17話 レーンハイムの覚悟
『マリーのハーブショップ』
シオンの馴染みの店の前に2人は立っていた。
「こんにちわ、マリーさん。」
扉を開けてシオンが声を掛けると、奥から女店主が顔を覗かせた。
「おやシオン、久しぶりだね。」
マリーはシオンの後ろに立つルーシーを見た。
「その娘は初めてだね。いらっしゃい、お嬢さん。」
マリーの挨拶にルーシーも慌てて頭を下げる。
「紹介するよ、マリーさん。未来の回復師のルーシーだ。」
美貌の女店主はシオンの言葉を受けて興味深そうにルーシーを見た。
「・・・なるほど。アカデミーの回復術事情はそんな感じなのかい。」
シオンの簡単な事情説明と依頼を聞いてマリーは嘆息した。
「確かに回復魔法ってのは難易度が高い術だからね。」
マリーはシオンを見る。
「シオンは回復師の最低条件って知っているかい?」
「いや、知らない。」
「魔法を発動させる迄での過程を直感で理解出来るセンス、これは勿論どの魔法でも必要なんだけどそれ以外にも必要なセンスがあるんだ。」
「それ以外にも?」
マリーは頷く。そしてルーシーを見た。
「ルーシーは解るかい?」
ルーシーは頷いて答える。
「生命感知のセンスです。」
「そう、その通り。」
マリーが頷いて見せるとルーシーは嬉しそうに笑う。
「生命感知のセンス?」
シオンが首を傾げる。
「そう。希に初対面の相手の体調不良を見抜いたり、その人が持つ過去の古傷の存在を見抜いたりする人が居たりするだろ?」
「そうだね。」
「それさ、そう言った生物の身体の状態をある程度直感で把握出来るセンスが必要なんだ。これが回復魔法の習得難度を上げている最大の要因となってる。」
「・・・」
「あとは魔力持ちが条件かな。魔石の魔力じゃなくて回復師本人の生の魔力が必要になる。」
シオンは納得した。回復魔法の使い手が少ない筈だ。それだけの条件を併せ持った人間がそうそう居るはずも無い。
「だからこそ、希少だからこそ回復師ってのは個人的な損得を超えて世界レベルで大切な存在なのさ。そう言った理由も合わせてさっきのシオンの依頼だけど、あたしで良ければ引き受けさせて貰うよ。薬草学も含めてね。」
「マリーさん、有り難う。」
「有り難うございます!頑張ります!」
ルーシーの輝くような笑顔を見てマリーは優しく微笑んだ。
「アカデミーとの調整は任せるよ。」
「それは大丈夫。ウェストンさんにやって貰うから。」
シオンの強かさにマリーは苦笑を漏らした。
「オディス教団?」
紅茶を飲みながら歓談していた3人の話題はマリーの冒険者の時の話から最近のシオンの冒険譚に及んでいた。その中で出て来た彼の邪教の名前をマリーは聞き咎めた。ピクリとルーシーのカップを持つ手が止まる。
「マリーさん、知ってるの?」
「そうだね。昔、冒険者をしていた頃に聞いたことがあるよ。何でも邪教らしいね。信者達は蛇と闇を操るとか何とか。」
「うん。それがこのセルディナにも来ているかも知れないって話もあるんだ。」
「気を付けなよ、シオン。いつの時代も邪教は人を惑わす毒にしか成らない。」
マリーの忠告にシオンは首肯する。
突然、ルーシーが奇妙な詩を諳んじた。
『其は数多の昏き眠りより呼び起こされし者也。一つの御霊荒ぶりて黒き鎌振り上げし時、片やの御霊打ち払わん。斯くして1つは2つと成り月は影に浮かばん。』
「?」
「ルーシー、その詩は?」
少し思い詰めるような表情でルーシーは2人の顔を見た。
「私の生まれた地方に伝わる忌み詩です。」
「忌み詩?」
「はい。」
シオンとマリーは顔を見合わせた。
「その詩の意味は?」
「真意は解っていません。かつて存在したと云われる蛇に纏わる邪神の一詠だそうですが。そのまま考えると2体の神が居て片方がもう片方を打ち払ったと取れますが、最後の一文の意味が解らないんです。
・・・でも、蛇の邪教と聞いて、思い出したんです。」
何やら不吉な思いに囚われる。
マリーが尋ねた。
「ねえ、ルーシー。あんたの故郷はどこ?」
「高地アインに在るテオッサの村です。」
「高地アインか。あの先は未開の地だったね。大森林の真ん中には妙な砂漠が在るって。」
3人は何となく黙り込んでしまった。
「閣下。ご無沙汰致しております。」
「レーンハイムか。久しいな。」
レーンハイムは眼前の男、ブリヤン=フォン=アインズロードに恭しく一礼を施した。
「今日はどうした。」
無論、訪問のアポイントメントは事前に受けていた。しかし、細かな訪問の理由は聞いていない。
恐らくはアカデミー関連の事で在ろう。しかもブリヤンが期待する方向の内容では無いかと当たりは付けていたが、果たしてその通りであった。
「はい。実はアカデミーの方針とカリキュラムの内容について変更を加えたく、アカデミーの起案者たる閣下のお許しを賜ろうと参上致しました。」
「ふむ。その内容とは?」
促されたレーンハイムは1枚の書面を取り出して内容を読み上げた。
「は、この様に考えております。
1つ、武術科と魔術科の生徒の交流を深めるべく、週の3時限相当分を合同の講義に当て意見交換の場を設ける。
2つ、回復師コースの強化を行う。講師陣の陣容を厚くすると同時に、回復師が世間に於いてどのような評価を受けているかを生徒達に伝える。
3つ、冒険者を統括する冒険者ギルドとの密な情報交換を行い必要とあらば現職の冒険者達からの臨時講習を受ける。なおこれは講師・生徒を問わずに受講する。
4つ、当アカデミーを冒険者養成機関のみの存在とせず、様々な分野に於いて活躍出来る人材を養う実践型訓練所としての1面を持たせる。」
レーンハイムは読み上げ終わると紙面をブリヤンに手渡した。伯爵は1通り目を通すとレーンハイムを見た。
「随分と思い切った内容だな。」
「はい。」
ブリヤンの圧の籠もった視線内容を受けたがレーンハイムは怯むこと無くその視線を受け止めた。
「この内容、特に1つ目と3つ目に関しては連中の強い反発を受けるであろうな。恐らくはお前の解任を要求してくるであろう。」
ブリヤンの指摘は当然のものであった。
アカデミーの規約制定の原書には意見を採用された貴族や識者の名前が記載されている。
そのメンバーのほとんどが武術科と魔術科の分離を強硬に主張しギルドの介入を拒んだ者達である。
これを丸ごと否定するようなこの変更は自分達の面子を潰されたと受け取るだろう。
本来ならアカデミーの結果が芳しくない現状の時点で面子は潰れているのだが、そんなモノは運営手腕が悪いと学園長、引いては副学園長に責任を擦り付ければ良い。と、考えている。
そして名ばかりの学園長は公王の親族であるセロ公爵であるため全責任は副学園長であるレーンハイムが問われる事になるであろう。
ブリヤンの指摘に今までのレーンハイムであれば動揺し慌てふためいて提案を取り下げたであろう。しかし、今、レーンハイムは困った様に笑いながら頭を掻いた。
「左様でございますな。」
「それでも良いのか?」
「致し方ありません。今までの私は保身に奔りすぎておりました。そのツケが回ってきたと思えば自業自得と納得も出来ます。しかしそれでも私はアカデミーの副学園長に御座います。未来を支える若者達に道を示してやるべき立場の人間です。」
「そうか、覚悟は出来ているという事か。」
「はい、遅まきながら。ですが、黙って解任されるつもりも御座いません。全力でしがみつかせて頂きます。それでも保って1年というところでしょう。それまでに何としてもこの案をカリキュラムに落とし込み生徒達に学びの場を残してやります。それが、私の出来る最後の役目と心得ました。」
レーンハイムのさっぱりとした表情にブリヤンは軽く溜息を吐いた。
「分かった。ならば何も言うまい。・・・内容はこれで良い。お前の思う通りに進めるが良い。」
「有り難う御座います。閣下。」
覚悟を決めた副学園長は伯爵に一礼した。
「時にレーンハイムよ。この提案内容はお前の起案か?」
ブリヤンの問いに、レーンハイムは首を横に振った。
「いえ、違います。実は最近、現役の冒険者に籍を置いて貰いました。その者が自主的にアカデミーを視て問題点と改善案を報告してくれたのです。今回の提案はそれに基づいたもので御座います。」
「シオン=リオネイルか。」
「・・・左様で御座います。そう言えば閣下はご存知でいらっしゃいましたな。」
「ああ、面白い少年だ。単に優秀な冒険者というだけには留まらないモノを感じる。」
「はい。彼と出会わなければ、私もここまでの覚悟は持てなかったと思います。彼には感謝しかない。」
ブリヤンは頷くとレーンハイムに言った。
「ならば行くが良い。行って己の任を果たせ。」
レーンハイムが退室するとブリヤンは口の端を上げて独りごちた。
「フフフ。尻を叩かれてようやく覚悟が決まったか。だが、そのように私心を捨てて覚悟を決めた人材をそう簡単に辞めさせる訳には行かないのでな。さてレーンハイムには長く頑張って貰うべく、邪魔な連中を排除するとしようか。」
ブリヤン=フォン=アインズロード伯爵は、レーンハイムが成さんとする事を邪魔してくるであろう小蠅を払うため、公国の貴族に於いて冠絶するその権力を振るうべく宮廷へと向かっていった。
マリー
職種:回復士、薬士 元冒険者 現薬屋店主
Lv.12
筋力:6 技量:10 早さ:8 体力:8 魔力:22
HP:16 MP:44 素攻撃力:8 素防御力:9
特殊
回復術、薬草術




