87話 魔道機
帝城から響く地鳴り音は直ぐに収まっていく。
「・・・何の音でしょうか?」
看護兵の女性が不安そうにルーシーに尋ねるがルーシーとて解る筈も無い。
「解りませんが、私はお城に行ってみます。中には知り合いも居るので何が起きたのか訊いてみます。」
ルーシーが言うと女性兵は少し残念そうに頷いた。
「解りました。私は他の患者も看なくてはならないので・・・今日は勉強させて頂きました。有り難う御座いました。」
「いえ、そんな事は・・・大変でしょうが頑張って下さい。」
ルーシーは女性兵に礼を返すと城内に入るべく歩き出した。
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カンナ達はルーシーを見送った後、魔術師達の案内で魔術棟に向かった。
イシュタル城の魔術棟は魔術院の出張所ではあるが単なる出張所では無く、緊急時には魔術院の代行も務められる権限が与えられている施設だ。従って魔術棟には代行出来うるだけの、魔術院と比べても遜色の無い希少な魔道具が幾つも備えてある。
案内されたカンナは魔術師に尋ねた。
「幾つか使用するかも知れんが良いかな?」
魔術師はディオニスを振り返り、彼が頷くのを確認するとカンナに了承の意思を示した。
カンナは部屋ごとに管理されている魔道具を見て回り、時折幾つかの魔道具や石を引っ張り出しては後ろのアリスやノリアに渡していった。
粗方見て廻ったカンナは魔術師を見る。
「では禁具の方も見せて貰いたい。」
「こちらです。」
既に覚悟を決めた様な表情の魔術師が最奥の扉へ一行を案内した。
扉の前に着くと魔術師がカンナを見た。
「この扉には解錠の魔術では開けられない法術に拠る施錠がされています。ですから此処から先はわたし達だけでは進めません。魔術院の高位に就く者の認証が必要になります。先程、私達の1人がその方を呼びに行っているので暫しお待ち下さい。」
「なるほど、手間を掛けるな。感謝するよ。」
カンナは頷く。
やがて初老の魔術師が案内されてやって来た。
「これはこれは大将軍閣下まで、お待たせ致しましたな。」
「すまぬな魔術師長殿。緊急事態故、無理を通させて貰っている。」
「道すがら案内してきた者から大方の話は伺いました。何やら禁具の閲覧も所望されているとか。」
大将軍との会話にカンナは割って入った。
「横から失礼するよ。その通りだ、魔術師長殿。」
「・・・」
突然、幼女が対等な口調で話し掛けてきた事に面喰らい魔術師長はマジマジとカンナを見下ろした。
「すまんな。私はカンナ、人間ではなくノームだ。こう見えても90年は軽く越える年月を生きている。」
「ノーム・・・」
間違い無く初めて見るのだろう。驚愕と興味の籠もった視線で魔術師長はカンナを眺める。
そんな彼にディオニスが補足を加える。
「彼女はセルディナ公国の客人でレオナルド公王陛下と懇意にされている要人の1人だ。今回、イシュタル帝国の危機に際して駆けつけてくれた。」
「セルディナ公国のノーム・・・確か邪教異変の解決に尽力したメンバーの中心にそのノームが居たと聞き及んでいますが・・・」
「それ、私だ。」
「おお・・・」
正体は判らないが大将軍が丁重に応対しているのを見て、何となくカンナを上の立場として扱っていた騎士隊長達や魔術師達からザワめきが起きる。
「今回イシュタルを襲っている事態は、正直に言えば邪教異変を上回る脅威と言って差し支え無い。その脅威を討ち払う為にも協力を要請したいのだよ、魔術師長殿。」
状況を利用して捲し立てるカンナに魔術師長は頷いた。
「承りました。申し遅れましたが当魔術棟の責任者を務めておりますエンデフィルと申します。私の権限に於いて禁具の閲覧及び使用を許可致しましょう。」
そう言うとエンデフィルは法術による施錠を解いた。
禁具管理エリアには幾つかの巨大な術式を発動させる装置が保管されていた。
魔術の使用を広範囲に渡って制限させる装置、制限では無く封じる装置、逆に魔術の効果をエリア限定で高める装置、魔石を使って動かす戦闘用の魔動人形の素体、等々。
その中でカンナは1つの装置に眼を輝かせて手を伸ばした。
「ひょっとして在れば・・・と思ったが、実際に在ると嬉しいモンだな。」
装置に触れて魔力を流し、装置の反応を確かめたカンナは口元を綻ばせながらそう呟く。そしてディオニスに振り返った。
「大将軍殿、先程の騎士達への強化の件、ひょっとすると上手くいくかも知れんぞ。」
「!・・・おお、本当か。」
ディオニスの双眸に期待の光が籠もる。
「其れは僥倖。しかしこの装置は何かな?」
もっともな質問にカンナは答えた。
「これは魔術の拡散装置だ。どのくらいの範囲まで効果が届くのかは検証しなくてはならないが、此れでルーシーの神聖魔法を騎士達の武器に付与出来れば、対悪魔戦に於いて絶大な効果が期待出来る。」
「素晴らしい・・・。しかし『どのくらいの範囲か検証する』と言うのは? 範囲は決まっているのでは無いのかね?」
ディオニスが尋ねる。
「・・・恐らくだが、こういった類いの装置は効果の方向性を『促進』させる装置で在る事が多い。つまり魔術を『ある一定の分野で応援』してくれる訳だ。・・・そうだろう? エンデフィル殿。」
「流石で御座います、その通りです。」
魔術師長は感動したように笑みを浮かべる。が、反対にディオニスを含めた騎士達の表情は微妙だ。
「・・・ふむ・・・」
解ってないな、とカンナは思うが彼等に理解して貰う必要も無い。
「解りやすく言えば、ルーシーの神聖魔法は強力だから『拡散装置』に乗せた場合、何処まで飛んで行ってしまうかを知っとかなくちゃならないって事だ。弓だってそうだろう? 同じ弓を使っても矢を変えると飛距離が変わってしまうじゃないか。」
「おお、なるほど。」
「其れとおんなじだ。」
今度は上手く例えられた、と満足しながらカンナは説明を終える。
「では、この拡散機を使用されますか?」
エンデフィルが尋ねるとカンナは頷いた。
「うん、コレを使おう。ああ、でもルーシーに使って貰う前に、1回私が使ってみるか。・・・済まんが、みんな少し離れてくれ。」
皆が離れるのを確認するとカンナは拡散機の前に立った。
「何が良いかな・・・。よし、コレにしておくか。」
使う魔法を決めたカンナは神性を活性化させ詠唱を始める。
『灰に座せし偽りの羊よ。奏でられし羽音を纏いて安らぎの豊穣を齎せ・・・』
「? ・・・お、お待ちを・・・」
『・・・セイクリッドオーラ』
エンデフィルが制止するのとカンナの詠唱終了が被った。
温かな光がドーム状に展開される。そして拡散機の補助を受けてドームが巨大化していくのかと思われた刹那。
『パチンッ』
と爆ぜる音が鳴り、続いて
『ドォーーーンッ』
と、轟音が鳴り響いた。
魔術棟全体を揺るがすほどの振動が起こり、カンナは拡散機から吹き出した突風に因って吹き飛ばされる。
「ホォォォッ!?」
仰天の悲鳴を上げながら落下してくるカンナを数人の騎士隊長達が慌てて抱き止めた。
「ご、ご無事ですか!?」
無事を確認してくる騎士達の声を無視してカンナは跳ね起きた。
「何が起きた!?」
見れば拡散機は、時折、青白い魔力を稲妻の様に閃かせながら煙を吐いている。
エンデフィル魔術師長を見れば、彼は若干戸惑う様にカンナを見ていた。
――・・・壊してしまったか?
カンナの背中に嫌な汗が流れる。傲岸不遜に見えるこの娘でも「やってしまった」と焦る瞬間は在るのだ。
「あ、あのエンデフィル殿、コレは壊してしまったのだろうか・・・?」
恐る恐る尋ねてみるとエンデフィルは首を振った。
「いえ、コレは防衛機能が働いただけです。正体不明の強い力が機器に干渉しようとして来たので、設定に基づいて対象者を・・・つまり今回の場合はカンナ様を排除したのです。壊れてはいません。」
それを聞いてカンナはホッと息を吐いた。
「そうか、良かった。」
「其れよりも・・・」
エンデフィルの視線が強まる。
「何故、ご無事なのですか? 防衛機能は魔術の波動です。まともに喰らえば相当な怪我を負うはずですが・・・。」
なるほど、とカンナは理解する。
先程は神性を活性化させていたお陰で魔力の衝撃が打ち消され、吹き出した波動の勢いだけがカンナを押し飛ばしたのだろう。
「それと、貴女が使った力は何ですか? 少なくとも私が知る魔力では無かった。」
その視線には強烈な飽くなき知識への渇望が見え隠れしている。その気持ちが良く解るカンナは隠すこと無く明かした。
「今のは『神性』と呼ばれる力だ。神話時代の真なる神々が当時の生きとし生ける者達に与えた力だよ。私はその力を僅かばかりだが使えるんだ。だから先程の魔力の波動も打ち消せた。そしてその神性を使った魔術が神聖魔法だ。」
「おお・・・真なる魔力・・・」
其れを聞いてカンナは口の端を上げた。
「ホッ・・・良くご存知だな。魔術師長殿は良く学ばれていると見える。」
「いや・・・。しかし光栄です。秘中の書物群にしか記されない伝説の力をこの眼で見られるなど。」
エンデフィルは頬を紅潮させて興奮を隠さなかった。
「ノリア、真なる魔力って何?」
アリスがヒソヒソとノリアに尋ねる。
「書物か何かで目にした事は在るんだけど・・・何だったかな・・・。」
ヒソヒソと後ろで話している2人にカンナは言った。
「そうだな。シオン達も戻って来たら、後でお前達にもその辺の事を話してやろう。」
その言葉に2人は目を輝かせて頷いた。
魔術師だけあって、この2人も知識欲は深そうだ。
「しかし・・・」
カンナは拡散機を見る。
「先に試しておいて正解だったな。本番でしくじらずに済んだ。」
ディオニスが気遣わしげにカンナに尋ねた。
「カンナ殿、上手くは行かないか?」
「いや大丈夫だと思う。・・・エンデフィル殿。この装置、少し改造しても良いか?」
「え、ええ。後で元に戻して頂けるのであれば許可致します。」
「助かるよ。」
エンデフィルの許可を得てカンナは魔道機に近づいた。
ルーシーはカンナの気配を頼りに魔術棟に辿り着くと、魔術師の案内を受けて禁具の保管エリアに足を踏み入れた。
騎士や魔術師達が集まっている所に目をやると、地べたにペタンと座り込んだカンナの小さな背中が見える。
皆に見守られながら、カンナはどうやら何かの作業をしている様だった。
ルーシーはカンナの近くに立つアリスとノリアに尋ねた。
「アリスさん、ノリアさん。」
「あ、ルーシーさん。其方はもう良いのですか?」
「はい、問題無く。・・・カンナさんは何をしているんですか?」
「ああ・・・」
ルーシーの問いに2人は経緯を説明する。
「なるほど、其れで魔道具を改造しているんですね。」
3人の声が耳に入ったのか、カンナがヒョイとルーシー達を見た。
「おおルーシー、戻ったか。3人とも、ちょっとコッチに来い。」
手招きに応じて3人はカンナの側に歩み寄る。
「ミシェイルは大丈夫か?」
尋ねるカンナにルーシーは頷いた。
「はい、明日には動ける様になると思います。」
「其れは何よりだ。」
カンナは拡散機の説明書と思われる分厚い書物の頁を捲りながら手元の機器を弄っていた。鉄製の円筒に嵌まっていた大きな魔石が外され、其処に別の石が嵌め込まれている。
「しかしコレを造った奴は天才だな。よくも此れほどに汎用性を持たせた魔道具を生み出したモンだ。しかも効果の高さを失っておらん。」
カンナの賞賛にエンデフィルも追従する。
「そう、正に彼の偉人は天才です。しかし天才故に、魔術を扱える者なら誰でも簡単にこの装置を動かせてしまう様に造ってしまった。」
「それは危険極まりないな。」
「はい、故に時の皇帝ヴィラテンス3世陛下は魔術院長の提言を受け容れて此れを禁具と定められ、帝城の魔術棟に管理を任せられたのです。」
「やむを得ないか・・・さて、出来た。」
カンナは立ち上がると器具をエンデフィルに渡した。
「此れを元の場所に嵌めてくれ。」
「畏まりました。因みに今嵌まっているこの石は何でしょうか?」
「聖石だ。治癒魔法にも使われたりもするが、神聖魔法との融和性が極めて高い。此れならば、説明書を読む限り先程のような反発は起きない筈だ。」
「承知しました。では。」
エンデフィルはカンナの希望通りに器具を元の拡散機に付け戻した。
聖石の神性が溢れ出し拡散機全体を包み込むと其れに呼応するかの如く機体全体が震えだした。やがて振動が収まると聖石からの神性の漏出も収まる。
「此れで良い。」
カンナは満足げに頷くとルーシーを見た。
「さて、ルーシー。戻って早々に申し訳無いが神聖魔法をこの装置に使ってみてくれ。そうだな・・・セイクリッドオーラが良い。上手くすればオーラが広範囲のエリアに効果を及ぼす筈だ。」
「解りました。」
ルーシーは頷くと拡散機の前に立ち詠唱を始めた。
『灰に座せし偽りの羊よ。奏でられし羽音を纏いて安らぎの豊穣を齎せ・・・セイクリッドオーラ』
忽ちオレンジ色の温かな光がルーシーを中心に広がり拡散機を包み込む。
途端に拡散機が反応を始めて震え出す。拡散機の頂点部に設置された大きな水晶が輝き始めて其処からセイクリッドオーラの光が溢れ出し、一瞬で禁具管理エリア一帯を包み込んだ。
「おお・・・!」
その場に居合わせた全員の口から驚嘆の響めきが漏れる。
「誰か申し訳無いがこの魔法の光が何処まで届いているか確認して来て貰えんか?」
「畏まりました、我々が!」
カンナの求めに応じて入り口近くに立って居た騎士達が複数名飛び出して行く。
「カンナ殿。」
「何かな? ディオニス大将軍。」
ディオニスの呼び掛けにカンナは振り返った。
「敵は果たして本当にこの帝都に悪魔の大軍を送り込んで来るのだろうか?」
「来る。」
カンナは言い切った。
「私が以前から感じていた事を話そう。今回、裏で暗躍しているのがオディス教徒である事は間違い無いと思う。しかし邪教異変の時に比べると連中の露出が余りにも少なく感じる。過去のオディス教徒の侵略を調べてみても『決め』に掛かる時は必ず自分達の存在を表に出してきていたのにだ。そしてその代わりに今回帝都を混乱させているのは低級悪魔と瘴気だ。」
「其れは何故だろうか?」
「決まっている。『我々』の存在だ。もっと言えば『竜王の巫女』と『竜王の御子』の存在だ。邪教異変はこの2人の働きに因って解決した言っても過言では無い。そして其れは他のオディス教徒にも伝わっていよう。だから奴らは影に潜んだまま事を決めようとしている。そしてその決め手は考えられる限り悪魔を使った侵略だ。」
「そうなるだろうか?」
「なる。と、決めてかかり準備をして置くに損は無い。仮に邪教徒が攻めてきたとしてもこの作戦は有用だ。どちらに転んでも別に構わない。」
「・・・なるほど。」
カンナの話しを咀嚼したディオニスはやがて頷いた。
それから更に裕に500を算え終わる頃、騎士達が慌ただしく戻って来た。
「帝都の物見塔から確認致しましたが、ルーシー様の放たれた魔法は遠く帝都の果てまで届いている様に見えました。現在、残りの者達が早馬を飛ばして正確な範囲を確認しに向かっている最中です。」
「素晴らしい。」
ディオニスが満足げに頷く。
「つまり、少なくとも帝都に居る騎士や兵士達には神聖魔法の援護が届くと言う事になるな。よし、だいぶ希望が見えて来た。」
カンナは笑みを浮かべてルーシーを見た。
「ルーシーよ。今回もお前の力が人間側の勝利の鍵となりそうだ。大変な役目ではあるが頼めるか?」
敬愛するノームにそう言われてルーシーは微笑んだ。
「はい、頑張ります。」
その言葉に応じてディオニス大将軍が騎士礼を取った。合わせて騎士達もルーシーに対して騎士礼を取る。
「竜王の巫女殿。感謝する。我らイシュタル騎士団は貴女の慈悲に必ずや応えてみせよう。どうか御照覧在れ。」
勇壮たる騎士団に敬意を払われてルーシーは戸惑いながらも頭を下げた。
「はい、宜しくお願いします。」
そしてシオン達が帝城に戻った報せが一行に届いた。




