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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 混沌のイシュタル
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85話 帝都の戦い 5



 神性を集中させる事でソーンに付けられた全身の傷が癒やされ、体内に侵食していた瘴気が蒸発していく。傷を癒やす際に発せられる神性の光が煌めき、エクトールにはまるでルネが光の衣を纏っているかの様に輝いて見えた。

 美しい・・・思わずそう言い掛けたエクトールは、その言葉を呑み込み表情を歪ませた。

「・・・貴様・・・わざと追い詰められた振りをしていたのか。」

「ええ、貴男に喋らせる為にね。」

 傷を癒やし終えたルネは頷く。

「舐めた真似をしてくれるな。たかだか数十年しか生きていない小娘が・・・」

 屈辱で歯を軋らせたエクトールが瘴気を身に纏う。

「・・・数百の歳を重ねてきた俺に本気で敵うと思ったか!」

 ルネの魂胆を知りエクトールは怒りの咆哮を上げる。


 ルネはそんなエクトールを眺めた。

 確かに戦士として長く生きたのはエクトールかも知れない。だが、彼は師を謀ってソーンを盗み出してからは恐らくまともに戦いの中に身を置いては居ない。

 其れは先程の戦闘から察する事が出来る。

 本気だったで在ろうエクトールと互角に剣を合わせてはいたが、ルネは若干エクトールの攻撃に合わせて動いていた。勿論ルネも本気であり決してエクトールを舐めていた訳では無い。

 相手の底力を知らぬまま闇雲に剣を振るえば手痛い反撃を受けることになる。クリソスト師の教えに従い、強化されたエクトールの力量がどれ程のモノかその底を量っていたのだ。

 だが其れが裏目に出て、エクトールにソーンの能力を解放されてしまった。この時ばかりは本気で命の危機を感じたが、エクトールが話にかまけてくれたお陰で何とか回復に努める事が出来た。彼所でエクトールが油断せず即座に止めを刺しに来ていたらルネと言えども殺されていただろう。

 だが、彼はそうしなかった。

 其の油断、甘さがエクトールの戦士としての大きな弱点としてルネの目には映っていた。


 対して自分は違う。

 クリソスト師の教えを受けて森の戦乙女となってからは常に生死を賭けた戦いの中に身を置いてきた。魔物と、森を荒らす侵入者と、時に悪魔と。彼女はその全てとの戦いに於いて勝利を収めてきた。

 その後、天央12神の控えとして確かに刻の袋小路に封印されてはいたが、あの時の自分の時間は止まっていた故に在って無い様なモノで、自分の人生は常に戦いに明け暮れたモノと言えるだろう。

 ゼニティウスに召喚されてからは、一度シオンに敗れはしたが、あの戦闘のお陰で無意識に失われていた戦いの勘は取り戻せている。

 例え兄弟子で在っても、戦いから離れていたエクトールに後れを取るつもりなど無い。


 ルネの身体の中に流れる戦士の血が神性を活性化させた。頬が熱く火照り双眸が美しく輝く。全身を巡る血流が彼女を熱く高揚させ戦士に相応しい殺気が増していく。

 本気になった時は何時もそうだった。興奮して自分が抑えられなくなる。

「ハァ・・・」

 ルネは熱い吐息を吐き出した。

 どんな場所で在ろうと常に彼女に寄り添って来た風の精霊達も、ルネの闘志に中てられて激しく彼女の周囲を舞い始める。

 もはや迷いは無い。

 時は違えど同じ人物を師と仰いだ兄弟子に当たる男だが、道を外した相手には戦士として応じ、屠るまで。せめて死出の旅路には妹弟子に当たる自分が送り出してやるのが情け、とルネは覚悟を決める。

 ルネの僅かに哀しみを秘めた視線を受けてエクトールはその静かな迫力に激しく動揺した。理由が在る訳では無い。ただ、先程までの彼女とは明らかに違う雰囲気に彼の本能が危険な何かを察知していた。


 そんな彼の動揺など一切構わず、戦乙女は一歩を踏み出す。

「クッ・・・!」

 エクトールは思わずソーンの力を解放した。

 前準備も無く不用意に放たれた剣の棘は高速で彼女に突進していく。が、如何に高速と言えど細工無しに真っ直ぐ自分に向かって来る棘など歴戦の戦乙女にとっては大した脅威で無かった。

 風の精霊の助力を借りて大きく後方に跳びながら、身体の真芯を捉えた棘のみをエストナで斬り飛ばしていく。何本かの茨がルネの薄皮を切り裂き瘴気が侵食していくが、神性が限界まで活性化された今のルネの肉体には通じない。

 茨の襲撃が収まったと見るや、ルネは即座に反撃に転じた。

 風に乗って跳び上がり、高く上昇するとエクトール目掛けて落下する。更に精霊に加速して貰い信じ難い速度でルネはエクトールに肉薄し、エストナを振り下ろした。

「!」

 ルネの速度に驚愕しながらもエクトールは何とかソーンで戦乙女の振り下ろしを受ける。が、彼女の全体重と風の加速が加わった重い一撃を受けきる事は叶わずエストナの刀身がエクトールの右肩に食い込んだ。

「グ・・・オ・・・!」

 呻くエクトールの右肩から黒い鮮血が飛び散った。

「ソーン!」

 魔剣の名を呼ぶことでソーンの茨が再びルネに襲い掛かるが、其れを読んでいたルネは先程と同様に風に乗って素早く後退しながら茨を薙ぎ払っていく。先程ルネから受けた電撃の傷はアートスの瘴気が急速に癒やしてくれているが、ルネの驚異的な速度には追いつける気がしない。

 このままでは負ける。ならば・・・。

 エクトールはルネが離れた隙を利用してもう1つの奥の手を使った。最奥のアートスから力を与えられた際に手に入れた秘術を。

『暗闇の雲を纏いし奈落の裁定者よ。我が意思を識り鋼の枝を授け給え・・・アビス=カレント』

 クリオリングと戦ったウラバールも使用した強力な幻術をエクトールもその身に纏う。

「!?」

 ルネは突然姿が揺らぎだしたエクトールを見て目を細めた。

 エクトールの姿が何重にもブレて見える。

 

 ――アレは何? 幻術?

 答えを得る前にエクトールが上下左右に跳ねながらルネに接近してきた。途轍もない数の残像を残しながら。しかも残像の全てがエクトールと変わらない存在感を放っており、ルネはエクトール本体の位置を見失ってしまう。


 ――どれが本物・・・!?

 思う間も無くルネは利き手となる右腕に鋭い痛みを感じた。反射的にエストナを薙ぐが既にエクトールは無数の残像の中に隠れてしまっている。しかも傷付いた右腕を振った事で傷口から血が噴き出し更に痛みが増してしまった。


「「「俺が何処に居るか掴めまい」」」

 余裕を取り戻したかのようなエクトールの声が周囲に響く。

 そして急速に背後から接近する悪意が1つ。

「うぁっ!」

 左の太腿に激しい痛みを感じてルネは呻いた。


「「「フフフ・・・腹立たしいが剣は互角でも体力は貴様が上の様なのでな、こうやって鱠に切り刻んでやるとしよう・・・」」」

 エクトールの声が全周囲から響いてくる。

 恐らく彼は今、3つの魔術を使っている。アビス=カレントと詠唱した今の幻術、其れに加えて気配を打ち消す隠密の魔法。そして声を拡散させて敵を惑わせる魔法。

 これだけの数を並行使用出来る術者などエルフにだってそうは居ないだろう。


 此れほど魔術を自在に扱えるとは、流石は純粋種。

 若干の羨望と供にルネはエクトールの魔術の才能に驚嘆する。


 ハーフ=エルフであるルネは純粋なエルフに比べると精霊魔法の扱いに於いて劣っていた。そんな彼女に根気良く付き合ってくれたクリソスト師の言葉を思い出す。

『ルネよ。他のエルフのように様々な魔法を習得しようと思わなくて良い。「此れだ」と決めた魔法を1つ決めて昇華させる事を心掛けなさい。』

 ルネはその言葉を頼りに師の言いつけを守った。

 そして得た昇華魔法。

「精霊達・・・」

 ルネが呟くと風の精霊達が彼女を中心に合わさり始め、無数の大きな塊に変化していく。

 其れを見てエクトールは即座に反応した。

「何もさせんぞ!」

 これ以上、彼女に何かをされては折角の勝機を失う事になる。

 エクトールはこの一撃に賭けるつもりで残像と供に突進した。

 ルネは迫るエクトールに構わず更に神性を燃焼させ続ける。精霊達が紫色に変化していき、やがて紫電を纏わせ始めた。


「バチッ!!」

 激しい破裂音が鳴る。

 必殺の気迫が仇をなして、突進を制御出来なかったエクトールは、まともに紫電の塊の1つに突っ込んでしまった。紫電から伝わる強烈な衝撃にエクトールの身体が跳ねる。


 煙を上げてエクトールは大地に落下した。

 地面に落下したまま動かない彼に向かって、エストナを左手に持ち替えたルネが近寄る。右腕と左脚の痛みはかなり激しいが癒やしている場合では無い。決着を着けるなら今しか無い。

 動かないエクトールに向けてルネはエストナを持つ左腕を振り上げた。

 気絶した相手に止めを刺すのは戦士として気が退ける。しかし・・・この男は危険すぎる。再度覚悟を決めたルネがエストナを振り下ろす、その刹那。

『アビス=パニッシュメント!』

 エクトールが突如ルネに右腕を突き出し瘴気の塊を放った。

 黒球は声を上げる間も無かったルネに激突し、黒いドーム状の半球体となってルネを呑み込んだ。


 エクトールは跳び起きてドームから後退すると嗤った。

「ハハハ・・・アートスの神性は俺が思うよりも遙かに強力だったようだ。あの紫電で受けた大ダメージをこんな短時間でここまで回復させてしまうとは。」

 未だ全身が痛み痺れも残るが、手にした神性の強大さへの高揚が勝るエクトールは、満足げに眼前に立ち籠める黒煙を眺めた。

 アレは呑み込んだモノ全ての生気を喰らう強力な瘴気の魔法。単唱で放ってしまった事で対象を閉じ込める力は落ちてしまっているが、喰らう力が落ちるわけでは無い。

 今頃ルネはあの中で瘴気に生気を貪り食われて居るだろう。あの黒煙が晴れた時には惨めなハーフ=エルフの干からびた死体が転がっている筈。

 あの美しい娘をその様な姿にしてしまうのは惜しい気もするが、其れよりもエストナがを手に入れられる喜びの方が勝る。

「さぁ、早く・・・」

 待ちきれずにそう呟いたエクトールの視界に一瞬だけ光が映った。

 なんだ?

 エクトールが思った瞬間、黒いドームが破裂した。


 その中からルネが飛び出して来た。殺気を纏わせた美しき戦乙女はエクトールに迫るとエストナを振り下ろした。

「!」

 咄嗟にエストナをソーンで受け止めたエクトールが驚愕の声を上げる。

「ば・・・馬鹿な・・・! 何故生きている!? どうやって奈落の法術を凌いだのだ!?」

 ルネはエストナを押し込みながら黄金の双眸でエクトールを見据える。

「・・・精霊に竜の神性を吸わせて闇の支配に抵抗したのよ。拮抗が崩れれば単唱の結界魔法など打ち破るのは容易いわ。」

 そう答えた彼女はこれ以上の問答は無用とばかりに連撃をエクトールに叩き込む。

「竜!? 竜だと!? ・・・クッ・・・おのれ!」

 彼女の圧倒的な剣撃に喘ぎながら、エクトールも全身の痛みを堪えて必死に応戦する。


 エクトールはルネの言葉に動揺していた。

 『竜』と確かに彼女は言った。メルライアの大森林には森を守護する竜が眠っていると聞いた事がある。まさか其の竜の神性を奪ったのか?

 だとしたら、其れは最奥のアートスに迫る程の途轍もない神性となる。

 ――・・・もう一度ソーンを・・・!

 彼女を引き剥がす為にエクトールが茨を解放しようとソーンを突き出した瞬間、ルネのエストナが宙を裂きソーンを握ったエクトールの右手が宙を舞った。

 目の前の光景が信じられず、エクトールは眼前を舞うソーンと其れを握る自分の右手首を呆けたように眺めた。


 そんな彼に戦乙女が宣告する。

「終わりよ。」

 ハッと我を取り戻したエクトールの胸にエストナが突き刺さった。

「ウグッ・・・!」

 呻くエクトールにルネは身体を押し付けたまま囁いた。

「貴男は師の教えを踏みにじり、師の剣を穢した。師の憂いは私が断つ。」

 エクトールは咄嗟にルネの左腕を残った左手で掴んだ。

 そこで気が付く。

 刺し方が甘い。ルネが利き腕では無い事を思い出したエクトールは、ルネの左腕を掴んだ手に更に力を込めた。彼女の左腕の力は其れほど強くは無い。

 押し返せる・・・!

 エクトールの口の端が一瞬上がった。


「・・・」

 ルネは自分の腕を掴むエクトールの手を無視して、大地を蹴る。彼女の強靱な足腰が更にルネの身体を前に押しやり、ルネはエクトールに体当たりをした。

「ま・・・待て・・・!」

 エクトールの制止に耳を貸さずルネは彼を押し込み続け、そのまま民家の壁に激突する。

 その衝撃と彼女の身体に拠って更に押し込まれたエストナが、エクトールの身体に更に深く突き刺さり彼の心臓を貫いた。

「グ・・・ハッ・・・!」

 口中から黒い血を大量に吐き出したエクトールは信じられない表情で自分の命を奪った妹弟子を見た。

「馬鹿な・・・この俺が・・・神の力が・・・俺の・・・夢が・・・」

 もはや目の焦点が合わないエクトールからルネは無雑作にエストナを引き抜いた。

「グッ・・・」

 押し付けられた壁に寄りかかり、最期の呻きを上げる瀕死のエクトールにルネは最後の言葉を掛ける。

「せめてあの世にてクリソスト師に詫びて下さい。」

 そう言うとルネは最後の一撃をエクトールに振り下ろした。

 邪悪な野望の為に数百の年月を重ねたダーク=エルフは、嘗ての同門の妹弟子に討たれ無言の内に絶命し斃れた。


 激しく肩で息をする戦乙女は自分が斃した男の死体を眺めていたが、やがて夜空を見上げた。

「師よ・・・。」

 息を整えながらルネは呟く。

「・・・貴男が心に遺した憂いは私が断ちました。どうぞ安らかに・・・」

 其処まで言うと緊張の糸が切れたのか、彼女はその場にへたり込んだ。



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