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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 混沌のイシュタル
176/215

80話 帝都



「・・・。」

 一同は横たわる邪教徒達の骸を無言で眺める。と、その時。

「ククク・・・。」

 堪える様な女の笑い声が頭上から聞こえた。


 全員が顔を上げると、城で使う薪を保管する為の小屋の上に黒い衣を纏った女が座っていた。

 『誰だ?』 シオン達が思う中、ルネが叫んだ。

「お前は・・・!」

 カリ=ラーは冷酷な微笑をルネに向ける。

「エルフの女神、数日ぶりねぇ。未だ生きていたの。其れに竜王の巫女も・・・と言ってもこんな混乱程度では死にはしないか。」

「こんな程度・・・?」

 嘲るようなカリ=ラーの言葉にルーシーの表情が厳しくなり、ルネは愛剣を引き抜く。

「お前こそ生きていたのか。何時ぞやの洞穴での戦いで斃したと思っていたが。」

「そうね。確かにあの身体は貴女の手で壊されてしまったわ。まぁでも違う身体に移れば良いだけだから問題無いのだけどね。」

「違う身体・・・」

 やはり人では無いようだ。

 ルネは質問を変えた。

「・・・私の兄弟子は・・・エクトールはどうした?」

「兄弟子?・・・ああ、アレか。アレは私にはもう関係無いから知らないわ。」

「関係無い・・・?」

「別にあの男は私の番いと言う訳では無いのでね。喰った後の事は知らない。」

「喰った・・・!?」

 ルネの驚いた表情にカリ=ラーは妖艶な微笑みを返しながら両手で自分の身体を撫でた。

「新しいこの身体にも慣れなくてはいけないし、私は今『捕食』で忙しいのよ。」

「捕食・・・何を捕食するというのか?」

「何でも。でも強靱な人間がやはり好みかしらね。」

「・・・」

 狂気染みたカリ=ラーの笑みにルネは言葉を失う。


「先程の瘴気もお前の仕業か。」

 カンナが尋ねるとカリ=ラーは興味なさげな表情で外方を向いた。

「貧弱な小蟲が何か言ったかしらね。」

「貧・・・」

 その言葉にカンナの髪がユラリと揺れた。『貧弱』というカンナ本人が日頃気にしている図星を指されてノームの娘は珍しく本気で腹を立てた。

「言ってくれるじゃないか、この・・・」

 罵詈雑言を言い掛けるカンナの口を手で塞いだシオンが代わってカリ=ラーに尋ねる。

「先程の瘴気もお前の仕業か。」

 カリ=ラーはシオンを嘗め回す様に眺めるとペロリと唇を舐めた。

「お前は実に美味しそうね。お前を喰わせてくれるなら何でも答えてあげるわ。」

「ふざけ・・・」

 言い掛けたシオンは背後で急速に膨れ上がった神性を感じてギョッとなり振り返った。そんな彼の眼に映ったのは鬼の形相と化したルーシーが無言でカリ=ラーに片手を突き出す場面だった。

「!!」

 白い光弾が幾つも突き進み、驚愕の表情で姿を消したカリ=ラーが居た場所に着弾する。

 少しだけ離れた場所に姿を現したカリ=ラーに向かってルーシーが凄まじい圧を込めて静かに言い放つ。

「ふざけないで。」

 カリ=ラーは嗤った。

「いきなり撃ち込んでくるなんて、何をそんなに怒っているのかしら。・・・まあ良いわ。先程の質問は彼等を呑み込んだ瘴気が私の仕業か、だったかしら? ・・・そうよ。不味かったけど彼等には糧になって貰ったわ。」


「・・・」

 怒りを収めたカンナは、大地に転がる肌が変色し水分を抜かれた様に干からびた骸達を見る。アレは魂を無理矢理に引き抜かれた姿だ。

 女は『糧』云々と言っているが、最奥のアートスの居場所を知られたくないが故の口封じなのは明らかだ。

 其れでも地下神殿という言葉だけは引き出せた。しかし其れが何処に在るのかは不明である以上、大した情報にはなっていないのだが。


 カンナの視線に気が付いたカリ=ラーの表情から冷笑が消えた。

「・・・さて、そろそろ帰らせて貰おうかしらね。」

 カリ=ラーがカンナから視線を外して片手を奇妙な動きに振ると、ルネが吠えて斬りかかった。

「逃がすか!」

 鍛えられた跳躍力と風の力を利用して一跳びでカリ=ラーの位置まで跳び上がるとエストナを一閃させる。が、ほぼ同時にカリ=ラーの姿が消えた。

「!」

 姿を見失った事で、全員が弾かれたように得物を構えながら周囲を見渡す。

「・・・」

 しかしカリ=ラーは姿を見せなかった。


 やがて神剣残月を納めながらシオンは尋ねた。

「ルネ、ルーシー。君達はさっきの奴を知っている様だったが?」

「はい。」

 ルネは頷くとルーシーと旅をしたメルライアの大森林の出来事を話した。


「ではルネは確かにあの女を斃したんだな?」

「そう思っていました。確かに私もあの女を見た目通りの人間だとは思っていなかったけど、まさか身体を変えて復活するなんて、まるで魔物の類いです。」

 ディオニスがカンナを見る。

「カンナ殿は何か解ることはお有りかな?」

 其れを受けてカンナは口を開く。

「そうだな。女神殿が察する通りアレは人間では無い。それどころか生物ですら無い。」

「なんと。」

 恐らくはカリ=ラーの様な存在を初めて目の当たりにしたで在ろう老将軍は唸った。

 カンナは大地に転がる骸に近づいて状態を見ながら言葉を繋げる。

「あの女は悪魔だよ。獲物の・・・この死骸を見ればそうと察する事が出来る。其れも今まで私達が相手してきたようなケモノに等しい最下位の悪魔では無い。会話が出来る程度の知性があり魔術に似た技も持っているあの悪魔は、間違い無く下位~中位程度の悪魔だ。」

「強い・・・って事だな?」

 ミシェイルが尋ねるとカンナは頷く。

「勿論、段違いと言って良い。ルネは1人でよくぞ退けたモノだ。流石は天央・・・」

 其処まで言ってカンナはディオニスが彼女の正体を知らない事を思いだし言葉を止めた。

「・・・いやまぁ、其れは其れとして私はあの悪魔に対して1つの仮説を立ててみた。」

「仮説?」

「ああ。悪魔って奴の正体は負の神の残留思念が形になったモノなんだが、当然、其の強さは母体となる魔神の強さに依存する。だが現状『母体』となる負の神々はこの世に存在しない。」

 一同は「あ」と声を上げる。

「そう言えばそうだったね。」

 アイシャが呟く。

「じゃあ、邪教徒達が召喚していた悪魔達は何処から生まれたものなのか。恐らくだがラグナロクで戦っていた高位の負の神々・・・負の1級神や高等神達など、存在せずとも未だにその思念を今も奈落に残す様な超強力な神々の残滓を悪魔として呼び出していたのだろう。だが元が幾ら強大でも其れその物が既に存在しないのならば残った思念も大したモノでは無い。だから知恵も持たないケモノの様な最下級の悪魔しか現れなかった。」

「・・・。」

「だがあの女の姿をした悪魔は、さっきも言ったが『会話』をし『魔術的な技』を見せた。明らかに最下級では無い。」

「つまり・・・?」

「ひょっとしたらあの悪魔は最奥のアートスから生まれたのでは無いか? 現存する2級神ならば悪魔を生み出す事も容易い筈だ。」

 セシリーが生唾を飲み込んで尋ねた。

「カンナさん。もしそうなら他にもあの様な悪魔が・・・。」

「居るかも知れん。」

 全員の顔に緊張が走る。

 その中でディオニスが再び尋ねた。

「カンナ殿はさっき悪魔は生き物ですら無いって言っていたが。」

「言ったよ。」

「さっきの奴は女の姿だった。悪魔にもし男女が在るのなら生き物だと儂は思うのだが。」

 カンナは首を振った。

「確かに大将軍殿の意見は正しい。が、アレは女の姿を模して召喚されただけだ。別に女性として生まれ落ちた訳では無い。」

 カンナは其処で一度思案した後再び話し出した。

「悪魔ってのはさっきも言った通り負の神の残留思念体だ。解りやすく言えば悪霊とかそう言ったモノに近いのだが、その姿は召喚者の意思である程度操作する事が出来る。つまりあの姿で召喚されたからには其れなりの理由が在る筈なんだ。・・・大抵は性を強調した姿で召喚された場合、その逆の性に対して何かを仕掛けるためにそう生まれる事が多い。」

「逆の性・・・つまりこの場合は男性の誰かに何かを仕掛けると言うことか?」

「誰か・・・か、或いは不特定多数か、かは解らないけどな。」

「むう・・・」

 理解に苦しんでいるのかディオニスは唸った。が、やがて視線をカンナに向けた。

「カンナ殿。」

 ディオニスは厳しい面持ちで話し掛ける。

「なんだ?」

「もしそんな連中がイシュタルを攻めてくるのならば、前面に立ち対処するのは我が騎士団だ。しかし恥を晒すが我らイシュタル騎士団はそう言った類いに関しての知識が全く無い。・・・其処で頼みたいのだが、可能な限りで構わない。我らに知識と対処の仕方をご教示頂けぬだろうか?」

「無論、構わないよ。大して時間は取れないだろうが、其れで良ければ話をしよう。」

 カンナは快諾する。

「おお・・・」

 老将軍の顔が綻んだ。

「其れは有り難い。では早速この後でも良いだろうか?」

「ああ、その方が良いな。ルーシー、お前も来い。実演者が居てくれた方が騎士達も理解し易かろう。」

「え、あ、はい。」

 ルーシーは慌てて頷いた。

「其れと放置したままにしているアリスとノリアとも合流しておこう。」

「あ、そうですね。私、迎えに行きます。」

 ルーシーはそう言うとシオンをチラリと見て微笑み城の中に走って行った。


「さて、シオン達は・・・。」

「俺達は城下を見て来るさ。俺とセシリー、ミシェイルとアイシャに別れて回ろう。」

 シオンの提案に3人が頷く。

「私達も見て廻りましょう。」

 クリオリングとルネも申し出た。

「私達が単独で廻れば4方向にバラけて廻る事が出来るでしょう。」

 カンナも了承した。

「そうだな、そうしよう。もう夜だから鐘は鳴らんが、適当に切り上げて来い。私達はどうせ夜通しになるだろうから戻って来たら寝ておけ。」

「解った。」

 シオン達は頷く。

「異国の戦士達よ。我がイシュタル帝国の為の尽力、本当に感謝致します。」

 ディオニスがシオン達に向かって騎士礼を取ると後ろの騎士達も倣って礼を施した。

 シオンは返礼しながら言った。

「お気に為さいますな。この件はセルディナ公国にとっても一大事なのです。失礼ながらもし仮にイシュタル帝国に何か在った場合、次いで狙われるのは隣国セルディナ。つまり私達も自国の為に動いている部分が在るのですから。」

「そう言う事だよ、大将軍殿。今はこの難局を無事に越える事だけに邁進しよう。」

 シオンの言葉を継いだカンナがそう言うと、ディオニスは黙って頭を下げた。



 街の惨状は酷い有り様だった。

 沢山の遺体が街路地に転がり、傷付き疲れ果てた人々が道路の端に横たわっている。イシュタル城に押し寄せて来た帝国民達は比較的元気だった人々だったのだろうが、現実にはこの惨状がイシュタル帝都民達の大半の姿なのだ。建物も延焼中の建物や、争いに巻き込まれて傷付いた建物が至るところで見受けられる。

 まるで戦火に焼かれた跡の様だ。


 シオンが操る馬の後ろに腰を乗せたセシリーは黙って其の惨状を見ている。

 先程イシュタル城に戻る際にも見てきた光景なのでショックを受けている様子では無いがやはりその顔は青ざめている。


「・・・この辺りは特に被害が大きいわね。」

 やがて帝都の一角に差し掛かった時、セシリーはシオンにそう言った。

 遺体の数もそうだが、とにかく建物の破損の度合いが激しい。この寒い時期に雨風を凌げないのは極めて危険だ。

 今晩はまだ良い。まだ出火している建物の周辺に集まって皆が暖を取っている。だが、明日はそうはいかない。

「そうだな、このエリアは報告の必要があるだろう。」

 シオンも同意する。

 

 至る場所で聖職者の姿をした者達が傷付いた人々に声を掛けている場面を見掛ける。

「天央正教の人達かしら?」

「そうだろうな。」

 2人はその光景を見遣る。

「・・・やっぱり天央正教その物は腐ってなんかいないわね。」

「ああ、腐っているのはごく一部の人間だ。だが、その『一部』が問題なんだ。何しろ一番目立つ最高幹部達だからな。其れは人々の評判も下がって行きもする。」

「でも少しホッとするわ。世界最大の宗教団体が実は腐っていました、なんて事になっていなくて。やっぱり人々の救いにはなってくれるのね。」

「ああ。だからこそ頑張っている彼等のためにも、早急に腐っている部分を切り捨てる必要が在る。自浄が期待出来ない部分ならば外部からの介入を行ってでもね。」

「そうね。」

 セシリーは頷きそのまま話題を変えた。

「さっきの悪魔の事なんだけど。」

「?」

「勘違いかも知れないけど少し違和感を感じたのよね。」

「違和感?」

 急な話の転換に一瞬付いて行けずシオンはオウム返しに言葉を返した。

「ええ。」

 セシリーは頷く。

「アイツがシオンを喰わせろって言った時、ルーシーが凄い怒って神聖魔法をぶつけたでしょ?」

「え、あ、ああ。」

 面と向かって言われて照れたシオンは少しドモリながら肯定する。

「あの瞬間って急激にあの子の神性が高まったから、大小の差は在っても神性に関わりの在る全員がルーシーの変化に気が付いた筈なのよね。シオンもそうだったでしょ? 吃驚して後ろに居たルーシーを振り返ってたもんね。」

「そ、そうだったな。」

「でもあの悪魔だけは魔法が放たれるまでルーシーの変化に気が付いて居なかったみたいなんだよね。ルーシーが魔法を放ったのを見て、凄く驚いた顔をしてたから。」

「・・・。」

「そんな事ってあるのかしら? 私は悪魔についての知識は皆無に等しいけれど、神性なんて自分と真逆の属性なんだから真っ先に気が付いても良さそうなのにって思ったの。」

「・・・成る程な・・・。」

 セシリーの疑問はシオンの腑にも落ちた。

「確かに言われて見れば其の通りに思えるな。帰ったらカンナに訊いてみよう。」

「ええ。」

 頷くセシリーに、気になっていた事をシオンは尋ねた。

「セシリーは・・・。」

「え?」

「セシリーはその後、兄君とはどうなんだ?」

 途端にセシリーの顔が熱くなる。

「そ、そっか。ルーシーとアイシャにしか言って無かったね。」

 ルーシーがシオンにも黙っていてくれた事に嬉しさを感じながらセシリーは話した。

「2人に話したときは恥ずかしくて『まだ内緒にしておいてくれ』って言ってたんだけど・・・お兄様とはアカデミー卒業後に一緒になる方向で話が進んでいるの。」

「・・・アカデミー・・・そう言えばそんなのが在ったな・・・。」

「そんなのって・・・忘れてたの?」

 セシリーが呆れるとシオンは頭を掻いた。

「いや、まあ・・・本当に最初の方しか通って無かったからな。」

「・・・あ、そっか。シオンは2ヶ月くらいしか通って無かったのね。」

「もともとアカデミーの都合と卒業後の成果低迷を解消する為に入っただけで、解決の目処が立てばもう通う必要も無かったからな。『学ぶ』と言うよりはギルドからの『依頼』を熟している感覚だったな。」

「確かにシオンが彼所で学ぶ事なんて無かったもんね。寧ろ先生方が学んでたくらいだし。」

 覚えていないのかシオンは首を傾げた。

「そうだったけ? ・・・それよりも卒業はいつ頃なんだ?」

「今月の末が卒業式よ。・・・其れまでにセルディナに戻れたら良いけどね。」

「そうだな。俺は良いが、みんなは2年間頑張ってきたんだし出るべきだな。」

「うん。」

 2年間の事を思い出し少し感傷的な気分になりながら頷く。


 その時、前方の視界が薄暗く揺れた。

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