76話 魔術師の告白
再び翼をはためかせて仲間が待つ天拝廊に戻ったシオンはカンナ達に事の次第を語った。
「では下の研究所の先はリカルド大主教の私室に繋がっていたんだな?」
話を聴き終えたカンナは途轍もなく不愉快そうな顔で確認する。
「そうだ。」
シオンが頷くと今度はセシリーが、此方もまた不愉快極まりなさそうな顔で口を開いた。
「じゃあ此の一連の事件はリカルド大主教が裏で手を引いていたという事なのね?」
「一概に全ての件が、とは言えないが少なくともあのゴーレムの件はそうだと俺は踏んでいる。」
「では大主教が法皇猊下の命を狙っていたという事?」
「その可能性は否定できないな。」
そう返すとシオンはリカルドの部屋から失敬した物を皆に見せる。
其れは何枚かの報告書と魔石だった。
カンナはそれらに目を通し魔石を手に持った。
「それは?」
アイシャが尋ねるとシオンは答えた。
「恐らく下の研究所で働いていた連中がリカルド大主教に宛てた報告書だな。連中はリカルドから最初に1つの魔石を渡されて同質の魔石を造るように指示された様だ。何回か失敗して漸く完成したとあるな。そしてゴーレムの調整に入ると報告されている。」
「? ・・・どういう事だ?」
ミシェイルが首を捻るとシオンも肩を竦めた。
「さあ? 俺も考えて見たが意味は良く解らなかった。」
そう言ってカンナを見る。
意見を促されてカンナは答えた。
「要はこの魔石の持つ性質がゴーレムを調整するのに必要だったんだろうな。だから造り出せと指示を出した。で、其れが完成したからゴーレムの調整に乗り出した。・・・と言う流れだろう。」
そう言いながらカンナは魔石をルーシーに渡す。
受け取ったルーシーは「あっ」と小さく声を漏らした。
「これ・・・天の回廊に在ったクリスタルの感じに似てる・・・。」
ルーシーから受け取ったセシリーも同じ反応を示した。
「ちょっと待ってくれ。魔石は全部同じじゃないのか?」
シオンが尋ねるとセシリーが答えた。
「厳密には違うのよ。ただ魔術の補助に使う分にはどれを使っても殆ど問題無いから一緒くたに考えているだけ。でも本当は細かい違いがそれぞれに在って魔術研究をするに当たっては必須の基礎知識なのよ。主に『放出』を促し易い性質、『内包』を促し易い性質、『停滞』を促し易い性質の3つね。でも実際にはもっと沢山在るって聞くわ。」
「そうだな。」
カンナが補足する。
「そして今セシリーが持っている其の魔石は『収斂』の性質を強く持っている。この性質を突き詰めると『神性』に近い性質を持つことになる。」
「!?」
全員が驚いてカンナを見た。
「神性!? あの力が人の手で再現出来るのか!?」
「出来ないよ。」
カンナはあっさりと否定する。
「神の力を人間が再現することは出来ない。だが近しいモノなら出来る。其れを使ってゴーレムを動かしたんだ。」
カンナは報告書をシオンに返しながら言葉を繋ぐ。
「だが所詮は偽りの力だ。そう長くは通用しない。現に神像たるゴーレムは動きを止めてしまっただろう?」
「・・・なるほど。」
呆然としながらもシオン達は頷いた。
「其れでも神の力に近づく為の実験を試みるなど冒涜の極み。故に『収斂』の魔石の開発は禁忌の業とされているんだよ。何処の魔術院も認めていない。仮に其れを研究したことが明るみに出れば『外法術師』の烙印を押されて生涯魔術に関われなくなり追放される。」
「結構、厳しいんだな。」
ミシェイルは感心したように唸るとカンナは頭を掻く。
「仕方が無いんだよ。魔術って奴は人の理からは外れすぎていてな、そういったモノに関わり続けると自然と常識を忘れ始める。」
「常識を・・・。」
「そう。例えば人の命は造れると考える様になったり、魔術は自然を支配出来ると考える様になったり、とかな。」
「おい冗談だろ? ・・・出来るのか?」
ミシェイルが信じられないと言った表情で尋ねるとカンナは苦笑した。
「出来る訳が無いだろう。だが、世の常識じゃ管理しきれない無限の可能性を感じさせる理屈も在るんだよ。其れに浸りすぎると当たり前の常識とは何だったかが解らなくなる者も出て来る。だから魔術師が独自に院を作って自分達を戒める組織を作ったんだ。其れが魔術院の起こりだ。今じゃ魔術院と言えば魔術を研究する場所と言う認識が一般的だろうが、本来の魔術院の目的は世間の常識からは掛け離れた認識を持ちやすい魔術師達を管理統制する事なんだよ。」
「魔術を操る人って凄く頭が良いイメージだったけど、そんな当たり前の事が判らなくなっちゃう人も出て来ちゃうんだね。」
アイシャががっかりした様に呟く。
「まあ確かに知恵は持っているさ。知恵が無ければ魔術は理解出来ないからな。ただ、大いなる叡智が必ずしもその者を高いモラルへ導いてくれるとは限らないと言うことさ。」
カンナの話にシオンは理解を示した。
「其れはそうだな。グースールの魔女を操ったザルサングは少なくとも知恵は在った。が、モラルとは対極の位置に居た。」
「あの、カンナさん。」
ルーシーがカンナに話し掛けた。
「なんだ?」
「もし今の考察が正しかったとして、リカルド大主教の狙い通りにゴーレムに法皇様を襲わせる事が出来るんでしょうか? それともゴーレムが法皇様を襲ったのは偶然・・・?」
カンナは思案しながら話した。
「偶然では無いと思う。あのゴーレムは明らかに何かを目指していた。今から思えば法皇に向かってたんだろうな。」
「私も何かを探している様に見えてました。」
セシリーも同意する。
「そして魔動人形を狙い通りに動かす事は出来る。例えば今回の場合だが法皇を狙わせたければ、先ず法皇の身体の一部を入手する。コレは爪でも髪でも歯でも何でも良いんだが、其れに呪術を施してゴーレムに埋め込み命令を与えればゴーレムは勝手に法皇だけを狙い始める。」
「前にカンナが話していた呪術みたいだな。」
「そう正にゴーレムを使った呪術そのものさ。だがそんな事よりも問題なのは何故ゼニティウスがリカルドにゴーレムを譲ったかだ。プライドの塊とも言えたゼニティウスから見れば地上の大主教など取るに足らない虫けらと変わらなかった筈だ。そんなリカルドに神の力の象徴とも言える神像を譲るだろうか。その辺りがしっくり来ない。」
「そうだね。確かにあのムカつく奴が自分の神像を与えるなんて考え難いな。」
アイシャがうんうんと頷く。
カンナは更に言葉を繋げる。
「仮に何らかの目的が在って譲ったのだとしても、一体いつ譲ったのか。ゼニティウスは今の時代はずっと眠りに就いていた筈だ。一体どの時期に渡したのかが解らない。」
「そうか、アイツは寝ていたんだよな。監視役だったエーベルハストに起こされたんだったか。」
「ゼニティウスはそう言っていた。すると譲ったタイミングが何時なのか解らないんだよ。」
カンナは色々な可能性を模索するように思案していたがやがて首を振った。
「駄目だな。どうも辻褄が合わない。」
「なら、別のことをするさ。法皇猊下の様子を確認しに行こう。」
シオンが提案すると全員が即座に頷いた。
悲劇が起きた現場は巨大な悲壮感で埋め尽くされており、その中を主教達やテンプルナイト達が暗い表情で黙したまま作業に当たっていた。
「法皇猊下は見つかりましたか?」
一人のテンプルナイトにシオンが尋ねると騎士は一瞬だけ怒気の籠もった鋭い視線をシオンに向けたが、直ぐに悲しげな表情に戻り首を振った。
「いえ。あのゴーレムめが開けた大穴を掘り返しているのですが・・・法皇猊下のお姿は未だ発見出来ていません。」
ゴーレムの巨拳で開けられた大穴には鎧を脱ぎ捨て上半身が裸の騎士達が穴を更に掘り下げて探索していたが何も出て来ていない様だった。
「何も・・・見つからないのか?」
カンナは首を傾げる。
「はい。巻き込まれた大主教達のご遺体は出て来たのですが、法皇猊下のお身体は未だに出て来ません。」
「ふーん・・・。」
幾らあの巨拳の直撃を受けたとは言え何も見つからないなんて事があるのか? 仮に肉体が跡形も無く磨り潰されてしまったのだとしても、血痕も法服すら見つからないのはおかしい。
カンナは双眸を翠色に輝かせて穴を覗き込んだ。何やらモヤモヤと瘴気が揺蕩っているがそれ以外には特に何も視えない。瘴気はゴーレムのモノだとして、それ以外に魔術的に引っ掛かるモノは何も感じない。
「ルーシーは何か視えるか?」
カンナを真似て穴を視ていたルーシーに尋ねるが美しき巫女は黙って首を横に振る。
「おい、何をしている。」
その時、少し離れた位置に立っていたミシェイルが声を上げた。
その声に一同が振り返るとミシェイルは魔術師然とした男を取り押さえていた。その2人の横を同じく長着を纏った男達が数名走り抜けようとしている、が。
『ズンッ・・・』
アイシャの放った矢が男達の眼前を横切って壁に突き刺さるのを見て、逃亡者達は息を呑んで足を止めた。
「お前達は何者だ?」
ミシェイルは取り押さえた男に問い質すが、男は表情を引き攣らせながらも押し黙り口を開かない。
「今、此処は突然現れたゴーレムの暴走に拠って壊滅状態です。」
セシリーがそう言いながら男に向かって歩き始めた。
「・・・。」
無言で睨み付ける男に構わずセシリーは言葉を紡ぎ続ける。
「そして私達はこの国のリンデル皇子殿下とディオニス大将軍様に依頼されてこの祭礼の儀の警護に訪れた者です。
「え・・・」
「そして先程、私達の仲間である竜王の御子様にゴーレムが出現したあの天拝廊の地下を調べて頂きました。」
「りゅ・・・竜王の御子・・・!?」
男の表情に若干の怖れが滲み出てくる。
「其処で彼が見た物は、明らかに其処でゴーレムの調整が行われたであろう施設でした。残念ながら其処に人の姿は無く放棄された様でしたが。」
「我々には関係が無い。」
「・・・その施設は高度な魔法技術と知識を必要とする物で溢れていたそうですよ。其処で私は考えます。恐らく其処で働いていた者達は魔術院の人間か嘗て席を置いていた者ではないかと。」
男は小馬鹿にするような表情でセシリーを見返す。
「だから其れがどうしたんだ? 我々が其の魔術院の人間だとでも言いたいのか? 馬鹿馬鹿しい。証拠は在るのか?」
セシリーは黙って普段は胸元に隠しているペンダントを取り出して男に見せた。忽ち男の表情が変わる。シオン達に追い立てられて周囲に集められた魔術師達からも響めきが起きた。
「ま。まさか其れはノーブルソーサラーの・・・。」
「馬鹿な・・・お前のような小娘が・・・」
世界でも有数の魔術発展を遂げているセルディナ公国に認められた、世界で1人だけに与えられるセルディナ公認の魔術師の冠名である。
その名前はセルディナ公国内で通用する冠名だが、現実には世界中の魔術師達が一目置く存在である。そんなノーブルソーサラーがセシリーの様な若い娘に与えられるとは確かに俄には信じ難いだろう。
「信じられないのは無理も無いがな。」
男達の前にしゃがみ込んだカンナは視線を合わせてそう言った。
「だが彼女が持つペンダントにはセルディナ魔術院の紋章が刻まれているぞ。お前達も魔術師なら魔術院の紋章が複製不可能なのは知っていよう。」
「し・・・信じられん・・・。」
其れでも魔術師達はそう呟くがカンナの言葉にセシリーがノーブルソーサラーだと信じざるを得なくなる。
「さて魔術を嗜むお前達ならノーブルソーサラーがどの様な存在でどれ程の影響力を持っているかは知っているだろう。そのノーブルソーサラーがお前達に尋ねたい事があるそうだ。」
「・・・何が訊きたい。」
無念を絞り出す様な声で魔術師は唸った。
カンナがセシリーを見て頷くとセシリーも頷き返し魔術師達を見た。
「貴方達は地下施設でゴーレムを動かすための調整を行っていましたね。」
「・・・。」
「そしてその指示を出していたのはイシュタル大神殿のリカルド大主教。」
「!」
返事は無かったが、彼等の驚愕の表情がセシリーの確認内容が正しい事を肯定していた。
「貴方達が地下で行ったのは『収斂』の魔石を製造ですね?」
「な・・・なんでそんな事まで・・・。」
「私達には優秀な魔術師が居ますから。」
セシリーはカンナを見て微笑みながら答えた。
「さて、訊きたいのは此処からです。」
セシリーの表情が改まる。
「何故、ゴーレムを動かそうとしたのですか? 因みに虚言は無意味だと初めに言っておきます。此処には真偽を見抜く仲間が居ますから嘘は即座に見抜けます。」
その言葉にルーシーの双眸が紅く光り始めた。親友が自分の能力に期待を掛けてくれるなら是非にも及ばない。
魔術師達は恐れ戦くようにルーシーを見ながら渋々と答えた。
「皇帝の抹殺だ。」
「ゴーレムに皇帝を襲わせるように調整をしたのですね?」
「そうだ。」
「どうやって其の調整を施したのですか?」
「リカルド大主教が持って来た皇帝の髪を目標に設定した。」
セシリーがルーシーを見ると銀髪の巫女は静かに頷いた。どうやら嘘は吐いていないらしい。
今度はカンナが尋ねる。
「だが只の髪を目標に設定してもゴーレムは認識しない筈だ。対象となる皇帝の髪に呪術的な細工が必要となる筈。其れは誰がやった?」
カンナの指摘に魔術師は驚愕の表情を見せた。
まさか其処まで細かな突っ込みが入るとは思っていなかったのだろう。だが直ぐに質問には答えた。
「其れは知らん。我々はリカルド大主教が持って来た髪を設定しただけだ。」
「・・・。」
セシリーが再びルーシーを見ると巫女は静かに首を横に振った。
セシリーの表情と声に厳しさが増した。
「嘘は無意味だと初めに言った筈です。」
「!?」
魔術師達は恐怖に顔を引き攣らせた。
「ほ・・・本当に嘘が判るのか!?」
「そう言いました。」
「・・・。」
魔術師達は顔を見合わせた。
その顔はどれも戸惑いと恐怖に満ち溢れていた。が、やがて1人がセシリーに懇願し始めた。
「た、頼む。其れは勘弁してくれ。誰がやったかなんて漏らしたら殺されてしまう。」
殺されるという言葉に反応して一瞬セシリーは戸惑った。が、その横に立っていたシオンが冷徹に言い放つ。
「いずれにせよ、お前達は法皇猊下暗殺の関係者として全員処刑だ。」
「見逃してくれ!」
「戯け。見逃す筈もなかろう。・・・だが正直に話せば、竜王の御子である俺とノーブルソーサラーの彼女がイシュタル帝国と大神殿の両方に掛け合い、処刑だけは免れる様に口添えはしよう。」
「わ、解った。話す。だから頼む。」
シオンの譲歩に魔術師達は必死に乗った。
勿論、口添えをしたからと言って助命されるかどうかなど解らない。何しろ彼等のしでかした事が余りにも大罪に過ぎる。が、其処まで話す必要は無い。
「ではもう一度訊く。皇帝の髪に細工をしたのは誰だ?」
魔術師は荒い息を吐きながら其れでも口籠もっていたがやがて決心した様に口を開いた。
「正確に何処の誰かと言うのは解らん。ただリカルド大主教が言っていたのは、協力者で邪教の使徒だ、と言う事だった。名前は・・・」
男は思い出そうとしたが出て来ない様だった。
「オディス教か?」
「ああそうだ。確かそんな名前だった。」
シオンが助け船を出すと男は素直に頷いた。
判ってはいた事だったが、やはりそうだったのか。第三者から其の存在を明らかにされた事で一同はやるせない思いに囚われながらそう思った。
本当に何処までも祟られる、と。




