其れにカンナさんにも神性を蓄えていて欲しいし。セイクリッドディファレンス程の大魔法は使えないかも知れないけど、結構カンナさんにも神性が溜まってきているから充分に蓄えていて欲しいです。」
此処に来るまでに息を整えていたルーシーはカンナにニッコリと笑って見せた。
カンナは驚嘆する。
「お前、他人の神性の量が判るのか?」
「はい。何となく・・・最近は神性を持っている人の場所も探知出来る様になりました。遠くに離れちゃうと無理ですけど。」
「・・・」
カンナはポカンと口を開けた。
そんな事まで出来るようになっているとは思いもしなかった。この娘は本格的に巫女の力に目覚めてきているな、と感心する。
「ルーシー、無理はするなよ?」
シオンは気遣わしげに言う。
「大丈夫だよ、シオン。」
ルーシーは微笑んだ。
拡散機の前に立ったルーシーはカンナを見た。
「カンナさん、セイクリッドオーラは停滞型の魔法です。発動すると暫くは効果が消えません。先にオーラを唱えましょうか?」
少女の提案にカンナは頷く。
「そうだな。では其れで頼む。」
「判りました。」
ルーシーは双眸を閉じると神性を燃焼させ始めた。セイクリッドローブが翻るほどに神性が燃焼されると竜王の巫女は静かに詠唱に入る。
『灰に座せし偽りの羊よ。奏でられし羽音を纏いて安らぎの豊穣を齎せ・・・セイクリッドオーラ』
光のオーラがルーシーを包み込み、オーラが拡散機も包んだ瞬間に禁具は反応した。
拡散機に設置された聖石が強烈に輝きルーシーと同様のオーラを途轍もない勢いで拡散させていく。その勢いは瞬く間に城を呑み込み、更に広がり続け軈ては帝都全体を包み込んだ。
「よし、じゃあ今帝都で戦っているであろう戦士達の武器と防具に加護を与えよう。」
「はい。」
ルーシーは頷くと再び拡散機を向く。
『神室の守護者に陰影の黄昏を捧げよ。王杖に座する雛鳥に楼蘭の羽ばたきを・・・セイクリッド=ディフェンス』
ルーシーの輝く両手が聖石に触れるとオーラの光を塗り替えるように加護の光が広がっていく。
少女は更に詠唱を続ける。
『熔王の眠りに氷室の刃を立てよ。偽りの王冠に裁きの風を起こせ・・・セイクリッド=キルト』
今度は紅い光に包まれたルーシーの両手が聖石に触れる。
そして紅い光が拡散機の力で帝都全体に広がっていく。
「ふぅ・・・。」
双眸を開いたルーシーが軽く息を吐いた。
「見事だ。」
そんな巫女にカンナは賞賛を送った。
「見事な神聖魔法の使い手になったな。邪教異変の頃は有り余る神性を持て余して力に振り回されているところが在ったが、今は確りと神性を制御出来ている。」
「有り難う御座います。でも・・・其れはシオンが居てくれたからです。」
「え!?」
愛する少女の横顔に見惚れていたシオンは急に名前を出されて頓狂な声を上げた。
「い、いや、俺は何もしていないが・・・。」
「そんな事無いよ。」
ルーシーに微笑まれてシオンは顔に熱が集中するのを感じる。
「まあ確かにな。」
カンナも頷く。
「シオンがルーシーの神性を半分引き受けて御子になったのは大きいと思うよ。アレで少なくともルーシーは神性に振り回される事は無くなった筈だ。」
「はい。」
ルーシーが頷くとシオンも少し頬を緩める。
「そうか。なら御子になった甲斐もあったな。」
「それに・・・私の運命も救ってくれたし。」
ルーシーが言うとシオンは力強く頷いた。
「そうだ。君の苦しみは俺が半分背負う。そうやって生きていきたいと俺は心から願った。」
銀髪の少女は嬉しそうに笑う。
「ありがとう。私も貴男の苦しみを半分背負って生きていきたいわ。」
そう言われてシオンは少し戸惑った。
「え・・・いや、其れは・・・」
するとカンナが大声を上げる。
「バカヤロウ! 其処は素直に『ありがとう』だろう!」
「え!?・・・あ、ああ。ありがとう。」
シオンの反応を見てルーシーがクスクスと笑い出した。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
黒い塔の猛攻が再び始まる刹那。
3つの光がその場に居た騎士や兵士達を包み込んだ。
1つ目の光に包まれて戦士達の疲労が消し飛んでいき、傷に揺蕩い戦士達の体力を奪っていた瘴気が消滅していく。
「こ・・・この光は・・・?」
戸惑う戦士達の向こうで黒い塔の攻撃が止まった。
『グ・・・オォォォォォ・・・』
まるで呻くような低い唸り声が響き始める。その巨体からは所々から煙が上がっていた。
「これは・・・。」
勝機が訪れているのか?
全員の脳裏にその考えが浮かんだとき、2つ目の光が戦士達を包んだ。その光に包まれると身に付けた防具に青白い輝きが灯り始める。
更に3つ目の紅い光を浴びると手にした武器に真紅の輝きが生まれた。
「おお・・・」
湧き上がる戦意に戦士達が感動の声を上げた時、何時の間にか司令キャンプから出て来ていた指令官のラナニク将軍が叫んだ。
「イシュタルの戦士達よ! 女神の加護は成り憂いは去った! 今こそあの化物を討て!」
「おお!!」
事態を理解した騎士達が将軍の号令に応え剣を掲げた。
そんな騎士達を見て兵士達も続いて声を上げる。
弓兵達も矢筒の矢を見れば鏃に紅い光が宿っていた。集団戦の第一手は弓矢だと相場は決まっている。
「・・・」
覚悟を決めた弓兵達が視線を合わせて頷き合い、黒い塔に向かって弓を引き始めた。
弓兵達の動きに気が付いた騎士長が号令を掛ける。
「弓兵! 狙いを定めよ!」
その号令に他の騎士長達も気が付き次々と戦場に号令が下る。
「大盾! 弓兵の前へ!」
「騎士隊! 弓兵に拠る一斉掃射後に突撃を敢行する!」
「兵団は各所属の騎士隊の後から抜剣に拠る突撃を行う!」
「撃てーーーー!!」
騎士長の号令に合わせて数十の矢が紅い光弾と化して黒い塔に突き刺さった。
『グ・・・オォォォォォ・・・!』
其れは苦悶の声なのか。
此処までどんな攻撃を受けても揺るぎもせずに黒い弾を飛ばし続けていた塔が初めてその巨体を捩らせて唸り声を上げた。
「効いているぞ!」
弓兵達が声を上げた。
だが、この攻撃を仕掛けた弓兵に向かって大量の黒弾が塔から放たれるのは当然の流れだった。
「!」
弓兵達に緊張が走るが、飛んで行った弾は素早く移動してきていた大盾部隊が全ての弾を受け止める。しかし先程まではこの後に始まる瘴気の侵食が騎士達を苦しめていたのだ。
――・・・またあの苦しみが襲ってくるのか?
今度は攻撃を受け止めた騎士達の表情に緊張の色が滲み出る。
しかし瘴気の侵食は一切起こらなかった。
「・・・何も起きない・・・。」
安堵の声が漏れる。
この一連の流れを見ていた騎士団に俄然闘志が漲ってくる。
攻撃が効き、尚且つ身を護る術があるなら傷の1つや2つなど怖れるものでは無い。
「イシュタル騎士団よ!」
騎士長が声を上げる。
その声に応じて馬上の騎士団が紅く輝く長槍を構えた。
「セルディナに降臨された女神の加護が我らを護って下さる! 今こそ騎士団の誇りを掛けて彼の邪悪を討て! ・・・突撃!!」
「おお!!」
数十の馬蹄が大地を揺らし紅い光と青い光に包まれた騎士団が黒い塔に突っ込んでいった。
黒い塔から無数の黒弾が飛来してくるが、騎士団は巧みに馬を操り躱しながら突進する。幾人かの騎士が躱しきれずに被弾したが鎧に付与された青白い光が黒弾を弾き衝撃を和らげてくれた。
そして遂に騎士団の先頭を走る者達が黒い塔に接近する。
「うおぉぉ!!」
雄叫びと供に騎士達は馬ごと塔に激突して槍を深々と突き立てた。
正面衝突した騎士達に突っ込まないように後続は左右に分かれて迂回し、左右から或いはもっと回り込んで後方から次々と塔に激突していく。
大量の黒い体液が塔から噴き出して騎士達は返り血を浴びる。その返り血がもたらす瘴気の毒に騎士達は一瞬だけ顔を顰めるが鎧を覆う加護の光が忽ち瘴気を消滅させていく。
更に後ろから突進してきた騎士達は自分が激突出来る場所が無い事を見て取ると、直ぐさま槍を振り上げた。疾走する馬の勢いも腕に乗せて豪腕を振るい真紅の剛槍を塔の上部目掛けて投げつける。
投げつけられた十数本の槍は1本たりとも逸れること無く全てが塔に突き刺さった。
苦し紛れなのか黒い塔は全方向に向かって黒弾をばら撒き出したが殆ど被弾する者は無く、被弾しても鎧の光が直ちに黒弾の瘴気を浄化していってくれる。
先程までは此方の攻撃は全く効かず相手の攻撃は全く防げなかったが、今度は全く逆の形勢となった。此方の攻撃は確実にダメージを与えており、逆に塔の攻撃は散発的で弱々しいものとなってきている。
槍を捨てた騎士達は抜剣して塔に攻撃を加えていく。
騎士長の号令が掛かって肉薄していた騎士達が退き、2陣が塔に斬りかかっていく。3陣には兵士達も加わり攻勢と苛烈さを全く緩めずに攻撃を加え続ける。
これだけの攻撃を受け続けても抵抗を繰り返す黒い塔の強靱ぶりには目を瞠るものが在ったが、下部を剣で斬られ上部を矢で射られ続けて、遂に決着が訪れた。
『グオォォ・・・!!』
悲鳴のような低い叫び声が塔から漏れると、巨塔はブルブルと震え身体の数カ所が弾けた。
「退がれ!」
号令が掛かり全員が一斉に塔から離れる。
黒い塔から大量の体液が溢れ出し、その巨体はドロドロと融解し始めた。強烈な腐臭が周囲に漂い全員が顔を顰めたが、緊張を維持したまま様子を見守り続ける。
融解した肉片がオーラの光に焼かれて煙を上げ次々と消滅していく。
完全に全てが消えてからも裕に100は算えられる程の間、戦士達は構えを解かずに黙って成り行きを見守り続けたが結局は何も起きない。
「・・・」
戦士達は互いに視線を交わし合い、やがて全員の視線がラナニク将軍に向けられる。
将軍は頷いた。
「皆、よくやってくれた。我らの勝利だ!」
歓声が上がった。
しかし勝利を噛み締める間も無く、先程黒い塔が出現した場所に再び濃い瘴気が蔓延し、黒い塔ほどの巨体では無いが全く姿の違う中型の化物が複数現れる。
「敵の第2波襲来!」
騎士長の1人が叫ぶと戦士達は更なる闘志を燃やして得物を構えた。
帝都内の至る所で同様の事象が起きていた。
各設置予定場所にて騎士や兵士達が臨時拠点を造っている最中、突然湧いて現れた正体不明の化物に襲われた。抵抗出来ずに倒れていく仲間に絶望を感じ始めた時、イシュタル城から放たれた3つの光に因って力を得た戦士達が次々と化物達を大地に還していく。
そして再出現してきた化物達に再び剣を向ける。
先刻、拠点を何処に設置するかを定める会議を開いた時に、カンナやシオンが積極的に場所の候補を挙げていった。
実はそれらの場所が全て帝都内の教会近辺だという事に帝国側の何人が気が付いたかは判らないが、漏らすことなく悪魔の出現場所を全て押さえられていた事実は、遠く離れた場所から事態を見守る男の心境を揺さぶるには充分な効果が在った。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
狭く薄暗い小部屋の中で「パリン」と何かが割れる音が響いた。
「おのれ・・・」
オディス教の大主教ディグバロッサは帝都の様子を窺っていた水晶を握り潰して怨嗟の呻きを漏らした。
イシュタル城から放たれたあの光は神の光だった。あれは間違い無く神聖魔法だろう。
現状で神聖魔法を使える者は何人も居ない筈だ。竜王の巫女と御子、或いは伝導者も使えるかも知れない。
使いを通して得た情報に拠れば、最も関わりたくない竜王の御子は神聖魔法を殆ど使わず神性の翼を使った独自の力を振るって戦うと言う。と、するとあれらの魔法を放ったのは竜王の巫女か伝導者と言う事になる。
御子には到底敵わぬが、巫女と伝導者ならば自身が出張ればどうにか出来る相手では在った。無論、容易くという訳には行かないが。
「慎重に過ぎたか・・・。」
ディグバロッサは呟く。
幾ら自分達の居所を掴ませない為に裏に徹したとは言え、せめて巫女と伝導者だけは葬っておくべきだった。
それに・・・。ディグバロッサは思う。
あの帝都全体を包み込む程の大規模魔法だ。あんな事は人の手で出来る事では無い。間違い無く何らかの装置か大魔法陣を用いた筈だ。
そんな準備が出来ているとは思いもしなかったディグバロッサの落ち度もある。
計画の失敗を認めざるを得なかった。
年単位で各地に『種』を蒔き、時に天央正教への不信感を煽るといった様な小さな混乱をバラ蒔きながら機が熟すの待っていたが。好機と見て動いた矢先に竜王の巫女と御子が顕現してしまった。
其れでも一部の計画を変更させて御子達と関わらなければ問題無いとしていたが・・・こうも悉く障害になってしまうとは流石に思っていなかった。
暫く深淵に思考を沈めていた邪教の大主教はやがて伏せていた顔を上げた。
「・・・致し方在るまい・・・。」
ディグバロッサの双眼が正視し難い程の真紅に輝いた。小部屋を漆黒に包み込む程の大量の瘴気が溢れ出し、やがてその瘴気は渦を巻く様にディグバロッサの全身を覆っていく。
「・・・。」
ディグバロッサは黒く艶光りする自らの漆黒の肉体を眺めると小部屋を出て行った。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
ルーシーから若干の疲労を見てとったシオンは彼女を椅子に座らせる。
「ルーシーは此処で少し休んで。ここ最近は休んでいないだろう?」
巫女は首を振りかけてから素直に頷いた。
「うん、ありがとう。」
確かに疲れを感じる。
「ルーシーは私が此処で見ているよ。お前はどうする?」
カンナが言うとシオンは中庭の方角を見て言った。
「クリオリング達がまだ外に居る様だから彼等と帝都内を見て廻ってくる。多分問題は無いと思うが一応な。」
「そうだな。」
カンナは頷く。
「ルーシー、確り休んで。」
シオンが言うと銀髪の少女は微笑んだ。
「ありがとう。シオンも気をつけて。」
その声に頷くとシオンは部屋を出て行った。




