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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 混沌のイシュタル
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90話 呪われし者



「閣下はどちらに!?」

 3名の騎士が小屋の扉を開けて中を見回した後、扉を開けたシオンに尋ねた。

「ディオニス大将軍閣下は先程、皇帝陛下に今後の対策方針を伝えに行かれましたが。」

「陛下に・・・忝い。では。」

 騎士達がそう言って小屋を後にしようとした時、1人の騎士がクルリと振り返った。

「失礼ですが、もしかしてあなた方はセルディナ公国からの客人でいらっしゃいますか?」

「そうですね。依頼を受けて閣下やリンデル殿下の指図を頂いている身です。」

「おお・・・」

 騎士達は感嘆の声を上げると騎士同士で素早く言葉を交わし、2人が走って行った。1人が残り一同に話し掛ける。

「もし宜しければ聞いて頂きたいのですが。」

 提案を受けてシオンは少し戸惑った表情になる。

「其れは勿論構いませんが・・・宜しいのですか? 部外者の我々に話してしまっても・・・。」

「問題御座いません。騎士長を通じてディオニス大将軍閣下より『自分や上長が不在の時に緊急の事態が起きた際にはセルディナ公国の客人に相談するように。』と指示を受けております。」

 其れを聞いてカンナは苦笑する。

「やれやれ。あのご老体、意外と喰えないな。」

 そう独り言ちると騎士を招き入れた。

「私達は構わないよ。話してみるが良いさ。」

 カンナの許可に騎士は一礼すると話し始めた。

「実は我々はディオニス大将軍閣下の命を受けて、リカルド大主教を捜索していたのですが・・・」

「ああ、そう言えばそんな指示を出されていたな。・・・見つかったのか?」

 カンナの問いに騎士は困った様な表情になる。

「はい、見つかりました。見つかったのですが・・・。」

「何か問題があったのか?」

 騎士は頷く。

「ええ。とにかく様子が尋常では無く、何とも困り果てているのです。」

「尋常では無い、とはどんな風に?」

 騎士の報告に興味を惹かれたカンナの表情を変わる。

「其れが・・・何と申せば良いのか・・・まるで狂人の様でして。」

「狂人とな。」

「はい。意識は有るのですが何やら激しい苦痛に見舞われているようで暴れ回っており、手が付けられません。其れに何やら彼を見ていると不安を掻き立てられる様な不快な気分にさせられるんです。」

「ほう・・・もしかしたら良からぬ力に囚われたかも知れんな。」

 カンナは思案しながら呟き騎士を見た。

「騎士殿は魔力探知への理解は?」

「いえ、まったく。」

「ふむ・・・よし、行ってみるか。」

 ノームの娘は椅子からヒョイと飛び降りた。


 一行が騎士の案内を受けて中庭を歩いているとルーシーが救助テントの間を歩く聖職者を見付けて声を上げた。

「ロドルフォ司祭様!」

 名を呼ばれて振り向いた老司祭がルーシーの姿を認めて優しげに微笑んだ。

「巫女様に御子様。ご無事で何よりです。」

「司祭殿も。」

 シオンも笑顔で返す。

「ルーシー、此方は?」

 セシリーが尋ねる。

「ロドルフォ司祭様よ。セーラムウッド教会の司祭様で・・・色々あって今はイシュタル城に保護されているの。」

 ロドルフォ司祭は一礼する。

「セーラムウッド教会にて司祭職を務めておりますロドルフォと申します。」

 挨拶するロドルフォ司祭にルーシーが尋ねる。

「司祭様は今何をされていらっしゃるんですか?」

「私は此方で救護のお手伝いをさせて貰っています。薬草学には多少の心得が御座いますので。」

 ロドルフォ司祭の言葉にカンナは笑顔を向けた。

「なるほど、其れは良い。手当てが出来る者は1人でも多い方が良い。」

 ロドルフォも頷く、が。

「私が犯した罪に対して少しでも贖罪になれば、と思っての事ですが・・・」

 司祭は悲しげにテント群に視線を向けた。

「負傷された方の数もそうなのですが、亡くなる方も多く・・・自分の無力さを痛感せざるを得ません。」

 ロドルフォの嘆きにカンナは少し目を伏せる。

「・・・全てを救う事は出来んさ。死ぬ者は死ぬし、生きる者は生き伸びる。其れでも治癒に務める者達は手を拱いてはいけないんだ。」

「ええ。」

「救うときのコツはな『余計な事は一切考えずにやれる事をやる』だ。それしか無い。」

「・・・そうですな。」

 ロドルフォは無理矢理呑み込むようにカンナの言葉に頷く。

「処で皆さんはどちらへ?」

 気を取り直した様に尋ねる司祭にシオンが経緯を話す。


「リカルド大主教猊下が・・・」

 ロドルフォは青ざめた表情で呻く。

 その表情を見てカンナは言った。

「そうだな、司祭殿が来ても良いかも知れん。手が空いていれば、だが。」

「手が空いている訳ではありませんが・・・今、私が看ている方々は落ち着いていらっしゃいますから是非同行させて頂きたいと思います。」

「解った。では一緒に行こう。」

 こうして一行はロドルフォを加えると移動を再開した。



 通路を進む道すがらでルーシーが足を止めた。

「どうした、ルーシー?」

 シオンが尋ねるとルーシーは少し緊張した面持ちで答えた。

「この先からとても嫌な感じがする。悍ましくも悲しい・・・そんな感じ。」

「巫女の感覚が在るまじきモノの存在を捉えているんだろうな。」

 カンナが言う。

「そして恐らくその感覚は正しい。私もルーシーほどでは無いのだろうが、少しだけそう言った感覚を受けている。」

 カンナはシオンを見上げた。

「お前は何も感じないか?」

「・・・特には。」

 シオンは少し探るように視線を通路の奥に向けるがやがてそう答えた。

「まだまだだな。強い邪気には反応できている様だが、それ以外はまだ感じる事は出来ないか。」

「・・・フン。」

 カンナがやれやれと言った風に首を振ると、シオンはムッと口を尖らせて顔を背けた。


 騎士が案内した扉の奥からは異様な唸り声が響いて来ていた。

「・・・何、あの声?」

 アリスが眉を顰める。

 扉を開けた瞬間、獣のような吠え声が通路に響いた。


 部屋の中を覗いて一行は絶句する。

 さほど広くない部屋の中央には頑丈そうな椅子が据えられ、其処には1人の男が縛り付けられていた。太目の身体を激しく揺らし、目を血走らせて轡を噛まされた口で声にならない唸り声を上げている。髪を振り乱し荒れ狂う姿は確かに尋常では無かった。


「大主教猊下・・・」

 嘗ての盟主の信じられない姿を目にしてロドルフォ司祭がポツリと呻く。


「此れは・・・」

 カンナは翠眼を光らせながら唸った。

 シオンが表情も厳しく言った。

「カンナ、流石に俺でも解るぞ。此れは途轍もない邪気だ。一体何が起きているんだ。」

 シオンの問いにカンナは答える。

「此れは呪いだよ。飛び切り強烈な呪いが体内を傷付けながら蠢いている。・・・この男、一体どれ程の恨みを此れまでに買ってきたんだ・・・。」

 カンナも流石に青ざめた表情で呟く。


「!!・・・ムー!・・・ムームー・・・!!」

 暴れ回るリカルドの視線がルーシーの姿を捉えると、大主教の顔が驚きに変わり頻りに何かを喚き始めた。しかし轡を噛まされているせいで何を言っているのかが解らない。

「騎士殿、轡を取ってやれ。」

「宜しいのですか?」

「そうしなければ話しが聞けん。」

「畏まりました。」

 カンナの指示に拠り騎士はリカルドの轡を外した。途端にリカルドが血走った眼をルーシーに向けて吠え立てる。

「お前! 竜王の巫女だったな! 儂を治せ! 早く! もう耐えられん!」

 シオンが不快げにルーシーとリカルドの間に割って立ち大主教を睨み据えた。ルーシーは困った様にカンナを見るとノームの伝導者は首を振る。

「悪いがな、大主教。此れほどに強烈な呪いとなると治癒はそう簡単では無い。先ず呪いを受けた原因、つまりお前が買った恨みの数々を知らねばならない。」

「そんなのは知らん!」

「そうか。ならばお前に其の呪術を掛けた奴が誰か、其れだけでも判らんか?」

 カンナの問いを受けてリカルドの双眸に凄まじい怒りの炎が浮かんだ。

「彼奴か! 彼奴の名は・・・」

 其処まで叫んだ瞬間、リカルドの表情が一変し苦痛の咆哮を上げた。

「ウ・・・ウオォォォォ!!」

 見ればリカルドの口の中から黒い触手が伸び、リカルドの唇辺りをガリガリと削っている。また、全身の至る所を突き破って生えた触手がウネウネと蠢いている。

「な・・・何ですか、アレ・・・」

 青ざめたノリアが少し後退りながら誰にとも無く尋ねる。

 瘴気と血を撒き散らしながら沼田打つ大主教を一同は絶句して眺めていたが、やがてカンナが止めた。

「もう良い、言うな! 言えばお前死ぬぞ。」

 リカルドに聞こえたのかは判らないが、暫くすると触手は全てリカルドの体内に引っ込んでいった。血塗れになったリカルドはグッタリと椅子にもたれ掛かりながら激しく肩を上下させる。

 余りにも衝撃的な場面を見せられて一同が立ち竦む中、シオンがカンナに尋ねた。

「カンナ、今のは一体何だ? アレも呪いなのか?」

 その問いにカンナは頷く。

「そうだ。恐らくは口封じの呪いも掛けられているな。術者の名前を知らせようとする行動を起こすと今みたいに激しい責苦が襲い、誰にも術者を知らせる事が出来ない。」

「紙に書いて知らせる、と言うのは・・・?」

 セシリーが提案するがカンナは首を振った。

「無理だ。呪いそのものに対象者の行動を選定する能力は無い。こう言った口封じの類いを掛けるときは対象者の思考に呪いを掛ける。つまり術者の正体を『話そう』とか『書こう』とか『暗号で知らせよう』とか、そう言った思考に呪いを掛けるんだ。対象者がそう言った何らかの手段で知らせようと考え行動に移した瞬間に呪いが発動する。」

「もし其れでも無理矢理知らせようとしたら・・・?」

「そうなれば呪い殺される。今回の場合は恐らくあの触手が大主教の全身を引き裂くんだろうな。」

「・・・」

 恐ろしい。

 全員がそう思う。

「・・・人の1人の恨みでさえ買えば恐ろしい。況してやこんな強烈な呪いを具現化出来る程の恨みとなると・・・」

 カンナも言葉を途中で止めてしまう。


「・・・セイクリッドオーラで浄化してみましょうか?」

 ルーシーが提案するがカンナは首を振った。

「いや。神聖魔法の神性など浴びてしまったら、この男ショック死するぞ。」

「そんな・・・神性を受けてショック死するなんて、まるで・・・」

「まるで魔物みたい。」

 言葉を止めたルーシーの思いの先をアリスがあっさりと口にする。

「そうだな。誰から此れほどの恨みを買ったかは判らんが・・・この瘴気の濃さは邪教徒と変わらんよ、この男は。」

 カンナはそう言いながらも術者に心当たりが在った。

 天央正教に深い恨みを持ちその上呪法に精通しているであろう知有種は、カンナが知る限り1人しか知らない。

 だが証拠も無く確定的な事は言うまい。だからカンナは言い方を変えた。

「お前のその呪い・・・『村』に関わりが在るんじゃ無いか?」

「何だと!?」

 リカルドは驚愕の視線をカンナに向ける。

 その時、扉が僅かばかり開いたが直ぐにピタリと止まった。シオンはその気配に気付いたが其れには構わず、カンナの言葉に補足を加えた。

「もっと言えば一部の大主教達が主導して滅ぼした村の事だ。」

 そうか、やはりシオンもそう思うか――少年の大主教を見据える厳しい表情を見てカンナはそう思った。

「な・・・何の話しだ!!」

 惚けようとするリカルドの前にロドルフォが歩み寄り視線を合わせた。

「大主教猊下、お久しぶりで御座います。」

「誰だ、貴様は!」

 ロドルフォの挨拶にリカルドが叫ぶ。

「私はセーラムウッド教会にて司祭職を預かるロドルフォと申します。」

「な、何!? セーラムウッドだと!?」

 ロドルフォ司祭の事は覚えていなくともセーラムウッド教会の名前は忘れる筈も無い。そして其れはリカルドにとって非情に都合が悪かった。

「そ・・・そんな教会の司祭如きが・・・」

 尚も惚けようとするリカルドの言葉にロドルフォは言葉を重ねた。

「もう、全てをお話するべきです。この方々は私達が犯したの罪の全てをご存知なのです。潔く罪の告白をして罰を受けるべきです。卑小なる身では御座いますが私も御一緒に罰を受けます故に。」

「黙れ! 何が罪か! 天央正教最大の派閥の盟主足るこの儂に罪など在ろう筈も無かろうが!」

 怒号するリカルドにカンナが冷めた視線を向ける。

「お前が自分自身をどう評価しようと自由だが、お前自身を蝕んでいる其の呪いはお前が真正面から過去の過ちと向き合い、其れに対しての猛省と謝罪をしない無い限り決して解かれる事は無いぞ。竜王の巫女だから何でも癒やせるとお前は考えている様だが、人の恨みとはそんなに簡単なモノでは無い。」

「・・・ッ・・・!」

 言葉にならない唸りを上げ歯軋りしながらカンナを睨むリカルドの全身がドス黒く変色していく。

「おい、憎しみを捨てろ。呪いがお前の悪意に反応しているぞ。」

 カンナがそう忠告するとリカルドの表情は一変して恐怖に彩られる。

「た、頼む。助けてくれ! 儂はまだ死にたくない!」

「ならば先程の質問に答えろ。お前が受けた其の呪いの根本となる恨みの正体は何だ?」

 カンナの再度の問いにリカルドは表情を歪めたが死の恐怖には抗えず遂に告白し始める。

「此れは天央正教が神の名の下に滅ぼした村人達の恨みだ。」

「何故そう言い切れる?」

「儂に術を掛けた男がそう言ったからだ。」

 リカルドは屈辱に歪んだ表情で声を絞り出す。

「そうか。では事の経緯を話せ。」

 伝導者に促されて呪われた大主教はパブロスに唆されて城を脱出したところからアシャに呪いを施されるところまでを話す。

 カンナは一つ頷いた後に首を傾げた。

「大体は解った。だが、では何故お前が呪いの対象になったんだ? 話しからすると術者はわざわざお前を呼び出させている。明らかにお前が標的にされているが?」

「・・・」

 リカルドは苦り切った表情で俯いていたが、やがて怒りを剥き出しにして吠えた。

「儂が主導してあの村を滅ぼしたからだ!」

「・・・何故?」

「何故だと!? 髙がテンプルナイト如きが栄光の道を歩み続ける大主教の儂に脅しを掛けたのだぞ! 報いを受けて当然だろうが!」

「村人達は関係無いだろう?」

 冷静に問い続けるカンナに興奮したリカルドが捲し立てる。

「関係無い! 神聖なる天央正教の大主教に脅しを掛ける悪辣なテンプルナイトに思い知らせるせる為だ! 邪悪な騎士を産み育てた村も同罪だ! だから儂が正義の名の下に鉄槌を下してやったのだ!」

「・・・」

 シオンは怒りを抑える為に激しく拳を握り締めた。

 この男はあのゼニティウスと同類だ。自分の好都合を正義と呼び、強大な力で純朴に生きる他者を蹂躙する外道だ。

 殴り飛ばしたい衝動をシオンは懸命に堪えた。

「其れが『神の教えに逆らい怒りを買った者達の哀れな行く末』という言葉の本筋か。」

「・・・! ・・・そうだ! 当然だろう!」

 開き直るリカルドをロドルフォ司祭は悲しげに見つめた。

「大主教・・・」

「猊下を付けんか!」

 睨め付けてくるリカルドに心優しき司祭は厳しい視線を向けた。


「・・・大主教・・・いや、リカルド殿。貴男は罪を贖い罰を受けるべきだ。私と供に。」


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