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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 混沌のイシュタル
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92話 尋問2



 リカルドを侵食する呪いがいつ暴走するか解らない緊張感が漂う中、尋問は続く。


 カンナは再び問うた。

「ではもう一度問うから落ち着いて聞け。パブロス大主教は何処に居るんだ?」

 リカルドはカンナを見ながら暫く獣の様な唸り声を上げていたが、やがて声を絞り出し始める。

「あんな裏切り者など何処に居るか知らん。」

「そうか。・・・先程から何度も裏切り者と言っているがパブロス大主教に何をされたのだ?」

 リカルドの獣の様な唸り声が一段と大きくなる。

「奴は・・・儂を裏切った。皇帝陛下との面談を終えて部屋に戻る儂に、奴は嘘の情報を流して城外に連れ出したのだ。そして・・・あの男の待つ場所に案内し・・・・儂は奴の襲撃を受けた。その後の奴の行動など知らんが、奴が天央正教に戻る事は絶対に儂が許さん。即座に奴の大主教の座を奪ってくれる。」

「・・・」

 自分に天央正教を自由に出来る立場が訪れると未だに信じているリカルドの妄想はともかく、確かにパブロス大主教はリカルドを裏切ったのだろう。

「なるほどな。つまりパブロス大主教はお前に呪いを掛けた男と繋がっていたと言うことだな?」

「そうだ。」

 リカルドの唸り声がどんどん大きくなっていく。

「もう1つ訊きたいのだが、お前は直接に邪教徒と会話した事は在るのか?」

「・・・。」

「どうなんだ?」

「・・・ある。」

 躊躇いを見せながらも渋々答えるリカルドにカンナは更に尋ねる。

「今までにどんな会話をした? また、そもそもの切っ掛けは何だった?」

 カンナの問いにリカルドは記憶を辿っているのか視線を彷徨わせた。

「切っ掛けは・・・そうだ、数年前にパブロスが大神殿の経典等が収められている蔵書の中から見つけてきた古書が切っ掛けだった。」

「古書? 古書とはどんな内容のモノだ?」

「邪教の秘技に関して綴られた物だった。大抵は理解出来ないモノばかりだったが1つだけ理解出来る秘技が在った。」

「邪教の秘技だと・・・?」

 カンナは驚いた。

 邪教がオディス教の事ならば・・・いや間違い無くオディス教の事で在ろうが、オディスに関する古書の存在など見た事は勿論だが聞いた事すら無い。況してや・・・。

「私は伝導者として長年旅をして来たが邪教の・・・オディス教の事が書かれた書物が在るなど聞いた事も無い。況してや何故イシュタル大神殿の蔵書の中に天央正教とは真逆の存在とも言えるオディス教の古書が在ったんだ?」

「そんな事、儂が知るか。とにかく儂がパブロスから邪教の書物を受け取った事に違いは無い。」

 知らないとのリカルドの答えにカンナは「然も在らん」と一応納得して置く。

「それでお前が唯一理解出来た秘技とはどんな秘技だったのだ?」

「邪教と連絡を取る秘技だった。」

 カンナの眉間に皺が寄る。

「なるほど。つまりお前は邪教徒と連絡を取ったんだな?」

「・・・そうだ。」

「・・・ふぅ・・・」

 リカルドの返答を聞いて呆れた様な嘆息がディオニス大将軍から漏れた。

「何故そんな事をした? 其れが過ちだとは気付かなかったのか?」

「フン・・・お前達の様な城勤めの人間には解らんさ。天央正教に於いて栄達の道は狭い。頂点の法皇が世襲制では無い以上、次期法王は現法王の指名に拠って決まる。」

「愚かな・・・」

 今度はカンナが溜息を吐く。

「お前達は仮にも世の迷い人達を安寧に導く聖職者だろうが。そもそも栄達の道が狭い事を嘆くのなら、聖職者など辞めて別の道を歩めば良かっただろう。今のお前の言い分には到底納得出来んよ。」

 その言葉にカッとなったリカルドが叫ぶ。

「黙れ! 別の道などと随分簡単に言ってくれるな。大主教の身になるまでに儂がどれ程の労苦を重ねたかなど知りもしない奴が!」

 その言葉を受けてカンナは峻烈な視線を大主教に返した。

「知らんよ。・・・知りたくも無いさ。自らの栄達の為に1つの村を滅ぼし、また刻を置いて別の殺人を企てる輩の苦労話などな。」

 今度こそ真剣な怒りをその翠眼に湛えたカンナの双眸を見てリカルドがたじろぐ。


 シオンも含めて初めて見る小さな伝導者の怒れる表情に一同は静まった。今まで何が在っても此処までの怒りを見せる事が無かった悠久の賢者の怒れる姿に空気が張り詰める。

 実際カンナは本気で怒っていた。

 少なくとも当時は正義を信じていた1人の男の大切に想う故郷を、下らない理由で壊滅させた傲慢な連中に。そしてその下らない報復に巻き込まれてしまい人生その物を失わなければ為らなかったパルウッドの村人達の運命と、絶望の果てに邪教徒に身を堕としてしまったアシャの哀れな人生に同情を禁じ得なかった。

 そんな事も理解せずに未だこの様な私情に塗れた怒りを打ち蒔けるリカルドに、カンナは怒りを隠し切る事が出来なかったのだ。


 そんな凍てつく空気が張り詰める中、アリスがポツンと呟いた。

「でも何で其れなら法皇様じゃ無くてそのヘンリ・・・?・・・何とか大主教って人を狙わなかったのかしら?」

 当然と言えば当然の疑問ではあるのだが、今の雰囲気を考慮すると少し場違いとも思えるような疑問にシオンは助けを得たとばかりに食い付いた。

「簡単さ。恐らくは法皇の信認厚いヘンリーク大主教の存在に焦りを感じ、法皇を亡き者にする為の愚策を思いついたのだろう。邪教徒に連絡を取ったのもその手助けを請おうとしたのではないか? ヘンリーク大主教では無く法皇を狙ったのは自分の権勢に於いて元々邪魔だった法皇を一気に排除しようという考えだろう。貴族間の勢力争いでも良く在る話だ。」

「そうなんだ。」

 天然なのか場を和ませる計算だったのかは判らないがアリスは感心した様に頷いた。

「・・・ふふ。」

 そんな彼女の様子に冷静さを取り戻したのかカンナが軽く微笑んだ。

「そうだな。私とシオンは昔、旅する中で良くそんな場面を目にしたよ。別段珍しくも無いさ。」

 そう言ってノームの娘は一息吐くと気を取り直した様にリカルドを見た。

「邪教とはどうやって連絡を取ったんだ?」

「見たことも無い魔法陣を描いて古書に記された呪文を唱えた。」

「それで?」

「そうしたら妙な感覚に引っ張られて気が付いたら小さな小部屋に居た。」

「其処で何があった?」

「・・・其処に現れた男と話しをした。」

 カンナは顎を摘まみながら首を傾げた。

「因みに誰と連絡を取ったんだ?」

「・・・連絡を取ったのは邪教の大主教だ。」

 先程のカンナの怒りの視線を思い出すのかリカルドは気まずそうにそう答える。

「大主教・・・。」

 シオンが呻く。

 やはりあのザルサングの様な奴が他にも居るのか。

「そいつの名前は何という?」

「知らん。」

「訊かなかったのか?」

「訊くには訊いたが奴は答えなかった。だが所詮は邪教の大主教など天央正教の大主教足る儂から見れば取るに足らん存在だ。敢えて更に訊くには及ばん。」


 リカルドの答えはともかくシオンにとってもオディスの大主教は楽な相手では無い。

 ザルサングと戦った時には奇妙な高揚も有って余裕を持って斃す事が出来たが、再び相見えたときにあの時の様な力が発揮できるとは限らない。もしそうならなければ大主教クラス相手に簡単に勝利を得るのは難しいだろう。


「その大主教とどんな会話をしたんだ?」

 カンナが問う。

「奴は祭礼の儀で法皇が使う天央の剣に呪いを施し呪死させる方法を儂に提案してきた。」

「其の提案に乗ったのだな?」

「奴らの提案の方が周囲への被害が少なくて済むからな。何かと都合が良かった。・・・結局は法皇が勝手に日時を早めたせいで使えなかったがな。」

「それでゴーレムを動かす方法に手段を変えたのだな?」

 ディオニスが尋ねるとリカルドは頷く。

「しかし妙だな。」

 カンナは再度首を傾げた。

「お前はゴーレムを使うと決めた理由が『夢の告げ』だと言ったな。私はてっきりその夢は邪教徒がお前をそう決意させるために見せていたのだと思っていたのだが、その邪教徒が違う手段を提案してきたとなると・・・些か辻褄が合わなくなってくるな・・・。」

「なるほど。」

 ディオニスも頷きリカルドに尋ねる。

「大主教よ。その辺りはどうなのだ?」

「儂が知るか。」

 当然と言えば当然、全員が予想していた通りの答えがリカルドの口から返ってくる。


「リカルド様・・・」

 それまで沈黙していたロドルフォ司祭が口を開いた。

「・・・」

 此処まで自分を弁護しようともせずに黙って事の成り行きを見守っていたロドルフォ司祭を、リカルドの憎々しげな視線が貫く。

 が、彼は怯む事無く話し掛けた。

「貴男にとって天央正教とは・・・天央12神とは、いや救いを求める人々とは何だったのですか?」

 瞬間、リカルドの表情が怒りに満ちてロドルフォに吠え立てた。

「黙れ! 端っぱの司祭如きが、大主教たるこの儂に・・・!?・・・!!」

 其処まで吠えた時、大主教の顔が一変して苦痛に歪み身悶えた。

「ウ・・・グッ・・・む・・・胸が・・・焼ける・・・!」

 椅子の上で暴れるリカルドにカンナが忠告した。

「大主教よ。お前には『嘘が付けない呪い』が掛かっている。だが実際には『嘘が付けない呪い』では無く、恐らくは『脳裏に浮かんだ言葉を口に出さずには居られない呪い』だろう・・・。」


 過去にカンナはそういった呪いを掛けられた者を見た事が在った。あれは想像以上に残酷な呪いだった。何しろ自分の秘め事について何1つ隠す事が出来ないのだ。

 出自、家族、大事な想い、使命の内容、考え、抱える欲望。訊かれた事の全てに答えなければ絶命してしまう。その者は耐えきれずに答えを拒絶して絶命していた。

 此処までのリカルドの反応を見てカンナはリカルドが受けている呪いはその呪いに近いと考えていた。 


「・・・質問に答えなければ呪いがお前を食い尽くすかも知れんぞ。」

「な・・・!?」

 リカルドは驚愕する。

 と同時に今までの自分の言動に納得が行った。普段なら絶対に答えなかったで在ろう質問の数々に誤魔化しもせずに答えてしまっている自分に強烈な違和感を感じていたのだ。単純に自分が呪われている事を知って気が弱くなっているだけだと思っていたが、そんな呪いだったとは!

 つくづく忌々しい呪いを掛けていったアシャに対して煮え滾るほどの憎悪を燃やす。

 しかし今は答えなくては命に関わるらしい。

 ヘンリーク大主教との対立以外は全て順風満帆だった筈の自分の人生を思うと屈辱の波が強烈に襲い掛かってくる。

「リカルド様・・・。」

 返答を促すロドルフォの再度の呼び掛けにリカルドの怒りが頂点に達した。先程のカンナに対して憤った感情の爆発などでは無い、何もかもが上手く進まない自分の立ち位置に対しての怒りだった。

 大主教は叫んだ。

「決まっているだろう! 儂が栄光の玉座に身を置くための道具よ! 法皇となり何れはイシュタル帝国の利権も手中に収めて、世界初の聖帝となる為の足掛かりだ!」

「馬鹿な事を・・・」

 カンナは言い掛けて口を噤んだ。

 此れまでに彼女が見てきた権力欲に取り憑かれた者達は皆こうだった。規模の大小は在れど、皆が大それた野望を抱いていた。人は例えどれ程に明晰な頭脳を持っていようと、権力欲に取り憑かれた時点で確実に馬鹿になるのだろう。

 ディオニスが重々しく言った。

「聖帝か・・・。残念だがそのお前の大それた野望は絶対に叶うことは無い。お前が考えている程、国家は甘くは無い。」

 そう言われてリカルドはディオニスを睨め付ける。

「貴様等の様な凡俗ならそうだろうな! しかし宗教側からのアプローチならどうだ!? 貴様等が信じて止まない天央正教の法皇が民衆を味方に付けて介入してくるのを止められるか?」

「問題無い。」

 ディオニスは言い切る。

「お前の論法が通じるのは、例えば帝国が悪政を敷いていた場合の話しだ。それならば民衆は法皇を祭り上げて悪政を打開しようと反乱し始めるだろう。帝国人口の8割強を占める民衆が一斉に蜂起したら幾ら帝国騎士団と言えど手も足も出まい。・・・しかし現実はどうだ?」

「・・・」

 リカルドの目がギョロギョロと動く。

「悪政は敷かれていたか? 治安は其れなりに守られ、税の徴収も決して緩くは無いが厳しかった事も無い筈だ。民衆が望む自由や娯楽などもある程度は許容されていた。大小の不満は在れど、少なくとも帝国民の平穏な生活は守られていた筈なのだよ。」

「・・・」

「そうやって自らの平穏な生活が守られている内は、人は其れを掛けてまで何かを為そうとは思わない。彼等にとって一番大事なのは『自分と家族の平穏な生活』なのだ。そして其れは当たり前の感情だ。国が其れを守る限り、例え『新法皇』が何かを扇動したとしても彼等は動くまいよ。其れが『民衆』だ。」

 リカルドは何かを言い返そうと口をパクパクと動かしていたが、やがてガックリと項垂れた。

「民衆を味方に付けた宗教集団か・・・。なるほど確かに成立したら最強の集団かも知れんな。だが、現実に其れが結成されて反乱が起きる事など・・・少なくともイシュタル帝国では無い。何故ならそう為らないように国が政策を取るからだ。」

 自分の野望が甘い妄想だったと思い知らされたリカルドは項垂れた状態のまま、激しく唸り始めた。

 その様子を一同は無言で見守る。

「カンナ殿、他に何か質問はあるかな?」

 ディオニスが尋ねるとカンナは首を振った。

「いや、取り敢えずは充分だ。」

「他の皆は?」

 シオン達に視線を向けて質問が無い事を確認するとディオニスは筆記官に向かって頷いた。

 筆記官が宣言する。

「此れで公式尋問を終了します。今回の記録は帝国法に則り公文官の認証を経て記録庫の第1927号に保管されます。」

「・・・連れて行け。」

 ディオニスは控える騎士にリカルドを牢に繋ぐよう指示を出す。


「・・・儂はどうなる?」

 その時大主教から声が漏れてきた。

 大将軍が答える。

「今回の様な場合、本来ならばイシュタル帝国から罪状と与えられるべき罰を伝え法皇猊下に裁いて貰う形になるが、肝心の法皇猊下がいらっしゃらない以上、国の要人の罪は皇帝陛下が裁かれる事になるだろう。」

 俯いたままのリカルドの肩がピクリと動いた。


 幸運の女神は未だ自分を見放してはいない。

 リカルドは伏せた顔を歪めて嗤う。

 ヴィルヘルム皇帝は儂を必要としている。先程は『聖帝』などと口走ってしまったが、皇帝に『自分が間違っていた、法皇で充分だ。改心した。』と言い募れば未だチャンスは在る。

 フフフ・・・覚えていろよ。こうなれば邪教でも何でも利用して全てをひれ伏させてやる。偉大なる儂が全ての人間の頂点に君臨するのだ。

 リカルドは邪悪な想いに妄想を馳せながら騎士達に促されて立ち上がった。


「・・・」

 予め身長に合わせてやや低めの机と椅子に座っていたカンナは黙ってジッとリカルドを見ていた。

 他の者達よりも低い視点に居たカンナにだけは見えていたのだ。何かを企んだのか大主教の口の端が上がるのを。


 しかし・・・。

 ゴトリ。

 リカルドの体内で異物が大きく動いた。・・・様に感じた瞬間、此れまでとは比較に為らない程の凄まじい激痛がリカルドを襲った。

「・・・ガッ・・・」

 呻き声と供に口から真っ黒な体液が吐き出される。全身を痙攣させながら、目から、鼻から、口から、耳から。ありとあらゆる箇所から濃い瘴気と真っ黒な体液が溢れ出す。


「・・・!?」

 驚いた一同が反射的に椅子から立ち上がった。

「ナ・・・ナニガ・・・」

 もはや人の声とは思えぬ音がリカルドから漏れる。

 一同は突然の事態に付いて行けず、大主教の急変に圧倒されて声も無く立ち尽くし様子を見守る。

 そんな中、大主教は高級な法衣を黒い体液に染めながら倒れ込んだ。

 身体が奇怪な咆哮に曲がり肉の裂ける音が鳴り始める。

 ドロドロと肉体が溶け始め黒い体液に混ざり込んでいく。


「見るな!」

 シオンがルーシー達に向かって叫び少女達が一斉に下を向いた瞬間。


 リカルドだった物は爆散した。








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