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神の去った世界で  作者: ジョニー
第4章 混沌のイシュタル
171/214

75話 探索



 轟音が鳴り終わると静寂が訪れた。

 豪腕をイェルハルド法皇に叩き付けたゴーレムはその姿勢のまま動かず砂塵の中に佇んでいる。


「・・・」

 巻き上がる砂煙を全員が固唾を飲んで見つめた。

 ゴーレムも気になるがイェルハルド法皇はどうなったのか。全員が注目する中、やがてゴーレムがゆっくりと立ち上がり始めた。そして直立すると両眼に宿っていた赤い光が消えて、今度は完全に起動を停止させた。


 晴れた砂塵が皆に見せた光景は、全員を戦慄させるモノだった。

 大地が抉れ大穴が空いている。

 土砂が吹き飛んで大神殿の頑強な外壁に大量にへばり付いている。

 その中でゴーレムの拳に叩き潰されたであろう部位の欠けた大主教達の死体が何体も転がっていた。まともに叩き潰された法皇は恐らく原型すら留めていないだろう。

 ゴーレムの拳を辛うじて免れた大主教達は凄まじい衝撃に吹き飛ばされて大地に薙ぎ倒されていた。その中の何人かが呻きながら立ち上がる。

「クソ・・・馬鹿力が・・・。」

 悪態を吐きながらリカルドも起き上がる。

「危うく儂まで殺される処だったわ・・・。」

 頭を振ってリカルドは大穴に視線を走らせた。その表情が凡そ高位の聖職者とは思えない邪悪な笑いで満たされる。長きに渡って立ててきた計画は上手くいった様だった。


「リカルド殿。」

 ほくそ笑むリカルドを背後から呼び掛ける者がいる。

「!?」

 心臓が飛び跳ねるかと思うほどに驚いたリカルドは、肩を撥ね上げて弾かれる様に後ろを振り向いた。其処には無表情にリカルドを見下ろすヘンリーク大主教が立っていた。

「へ・・・ヘンリーク殿・・・・」

「ご無事でしたか。」

「え、ええ。まぁ・・・。」

 まるで感情が抜け落ちたかのように無表情なヘンリークの視線が不気味に感じる。

「ヘンリーク殿もご無事のようで・・・。」

「ええ。どうやらあのゴーレムは初めからイェルハルド法皇猊下が狙いだったようなので猊下から離れていた私は無事でした。」

 その返事にリカルドはギョッとなる。

「な、なぜ初めから狙っていたと・・・?」

 ドモリながら尋ねるリカルドをヘンリークは変わらぬ無表情で見下ろす。

「さあ? 何となくですよ。貴方もそう思ったから外に出た途端に猊下から離れたのでは?」

「い、いや。儂はそんな事は・・・。」

 リカルドの心中に嵐が吹き荒れる。

「そうですか。では偶々ですか。まあいずれにせよ・・・猊下の件は残念でしたが、お互いに無事で何よりでしたな。」

 リカルドの不審な挙動など構うことなくヘンリークは其れだけ言い捨てると、他の倒れて呻く大主教達などには目もくれずに大神殿内部に戻って行く。

 ――・・・気付いているのか? いや、そんな筈は無い。この件についてはパブロスしか知らんし、同罪とも言えるパブロスが裏切る事はない。ならば知られている筈は無い。

「其れよりも・・・。」

 リカルドは独り言ちた。

「奴のあの態度は何だ? 目の前で法皇が死んだと言うのに何故あんなに落ち着いて居られるのだ?」

 会話の終始において無感情だったヘンリークの表情を思い出し、リカルドは薄気味悪さを感じてブルリと身を震わせた。


「・・・」

 動かなくなったゴーレムをイシュタル帝国騎士団とディオニス大将軍は警戒しながら取り囲み続けていた。その横をテンプルナイツが通り抜けて倒れている大主教達を助け起こしに行く。


「止まったぞ、カンナ。」

 その様子を少し離れた所から見ていたシオンがカンナに言う。

「そうだな・・・。」

 カンナは双眸を翠色に光らせながらゴーレムを眺めていた。

「・・・魔力の流れが止まっている。瘴気もな。」

「瘴気?」

 シオンが怪訝そうにカンナを見た。

「アレは12神のゴーレムだろう? なんで瘴気なんだ? 神性では無いのか?」

 その問いにカンナは首を振る。

「ゼニティウスは天の回廊の戦いで邪神に墜ちた。そうなれば奴が従えていたゴーレムも当然に邪神像へと変わる。現に先程まで、あのゴーレムは魔力と瘴気の混合体で動いていた。そうだろう、ルーシー?」

 カンナに話を振られてルーシーは頷いた。

「はい、あのゴーレムはずっと瘴気に取り憑かれていました。今は・・・只の像に戻っているけど。」

 ルーシーの紅眼が光を消えていく。

「あの化物はどうしたら良いんだ?」

 ミシェイルが尋ねる。

「ゴーレムは放置するしか無いだろう。今は生きている人間を全員避難させて、後々にでもゴーレムは大型兵器か何かで破壊するしか無い。」

 カンナの声は届いていないだろうが、ディオニス大将軍も同じ事を考えたらしく騎士団に大声で似たような指示を飛ばしている。

「まさか法皇猊下が亡くなるなんて・・・。」

 セシリーが呻くように呟いた。

「法皇様はどうするんだろう?」

 アイシャが疑問を口にするとシオンが答えた。

「多分、テンプルナイツが引き上げるだろう。」

 ――原型が残っていれば、だが。

 流石にアイシャに其処まで言うのは憚れたのかシオンは最後まで言い切らなかったが、現実的に考えてあの巨大な拳の直撃を受けた肉体が原型を残しているとは考えられない。

 更に言えば、シオンが思うとおりだったなら大神殿から法皇についての正確な情報が国に発表される事はないだろう。人々に与える心理的ショックが大きすぎる。


 結界が消えた事で集まっていた民達が大神殿から逃げ始めた。本当ならば彼等に対して戒厳令を出し、今日起きたことを口止めする必要があったのだろうが1000人以上の人々の口を止める事は不可能に近い。

 ヴィルヘルムはディオニス大将軍が指揮する騎士団に護られながら逃げて行く民達を横目に見遣りながらそう考えた。

 『大神殿で起きる混乱を皇帝率いるイシュタル帝国騎士団で収める』という想定からは大きく外れてしまい不満が残るが、イェルハルド法皇が『この世から居なくなった』という現実は諸手を挙げて歓迎する処だった。

 此れで天央正教の次期法王は恐らくあのリカルドとかいう大主教になるのだろう。奴とは知己である上にヴィルヘルムが良く識る凡俗の類い為れば、扱いもし易かろう。後はリカルドを始末して仕舞えば取り敢えずの憂いは断てるというものだ。

「まずまず、と言った処か・・・。」

 皇帝は用意された馬車に乗り込みながらそう独り言ちた。

 馬車のソファーに身を預けたヴィルヘルムにディオニスが外から報告を上げてきた。

「陛下。」

「どうした。」

「大主教を含む大神殿の一部の聖職者達が身の寄せ所に帝城を希望しているのですが、如何致しましょうか。」

 ヴィルヘルムは嗤った。

「なるほどな。普段の生活が華美に満ちていただけに、この冬空に放り出されるのは辛いか。」

「・・・御意。」

 ディオニスに言わせれば、天央正教の聖職者達は普段から質素を旨として民達と供に生きる者達が多いのだ。だが、その者達は「大神殿に残り法皇の遺体を見つけて弔う」と言って破壊された大神殿の中へ戻って行った。そうなると確かにディオニスに助けを願い出てきた者達は、ヴィルヘルムの言う通りの人間達だった。

 老将軍は大主教達の希望に割り切れない思いがある。こんな時こそ、彼等が中心となって大神殿に戻っていった聖職者達と供に立場に相応しい導きを行うべきではないのか? それが猪の一番に我が身の安全を図るとは。

 貴族に生まれ、騎士として誇りを学びながら生きてきた大将軍には到底理解し得ない行動だった。

「良かろう。」

 だがディオニスの思いとは裏腹にヴィルヘルムは許可を出す。

 追々にでも懇親会などで親睦を深め、我が覇道の手駒にするのも一興だろう。そんな事を考えながら。


「俺達はどうするんだ?」

 ミシェイルがシオンに尋ねるとシオンは逆に訊き返した。

「お前はどうしようと思っている?」

 ミシェイルはまさか訊き返されるとは思っていなかったのか一瞬唖然とするが直ぐに答えた。

「俺はあのゴーレムが現れた先を直ぐに調べるべきだと思っている。」

 その答えにシオンは頷いた。

「俺もそう思う。カンナはどうだ?」

 足下のノームに尋ねるとノームの少女も頷いた。

「当然そうするべきだな。機会を逃せば其れだけ失われる物も多くなる。」


 兎に角、今はっきりさせなくては為らない事。

 先ず結果は絶望的だと解っているが、とにかくイェルハルド法皇の安否だ。次にあのゴーレムが何故に大神殿の中に在ったのか。そして誰がゴーレムを動かしたのか。

 問題点は多いが最低でもこの3点は確認しておきたい処だ。



 ゴーレムが現れた大神殿の外壁は派手に破壊されていた。あれ程の巨体が力尽くで出て来れば当然だろうが。

 出現地点は本殿とは別棟の建物だった。天拝廊と呼ばれる天央正教の大きな神殿ならば何処でも用意されている建屋だ。殊、イシュタル大神殿の天拝廊は巨大且つ荘厳な佇まいに溢れている事で知られ、世界中の信者達が憧れる堂であった。

 が、そのイシュタル天拝廊も今や無残に破壊され、中の様子が丸見えの状態だった。

 その堂の中を一対の巨大な足跡が破壊された外壁に向かって伸びて来ていた。

「此処で間違い無いな。」

 シオンは呟くと先頭を切って中に足を踏み入れた。後からルーシー、カンナ、セシリー、アイシャと続き、最後にミシェイルが堂の中に入っていく。

「此処はどういう所なんだ?」

 最後尾からミシェイルが誰とも無しに尋ねるとカンナが答えた。

「此処は天拝廊だな。天央12神が混沌期に大地の静定を行った際に落としたとされる様々な遺物を祀った場所だ。大神殿の本殿が天央12神そのものを祀り讃える場所なら、此処は天央12神の身に着けた物を祀り加護を祈る場所だ。」

「・・・加護を祈る場所から大神殿を破壊する邪神像が出て来るなんて皮肉な話ね。」

 不機嫌そうにセシリーが呟く。

「全くだ。」

 カンナも同意する。そして面白そうな表情でセシリーを振り返った。

「全く同感だが・・・どうしたセシリー? 随分とご機嫌斜めだな。」

 セシリーは大いに不満があった。大主教達が皇帝と共にイシュタル帝城に向かって行った事に対して。トルマリン色の髪の少女は憤懣を隠そうともせずに言った。

「当たり前です。なんで大主教達は皇帝陛下と一緒に城へ行ったんですか? 彼等には導き手としての誇りや恥と言う物が無いんですか?」

 貴族の娘として育てられたセシリーの思いをカンナは尊く思いながら微笑んだ。

「そういった上等な物があれば、民達から不満は出ないだろうさ。街中で話を聴いた時の民達の声を思い出せ。法皇猊下の評判は上々だったが、大主教達の評判は中々に酷いモノだっただろう?」

「・・・確かにそうでしたね。」

 セシリーは諦めた様に溜息を吐いた。


 奥に進むと破壊された外壁から差込む陽光が届かなくなり、本来の薄暗さが辺りを支配し始める。その中、足跡を追うと祭壇が在ったと思しき場所も派手に破壊されておりゴーレムは此処から出て来たのだと判る。

「・・・」

 破壊された奥を覗き込めば、その先は螺旋状に下へと伸びる巨大な階段になっていた。螺旋階段は岩肌を削って造られており、その空間は途轍もなく広く、そして深い。ゴーレムは此処を登ってきたのだろうか、邪神像の歩幅と考えられる間隔で階段は崩れ落ちており、この螺旋階段を歩いて下へ降りる事は難しそうだった。


「俺が降りて見て来よう。」

 シオンが背中に神性の翼を纏わせながらそう言った。

「・・・そうだな。」

 一瞬だけ思案したカンナは頷いた。

「神性を消費させたくない、などと言っている場合では無いな。見てきてくれ。ただ危険を感じたら直ぐに戻って来い。」

「解った。」

 シオンが了承するとカンナは魔石を1個シオンに渡した。

「コレを持っていけ。もう1個をルーシーに持たせるから、何か伝えたい事が出来たらルーシーに念じて伝えるんだ。」

 シオンは頷くと魔石を懐に忍ばせた。

「気をつけて。」

 心配そうな視線を向けるルーシーにシオンは微笑むと翼をはためかせて、底の見えない暗闇の穴へ下りて行く。


 ゆっくりと下降していくシオンは、やがて地底に降り立つと周囲を見渡した。

 底はかなり広い空間になっており、その至る所に大きな青石や大小様々なクリスタルが鉄製のケージなどに収められ据えられていた。そして其の全ての設備が他のパイプで繋がれており、最終的にはその青石やクリスタルが台座に繋がる様にパイプは伸びていた。

「これは・・・。」

 シオンの記憶に引っ掛かる。天の回廊の最下層にて巨大クリスタルの周辺に置いて在った設備も、確かこんな形をしていた。

 ゴーレムは間違い無く此処で調整されていたのだ。奥には其のゴーレムが設置されていたと思わしき台座が置かれている。

 この設備の数から見ても相当の人数が此処で調整に当たっていたのだろう。其れこそ1人2人ではあるまい。



 シオンは魔石を取り出すとルーシーを思いながら念じた。

「ルーシー、聞こえるかい?」

 暫く待つとルーシーの念が返ってきた。

『シ、シオン? 聞こえるよ。無事なの?』

「ああ、何も危険なモノは無さそうだ。今俺が見ている物を伝えようと思って話し掛けた。」

『解った。』

 ルーシーの了解を得て、シオンは現状を報告する。

『解ったわ。ちょっと待ってね。』

 ルーシーの声が途切れると今度はカンナの声が飛んできた。

『シオンよ、話は聴いていたが間違い無く其処は魔道の研究所だな。その青い石は魔石の類いでクリスタルは魔力の透過や変質に使われる物だ。どのくらい在るんだ?』

 問われてシオンは改めて周囲を見渡した。

「俺よりも大きい奴だけでも10個ほど在るな。大小合わせれば20以上ある。」

『随分デカい施設だな。ゴーレムは其処で調整されていたんだろうな。』

「間違い無いと思う。」

『よし解った。で、お前はどうするんだ? 戻るか?』

 シオンは施設の奥を見ながら言った。

「いや、奥にまだ在りそうだ。其処を確認する。」

『解った。気をつけろよ。』

 その言葉を最後に念が途切れた。


「此処は研究所か・・・。」

 合点がいったシオンは呟いた。


 さて、とシオンは施設の奥に視線を向けた。其処には人間が通れるくらいの大きさの扉がある。


 扉の先は岩肌の剥き出しになった通路になっていた。薄暗い通路は然程長くはなく直ぐに終着点に辿り着く。此処からは真上に向かって螺旋状の階段が伸びているようだ。


 シオンは慎重に階段を上っていく。


 彼の優れた方向感覚は、この先が何処に通じているのかある程度察知できていた。

 天拝廊から真っ直ぐ下に降りていき、行き着いた先は存在を秘匿されていたであろう魔道の研究所だった。其処から然程移動することもなく短い通路を進み、今真っ直ぐに上へ登っている。恐らくこの上はイシュタル大神殿の何処かだろうと、シオンが予測したとき階段は頂上を見せた。

 狭い踊り場には、また簡素な扉が据えられている。


 シオンは扉の奥の気配を探り誰も居ない事を確信するとそっと扉を開ける。

 扉の中は豪華な内装が施された個人部屋だった。

「・・・。」

 少年は中に誰も居ない事を確認すると静かに足を踏み入れる。

 シオンが入って来た扉は隠し扉になっており、其の表側は不自然に縦に長い絵画が貼り付けられていた。こうやって扉を隠していると言う事は、やはりあの施設は秘匿されていたのだろう。

 探索を開始したシオンは此処が何処かを把握し溜息を吐いた。


 此処はリカルド大主教の部屋だったのだ。

 少年は頭一つ振ると幾つかの物品を手にする。今後の行動を決めるにしても一旦は彼を待つ仲間の下に戻ろう。

 シオンはそっと隠し扉を閉めた。



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