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神の去った世界で  作者: ジョニー
第5章 魔の王
189/214

93話 襲撃 1



 黒い肉の塊と化したリカルドから漂う強烈な腐臭が部屋内に充満し始める。

 青ざめた表情で一同がその様子を見つめていると、先程までリカルドだった肉塊から黒いスライム状の物体が迫り上がり細い触手を無数に伸ばし始めた。

「!」

 全員は咄嗟に身構えるが、物体はそのまま泡立ち始めると「ピーピー」と鳴きながらドロドロ溶けていく。

「・・・」

 一同は暫く身構えたまま様子を伺っていたが何も起きない事を確認すると、誰かの「フゥ」と安堵する息が漏れたのを切っ掛けにして我に返り得物を仕舞った。


「全員、外に出よ。」

 ディオニスは指示を出したが其れに異論を唱える者など無論居るはずも無く、一同はやや足早に部屋の外に退室した。

 理解不能な事態を前にして、豪胆が売りの筈のシオンや騎士達でさえ一刻も早くこの場所を出たかったのだ。流石と言うか、ただ1人落ち着いて居たクリオリングが最後に部屋を出て扉を閉める。


「カンナ殿。大主教のあの変化は一体どういう事なのだろうか?」

 通路に出て全員に異常が無い事を確認するとディオニスがカンナに意見を求めた。同時に皆の視線が小さき賢者に集まる。あの場所に戻りたくは無いが、何が起きたのかは是非知りたいと言う思いが全員の胸にあった。

「んー・・・」

 カンナは集中する視線など意に介する様子も無く顎を摘まんで暫く思案してから口を開いた。

「そうだな・・・どう言えば良いか・・・。そもそも呪いと言うのは謂わば『理性無き想い』の暴走なんだよ。言い換えれば幼子の我儘に似ているか。あんな可愛いモノでは無いがな。」

「・・・つまり?」

「つまり『想い』或いは『願い』と言っても良いが・・・其れが果たされない限り、呪いは決して解かれる事は無い。幼子も自分の要求が通らない限り泣いて要求を通そうとするだろう? 親はそんな幼子に1つ1つ道理を説いて理性を学ばせながら説得し納得させていく。」

「まあ、そうだな。」

 大将軍は頷く。

「解呪も同様に行わなければならないんだ。ただ呪いは先程も言った様に理性無き暴走である為、理屈や説得は通用しない。だから解呪する為には想いの根源を知り、1つ1つの恨みに耳を傾け慰めて行かねばならない。今回もそうする為に大主教から事の経緯を訊いていたのだが・・・。」

 カンナは渋面を作る。

「・・・恐らくそうする前に術者の『願い』が達成されてしまったのだろうな。」

「達成された? 其れはどういう・・・?」

「今回リカルド大主教に掛けられた呪いはどんなモノだったか。『訊かれた事に偽りなく答えなくてはならない呪い』だった。恐らく術者はリカルド大主教が城なり何処となりで、こうやって問い詰められる事を予測していたのだろう。だから全ての悪事を自ら吐き出す様に仕向けた。あの尋問は、プライドが高く臆病でもあったリカルドには嘸かし屈辱的であっただろうし恐怖でもあっただろう・・・。」

「つまり術者は大主教に屈辱と恐怖を与えたかったという事か?」

 ディオニスが確認を取るとカンナは首を傾げた。

「んー・・・そう思ったんだけどな。」

「どうした?」

 シオンの声にカンナは口を開く。

「・・・あやつ『笑った』んだよな。」

「笑った? そうは見えなかったけどな・・・。」

「私はお前達よりも視線が低いからな。彼奴が顔を伏せていても更に下から見えていたんだよ。」

「なるほど。」

 シオンは頷く。

「いずれにせよ、彼奴の置かれた立場で笑うのは可笑しいだろ? なのに笑ったんだよ。」

「一体いつ笑ったのかね?」

 ディオニスの問いにカンナは視線を向ける。

「大主教が自分の行く末を尋ねた時、大将軍殿が答えただろう? 『皇帝陛下がお決めに為る』と。彼奴が笑ったのはその後だよ。」

「・・・。」

 大将軍の表情が厳しくなる。

 何故、大主教が皇帝陛下の御名を聞いて笑ったのか。考えられる理由は幾つも無い。その中でも『裁く皇帝が自分に有利な裁きを下す可能性があり、期待が持てる』と大主教が考えたから笑った、と言う可能性が一番高い。

 やはり皇帝と大主教はこの一連の騒動に絡んで通じているのか。


 しかし、其れで話しが終わってしまっては『術者の願いとは何だったのか』という問いに対しての答えとして理解が及ばない。

「カンナ殿、儂の理解力が足りていないのか判らぬが・・・では術者の願いとは『大主教に期待を持たせる事』が目的だったのか?」

「・・・そうだろうな。」

 カンナが首肯すると全員が首を傾げた。

 その様子を見てカンナは更に言葉を繋げる。

「もう少し言うなら術者は『絶望』を与えたかったのだろう。」

「良く解らないが・・・」

「まあ聞け。尋問中、大主教の様子は強力な呪いを受けている割には比較的安定していた。所々危険な場面は在ったがな。恐らく大主教は一時的にでも呪いのことを忘れるくらいには安心していたかも知れん。其処に『裁きは皇帝が行う』という予測が大将軍殿に拠ってもたらされた。」

「・・・」

「もし仮に皇帝と大主教が個人的に何かしらの良好な関係が結べていたとしたら・・・。大主教は呪いを抜きにしても自分が極めて拙い立場に居る事を理解していた。ならば『皇帝ならば自分の社会的な窮地を救ってくれるのではないか』と考えても可笑しくは無い。」

「其れが『期待』か。」

「そうだ。そして期待を持たせるという目的が果たせたから呪いは最終段階に入った。期待を持った瞬間に『死』という絶望をもたらして呪いは完了した。」

「・・・」

 誰かのゴクリと生唾を呑み込む音が聞こえる。

「そういう事か・・・。」

 カンナは頷く。

「そうだ。流石に惨いとは思うが・・・自業自得だ。」

「・・・そうだな。」

 シオンが同意する。

 ディオニスはやり切れないとばかりに無言で首を振った。


「じゃあ、大主教から出て来たあの気味の悪い黒い塊は?」

 セシリーが尋ねるとカンナは答えた。

「アレが呪いの正体だよ。怨念の塊と言っても良い。恐らくはパルウッドの住人達の無念や恨みが集約したモノだと思う。普通は勝手に霧散するモノだが、余りにも強力な怨念だった為に一瞬だけ具現化されたのだろうな。私もああいうのは初めて見たが、既に恨みが晴らせた後だったから存在理由を失って直ぐに消滅したんだろう。」

「・・・」

 皆が押し黙る中、ノリアがポツリと呟いた。

「パルウッドの村人達は善良な方々だったのですよね。其れなのに、あの大主教から出て来た塊は・・・まるで魔物の様でした・・・。」

 言いたい事は解る。

 だが――・・・とカンナは思う。

「ノリア感想は当然だ。アレを見れば実はパルウッドの村は本当に邪教徒の村だったのではないか――そう勘繰ってしまうのも無理は無い。だがな・・・」

 カンナは一同を見渡す。

「誰もが皆同じなのだ。皆、美しい心を持っているし悍ましい感情も持っている。その両方を併せ持っているのが生きとし生ける者全ての本質だ。アレを見たからと言ってパルウッドの住人達の心を悪と疑うのは間違っているんだ。」

 カンナは過去を思い出したのか、一瞬だけ言葉を詰まらせる様な素振りを見せたが直ぐに言葉を繋いだ。

「・・・誰かを『善』か『悪』かと断じる時、その者の『本質』を善か悪か判断する事は誰にも出来ない。何故なら『両方』を持ち合わせているからだ。だから知有種は誰かの善悪を断じる時、その者がどう生きてきたかを知る必要が在るんだ。行動には明確に善悪が在るからな。裁きはそうやって行われるんだ。・・・そうだろう? 大将軍。」

 カンナの振りにディオニスは重々しく頷いた。

「その通りだ。裁きの精神の根幹は其の考え方に在る。」

 ふとルーシーが口を開いた。

「・・・亡くなった母さんが言ってました。『人は心に神様と悪魔を住まわせている』と。だから人は神様と仲良くして悪魔にも優しさを教えてあげなくちゃいけないって。」

「正にその通りだ。」

 カンナは頷く。

「知有種の中では私達ノームやエルフ、ドワーフなんかも両方の特性を持ってはいるが、特に人間は強く両方の性質を兼ね備えている。だから気をつけろよ、シオン。」

 急に名前を出されてシオンは面喰らった。

「は!? 何で俺なんだよ。」

「お前に暴走されると困るからだ。何しろ止められる奴が居ない。」

「バカヤロウ!」

 澄まして言うカンナにシオンが怒鳴ると皆が一斉に笑い出した。

 セシリーがシオンの肩を叩いて言う。

「シオンは大丈夫よ。何しろルーシーが居るから。ルーシーが駄目って言ったら止めるでしょ?」

「・・・全く。」


 とんでもないオチに使われてシオンも苦笑いする。

 だがそんな笑いも直ぐに勢いを失って止んでいった。

 なにしろたった今、1人の人間が壮絶な死を迎えたのだ。如何に悪党だったとは言え、あんなモノを間近に見せられては流石に心から笑える筈も無い。だが、僅かばかりでも心が晴れたのは確かだ。


 心晴れた上は現実的な対応に頭を切り替えて行かねばならない。

「閣下、部屋の中の処理は如何致しましょうか。」

 騎士の問いを受けて大将軍はカンナを見た。

「カンナ殿、あの遺体は何かしらの悪影響を生むだろうか?」

「んー・・・どうだろうな。」

 カンナは首を傾げる。

「呪い自体は晴らされているから特に悪影響は与えないとは思うが・・・何しろ私も見た事が無い程に強烈な呪いだったからな。長らく放置する、というのは避けた方が良いだろうな。今すぐは無理でも一段落着いたら聖職者の祈りを捧げて完全に清めた方が良いだろう。」

「聖職者か・・・。」

 カンナの答えを受けてディオニスが呟く。

「リカルド大主教を見たせいかも知れんが・・・正直に言えば聖職者の祈りとやらにどれ程の効果が在るのか疑わしく感じてしまうな。」

 老将軍の疑心は致し方無いがカンナは少し苦笑いをして言った。

「確かに我が身の安全を真っ先に考えて庇護を求めて来た様な、今この城に居る連中は止めて置いた方が良いだろうな。だが帝都を見れば法皇を救おうと今も尚大神殿に残っている者達が居るし、町中に出て人々に懸命に声を掛けて歩いている者達も居る。」

「うむ・・・」

「天央正教その物が腐っているわけじゃない。広く見渡せばその名に恥じない立派な聖職者達は数多く居る。そう言った者達の祈りならば、きっとレシス様も聞き届けて下さるさ。そうだろう? クリオリング殿。」

「仰る通りです。その様な方々の願いをレシス様はきっと見逃しは致しません。」

 偉大なる女神に絶対の忠誠を誓う蒼金の騎士は力強く頷く。

「ほう・・・。」

 クリオリングの迷いの無い双眸に興味を惹かれたのかディオニスは興味深げな視線を蒼金の騎士に向けたが直ぐに表情を元に戻し騎士達に指示を出す。

「暫くこの部屋の現状を保存する。2名ずつ交代で見張りに就け。此処に居る我々以外は何者も通してはならん。」

「はっ。」

 騎士達は応えると直ぐに2名を選出して扉の左右に立つ。


 2名の騎士達を残して一行が中庭の小屋に移動しようと階段まで来た時、俄に階下が騒がしくなった。

「何だ?」

 訝しげに一行が階下に降りると、目聡く見つけた騎士達がディオニスの下に向かって走ってくる。

「閣下!」

「何事だ?」

 騎士達が肩で息をしながら傅く姿を見て大将軍は尋常では無い事態が起きたことを感じ眉根を寄せて尋ねた。

「はっ、報告致します! 只今帝城北西のサザラン地区より正体不明の化物が出現致しました! その数は不明ですが至る所から湧き出しており確認出来ただけでも10体以上に上ります!」

「どんな姿をしていた?」

 横からカンナが尋ねると騎士は「何だこの子供は?」と戸惑った表情を見せたが

「どんな姿をしていたのだ?」

 と重ねてディオニスが尋ねると騎士は慌てて答える。

「それぞれの形状は様々で形容しがたいモノが殆どでした。ただ全ての個体が黒色で、腐臭の酷いものばかりでした。現状は騎士や兵士達が近くの帝都民を非難させながら応戦中ですが、剣が効かないのか全く戦いになっておりません。被害は・・・多数です!」


 弾かれたようにカンナが走り出した。

 走りながら叫ぶ。

「ルーシー、付いて来い! それと大将軍! 拡散機を使って神聖魔法を帝都中に撒き散らす! 作戦を始めるぞ!」

「承知した!」

 ディオニスは応じると直ぐに騎士達に作戦実行の指示を出す。


 ルーシーもカンナに呼ばれてノームの後を追い走り出した。

 因みにルーシーは山間部で育ち鍛えられた健脚が物を言うため、本気で走り出すと結構足が速い。手足の短いカンナは瞬く間に追い抜かれていく。

「ちょ・・・ルーシー、速・・・」

 慌てて叫ぶカンナのローブの背中をヒョイと摘まみ上げたシオンは伝導者を肩に担いでルーシーを追いかけ始めた。

「お前じゃルーシーには追いつけないよ。」

「何だと! やってみなくちゃ判らんだろ!」

 負けん気の強い台詞を吐き出すちびっ子の戯れ言を無視して巫女と御子は魔術棟を目指して疾走する。


 ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆


「これ以上は保ちません!」

 騎士が騎士長に向かって叫ぶ。


 イシュタル城司令部からの作戦命令に従って配置に就いている最中、異変が起きた。

 教会の周辺に居た避難民や聖職者達を別の場所に移動させて臨時の拠点を兵士達と協力して造り上げていると、拠点の広場の中央に黒いドロドロした塔が突然現れた。

「・・・え?」

 全員が呆気に取られて黒い塔を見つめていると塔から何か黒い弾が複数飛んできた。

「グァッ!」

 直撃を受けた数人が吹っ飛び動かなくなる。

「防御!!」

 騎士長クラスの号令に従って大盾を持った者達が前に出て構え、残りの者達がその後ろに隠れる。

「弓兵!」

 続いての号令を受けて弓置き場の近くに居た者達が弓を手にして大盾の後ろに走り寄り弓を構えた。

 その間も謎の塔からは黒い飛翔体が飛び続けており、更に何人かが被害を受ける。倒れた者達が果たして生きているのか、傷付いて動けていないのかを確認しに行きたいが、今は脅威を取り除く事を優先させるしかない。

 陣形も何もない突発的な戦闘ではあったが、全員が其れなりに動けており走り回りながら少しずつ陣形を整えていく。

 ある程度の数が揃った事を確認すると騎士長の1人が号令を掛ける。

「放て!」

 数十の矢が飛来して塔に突き刺さる。


 塔の動きが止まった。

「・・・どうだ?」

 誰かが呟いた瞬間、再び塔から黒い弾が全方向に飛び出した。更に苛烈に。

「ギャアッ!!」

 たくさんの騎士や兵士が倒れていく。

「防げ!」

 号令が掛かると同時に大盾部隊が下がりながら壁を作っていく。他の者も大盾を持ち出して更に壁を広げていくが・・・。

 直撃を防いでいく大盾から黒い煙が上がり、盾の持ち主達の身体に黒い瘴気が侵食していく。

「ウ・・・グッ・・・」

 苦しげに壁を作る者達が倒れていく。その後ろから弓兵達が矢や火矢を放ち続けるが効いていないのか、塔からの攻撃は全く衰える気配は無い。

 防御が出来ず、ダメージも与えられない。一方的な戦いに戦力が削られていく。


「隊長! これ以上は保ちません!」

 堪らず騎士が騎士長に向かって叫んだ。


 その時、イシュタル城の方角から強烈な光が放たれ帝都全体に広がっていった。



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